第8話 婚約相手の物語
あくまで主人公はセイです。こちらの物語は物語を深めるスパイス程度に思っています。
ネガリアンの襲撃があったその日。
国王の弟の娘。レイ王女はユウキを強引に引っ張っていた。
衛兵に囲まれた彼を助けるには、特別客として招待するしかない。
自室に他者を入れるのは、好きではないが。
彼だけは特別だった。
ネガリアンの怪物を倒すとき、不思議な力を使った彼だけは。
「どこまで行くんだい? 強引な少女はちょっとね……」
「私は普段そこまでだよ。でも今だけは、強引も許されるよね?」
レイは本来、引っ込み思案な性格だ。
だが今チャンスを逃したら、二度とこないかもしれない。
だから多少キャラじゃないと思いつつも、ユウキを連れ出した。
「そもそも貴方、衛兵とどんな悶着があったの?」
「あ~。色々手違いで。変な場所に飛ばされて。剣持ってたから、色々とね……」
全く答えになっていない言葉を、ユウキ話す。
レイは彼を自室に招き入れて、ベッドに座った。
ユウキの方は立ちっぱなし。彼はジッとしているのが嫌いなようだ。
「王女様の部屋っつたから、もうちょっと豪華なのを期待していたぜ」
「期待外れで御免なさい。でも私にはこれだけあれば良いの」
レイの部屋は精々、ベッドと本棚が置かれているくらいだ。
王女の寝室としては、どちらかと言えば狭い。
そもそも王女と言われているが、正確には王位継承権などないのだ。
王族の血を引いているから、そう呼ばれているだけ。
その王族の血も今、政治目的に利用されようとしている。
彼女は婚約を父から言い渡されている。
断る理由はなかった。彼女はいつも自室にこもっている。
外に出るときは、祭りの時に顔見世が必須な時だけだ。
誰とも関わりたくなかった。だから形だけの婚約を拒否する理由はない。
「衛兵との関係は私が何とかする。その代わり条件」
「オーケー。死ね以外なら聞いてあげるよ」
「複数あるけど?」
「ノープロブレム」
ユウキは親指を突き出しながら、ニヤリと微笑んだ。
動作の意味が分からず、レイがキョトンとしていると。
彼は『やべぇ……』と言いながら、手を隠した。
「今のは了解って意味。僕達の世界では、サムズアップって言っているな」
「サムズアップ……?」
「僕は基本的に、任せとけって意味で使うけどね」
未知の少年は、本当に未知の世界から来たようだった。
先ほどからレイには意味が分からない言葉を、繰り返している。
「それで? 複数ある条件って言うのは?」
「まず貴方の持つ、不思議な力について教えて欲しい」
「不思議な力? ああ。超能力の事?」
ユウキは右手を前に突き出した。
本棚の本が一冊緑色に光り、勝手に浮く。
ユウキが人差し指をクイッと曲げると、本は彼に寄って来る。
「僕らの世界では一般的だから。あまり特別な力って気がしないなぁ」
「その僕らの世界ってなに? 貴方は特別な部族か何かなの?」
「そこからか。僕はこことは異なる世界。通称異世界から来たんだ」
さらっと衝撃的な事実を言ってのける、ユウキ。
レイにもそこまでの驚きはなかった。
この世界で異世界人が観測されるのは、これが二度目だ。
自分が生まれるちょっと前に、邪悪な怪物を異世界人が倒してくれたと記録されている。
当然そのことを知るのは、王族や一部の家臣だけだ。
異世界の存在が一般的になるには、まだ文明度が足りないとのことだ。
「ちょっと見てて欲しい……」
レイは目を瞑って、神経を集中させた。
頭の中で、本棚を完璧にイメージする。
本棚が倒れる様子を想像し、全身に力を込めた。
すると本棚は何もない状態で、倒れ始めた。
ユウキが直ぐに超能力で支えて、元の位置に戻す。
「コイツは驚いた。この世界にも異能力を使える人が居るとはね」
「知っている限り、私だけなの。自分でもなんでこんな力があるのか、分からない」
「まあ確かに。この世界に異能力があるとも、思えないね」
ユウキは腕を組んで、何かを考え始めた。
彼らの世界で、レイの力は異能力と呼ばれているようだ。
それも一般的な力らしい。一体どんな世界なのだろうか?
