第9話 王族達
レイはどうしたものかと、悩んでいた。
ユウキを自分の世話係にしたのは良いのだが。
自分はこれまで、世話係の世話になったことがない。
自分の事は全て、自分でしてきた。
今まで部屋に引きこもっていたのだから、生活は出来る。
つまり、ユウキは暇なのだ。だが彼の性格上、暇など我慢できるタイプじゃない。
なにより突然現れたものを、世話係に勝手に決めたのだ。
周囲の反対は必須。家臣はともかく、父をどう誤魔化したものか……。
「ノープランで僕を拉致ったとは、驚きだ」
「うるさいわね! 貴方だって、無計画で乗ってきたでしょ!」
「僕はちゃんと考えているよ。家臣たちを納得する手土産を用意すれば良い」
レイは不安になる。ユウキの考えは、絶対ロクなものじゃない。
彼と出会って、まだ数時間だがそれが分かってきた。
ユウキは人生全てに、全力を注ぐ。だから行き当たりばったりでも気にしないのだ。
彼の言う手土産が、何かレイには問う自信がない。
言葉を喉につっかえていると、ユウキが呆れたように両手を広げた。
「手土産と言っても、危ないものじゃないぞ」
「でもお菓子とか、洗剤とかでもないでしょ?」
「オフコース! こっちが用意するのは、情報さ」
意外とまっとうな答えが出てきてレイは困惑した。
てっきり先ほど自分を襲撃した敵、ネガリアンの首でも持ってくるのかと思った。
確かに彼がレイを攫おうとした理由は、分からない。
その情報を持って来れば、護衛を任されるかもしれない。
何せ彼は、王都騎士団が手も足も出ない相手を一人で倒したのだから。
「どうだい? 君と違って、ちゃんと考えて動いているだろ?」
「わ、私だって考えているし……! ちゃんと考えていたもの!」
強がったは良いものの、本当は何も思いついていない。
まず説得すべきは父だろう。これはユウキの情報があれば、何とかなる。
でも彼だけに頼るのは、少し癪だ。
「へえ。例えばどんな?」
「ええっと……。今日はお父様と一緒に食事する予定だったの。その時、貴方を紹介するつもりだったし」
「そりゃ名案だ。紹介の仕方がしっかりしていればね」
一々余計な事を挟んでくるなぁっと、レイはイラついていた。
自分の力を知るためとはいえ、こんな奴に世話されなければいけないのかと。
「まあ無理しなさんな。ずっと部屋に籠っていたのに、一緒に食事なんておかしいだろう?」
レイは正直言うと、人と会うのがまだ怖い。
自分の力で傷つけてしまうのではないと、いつも不安になる。
民の前に出るときは、何も考えない様意志を消しているのだから。
彼なりに気遣って、自分だけでなんとかしようとしているのだろう。
でもレイは正直、ユウキの正確が癇に障っていた。
だから彼に頼る事を、プライドが許さない。
「貴方が父に無礼を働くのも怖いし。そこは頑張るわよ」
「あらら。もしかして、僕って第一印象悪い?」
「最悪を通り越して、底辺ね!」
最大限の気持ちを込めて、レイは口にした。
ユウキは気にする素振りを見せず、口笛を吹いて目線を逸らした。
どうやら元の世界でも、似たような扱いのようだ。
「とにかく! 私が間を持つから! 貴方は終始黙っていなさい!」
「それが出来る性格に見えるかい?」
「まあ、無理でしょうけど。善処はしなさい」
ユウキを黙らす方法も考えないといけない。
レイは既に頭が痛くなってきた
彼女が溜息を吐くと同時に、部屋のドアがノックされる。
彼女は息が詰まりそうになった。
従者には部屋に近寄らないように言っている。
この部屋に近づき、入って良いか確認するのは……。
「随分騒がしいな、レイ。何かあったのか?」
「お、お、お父様! いえ! ちょっとアイスクリームが……」
父であるノヴァが、いつもの様子確認に来た。
レイは慌てていたため、適当な返事をした。
当然扉の向こう側から、怪訝そうな声が聞こえてくる。
「ちょっと……。貴方隠れなさい」
小声でユウキに合図を出すレイ。
