1.05
翌日、シャークスマイルの本部ビル。四階建てで、クサビグループの本部ビルに比べればこじんまりしている。ホテルのように一階が受付やラウンジになっているのは良いとして、地下にクラブやリングがあったり、事務所は四階のみだったり、移動はエレベーター以外に棒があったりという変わった造りである。
おそらくまともに事務仕事をする必要がないからだろう、いつもならイージというボスが一人で寂しく座っているだけ。そんな四階、事務所に、この日は十名ほどの所属チーターが勢ぞろいしていた。
「皆、集まってもらって悪かったな。全員そろったか」
スキンヘッドに立派な顎鬚を蓄えた三十代の男。ボスのイージが口を開くと、
「いや、まだシンディがいない」
とビーが答える。
「まったく、あいつはいっつも時間にルーズだな。まあいい、定刻通り、打ち合わせを始めようじゃねえか。今回は緊急の案件があったんで集まってもらった。昨日のメッセージで概要はわかってるだろうが――」
皆が固唾をのんで話に聞き入る。
俺、小清水ジローはクランの客分扱いの新参者だ。こうしてメンバーが一堂に会する機会は初めてだったから、周囲をキョロキョロしながら話を聞いていた。さすが一騎当千を謳うシャークスマイルのチーターだけあって、見た目からして個性派ぞろいだ。抗争間近だというのに、ほとんど殺気立った感じはせず、むしろリラックスした表情の人が多い。陣中でもくつろげるのが歴戦の強者達ってことか。
「事の発端は一か月以上前。クサビグループの幹部であるシャラクっつうじいさんが、ウチが面倒をみているステーキハウスで狼藉を働いたことだった。顔馴染みの店長からの救援要請をもらった俺は、近くにいるビーに向かうように伝えた」
その言葉をきいて、皆の視線がビーに集まる。ビーは無言でうなずいた。イージが話を続ける。
「ビーはそこで、そのシャラクっつうジジイをぶっ飛ばした。言っておくが、これは何も問題ねえ。ウチらの縄張りで好き勝手やるんじゃねえっつう、クランとしてのまっとうなメッセージだ。ところがよ、昨日の最高会議が終わった後に、クサビグループの頭領ギルが俺に直接掛け合ってきたんだ。組織として謝罪の意を示して、ビーの身柄を引き渡せってな」
「はぁ!?」
ビーが叫ぶ。
「まあ、待て。話は最後まで聞けや。そんで俺は、ふざけんじゃねえ、なんで俺らが悪いことになってんだって食って掛かった。そうしたらギルの奴、それなら組織としての謝罪はいいから、ビーに直に本部まで詫び入れに来させろって言いやがった」
ビーが露骨に苛立った表情をする。
「あの野郎は交渉にも長けてやがるから、そこらが譲歩のしどころだと見てたんだろうな。あっちの立場からしても、幹部がやられたのに何もしないってんじゃあ、名折れになっちまう。張本人を本部に呼びつけて、直接詫び入れさせたってなりゃあ、組織として顔も立つってとこだろう。同じ組織を預かるものとして、俺にもその意図はわかる。だが、俺はそれも承服できねえって突っぱねた」
「当たり前だ」
誰かが追従する。
「――ああ、当たり前だ。別にウチからしたら、筋違いのことは何もしてねえからな。起こった出来事自体は大したことねえんだが、メンツを守りたいクサビと、筋を通したいウチで両者一歩も譲らねえから。議論はそこで平行線になっちまった。そのままギルは、ではこちらも次の一手を打たせてもらいますといって、去っていった。交渉決裂ってわけだ。そんなこともあって、その直後、俺はおまえさんらにあの通達をしたんだ」
「単独行動控えろ、不要不急の外出は控えろってやつね」とビー。
「そうだ。ところが昨夜は運悪く、ビーと客分のジローが相手の本部ビル近くにいた」
俺の名前が出たため、皆が俺の方をちらりと見る。初めましての人は初めまして、俺がジローです。
