3.第二王女の淹れるコーヒーは究極。
翌日の土曜日、朝9時。
疲れ切って眠り続けようとする体の意志に反して、バチッと目が覚めてしまう。
「天宮カフェ、いくか」
目が覚めてしまったのなら、仕方が無い。
起きて、推しのコーヒーを飲みにいこう。
だが……
『脈アリと思う』
部長のあの発言が思い出されてしまい、雑念のエコーが頭の中でこだまする。
いかんいかん、忘れよう。
頭を振って頭の中からニヤつく部長を追い出す。
俺の最寄り駅は水天宮前駅なんだが、ここからだと会社のある秋葉原に直でいけない。
その為、少し先の人形町駅まで歩く。
地名的に正確にいうと、日本橋箱崎町の1DKの単身者用賃貸マンション4階の一室を借りている。
俺なんかの給料でよくこんな都心に住めるな〜、 と別部署の同僚に驚かれたが、地方から出てきた身で超横断的に色々な条件を比較した結果、この場所が最有力候補として浮上した。
なんといっても、会社まで近いのが良い。
人形町駅からは秋葉原までなんと3分だし、歩こうと思えば歩けてしまう距離なのだ。
2駅なので定期代も安くすむし。
それに、うちの会社は交通費支給は社長の方針で全社員一律ということは入社前に分かっていたし。
あとは、地方出身者としては、近くにあるT-CATというバスターミナルから羽田空港に直通のリムジンバスが通ってるのも大きいと付け加えておく。
「それに、食が充実している!」
それな!(1人相づち)
住んでみて初めて知ったのだが、通勤で利用する人形町駅周辺はグルメの町として有名だった。
俺の地元にはこんな美味しいお店、一軒もなかったよ……
最近ハマってるのは昔ながらの洋食屋巡りと、絶品蕎麦を出す居酒屋と、新鮮な海鮮を出す居酒屋と、深夜でもやってるワンコインラーメン屋である。
もちろん、いつもお一人様なんである……ぐっすん(涙)
俺いつか彼女が出来たら諭吉さん握りしめて、すき焼きの◯半に行ってやるんだ……。
それに、休みの日はこうしてふらっとアキバに遊びにいけるのも大きい。
脳内で人形町周辺グルメを反芻している間に、俺の足はアキバの地に降り立っていた。
スマホの時計を見ると午前中の10時半。
目的のカフェ店の開店が11時なのでまだ開いてないが、こんなに早く来たのには理由がある。
まず、朝ご飯兼昼ご飯を食すつもりだ。
目当ては「トンカツ」。
アキバはトンカツの名店が多いことでも有名なのだ。
よし、列もそんなに並んでないぞ。
15人しか並んでない。
2回転目では入店できそうだ。
俺の脳内では、トンカツをどうやって味わい尽くすか、塩とカラシとソースの配分と順番の段取りが始まっていた。
(最初の一切れは何も付けずそのまま、一切れはカラシだけ、3切れは塩とカラシ、となるとソースは一切れとキャベツのみだな)
(この店の赤出しと漬物と食べ放題の梅干しが最高なんよな……)
(ご飯とキャベツのおかわりはもちろん、一口ビール頼んじゃおう……)
「はい次の1名様、入店どうぞ〜」
「あ、はい」
余は満足じゃ。
では、本屋でも寄って帰りますか。
もちろん、ここには俺1人しかいないので、セルフツッコミするしかない。
「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ」
どうも部長から昨日言われた『脈アリと思う』発言が、かなり影響していて、カフェ店へと思うと足が重くなってしまっていたようだ。
そもそも、部長に言われたからって、俺は例の店員さんにデートを申し込んだり告白したりなどするつもりはない。
だから、いつも通りに入店してコーヒーを注文して飲んで帰るだけでいいのだ。
――と自分に言い聞かせる。
天宮カフェ。
