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1.08

 百穴ダンジョンの奥、デジルとの死闘から一時間後、入り口に引き返した俺とレアは疲労困憊の状態でマーと合流を果たす。

 俺はマーに、無言でデジルからドロップした筒を見せる。マーは一瞥すると、『強くなったね』と褒めた。見ただけで強力なモンスターのドロップとわかったのだろう。

 マーによれば、半覚醒だった俺は前より本格化したらしい。強力なチートに目覚めつつある、だとか。


 三人でダンジョンを出て、マーの運転するバンでスタジオに戻る。まだ日が高く、午後二時過ぎだ。

「ふう、さすがに限界」

「ツカレター」

 俺とレアは床とソファーに倒れこんだ。俺が床でレアがソファー。激闘の疲れで身体に力が入らない。

「おつかれさま。後は作戦当日まで、ここで休んでいるといいよ。とりあえずお茶でもいれてこよう」

 マーが奥の給湯室に向かうところを、俺が引き留める。

「待ってください。ちょっとお願いがあって、ダンジョンでレアの服が破れてしまったんで、それを何とかしてあげてほしいです。それと、これなんですが――」

 俺はデジルのドロップした筒を出す。

「何とかして、武器に加工できないですかね。俺ってちょっと火力不足だなと、今回のダンジョンアタックで痛感したんで。これ使ってパワーアップできないもんかなと」

「それね。確かにデジルのドロップともなれば、格としては十分だけど。筒だからある程度は加工しなきゃ使えないよね」

「ですよね。俺は基本、殴る蹴るしか攻撃手段がないんで、例えば拳に嵌めるメリケンサックみたいなものにできませんかね」

「どうかなあ。この筒は硬そうだし、穴をキレイに空ける加工はここじゃできないかな。曲げるくらいならなんとかなるかもしれない」

「曲げて拳にすっぽりはまる感じにする、とか」

「そうだね、それくらいならできるかも。メリケンサックというよりボクシンググローブみたいなね。ここはちゃんとした工房じゃないけど、僕は自分でセット作ったりもしているから、多少のスキルはあるよ。普通の工具で加工できる範囲なら何とかなるかな。やってみようか?」

「お願いします」

 マーは俺から筒を受け取り、工房に向かった。デジルからドロップした筒の加工に挑戦してくれるらしい。


 それから数時間。俺はスタジオでただぐったりしていた。レアはソファーに沈んだまま、泥のように眠っていた。戦闘の反動で、全身が鉛のように重たかった。

 レアの服装は、例の制服もどきから、マーから借りたTシャツとジーンズに変わっていた。思いっきり男物でぶかぶかだけど、これはこれで似合っている。

 途中、マーがやってきて、俺の腕の太さを測ったり手形をとったりした。

 しばらく経って、


「これでどうかな」


 マーが青紫色のグローブを見せてきた。筒の片側の穴を埋めて、全体として拳がすっぽりと収まるような形に変えたようだ。これ以上ないほど武骨だが、グローブはグローブだ。オープンフィンガーじゃなくてボクサーがするようなタイプのグローブ。

「ありがとうございます。嵌めてみていいですか」

「どうぞ」

 事前に寸法を測っておいたからか、ぴったり収まる。ひび割れを活かして半径の調整ができるようになっていて、結構きつめだが、思いっきりぶつけてもズレたり取れたりしないのがいい。レアの鉄腕ほどじゃなくても、これなら破壊力は増すはずだ。