「おそらくそのことを知ったんだろう、さっき話したシャラクとやらが、近くにいたチーターに声をかけて総勢六人でビーとジローを襲ったんだ。交渉決裂からあっという間に小競り合いが始まっちまったんだな。ところが連中は誤算っつうか、こっちの戦力を甘く見積もってやがった。こいつら二人はシャークスマイルのチーターだから、それぞれの実力がハンパじゃねえ。見事、撃退に成功した」
おお、と感嘆の声が漏れる。あの新人、意外とやるじゃん、みたいな感じか。
「。とまあ、これまでの経緯は概ねこんなところだ。おそらくだが、会議の段階でギルはウチと全面戦争する気はなかっただろうから、ここまでの急展開はさすがにギルの指示じゃねえだろう。おそらく、シャラクが暴走しちまったんだろうな。だが、その襲撃も失敗に終わったとあっては、もはやクサビ全体の沽券に関わる。連中にとっても引くに引けねえ事態になっちまった。言ってること、わかるな」
ギルはどちらかというと謝罪等、暴力以外の形で矛を収めようとしていた。が、手下が暴走してしまい、挙句の果てに失敗した。メンツを保つためには、もはや暴力で解決せざるを得なくなってしまったってことか。ある意味、不憫だな。
「昨夜の衝突は、相手にとっても本部ビルの近くの出来事で、目撃者も少なくねえだろうから、相当な痛手だ。ここまで来たらもう、派手に打って出るしかねえ。チーター個人のいざこざに治まらず、戦争に発展するのは避けられねえだろう。だから今回は、今後の方針を決めるために集まってもらったってことだ」
そこまで話し終えると、
「ここまでで何か質問は?」
イージが問う。
「ないけど、これからするのは、ただ相手の攻撃に備えるってんじゃなくて、反撃のための話し合いってことでいいんだよね。返り討ちにしたとはいえ、私らはわけわからない理由で襲われたんだし、こっちからもやり返さないと腹の虫が治まらないんだけど」
ビーが返す。それを受けて、
「その通りだ。基本的に、シャークスマイルは荒事揉め事大歓迎。全力で突っ込んでいく方だ。その方針は、相手がクサビといえど変わらねえ。――いいや、この際、はっきりいっておこうか」
イージが邪悪な笑みを浮かべる。
「正直、俺はビーとシャラクの因縁なんて何とも思っちゃいねえ。むしろ、クサビグループとやりあう良い口実ができたとさえ思っている。俺らの目的は、これを機にクサビグループを潰しちまって、名実ともに武蔵を牛耳ってやろうってことだ」
イージは堂々と宣言した。
一同、唾をのむ。
シャークスマイルは名高いクランだ。一騎当千、少数精鋭、抗争になれば連戦連勝。そういうイメージが定着し、武蔵を代表するクランの一つに数えられるまでに至った。とはいえ、武蔵でトップのクランを一つ挙げろと問われたら、大半の人はクサビグループと答えるだろう。何といっても規模が違う。チーターの数で比較すれば、シャークスマイルは十名前後、クサビグループは百名以上。彼我の戦力差は十倍以上。
そんな状況下で、今、イージは相手を食うと宣言したのだ。これがどれだけ不遜な発言なのかはいうまでもない。
「異論はねえようだな。じゃあ、こっからは細かい作戦を伝えるぜ」
イージはプロジェクターのスイッチを入れる。ここからは映像を使いながら作戦を説明するのだろう。
「画面を見てくれよ」
全員の目線をスクリーンに誘導する。
「まずはクサビグループの内情からだ。先刻承知だろうが、クサビは国内最大規模のクランだ。チーターだけで百名以上いる。そのボスがギル。この猿顔の小男だ」
画面にギルが映る。昨日ハイパーアリーナで見た顔だ。政治家然とした、裏のありそうな笑顔を浮かべている。
「こいつは十年前、先代のクサビグループ頭領をぶっ殺して組織を乗っ取った。下剋上ってやつだな。その先代ってのが国内のチーターランク一位だったから、それ以降ずっとこいつが代わりに一位になっていやがる。そんな物騒な手段で世に出たわりには、その後はあまり好戦的じゃなく、むしろ他クランと正面切って戦うのを避けている節があるな」
へえ、ギルが一位になったのはそういう経緯だったのか。