「私は偶然この力が発現して、友達を傷つけてしまったわ」
「あ~。暗い話は苦手なんだけど……」
「友達は私に言った。化け物って。それ以来二度と会ってくれなくなった」
ユウキは呆れた表情で、首を傾げた。
「それでこんな小さな部屋に閉じこもるって? 早計過ぎない?」
「無意識で発動してしまうの。私が咄嗟に想像したことが、現実になってしまう」
レイは胸に手を置きながら、体を震えさせた。
ずっと得体の知れない力に怯えてきた。
その答えを知る者が、今現れたというのだ。
正直ユウキが善人だとは、限らないが。
話している限り悪い人ではないと、レイは直感していた。
「でも本当は私だって、普通の女の子の様に野原を駆けまわりたいよ」
「普通は無理だろ。王女だし」
「貴方、喋れば喋る程ムカつくと良く言われません」
ユウキは急に黙った。図星なのは誰が見ても明らかだ。
「それに、仮にも王女相手に堂々とため口を使いますわね?」
「だって僕はこの国の人間じゃないし。ネガリアンを潰したら、さっさと元の世界に戻るから」
一理あると思った。彼は異世界人だ。
言ってしまえば、王女であるレイにも管理外の人間でもある。
敬語を使う義務など、どこにも存在しないのだが。
「この力の秘密が分かれば、少しは前に進めると思ったのに……」
レイは少々ガッカリした。ユウキから得られた情報は、有益ではない。
力の秘密さえ知れば、消す方法だって見つかるはずだ。
普通の少女として生まれれば、こんな力に惑わされることもないだろう。
「儚い見た目な割に、強引なお嬢様って感じだね」
「良く言われる。見た目と言動が不一致って」
病弱で弱そうな見た目に反して、レイはアグレッシブだ。
寂しそうな表情をしていると言わるが、実際寂しい。
「君の悩みを要約すると。その力が普段、発動しないようにしたいでオーケー?」
「ええ。まあそうなるわね……」
「あんまり異世界に干渉するのは良くない事だけど……。まあ、困っている人を見捨てるよりマシだろ」
ユウキは自信満々に、コイントスを行った。
空中のコインを素早くキャッチして、レイに腕を向ける。
「君が望むなら、僕が手伝っても良いけど」
「そりゃあ、望むけど……。貴方にそれが出来るの?」
「勿論! 僕も正直君と似たようなものでだったし!」
ユウキの言葉に、レイは首を傾げた。
彼の世界で異能力は当たり前の力ではないのだろうに。
自分と似たようなものとは一体……?
「僕も普通の人とは違うんだ。父が遺伝子操作を受けてね。悪魔の遺伝子って奴を受け継いだんだ」
「はあ? なによ、それ?」
「この話は長くなるから、別件ってことで。とにかく、変えようのない遺伝子に悩まされた事があった」
ユウキを見ながら、レイは自然と笑いがこぼれた。
彼が悩んでいる姿なんて、想像できない。
「でもね。悪意を持って造られた力でも。善意で使えば、世界を救えるんだ」
「大きく出たわね……」
「本当さ。僕は実際、悪魔の遺伝子で父と共に世界を救ったからね」
その話は凄く興味があるが、脱線しそうなので追及しない。
レイは代わりに、自分の腕を見つめながら力について考える。
この力で世界を救う事など、本当に出来るのかと。
そもそもこの世界に、滅びるほどの脅威が来るのだろうか?
争いは起きるが、殆どが人間同士によるものだ。
世界規模の厄災など、起きたことがない。
「それに、僕は君の事。ちょっと気になるし」
「あら? もう私の惚れたのかしら?」
「ああ。その力は僕らの世界のものだから。興味津々」
軽く冗談を返されて、レイは溜息を吐いた。
だが同時に、自分の持つ力が異世界由来のものだと分かった。
なぜ自分が異世界の力を持っているのだろうか?
「そう言う事かもな……」
ユウキは何かに思い当たったのか、指を鳴らした。
「なに? 思い当たる事でもあるの?」
「まあ、確信はないから、また後日ね」
「ああそう。なら確信が得るまで、調査が必要よね?」
レイは悪戯笑みを、ユウキに返した。
「貴方の調査が終わるまで、特別に私の世話係にしてあげるわ」
「へえ。そりゃあこっちも、王宮を出入り出来て便利だけど。僕に世話なんて出来るとでも?」
「嫌でもさせてあげるわよ! 私が教育してあげるから!」
レイは内心、絶対世話をする方だと感じていた。
ユウキの無礼な態度に、呆れを繰り返すばかり。
「それから。私の事はお嬢様と呼ぶ様に!」
「王女なのに?」
「王女だけど。憧れていたのよ。執事とかにそう言われるの」
今度はユウキが、呆れた溜息を吐く番だった。