「いいですね、これ。しっくりきます」

「そっか、良かった」

「嵌めるのに時間かかりそうなんで、戦う前からあらかじめ付けておかなきゃですね」

「そうだね。でも手っていろんなことに使うからね。それ嵌めちゃうと掴んだりできないから不便かもしれないよ」

「うーん、それも一理ありますが。俺の場合、どっちにしろ凝った攻撃はできないんで大丈夫です。利き腕に嵌めます」

「どうぞ」

 俺は自分の腕をみる。これで一線級のチーターさえ倒せる火力が手に入った。気がする。

「嵌めたまま移動ってわけにもいかないだろうから、紐が括りつけられるようにしておいた。普段は腰にでもぶら下げてたら?」

「そうします。腰に回して結ぶ、ウエストポーチみたいな感じですかね」

「そんな感じ」

 まったくおしゃれではないが、問題ない。火力アップのためのグローブは、腰に吊り下げておくことにした。

 そんな作業をしていると、


「おっと、電話だ」


 スマホが鳴ったので、取り出す。画面には知らない番号。とりあえず出る。

「ジローです」

『おおジローか。待たせたな、作戦の詳細が決まったぜ』

「その声はイージさんですか」

『そうだ』

 シャークスマイルの実質的なリーダー、イージ。彼と電話番号を交換した覚えはないが、国を支配する執政官ともなれば、何かしら調べる方法があるのだろう。

「すいません、全然連絡いれずに。こっちは無事にマーと合流できました。途中でクサビの連中に襲撃されましたが、あっさり撃退してやりましたよ」

『順調そうで何よりだ。連中、あちこちで俺らを狙ってやがるな。こっちもまた本部が襲われたり、ビーが病院で襲われたりしたが、すべて返り討ちにしてやった。その分、相応の怪我人も出ちまったがな』

「そうだったんですか。こっちはこれといった怪我人もなくて、元気です。俺とレアもダンジョンで修業して強くなりましたし、例の強襲の件、いつでも行けますよ」

『了解だ。こっちもビーが回復したぜ。ようやく役者が揃ったな。反撃といこうじゃないか』

「はい」

『これから俺が指定する場所にマー、レア、ジローの三人で来てくれ』

「わかりました」

 イージはぶつりと通話を切った。

 イージが指定した合流地点は、意外なところだった。一か月半前まで、毎日のように通っていた場所。俺が武蔵で生活を始めてからは、そこが日々の中心だった。このタイミングで向かうことになるなんて、感慨深い。


 それぞれで身支度を整えて、マーのスタジオを後にし、イージとの合流地点に例のバンで乗り付ける。運転はマー、助手席に俺、後部座席にレア。

 徐々に馴染みのある風景が広がってくると、何ともいえない感傷が湧いた。車から降りて、ついつい言葉に出てしまう。


「へー、もう営業再開していたんだ」

「やあ、久しぶり」

「店長!」


 ここ二年間、俺がバイトしていたステーキハウスだ。いつも気さくに接してくれた店長が、店の前で待ってくれていた。

 俺たちは意外な再会を喜ぶ。

「元気だったかい、ジローくん」

「元気にしてます。おかげさまでチーターになって、シャークスマイルに入ってペーペーやってます」

「そりゃあすごい」

「本当にすいませんでした、勝手にいなくなってしまって」

「冗談はやめてくれよ。あの有名なビーさんに連れていかれたところ、私らも見てるからさ。ああいった経緯ならしょうがないよ」

「ありがとうございます。今の俺があるのは店長や皆さんのおかげです」

「そういってくれるのはうれしいね」

「それにしても、あれだけ派手に壊れたのにもう営業再開しているんですね」

「先週からやってるよ」

 ある意味、すべての発端はここからだ。

 シャラクというクサビグループのチーターが狼藉を働いたことで、シャークスマイルのビーがそれを止めるため、派遣されてきた。二人は店内をめちゃくちゃに破壊しながら戦い、結果、ビーがシャラクを倒した。

 俺はその場に偶然居合わせ、ビーに気に入られて、チーターとして覚醒させるためにダンジョンへと連れていかれたのだった。

 あの後、この店は修繕工事を行い、先週から営業再開したらしい。ちなみにチーターやモンスターが暴れたことによる損害も保険の対象となるらしく、経営的には大して問題がないらしい。