俺と部長が心血を注いで作り上げたソシャゲ作品「異端天球ディメンション・ブルー」略して「ディメブル」に登場するカフェ店なのだが。
この現実世界にあるお店は、いわゆる「コンセプトカフェ」に位置づけられるかも知れない。
いやー、いつ見ても外観も雰囲気出てるなー。
中の人間が関わってるんじゃないか、という くらいに仕上がっているよ。
相当好きでいてくれてるんだろうな……
カラン、コロン
「天球よ感謝します!」
「「「ご主人様の無事を感謝します!!!」」」
ゲームの中における天宮カフェは、「天球(天宮)」に掛けて「感謝」と「19(テンキュー)」に拘っていたりするのだが、このお店は入店の挨拶も、お店の内装も、カフェ店員のコスチュームも、システムもコンセプトも、全てゲームに登場するそのものなのよね。
特に、コスチュームは、俺の趣味嗜好を詰め込んだお色気制服なんよな。
こうしてリアルで目にすることができるとは、ゲーム開発者冥利につきすぎるってもんだ。
「我が主様、無事の帰還を天球に感謝します」
カウンター席に座った俺の前に、ペコリ、と一礼を見せてくれるのは俺の指名の次女リナナ嬢。
裏設定ではリナナ・ブルーリンク第二王女。
――のコスプレをしているコンセプトカフェ店員、つまりコンカフェ嬢の人である。
ちな、お客が彼女の名前を呼ぶ時は「リナナ姫」で統一と(暗黙で)決まっている。
あれ、この店って公式公認だっけ?
「あ、ども」
「今日のご注文は何にされますか?」
「いつもので」
「了解です♪」
はわわ、かーいー。
部長とタイプは違うけど、同じくらいカワイイな。
若干部長の方が好みだが、アイドル的可愛さではリナナ姫は恐ろしいくらい仕上がっている。
ちな、ゲーム内の天宮カフェのコンセプトは「身分を偽った王族の3美姫が極上のコーヒーで、冒険に挑む勇者たちをもてなす」。
だから、リナナ嬢は裏設定では第二王女なのだ。
ゲーム内のリナナ嬢に匹敵するほどの美女、いや美少女といっても過言ではないほどの第二王女(もしかしたらJKかも? アルコールを提供しないコンセプトカフェならアリエール)が少しエッチなお色気制服を……という視点で見ると……色々捗りますな。
特に、ハッキリ見えてしまっている脇腹とおヘソが犯罪級なんである。
ただし、カウンターの下にほぼほぼ隠れてしまうのが難点だ。
めちゃくちゃ短いスカートから生える生足も隠れてしまってるんよなー。
誰だ、この憎らしい設定を考えたのは?
はい、俺である。
しまった、自分で自分の首しめるとはこのことか……
「どうぞ」
おっと、考え事をしていたら目の前に挽きたてのコーヒー豆が。
この様に彼女も、というかこのお店の嬢は必ず挽きたての豆の香りを嗅がせてくれる。
リリナ姫はかなりサービスが良く、ものすご近づいてくれるから、部長と同じく俺の眼下には部長に勝るとも劣らないくらい見事な果実が……しかも谷間がオープンなお色気制服なのだ……見ないようにするのが精一杯なんである。
もちろん間接視野には焼き付けているんだが。
部長よりも頭半分も背が高いので(高いヒールの所為かもしれないが)、さらに視界が近いし、匂いも最高なんである。
これがJK(推定)の香りなのか……コーヒーの香りと共に密かに味わう。
「いつもの【本日のオススメのアイスコーヒー】です。今日はグアテマラ産のスペシャリティコーヒーですよ。フルーティで少し酸味があるのが特徴です。マイマスターは酸味が苦手でおいででしたので、フレンチプレスでお入れしますね?」
「あっ、はい」
少し、ぽーっとしつつ、お任せ感覚でいつものを注文する。
「で、その……マイマスターは、何か私に言いたいことがあるのではないですか?」