末吉
最初の生命が地球上で自然発生したと仮定すると、その確率は10の4万乗分の1になると言われている。海に溶け込んだ「物」が、自然に混ざり合い、組立てられ、最も単純な単細胞生物となる確率だ。
この確率を計算したフレッド・ホイル博士は、最初の生命の誕生をこう例えている。『スクラップ置き場に竜巻が発生して、舞い上がった部品がジャンボジェット機に組立てられるようなもの』
最初の生命は、本当にこのような低確率をかいくぐって生まれてきたのだろうか。ちなみにフレッド・ホイル博士はこの化学進化説(地球上の無機物から生命の起源が生まれたとする説)に否定的である。理由はあまりにも確率が低すぎるからだ。
そこで博士はパンスペリニア説を支持している。これは生命の起源が地球上で生まれたのではなく、宇宙から隕石とともに飛来したとする説だ。しかし、この説も「地球以外の場所で生命の起源がどうやって生まれたのか」という疑問には答えてくれない。宇宙のどこかには、生命が発生しやすい場所があるのだろうか。それとも、生命は宇宙のどこかで、信じられないくらいの低確率をかいくぐって発生したのだろうか。
化学進化説とパンスペリニア説のどちらが正しいのかは分からないが、1つ言えるのは、どんなに確率が低い事象でも、その確率が0でない限りは起こりえるということだ。
この宇宙は無限に近い空間が広がり、永遠に近い時間が流れている。そして、空間も時間も膨張しつづけている。ということは、どんなに確率が低い事象でも、宇宙のどこかで、いつか必ず起こるのだ。
人類は、今まさにそのような事象に直面している。その事象を説明するのは簡単だ。女しか産まれなくなったのだ。
最初はどこかの国が、胎児を必ず女にするウイルスでもばらまいているのではないかと疑われていたが、すべての国で等しく女しか産まれなくなっていたので、この説はすぐに否定された。
世界中の学者が原因究明に乗り出したが、どの親子も異常がいっさい見つからなかった。そして、最終的に出された結論は「偶然」だった。
当時の全世界の人口は90億人である。このうち、1年間に出産する女性は1億5000万人。1人の女性が女児を出産する確率は2分の1であるから、1年間に生まれる赤ん坊がすべて女児である確率は、2の1億5000万乗分の1となる。2の1億5000万乗は、だいたい2に10の4500万乗を掛けた数字となるから、この確率は最初の生命が自然発生する確率よりもはるかに低い。
ゆえに、最初はこの「偶然説」を信じる者は誰もいなかった。しかし、女しか産まれなくなってから5年が経過しても、原因が分からないままだったので、次第に「偶然説」を信じる者が増えていった。学者達の中にも増えていき、彼らはあるかどうか分からない原因の究明から、人工的に男を産み出す技術の開発に移っていった。
しかし、女しか産まれなくなってから10年が経過しても、人工的に男を産み出す技術は開発されなかった。クローン技術や遺伝子操作技術が開発されて久しいこの時代において、この程度の技術は簡単に開発できそうなものだが、胎児に何の悪影響も与えず、強制的に男にすることは困難を極めた。
女しか生まれなくなってから20年が経過すると、町から若い男の姿は完全に消えてしまった。女は中年の男と付き合うか、冷凍保存された精子を人工授精しなければ出産ができなくなった。しかし、冷凍保存された精子は時とともに劣化していき、使えなくなってしまう。早く問題を解決させなければならないが、未だに人工的に胎児を男にする技術は開発されなかった。
人類はこのまま滅亡してしまうのだろうか。全世界が絶望的なムードに包まれる中、嬉しいニュースが舞い込んだ。ある町で絶滅したと思われていた若い男が見つかったのだ。男はなぜか服を着ておらず、町をさまよい歩いていたところを警察に保護された。警察が事情を訊くが、男は言葉を話せないらしく、何も訊き出せなかった。ということで、病院で検査を受けさせたのだが、聴覚や発声器官に異常は見当たらなかった。その他の健康状態も正常だった。そこで、医者は記憶喪失という診断を下した。
貴重な若い男の発見に人類は歓喜したが、それだけでは終わらなかった。世界各地で、同様の現象が発生したのだ。突如として若い男が町のいたる所で発見された。そして、その数は日に日に増えていった。さらに不思議なことに、男達は全員、最初に発見された者と同様に全裸で、言葉を話せなかった。
各国の政府は謎の男たちの出所を探った。その答えはすぐに分かった。彼らは海からやって来ていた。どうやら海に溶け込んだ物質が自然に組立てられ、成人男性が生成されているようなのである。
昔ならこの「男性自然発生説」は誰も信じないだろうが、人類はすでに20年間女しか産まれないというとんでもない偶然を目の当たりにしていたので、この説をすんなり受け入れた。
今日も親をもたない0歳の成人男性が、続々と海から陸へ上がってくる。人類の歓声に包まれながら。