「あのとき、クサビのチーターを追い出すためにビーが派遣されてきたじゃないですか。あれって店長がお願いしたんですか」

「そうだよ。私はシャークスマイルっていうか、イージさんとちょっとしたつながりがあってね。チーターやモンスター関係で何かトラブルがあったら、いつでも連絡してこいっていわれていたからさ」

「それでビーがすぐに来たんですね」

「そういうこと。それにしても、ジローくんはビーさんのこと呼び捨てにしてるんだ。驚いたよ」

「彼女がそうしろって言うんで。彼女、チーターとしては先輩ですけど、コンビ組んでいて、一緒に動いているうちにそうなりました」

「そっかあ。ジローくん、本当にチーターになっちゃったんだね」

 店長が感慨深げに言う。

 ただのバイトウェイターに過ぎなかった俺が、少し見ない間に立派なチーターとして戻ってきたので、そのギャップに驚いたのだろう。たしかにここ一か月半で、俺は見違えるほど変わってしまった気がする。

「それはそうと、店の中でイージさんが待っているはずなんですけど、います?」

「ああいらっしゃっているよ。中にどうぞ」

「おじゃまします」


 かつて働いた店に、客として入店する。マー、レアも一緒に。


 武蔵は人口密集地がそれほど多くないが、このステーキハウスチェーンは特に郊外を狙って出店している。だから空間の使い方が広々としていて、開放感がある。

 店の奥に進むと、一角まるごと予約席の立て札が置かれていた。俺たちの密談が盗み聞きされないための配慮だろう。その最奥に、見知った顔があった。


「どうも。イージさん、ビー」

「よお」

「久しぶり」


 イージとビー。シャークスマイルの実質的なリーダー、禿頭のイージに加えて、俺とツーマンセルを組んだポニーテールの女性、ビーが六人席に並んで座っていた。俺、マー、レアが対面に座る。

 シャークスマイルの十数人しかいないチーターのうち、五人もここに集ったわけか。

「お待たせしました」

「全然待ってねえよ、俺らもまだ注文してねえくらいだ」

「そうでしたか」

 自然と、俺とイージが話す雰囲気になる。

「この中で互いに面識がないのって誰と誰ですか」

「そうだなあ。俺は全員知ってるし、そっち三人は俺とビーのことを知ってるわけだから。初対面はビーとマーだけか?」

「そうだね」ビーが口を開く。「はじめまして、マーさん」

「やあどうも」とマー。

 二人はしばらく互いに見つめ合い、それっきり何も話さない。相手がどれくらい強いのか値踏みをしている感じだ。

 なんとなく剣呑な雰囲気になりそうなところを、イージが変えていく。

「とにかくこうして無事そろったのは良かったぜ。ここにいる俺以外の四人が、特別強襲隊の仲間ってことになるからな。まあ仲良くやってくれや」

「わかりました」

 再び、俺とイージが会話を始める。

「こっちは三人とも元気ですけど、そっちはどうですか。ビーの手の治療の方は」

「そこなんだけどよ。一応、千切れちまった指はくっついたし、普通の活動にゃ問題ねえらしい。だけどよ、チーターがフルスロットルで戦うバトルってのはまったくもって普通の活動じゃねえからな。バトルになったらまた指が千切れ飛んでもおかしくねえらしいぜ」

「なるほど」

「けど、その辺りは織り込み済みだ。どうせそうなるだろうと思っておまえさんを加えたわけだしな」

「そうでしたね」

 俺がビーの片手の代わりをする、とか豪語した気がする。

「ビーの回復の方は順調だけどよ、こっちはこっちでいろいろな衝突があったんだ」

「らしいですね」

「――待って。先に一言、言わせて」

 誰かと思えば、いつもは無口な少女、レアだ。レアが俺とイージの会話に割って入る。

「ビーさん、ありがとうございました。あなたのおかげで、私もシンディも助かりました」

 ぺこりと頭を下げる。

 そういえばそうだった。前のクサビ特攻隊の襲撃の際、ビーがいち早く動いて、暴れるシンディからレアを助けたんだった。レアにとってビーは命の恩人でもあるわけか。とくにシンディは、舌を噛み切って死のうとしたところを、口に手を突っ込んだビーに救われているわけだからな。感謝してもしきれない相手ってことになる。

