第10話 家族
「ふわぁ……」
朝日を浴びて、いつもと同じ時間に起きるレイ。
昨日は色々あって疲れた。忘れがちだが、自分は狙われた身なのだ。
衛兵達に必要以上に護衛を付けられそうになったり。部屋から出る様言われたり。
ユウキを従者と認めるよう説得したり。
ここ一年で一番話したと言っても良い。
ベッドに入る前の記憶がない。それほど働いたのだろう。
「おはようございます。お嬢様」
「うわぁ!」
目を開けるなり、目の前に顔が現れてレイは肩が跳ねた。
ユウキがエプロン姿になって、レイの部屋に既にいる。
「な、なんで貴方いるのよ!?」
「僕はお嬢様の世話係だからな。朝起こすのも仕事だと思って」
「起こすのに顔を近づける必要は?」
レイがツッコミを入れると、ユウキはいじわるな笑みを浮かべた。
どうやら自分を驚かすために、起きる前から準備していたらしい。
「そんな時間あったら、仕事しなさいよ」
「仕事ならしたさ。この部屋の掃除をね」
「はあ? 貴方は片づけるより、散らかす方が……」
皮肉を言い返そうとしたレイだが、部屋の様子を見て声が止まる。
確かに彼の言う通り、部屋は掃除された後だ。
悔しい事に、自分が毎日している掃除より出来がいい。
「意外と器用なのね……」
「まあね。家事は基本僕がやっているし。自宅を整えるのは日課さ」
ユウキはエプロンを外しながら、掃除用具を片づけた。
異界の服は目立つため、彼には従者の服を着せてある。
意外と様になっているが、本人は気に入らないらしい。
「もっと大雑把でいい加減な性格だと思ったわ」
「間違っていないさ。ただ実家暮らしで。思い出のある家を綺麗にしたいだけさ」
ユウキは爽やかな笑顔で語るが。
家の事を語る彼の表情は儚い。
この話題は触れない方が良いのかもしれない。
レイの繊細な心はそれを読み取った。
彼にも色々な苦労を感じ取れた。
「それより君の父親は? ちょっと聞きたい事があったんだけど……」
「お父様は出かけているわ。コスモ家を訪問するために」
「家の名前言われても分からないけど。忙しいこったな」
ユウキは懐から手を取り出した。
「私の婚約相手の家……。になる予定の一家よ」
「なんだよ。本人は行かず、親が代理人か?」
「まだ向こうの同意が取れていないからよ」
レイは溜息を吐いた。同意を得るのも、時間の問題だ。
何せ王族の力を借りられるようになるのだ。
家としても、それ以上のありがたみはないだろう。
「もっとも、相手には既に婚約者がいるのだけどね……」
「親同意の不倫活動? そんなんで、お互い幸せになれるかよ」
「私の幸せなんて、お父様にはどうでも良いのよ……」
レイは窓の方へ向かった。
自分の心とは裏腹に、空は晴天。
「お父様は、相手に婚約破棄させてでも。私とくっつけたいみたい」
軽口を挟むと思ったが、ユウキは珍しく黙り込んだ。
レイは窓を明けて、風を部屋に入れる。
「お父様に利益があるから。その為なら子供の婚約者だって、親が決める」
この世界の貴族は、それが当たり前なのだ。
親の利益で子供の一生が決まることも、珍しい事ではない。
レイはいつも部屋に引きこもっているので、婚約で人生が変わることがないが。
父親が婚約を持ってきた時、悟ってしまった。
自分は父に愛されていないのだと。
結局自分も親の道具の一つに過ぎないのだと。
「化け物の私でも。せめて親からは愛されていると、信じていたのにね……」
自分の力が広がってから、周囲から距離を感じていた。
レイ自身も、周囲と距離を取った。
周囲が自分に畏怖していると、分かっていたからだ。
それでも父である、ノバは愛情を向けていると信じていた。
部屋から出ないと分かりながらも、毎日様子を尋ねてくれるからだ。
この縁談が来るまで、それが最後の支えだった。
「君の父が、直接君を道具だと言ったのか?」
「まさか。でも人から婚約者を奪ってまで、強引に結婚だなんて……」
ユウキは懐に腕を入れた。そこからペンダントを取り出す。