「チートについてもよくわかっちゃいねえ。情報屋によれば、傀儡子っていう異名があるらしい。しかし、それがどういう能力なのかはわからねえ」
傀儡子――くぐつし。人形に糸を括りつけて動かすタイプの芝居をやる人だっけか。どういうニュアンスだろうか。
「先代の頭領も腕っぷしには自信があったろうに、それをぶっ倒しているってことは、実力者ってことだけは間違いねえな。表向きはていねいな言葉遣いで、ちゃんとした奴に見せかけているが、その実、性格は狡猾で計算高い。腕っぷしだけじゃなく、そっちの面でも気をつけなきゃいけねえな」
ハイパーアリーナでのスピーチを聞いて、その人となりは何となく把握している。
「次に気をつけなくちゃいけねえのが、奴の両腕ともいえる二人だ。特攻隊隊長のエニと、親衛隊隊長のコウメ。どっちも若い女だが、この二人が奴の最側近だ」
エニ、コウメの両名が画面に映し出される。
俺でも名前を聞いたことがある有名人だが、具体的にどんなチーターかまでは知らない。顔を見たのも初めてだ。
「特攻隊隊長のエニ。こいつは大量の煙を吐き出すことができるらしい。個人としての腕っぷしも相当なもんらしくて、チーターランクは八位だ。特攻隊というだけあって、カチコンでくるならこいつとその部下たちだろう」
八位というと、ビーの一つ下か。編込んだ髪に、鋭い目つき。レザースーツに身を包んだ危険そうな女性。凄腕の特殊工作員みたいな印象だ。
「親衛隊隊長のコウメは、親衛隊ってくらいだから、四六時中ギルにべったり張り付いてガードしているはずだ。こいつは手榴弾というか爆竹っつうか、とにかく爆発物をポンポン生成して投げてくるらしい。なかなかの火力だそうだ。チーターランクは十一位で、エニよりは下だ。だがこれは、こいつがあまり表立って戦わないからだな。侮っちゃいけねえ」
和装に身を包み、メガネをかけたおしとやかそうな女の人。薙刀を構えている。こんな大和撫子っぽい人が爆弾をポンポン投げてくるのか。想像するだに恐ろしい。
「とにかく連中は数が多いから、正面衝突したらこっちだって無事じゃ済まねえだろう。だから、基本的な戦略としては襲撃一択だ。ギル個人を狙う。おそらく単独行動はしねえだろうから、ギルと、コウメら親衛隊の何人かしかいない。そんな瞬間を探し出して襲うんだ」
相手のトップを襲撃するってことか。不良の発想だな。段々、きな臭くなってきた。
「そこで、特別強襲隊を編成しようと思う。対クサビの襲撃部隊だな。敵に気付かれねえように極力近づいて、ギルを直接叩くのが役割だ。他方で、襲撃部隊以外のメンバーは囮となって、クサビグループ本体を引き付けておく。組織を二分割するわけだな。ここまで異論があるやつ、いるか?」
イージは周囲を見渡す。誰も何も言わない、無言の肯定ということか。
「よし。そんなら、部隊編成に話を進めるぜ。俺が考える特別強襲隊のメンバーは、こいつらだ」
画面に映し出されたのは、マー、ビー、シンディという三人の名前。マーのところに〇がついているが、これはおそらく隊長という意味だろう。
マー?
「ギルと真っ向からやり合って勝てるのは、俺を除けばマーくらいしかいねえだろう。そして、コウメとぶつけるのが今回の発端となったビー、あとは他の兵隊を撹乱する要員としてシンディ。この三人を特別強襲隊とする。どうだ?」
「あの……すいません」
俺が手をあげると、
「なんだ、ジロー」
「マーって誰です?」
クラブでの祝賀会の際に、一通りメンバーとは顔合わせをしたはずだが、マーという名前にはついぞ聞き覚えがない。イージは自身と並ぶ実力者風の言い方をしていたが、そもそも誰なんだ。
「そっかそっか、おまえさんは知らないか。マーは、このシャークスマイルのリーダーだ」
「へ? リーダーはイージじゃ?」
「俺は実質的なリーダーだ。そう紹介したはずだぜ」
実質的な? 実質的じゃない、本当のリーダーが別にいるってことか?