 ついでに、女性相手ならレアはちゃんと会話できるんだった、ってことも思い出した。

「別に……いいよ、仲間だしさ」

 ビーは素っ気なくそう答えただけ。あまり関心はなさそうだ。

 彼女の今の関心は、初めて会ったシャークスマイルの真のリーダー、マーに向けられているようだ。きっとどれくらい強いのか気になるのだろう。

 俺は話を進める。

「で、そっちの衝突というのはどんなのでした?」

「ああその話だったな」

 俺が促すと、イージが話し始める。

「まずはあの本部が襲撃されたときの後日談からだ。エニって覚えてるか」

「クサビグループの特攻隊隊長でしたよね。あの煙を撒き散らしているパッツンスーツの」

「ああそうだ。ああいうのキャットスーツっていうらしいぜ。知ってたか」

「いえ知りませんでした」

 話が逸れそうになるが、男なら誰しも食いつくポイントだから仕方ない。女スパイものが大好物という志向も珍しくないし。

「あいつだが、あんとき俺の一撃でどてっぱらに穴が空いたよな」

「そうでしたね。口からビーム出していました」

「どう見ても致命傷って感じだったが、一命はとりとめたらしい。今は連中の息のかかった病院で療養中だそうだ」

「よく生きてますね。内臓がいくつか消し飛んでいそうなのに」

「臓器移植とかしたんじゃねえかな。詳しくは知らねえ。とにかく、あいつはこの戦いには復帰できねえってことは確かだ」

「そうですね」

 ギルの両腕とされる、エニとコウメ。そのうちの一人は今回、不参加と。

「だから残る相手の主力は親衛隊隊長のコウメと、ギル本人だな。だが、飛びぬけたのは少なくても、連中は数が多い。おまえさんらがマーのところに行っている間、本部が再び襲われたんだ」

「電話で言ってましたね」

「そのとき本部には俺もいたし、他にも三、四人のチーターがいた。だが連中の規模がハンパじゃなかった。ヘリ三台に分乗して、次々と天井から降りてきやがったんだ」

「ヘリですか」

「空がえらくうるせえなと思ったが、まさかヘリでやってくるとは思わなかったぜ。天井は例の爆発で壊れたままだしよ、敵さんが次々事務所に降り立って、あっという間に乱戦になっちまった。あのときと一緒だな」

「なるほど」

「そのときに活躍したのは、なんと前回操られたシンディだ。襲撃されたときは、またいつ暴れるとも知れねえから拘束していたんだが、戦闘の余波でその拘束が解けちまった。あの子は自分の身体が自由になったらすぐ、こっちの味方をして、敵のチーターをバタバタと倒しちまった」

「じゃあ、シンディはもう操られていなかったんですね」

「そういうことだ。今のところは、だがな。そのシンディの思いも寄らぬ活躍があって、俺たちは辛くも連中を撃退できたってわけだ。前回に負けず劣らず、なかなかの修羅場だったぜ」

「それは災難でしたね」

「それだけじゃねえ。ビーが入院している病院も襲われた。そっちもビー以外に二人もうちのチーターが護衛で張り付いていたんだが、構わず集団で襲ってきやがった。入院している当の本人が暴れまわったおかげで、何とか撃退に成功したが」

「はは」

 病室のベッドから跳び起きて暴れまわるビー。想像に難くない。

「この二回の襲撃で、こっちも少なくねえ怪我人が出た。正直いうと、今シャークスマイルで元気なのはここにいる五人で全部だ」

「……」

 俺の知らないところで、事態は進展していたらしい。少数精鋭を謳っているシャークスマイルも、度重なるクサビグループの襲撃で徐々に傷つく者が増えてきたってことか。物量作戦に押されつつある、と。