当のユウキは首を傾げている。
「私の部屋でお父様に見つかると、面倒よ」
「遅かれ早かれ面倒は来るんだ。なら先の方が良いだろ?」
「あ! ちょっと!」
レイの静止も聞かず、ユウキは自らドアを開けた。
ドアの向こうから、怪しむ表情をしたノヴァの顔が出てくる。
彼はユウキを見るなり、眉間にシワおよせた。
「家賃の催促なら、これから払います」
ユウキの軽口に、ノバは深いため息を吐いた。
何も言わず部屋に入る。
「異界の者か。大方レイの護衛でも、頼み込んだのだろう」
微妙に話は違うが、ユウキはスムーズに進めるため頷く。
実際自分はネガリアンとやらに、狙われているのだ。
敵対者であるユウキが、護衛につくことはおかしな事ではない。
「撃破は君に任せる。騎士団に所在を掴ませよう」
「あら? 意外と話が早い様で」
「君にはさっさと帰って欲しいから」
ノバは冷たい口調で、ユウキを突き放す様に言った。
「それから、余り娘と関わらないで欲しいな。この子は婚約する身だ」
変な噂が出始めたら困ると、ノバは口にする。
彼の冷たい口調が、幼い頃からレイは苦手だった。
母のいない自分を、一人で育ててくれた事は感謝している。
だが父は自分を娘として、見てくれているのか不安に思う。
今回の縁談も、道具にされている様な気がしなくもない。
「君達は別れることが運命にある。仲良くなればなるほど、別れが辛くなるぞ」
今度は冷たさの中に、どこか寂し気な気持ちが宿っている。
まるで自分に経験があるような……。
「外で少し会話を聞いた程度だが。短時間で随分と仲良くなったようで」
「お父様……。私がこの様なものに、特別な感情を抱くとでも?」
「私もそう思っていた。君の母との初対面の時にな」
レイは声が詰まった。父が初めて母の話をしたのだ。
今まで避けていたかのように、母の存在をなかったことにしていた父が。
「レイは私によく似ている。そして異界の戦士よ。君は彼女によく似ているのだ」
ノバは首にぶら下げたペンダントを握りしめた。
彼が決断をするとき、いつもその仕草をするのだ。
そのペンダントに、思い入れがあることはレイにも理解できた。
「そのペンダント……」
ユウキはペンダントに気づいた途端、目を丸くしていた。
父の持っているペンダントは、この世に二つとないらしい。
父と面識のないユウキは、ペンダントの存在を知らないはずだが……。
「アンタはさっさと立ち去れって言ったな? 僕もそのつもりだったよ」
ユウキはネガリアンを倒すことが目的だった。
それが達すれば、この世界にいる理由がなくなるだろう。
「でも今そうはいかなくなったみたいだぜ。"祖母"がやり残した事があるんでね」
「そうか……。そうか」
ノバは納得した様な言葉を発した。
ユウキが残る事を許可したのか。或いは違う何かに納得したのか。
「アンタ言ったな。仲良くなればなるほど、別れが辛くなると」
ユウキは今までの軽口は口調とは違い、真剣な声を出した。
「でも人間に永遠はない。出会いがあれば、別れがある。辛い別れがな」
ユウキは胸を叩きながら、訴える様に顔を前に突き出した。
口角が下がり、ニヤリ顔が消えている。
「でもその悲しみを乗り越えなきゃ。誰とも仲良くなれないぞ。孤独が良いならまだしもね」
「……。娘は婚約者が決まる身だ。そのことを熟知したまえ」
ノバはそれ以上何も言わず、レイの部屋から出ていく。
立ち去る彼の背中は、どこか哀愁が漂っている。
レイは初めて、冷たい父の心を覗けた気がした。
彼は寂しいと感じているのだ。
母親と何らかの別れを通じて、心を閉ざしてしまった。
「お父様に認めてもらったってことで良いのかしら?」
「さあね。ただハッキリ言えることは……」
ユウキはノバの背中をジッと見つめいていた。
「僕はやり遂げなければならない事があるってことだ」
ユウキは懐からペンダントを取り出した。
それは父が持っているペンダントとそっくりな代物だった。