「そもそもの経緯を話すと、シャークスマイルっつうのは、十年前にマーが俺を誘って立ち上げた組織だ。あいつがリーダーで、俺がそのサポート役。たった二人の新米チーターからなるクランだった。そんで、マーの奴がまともに運営しねえってんで、代わりに俺がリーダーっぽい役割をこなすようになった。いろんな戦績を積み重ねて、組織がでかくなったのも俺が仕切っているときだな。だから、世間からみたらシャークスマイルのリーダーは俺だ。執政官になったのも俺だしな。ジロー、おまえさんもそう思ってただろ」
「そうですね」
「だがよ、俺は一度たりとも自分がリーダーだと言ったことはないぜ。今でもシャークスマイルのリーダーはマー、あいつだ」
「へえ。そんな人がいたんですか」
「ああ、ちゃんと伝えなくて悪かったな。マーは、何というかちゃんとしてねえ奴だ。まともに活動しねえ。ここに顔も出さねえ。だけど、根は良い奴だし、戦闘力でいえばはっきりいって最強だ」
――最強。イージははっきりとそう言い切った。それは俺が目指す言葉でもある。
「マーはどこにいるんですか?」
「隣町で一人暮らししてるはずだ。そう遠くねえとこにいるから、直接会ってこの件を伝えれば、きっと力は貸してくれると思うぜ。あいつはデバイスはおろか、電話も何にも持たねえから、直接会って話す以外の連絡手段がねえんだ」
もうそのくだりだけで変人オーラが漂ってくる。
「ちょっと脱線しかかっちまったが、話をまとめるぜ。マー、ビー、シンディ。この三人でギルを強襲する。他は特攻隊含む敵の主力を引き付ける。すべてを一週間以内に終わらせる。それが今回の作戦だ。いいな」
イージはそう言い切り、一旦、説明を打ち切った。誰も異論を挟まない。クランの中でイージの言葉が絶対だからか、それともこの作戦が優れているからか。
特に意見が出てこないのを確認したイージは、引き続き、細部を詰めようと話始める。そんなところで、
「すいませーん、遅れましたー」
エレベーターが開いて、間の抜けたような声が聞こえた。甘ったるい感じの若い女の声。
この前、俺がレアと戦ったときに進行役を務めていた女の子。シンディだ。
「遅かったじゃねえか、シンディ」
「すいませーん、本業のライブがあったものでー」
あの戦いの後知ったのだが、彼女は地下アイドルとしても活動しているらしい。世にも珍しい現役チーターのアイドルだ。アイドルが本業、チーターが副業と本人は言い張っているとのこと。
たしかに透き通るような銀髪で、ほっそりとした身体つきに色白の肌、整った顔立ち。アイドルとしても十分通用しそうな容姿だ。チーターらしくディープグリーンに光る瞳が少し恐ろしく、あえていえばそこが難点かもしれないが。
「いえーいシンディ―! 会いたかった!」
シンディに真っ先に駆け寄ったのは、なんとレアだ。レアは女性相手には普通に話をすることができるというが、こんな明るい女子高生テンションだったのか。
「レアー」
「シンディ―」
意味もなく抱き合う二人。美少女の抱擁シーン、絵になるっちゃなるが。いまここが、そういう場でないのは間違いない。イージがたしなめる。
「おいおい、今はクラン同士の戦争がおっぱじまるかどうかってときだぜ。わきまえてくれよ、おまえさんら。もうちょっと緊張感をもってだな……。そもそも、シンディよ。俺は昨日、単独行動を控えろといっただろうが」
「イージさーん、ごめんなさーい。私にとって、どーしても外せない用事だったんでー。ライブができなきゃ死んじゃいますー」
「あのなあ、百歩譲ってアイドルとしてライブをやるってのは構わねえよ。単独で動くなっつってんだよ、俺は」
「わかりましたー。以後、気を付けまーす」
レアより頭一つ分大きなシンディは、レアをまるでぬいぐるみのようにきつく抱きしめる。レアとシンディはどっちも十代で、年齢も近い。あの分だと相当、仲良さそうだな。いつも無表情なイメージがあるレアも、彼女がいると途端に表情が柔らかくなる。
「ねえレア。そういえば、お願いがあるのー」
「何ー?」
「死んで」
――は?
いきなり何を。
そう思った瞬間、シンディはレアの首筋にがぶりと噛みついた。
まずい!