「俺は俺で、ギルと直接停戦交渉しようとしてるんだがな。まったく折り合いがつかねえんだ。野郎、自身はこそこそ隠れている癖に、徹底的にやる気だぜ。いや、それだけじゃない。どうもこの戦争は、元々ギルがやりたがってたもんらしいな」

「そんな」

「ビーとシャラクの衝突なんてのはきっかけに過ぎねえ。何でもいいからきっかけさえあったら、いつでも全面抗争に持っていけるように、前々から準備していた節があるんだわ。これを機に憎きシャークスマイルをぶっ潰して、名実ともに武蔵のトップクランになろうって魂胆だろう。ギルってのはこういう油断ならねえ野心家だ」

「そうだったんですか」

 徐々に真相が明らかになっていく。今回の抗争はクラン同士の些細ないざこざではなく、武蔵のトップクランの座を巡っての覇権争いだったらしい。

「だとすれば、こっちもやることやるだけだ。あいつらのことは前々から気に食わなかったんでな。ここらでぶっ潰してやる。こんだけ攻め込まれていると、まさかこっちから反転攻勢に出るとは思わねえだろう。おまえさんらの強襲が、乾坤一擲となるかどうかだな」

「すべては俺らにかかっているわけですね。恐縮です。それで、具体的な作戦というのは?」

「ああ、それについてだが……」

 イージは水の入ったコップの中の氷を噛み砕きながらいう。

「作戦決行は明日の夜。場所は、なんと――」


 イージの口から、恐るべき作戦の詳細が伝えられた。さすがはイージ。お誂え向きかどうかはともかく、ワクワクするような舞台を用意してくれる。これなら申し分ない。

 最終決戦にふさわしく、ド派手にやってやろうじゃないか。

 俺が明日繰り広げられる世紀の一戦に思いをはせていると、


「ちょっと待って――」

 突如として、ビーが口を挟んできた。

「例の作戦だけどさ、相手を変えない?」

「どういうこと」と俺。

「相手の大将はギルで、そいつと戦うのがそこにいるマーさんでしょ。それ、何で?」

「何でって、そりゃマーさんが一番強いからじゃないの。ビーや俺やレアが露払いして、敵の親玉はマーさんに倒してもらうって流れでしょ」

「そこが納得いかない」とビーがふくれる。

「なんでだよ」

「だって、マーさんが私より強いっていう証拠がないじゃない」

「へ?」

「直接戦ったわけじゃないし。イージが適当に決めただけでしょ。本当にマーさんが私より強いっていうんならその作戦でいいけどさ、戦わずに弱い扱いされるのは納得いかない」

「ええー」

 さすが、輪舞のビー。この若さでチーターランク七位に位置する戦闘狂だ。

 たとえ味方とはいえ、戦わずして誰かの風下に立つことはないってことか。組織からすれば面倒なタイプだが、少数精鋭のシャークスマイルはこんな曲者ばかりを抱えている。


「ってことで、前哨戦はどう。マーさん、私と手合わせしない?」


 ビーが挑発的にウインクする。マーは前髪がモジャモジャの天然パーマで隠れており、表情がよくわからない。しばし沈黙した後、口を開いて。

「別にいいよ、僕は。お互いが怪我しない程度だったらね」

 了承した。

「話わかるじゃん。じゃあ、早速やろうよ。ここで」

「ここはダメだ。この店、チーターが暴れて破壊されちゃったんでしょ。せっかく営業再開したばかりなのに、壊したらかわいそうじゃないか。そこの駐車場でどうかな」

 マーは外を指さす。郊外型店舗らしく、大型の駐車場が完備されている。この時間は客も少なくて、それなりのスペースがある。

「わかった。じゃ、そういうことで」

 ビーが勢いよく立ち上がる。その姿をみて、イージが一瞬止めにかかるが、すぐ諦める。苦笑い。止めたことで止まるような奴じゃねえしもうしょうがねえか、というのが表情ににじみ出ている。