「それはお父様の? いや、少し違うような……」
「ピースみたいになてて。あのペンダントと組み合わせて、一つになる」
ユウキの言葉通り、彼の持つペンダントは父のものと対になっている。
そのペンダントは昔、レイの母が造ったものらしい。
この世に二つとない代物で、父はいつも大事にしていた。
なにせお風呂に入る時も、身に着けていたのだ。
誰にも取られたくないと、いつも語っていた。
「こいつは僕より、君の方がふさわしいね」
ユウキはレイに近づき、ペンダントを差し出した。
「どうして貴方がこれを?」
「託されたんだ。幸せになって欲しいという、メッセージ込みでね」
ユウキの持つペンダントの持ち主は決まっている。
そのメッセージが、誰に向けられたものなのか。
レイはなんとなく悟っていた。
「お嬢様。貴方と父は一度、腹を割って話した方が良い」
ユウキはレイの隣に立った。
空を見上げながら、雲に向かって手を伸ばす。
「親の愛を疑うなら。いっそそのことをぶつけちまえば良いさ」
「ええ!? そんなこと……」
「出来ないのは、君が父を恨めていない。情がある証拠だ」
ユウキは優しい微笑みを、レイに向けた。
彼女は自分の胸の内を考える。
裏切られたと思いつつも、自分は父を恨み切れていないと。
「人は自分の気持ちすら、把握できていない。他人から指摘されるまでね」
「どういう事?」
「誰かを大事に思っていても、素直になれない事がある。脳内トークでも、それを否定するんだ」
レイはハッとした。確かにユウキに指摘されるまで、父への思いを自覚したことはない。
それどころか、心の中でも子としての感情を否定していた。
「それに気づけるのが。思いをぶつける事だけだよ」
「私にわがままになれと。感情をぶつけろというの?」
「別に良いじゃないか。悪い事じゃ何だから!」
レイは自分の思いを口にするのが苦手だ。
昔からわがまま言うと、大人が嫌な顔をすると感じていた。
だから大人しくしていたし、それが正しい事だと思っていた。
「難しいのは理解しているよ。でも大事だ。手遅れになる前にね」
「手遅れ?」
「伝える前に、相手に居なくなったら。後に残るのは後悔だけさ。お互いな」
ユウキは顔は笑っているが、どこか空しい雰囲気を出している。
雰囲気に関わらず、レイを励ます様に肩を叩いた。
「お父様……。私の話を聞いてくれるかしら?」
「そこは僕が何とかするさ。お嬢様が命令してくれれば、なんなりと」
「下僕みたいな口調ね。そう言うの憧れてたけど」
レイはフッと微笑しながら、ユウキに顔を向けた。
「じゃあ、頼っても良いかしら?」
ユウキはサムズアップをして返答した。
その意味は知っている。初めて見た時より、心強く見えた。
***
ユウキは上官に対して、報告をしていた。
次元を超える無線で、上官の溜息が聞こえる。
『余りよそ者が関わるべきじゃない』
「僕もそう思っていたけど。これくらいは許される事だろ?」
『貴方の任務はネガリアンの確保と、盗まれたダークマター因子の排除よ』
上官は苛立ちながら、もどかしそうに口にした。
「これは任務じゃない。婆ちゃんのやり残した事だ」
『その祖母は、異界と関わり過ぎたから。その自体が起きたのでしょ?』
「でも後悔はしていなかった。姉ちゃんなら、分かるよね?」
ユウキの上官は、実の姉だ。
二人は祖母の最期の時を、看取っていた。
祖母は人生に後悔などしていなかった。
「でもやり残したことはあるんだ。それを叶えるのが、家族として悪い事か?」
『任務と私情は、分けるべきよ』
「なら任務に組み込めばいいだろ? 適当に報告するさ」
上官から、姉として深いため息が聞こえてくる。
『アンタのレポートじゃ不安。だから私がみんなを説得しておくわ』
「サンクス。いつも悪いね」
『もう慣れたよ。だからこれは命令よ。絶対に悲劇は回避しなさい』
ユウキは無線を閉じる前に、力一杯のサムズアップをした。