俺は駆け寄ろうとするが、それより早く反応したのはビーで、
「何してるの!」
跳び蹴りを叩きこんで、抱き合う二人を無理やり引きはがす。レアは首から大量の出血をしている。噴水のようだ。間違いない、経静脈だか頸動脈だかが裂けている。軽く噛みついたとかそういう話じゃない。明らかに、急所を狙った本気の一撃だ。
「――皆、死んじゃえ」
シンディは何かに憑かれたかのような虚ろな瞳で、近くにいる別のメンバーに襲い掛かろうとする。チーターらしくとんでもないスピードで。だが、さすがはシャークスマイルの精鋭たち。数でもって、あっさりとシンディを抑え込むことに成功する。
一方で、
「凍結」
眼鏡をかけたイケメンのお兄さんが、レアの首筋にチートを使う。裂けた脈に氷の膜を張り、出血を防いだ。きっとこの人は手の回りの温度を急速に下げることができるチートなんだろう。圧迫するよりも効果的な止血で、的確な判断だ。
何人かのチーターに組み伏せられ、完全に抑え込まれたシンディは、その下でジタバタもがく。
「皆が死んでくれないなら――」
どうにもならないと思ったのか、
「私が死ぬ」
舌を噛み切ろうとする。
「くそっ!」
ビーはシンディの自死を防ぐため、彼女の口の中に手を突っ込む。指が噛まれて、食い千切られる。血まみれの指が豪快に吹き飛んだ。えぐい。
「誰か!」
「任せろ――凍結」
ビーの叫び声に応じて、さっきレアの首筋を凍らせたお兄さんが、彼女の口内にチートを使う。彼女の口の中に大きな氷の塊を作り出す。氷の元になったのはビーの血だろうか、真っ赤だ。その隙に、指を食いちぎられたビーが手を引っこ抜く。えげつないほど血まみれだ。指が何本か欠損していて、痛々しい。
「私の凍結なら、いくらチーターの顎の力でも、噛み砕くことはできない。だからもう大丈夫だ、彼女はもう、自死できない」
お兄さんは冷静に語る。
止まっていた時がわずかに流れ始める。
「よし、事情の確認は後だ。シンディはそのまま拘束しろ。両手両足、そして口を自由に動かせねえようにしろ。チーターの馬鹿力でもだ。残った奴はレアとビーの手当をしろ、急げ」
イージが全員に指示を送る。
やるべきことが明確になったから、皆が動けるようになった。だが、頭は混乱したままだ。全員が全員、何が起こったのかさっぱり理解が追いつかないまま、動き出した。
シンディの変貌ぶりは、一体どういうことだ。
俺はさっきイージが説明したことを思い返してみる。
そういえば――
「これって……傀儡?」
「ああ。おそらくな」
俺がぽつりと漏らした一言に、イージが同意する。
おそらくシンディは裏切ったのではない。最初から操られていたのだ。
ライブという事情のため、単独行動をしたところをクサビグループに捕らえられて、ギルのチートにより操られたのだ。
しかし、みるからに操り人形にされて現れたわけではない。このビルに入ってきた当初の様子には、誰も違和感を感じていなかった。どういうことだ。
敵チーター――おそらくギルは、ターゲットの意識は乗っ取らないまま、肝心要の行動だけ乗っ取ることができるのだろうか。
よく見ると、シンディは両目から大粒の涙を流している。彼女は心の中では仲間を襲いたくないのに、その行動だけギルに操られてしまっているのだろう。大好きな仲間に噛み付いてしまったことで、自責の念から涙しているのだろう。
なんて悪夢。なんて悪趣味なチート。俺は腹の底から怒りがこみ上げてくるのを感じる。
「ねえシンディさん」
俺は泣いているシンディに語り掛ける。
「責任を感じることはありませんよ。これはあなたじゃない、あなたを操る敵がやったことです。皆その事情には気が付いています。クサビグループの頭領、傀儡子のギルがやったんでしょう」
俺は言葉を続ける。
「だから、ギルを倒せばいいだけのことです。すべて、プラン通りです」
俺の言葉に賛同して、
「いうじゃねえかジロー。その通りだ。だがな、おまえら油断するなよ。シンディが乗っ取られた状態でここに送り込まれたってことは、これで終わりじゃねえかもしれねえぞ。これは陽動で、俺たちの隙を作るのが目的かもしれねえ。このタイミングで一気に仕掛けてきやがるかもしれねえからな」
イージが檄を飛ばす。
皆の瞳に闘志が宿る。仲間が被害に遭うのを目の当たりにし、より一層きたる抗争に向けて燃えてきたようだ。
ちょうど辺りは煙が立ち込めているし、なんとも神秘的な雰囲気に。
――煙?