 マーもすっくと立ちあがり、ビーの後を追う。

 俺は完全なる傍観者として、レアやイージとともに二人の後を追った。何か危険な気配を察知した客や店員が、逃げ出す準備をしているので、俺は「大丈夫です、心配しないで」と一声かけておく。

 どうやら明日の作戦決行を前に、仲間内での一戦が始まってしまうらしい。


 せっかくステーキハウスにやってきたのに、飲まず食わずで再び店外へ。すでにビーとマーの二人は相対している。


「マーさん。私のこと、知ってる?」

「どうだろう。輪舞(ロンド)のビーっていう言葉を誰かから聞いたくらいかな」

「そうなんだ。私もまだまだだね。結構、有名になったつもりだったんだけど」

「僕は他のチーターのことも知らないよ、世事に疎いからさ」


 周囲に遮蔽物がないのも影響しているのか、妙に風が強い。

 三月半ば、武蔵の国。午後三時を回ったところ。コンクリートの上にうっすら花粉が積もっているような気がする、だだっ広い駐車場で、向かい合う男女。性別は違うが、体格はどちらも変わらない。ビーは女性にしてはやや長身だ。


「そうなんだ。現役退いて長いもんね」

「うん」

「今のチーターがどれくらいのレベルか、私で測ってみてよ」


 ビーはパーカーのフードを被り、両腕をポケットに突っ込んだ。そのまま、頭を地面につける形で回転を始める。

 前に多くのチーターを弾き飛ばしていたビーの特技、ヘッドスピンだ。


「すごい技だ」


 マーは感心しながらぼーっと眺めている。ビーはどんどん回転速度を増していき、そのままマーに接近していく。まるで台風だ。

「さすがに一芸あるんだね、回転がキミのチートってわけか」

 マーは残像がのこるほどの俊足で、ビーの攻撃を躱す。その表情にはまだまだ余裕がうかがえる。このままじゃ確実にビーの体力が尽きる。ヘッドスピンは集団戦には効果的だが、一体一だとそこまででもないのか。


「まだまだ!」


 ビーはすぐに起き上がり、そのまま二メートルほど跳び上がる。ぐるぐると前方に縦回転し、踵落としを食らわせる。これも彼女の十八番だ。


「おっと」


 マーは両腕でガードし、まともに受け止める。あまりの衝撃に両足のコンクリートがひび割れる。同時に、ビーも反作用で逆側に回転しながら吹き飛んでいく。

 まるっきり全力チーターのどつきあい。ほとんど手加減しているようには見えない。


「なかなかの威力だね」

「余裕かましてると痛い目みるぞ、オッサン」


 ビーは徐々にヒートアップ。再びマーに突っ込んでいき、今度は跳び蹴りだ。が、マーは避けもしない。


「あ!」


 つい俺の口から悲鳴が漏れる。マーに直撃。これは決まったか。

 マーが踏ん張ったまま、そのままズルズルと下がっていく。が、マーは倒れない。ビーの飛び蹴りを両手で真正面から受け止めて、そのままはじき返す。


「どう?」


 涼しい顔で、マーは問いかける。


「どうってさ――」

 反動で地面に飛ばされたビーは、鼻から血を流しながら答える。鼻を打ったのか、興奮で鼻血が出てきたのかはわからない。

「おもしれーよ」

「まだやるんだ」


 ビーはパーカーのポケットに突っ込んだ両手を出し、ラフなファイトに出る。近寄ってどんどん殴りつける。ちょっとまて、手は使えないんじゃなかったのか。

 が、マーはそのすべてを躱し、いなし、逸らす。余裕で見切れるといわんばかりだ。


「くそ!」


 ビーの繰り出す打撃のコンビネーションは、顔面目掛けての回し蹴りでシメる。ただの連打じゃなくて最後に得意の回転を加えた一撃を持ってきている。が、マーはこれも読んでいたのか、軽く屈んで躱す。見事にすべてを捌いてみせた。