「なんだあ、この煙?」
誰かがいったかと思うと、刹那、部屋が一気に真っ白になった。一瞬にして視界が塞がり、どこに誰がいるのかまったくわからない。火の消し忘れや消火器の一、二本ではけっして瞬時にこうはならない。明らかにチートだ。
そうか。煙といえば、たしか――
「特攻隊長のエニ、だっけ」
「正解よ」
敵が名乗り出る。最悪のタイミングで、新手の襲撃だ。おそらく棒を伝ってここまで来たのだろうが、どうも一人じゃないようだ。イージの予想通り、特攻隊が集団で襲撃をしかけてきたのだ。
視界がまったく機能しないんじゃ、誰がどこにいるのかさっぱりわからない。敵の姿も、味方の姿も、何も見えない。だが、
「ぐああああ」
誰かの悲鳴が聞こえる。おそらく味方がやられたな。連中は、この視界の中でも攻撃手段があるチーターを揃えてきたのだろう。まずい。
自然と、シャークスマイルも反撃に出ようとする。が、視界が奪われたこの状態でやみくもに攻撃するのは危険すぎる。どうしても腰が引けてしまう。
「おい、適当にぶっ放したらフレンドリーファイアになる! 攻撃手段がねえ奴は逃げろ!」
誰かが叫ぶ。たしかにこんな状況で攻撃したら同士討ちが多発しそうだ。俺も部屋の隅に向かって走り、身を屈める。
まるでマシンガンの乱射のような爆音が鳴り響く。
「いてえぇぇええ」
やはり誰か――おそらくは敵が――攻撃を続けている。何も視認できないのに、何らかの攻撃手段があるんだろう。くそ、さすがはクサビグループ。いくら特攻隊といっても、無策では突っ込んでこないか。
「どうしたよ、シャークスマイル! どうしたよ、イージ! クサビをなめるんじゃねええええ!」
興奮した女性の罵声が響き渡る。おそらくはエニという隊長だろう。
その声の付近から、何かを乱射しているような音がする。俺は地面に伏せって、なんとかやりすごす。何が起こっているかはわからないが、当たったらただじゃ済まないことだけは予想がつく。
阿鼻叫喚だ。そこかしこで悲鳴があがっている。
認めるしかない、ことここに至っては。相手の襲撃の方が一足早く、しかも一枚上手だったこと。今ここにシャークスマイルのチーターが一堂に会していることも、すべて筒抜けだったのだろう。敵の策は完璧にハマった。
絶体絶命。絶望的なこの状況をひっくり返すにはどうすればいい。
俺はただ頭を抱えることしかできない。いかなる対抗策も思い浮かばない。
だが、近くで一人の男が高笑いを始めた。イージだ。
「ははは、やるじゃねえか、エニとやら。ここまで来たら、こっちも腹をくくるしかねえな。とっておきを使わせてもらうぜ」
イージが豪快に言い放つと、その直後。
轟音。
地鳴り。
建物全体に凄まじい爆発音が轟く。
壁面の窓ガラスが一斉に割れて、天井が、ガラガラと崩れ落ちてきた。
まさか――ビルが倒壊を始めた? さすがのチーターも、皆が動きが止めてしまう。建物自体が崩れるとなれば、悠長に戦っている場合じゃない。
頭上から次々とコンクリートブロック等が降ってくる。チーターだから直撃を受けても大怪我はしないが、この大惨事で継戦するほどの余裕はない。頭を両腕で覆ってやり過ごす。
しばらくそんな状況が続くと、一気に静寂が訪れる。崩壊が止んだ。
どうやら、建物全部が崩れたわけではないらしい。天井だけが吹き飛んだ、のか?
何がどうなっているのか、何が起こったのかさっぱりわからない。
だが、一つだけ明らかな変化があった。その一つは戦況を覆すには十分だ。
天井が崩落した衝撃で、煙が雲散してしまったのだ。
たしかに煙は下から昇ってきて、一気に部屋中に満ちた。つまり、空気より軽くて広がりやすい。もし天井がなければ、すぐに大気に溶けていく。
じわじわと視界が機能し始め、周囲の人間の姿が露わとなる。
「あ」
俺の目の前に、黒髪の女が突っ立っている。女は髪を編み込んでいて、いかにも潜入捜査官みたいなのが着そうなパツパツのキャットスーツを着ている。腕にはマシンガンのようなものを抱えている。どうみてもシャークスマイルの人間ではない。っていうか、この顔さっき見た。
――こいつ、エニじゃん。
「しまった!」
エニらしき女が逃げ出そうとするのを、俺は腕を掴んで引き止める。そしてそのまま抑え込もうとすると、
「いいぞジロー。そのまま抑えてろ。そのアマは俺が直々にぶっ倒す!」
そういって、イージが口をあんぐりと開けた。
おいおいおい、絶対、顎がはずれているだろと言いたくなるほど、大きく開ける。
そして、喉奥が光ったかと思うと、そのまま強烈な光線が走り、エニらしき女を貫いた。
「ぎゃあああああああ」
女は断末魔をあげる。時間にしては一瞬だが、あまりの眩しさに全員が固まった。
光が治まると、女のどてっぱらに巨大な穴が空いている。すべては一瞬のことだが、まるで時間が凍り付いたかのように長く感じられた。なんつうか、こんなのチートって言葉で片づけていいのか。ビームって何だよ、イージ、それはもはや宇宙怪獣の類だぜ。
「よし、残りの連中も一気にぶっ叩け!」
イージが鼓舞すると、状況は逆転。反撃開始だ。
今度はシャークスマイルの面々が、クサビグループの特攻隊を追い込む立場になる。元々、対人戦なら無類の強さを誇る強者ばかりだ。視界さえ機能しているのなら相手にならない。
そうはいっても、相手は最大クランの選抜部隊。あっさりと怖気づいて逃げ出すほどヤワな連中ではない。
あちらこちらで乱闘が始まり、打撃音、破壊音でごった返す。シャークスマイルの本部四階は修羅場と化して、敵味方入り乱れての乱戦になった。俺も必死に暴れた。敵か味方かさえうまく区別せず、全力でぶん殴った。
押しているのはシャークスマイルだ。襲撃者たちは徐々に押され始め、次第にビルから飛び降りて逃げる輩が現れ始めた。ここは四階だが、チーターなら生き延びられる。
「くそ! 逃げんじゃねえ!」
「追うぞ!」
「おい無理するな! とりあえず逃げたやつはいいから、残ったやつをやれ!」
イージも深追いはせず、この場を制することに専念するよう命じる。
それから数分。
残ったのは瓦礫の山。それと、服も体もボロボロの、シャークスマイルのチーター達の姿があった。
「……終わった、か」
誰かがつぶやいた。
無事、クサビグループ特攻隊を撃退することに成功した。
さすがに疲れたらしく、全員に疲労の色がうかがえる。
シンディの一件に続いて、特攻隊長直々の襲撃だ。ビーは指を失った。レアは応急処置はしたものの、首の血管を傷つけられた。シンディは今もまだ操られたままだ。その他にも、特攻隊の襲撃で怪我を負った者が大勢いる。
撃退したとはいえ、クサビグループ特攻隊の襲撃は、シャークスマイルに少なくないダメージを与えた。
それだけではない。シャークスマイルの本部ビルも、さっきの爆発で天井が吹き飛んでしまい、瓦礫まみれになってしまった。
辛くて苦い勝利――といっていいだろう。俺は幸運にも、これといった怪我はしなかったが、抗争の現場に立ち会い、ショックで身体が震えている。
「おう、おまえら。大変だったな。なかなか気合いの入った襲撃だったが、おまえらの奮闘のおかげで撃退できてよかったぜ。間違いねえ、この戦いは俺たちの勝利だ。敵は皆逃げ出しちまったから、こっちもようやく一息つけそうだ」
イージが周囲を励ましながら語り始める。
「そんで、だ。これから次の対応を考えるわけだが……その前に。ひとつ、ネタバラししておこうか」
イタズラっぽく笑う。
「気付いた奴もいるかもしれねえが、さっきの爆発は、実は俺が起こしたものだ。チートでも何でもねえ。ただのダイナマイトの爆発だ。ほら、こういうクランだからよ。いつ襲われるとも知れねえだろ。だから、窮地になったらいつでも爆破して、天井壊して緊急離脱できるようにしとこうってんで、こっそり準備してあったんだ」
笑いながら、足元にしまってあったパラシュートセットを取り出す。
「自分たちのアジトを爆破して脱出なんて、いかにも悪の巣窟っぽくておもしれえじゃねえか。なあ、みんな」
イージが楽しそうに呼びかけるが、少なくとも俺は引いている。