「どうした! そっちも来いよ!」


 ビーが苛立ちながら叫ぶ。マーが防戦一方であることが気に食わないんだろう。まるで手加減されているみたいで、プライドが許さないらしい。


「といわれてもね、僕が攻撃したら怪我しちゃうだろ」


 飄々と答える。マーのナチュラルに相手を見下した一言が、ビーの導火線に火をつける。


「ふざけんな! 半隠居のロートル風情が!」


 ビーはいつになく興奮して前蹴り。見事に空振る。


「僕の見立てだと、キミはまだまだ強くなれる。そんなに悲観することはないよ」

「その余裕かました態度がむかつくんだよ!」


 今度は跳んで、空中での回し蹴りだ。まるで格闘漫画をみているような美しいフォーム。だが、マーには当たらない。

「ちぇっ! どんな反射神経してやがんだ!」

 ビーは心底悔しそうに叫ぶ。どうも今の自分ではマーに敵わないと実感しつつあり、そのことがさらに焦りを生んでいる。


「もうそろそろいいでしょ。お互い、明日が本番なんだし」


 マーは冷めた声音でビーを諭す。ビーは一度バックステップで距離をとる。肩で息をしている。自身の全力がまったく通用せず、ショックを受けているらしい。

 しかしビーの瞳は真っ赤に爛々と輝く。依然として闘争心がみなぎっている。


「ここであっさり引き下がるような奴は、シャークスマイルにはいない。あんたが創り上げたクランは、あんたの手を離れてから成長したんだよ。化け物に」

「化け物、ね」


 ビーはつま先立ちになり、その場でクルクルと回転を始める。加速する。これまでとは比べ物にならないほど高速まで。まるで竜巻だ。


「打ってこいよ! 元最強!」

「それはカウンターを狙う技なのか、じゃあこっちから行くよ」


 誘いに乗って、マーが横なぎの手刀を加えようと接近する。速過ぎる。クサビグループのチーターたちを瞬殺したのもこういう攻撃だ。

 が、


「えっ」


 逆にマーが回転に巻き込まれ、遠心力で体勢を崩す。その隙にビーは高速回し蹴りを叩きこむ。


「くっ」


 マーはしっかりガードする。が、まったくノーダメージというわけではなさそうだ。マーにダメージが通ったのは初めてだ。


「それ、すごいな。気軽に攻撃を加えたらその中に巻き込まれちゃうってことか」

 回転するビーの竜巻をみながらマーがうれしそうに言う。

「それがキミの切り札か。すごいと思うよ――まあ、こっちから攻撃しなきゃいいだけのことだけどね」


 そのまま膠着。何も起こらない。


 数秒間、ビーがその場でひたすら高速回転を続けて。


「……残念だけど、その通り」

 徐々に回転速度が下がり、やがて止まる。ビーはやけにスッキリした顔をしている。

「こちらから攻撃できるようになれば、必殺技として完成するんだけどね。今はまだ未完成。これじゃ、ただのカウンター技でしかない」

「それでも使い道は十分あるよ」

「ありがと」


 二人は再び相対する。だが、その目にはもう先ほどまでの闘争心は宿っていない。


「やるじゃない、マーさん。さすがはシャークスマイルの創設者ってだけのことはある。完敗。ギルと戦うのはあなたに任せるよ」

「ああ、任された。僕はすごく強いけど、キミもなかなかだね、ビー」


 二人は微笑みながら拳を突き合わせる。


 どうやら無事、怪我を負う前に手合わせは終わったらしい。マーとビーの間に信頼も生まれたようだし。ヒヤヒヤしたが、結果は悪くない。

 イージが頃合いを見計らい、割って入る。


「よし、そんじゃあこの茶番は終わりだ。店にもどってステーキでも食って英気を養おうじゃねえか。いいか、今日は休みで、すべては明日だ。この戦争に決着つけるぞ」


 すべては明日。クサビグループのコアを強襲する。

2023年のGWより投稿開始。GWは毎日、その後は週一ペースでの投稿予定。

まともな長編小説は初投稿です。ブックマーク、評価★や感想などいただけると幸いです。

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