何だそりゃ、意味がわからん。ビルの屋上から飛んで逃げるなんて、アメコミの見過ぎじゃないのか。だけど、緊張が解けたからか、どこからともなく乾いた笑い声があがった。
「だがよ、まさかこの仕掛けをこんな風に使う日がくるとはな。敵の隊長さんのチートだろうが、急に立ち込めた煙がジャマで敵が見えねえから、それを掻き消すために天井ごと吹っ飛ばしたってわけだ。今回、土壇場で機転が利いて助かったが、正直これに気付かなきゃ危うかったぜ。なあ、おい。クサビの特攻連中、敵ながら天晴じゃねえか」
イージは心底うれしそうに敵を褒め称えた。
こういうイカレた連中が考えていることは、俺には到底、理解不能だ。どうしたら自分のオフィスに大量のダイナマイトを仕込もうと思うか。確かに、そのおかげでエニの煙を霧散させることに成功したわけだけども。
場が和んだところで、俺はイージに話しかける。
「イージさん。一ついいですか」
「なんだ、ジロー」
「さっきの特別襲撃隊の話ですが……たしかメンバーは、マー、ビー、シンディの三人でしたよね」
「そうだったな」
「だけど、ビーは片手を負傷してしまったし、シンディに至っては……」
俺はシンディを見る。まだ両目から大粒の涙を流している、そして口は氷漬けにされているものの、顎の力でそれを砕こうとしているのがわかる。いまだ敵チーターの支配から解けていないってことだ。
「そうだな。早速だが、再編成する必要が出てきちまったか」
「それなら、シンディの代わりは私がやる」
決意のこもった声が聞こえる。レアだ。大量に血を失ったからか、全身から血の気が失せて真っ白になっている。傷ついた首筋を、片手で抑えながら、それでも力強く言い切った。
おいおい、キミはイケメン以外の男とは話せないんじゃなかったのか、とツッコむのはやめておいた。このタイミングでのそれは、さすがに野暮というものだろう。
「レアか。そうだな……シンディと仲が良いから、おまえさんが仇をとりたいってことか。気持ちはよくわかる。わかるが、シンディに任せようとしていた敵を引き付けるという役目は、おまえさんのチートには不向きだ。鉄腕が得意とするパワーより、シンディの持つ機動力が必要だからな……。わかんだろ?」
「……」
レアは無言でイージを見据える。その目は決意に満ちている。
「ちっ、わかったよ。そこを承知した上でも、どうしてもやりたいっていうんだな」
コクリ、とうなずく。イージはしばらく思案した後。
「オーケー。ならいいだろう。シンディの代わりにレアを配置する。そしてビーのところには代わりに――」
「ちょっと待って!」
ビーが慌てて口を挟む。
「ふざけないでよ、イージ。私は片手を負傷したけど、チーターなら指くらい手術すればすぐくっつくし、まだ戦える。私を外す必要はない」
「そりゃそうだが、片手が使えるようになるまでしばらくかかるだろう。いくら足技が得意だからといって、片手が使えなきゃ、だいぶ戦い辛くなるんじゃないか」
イージが正論で諭す。
「それはそうだけど……」
ビーは言いよどむ。さすがのビーも正論には反論できない。
「そこは俺が援護します」
俺は手をあげる。
「元々、俺とビーはツーマンセルで動くっていう話でした。俺の実力じゃ、ビーの代わりはできませんが、ビーの片手の代わりくらいなら務まると思います」
イージが、意外そうな目をして俺を凝視する。その瞳は紫に輝いている。俺の覚悟を見ようとしているのか、何なのか。しばらく黙ったまま俺を見据えて、
「いいだろう、ジロー。おまえさんは客分だから、本来ならば、こんな危険に巻き込まれる道理はねえ。だが、おまえさん自身が望むというなら俺は止めねえ。ビーの片手代わり、できるならやってみろ」
「わかりました」
一波乱あったが、こうして襲撃隊のメンツが決まった。
マー、ビー、レア、そして俺。
「よし、じゃあビー、おまえは真っ先に病院だな。指をくっつけてもらってこい。もちろん一人で動くんじゃなくて、誰かついていってやれよ。そしてジローとレア、おまえらは二人でマーのところに行け。マーに宛てた手紙を俺が書いてやるから、それを持ってあいつに見せろ。急ぐぞ。返しは早ければ早い方がいいからな。手の空いている奴はギルの動向を調査して、奴が外出してガードが手薄になる瞬間を知らせろ。ジローとレア、計画が固まったら追って連絡するから、マーと合流したら待機だ」
「了解です」
俺は特別襲撃隊の一員として、クサビグループの頭領ギルを襲うことになったのだった。
2023年のGWより投稿開始。GWは毎日、その後は週一ペースでの投稿予定。
まともな長編小説は初投稿です。ブックマーク、評価★や感想などいただけると幸いです。




