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1.12

 あれから一か月が過ぎた。

 あれほどの激闘を終えた後だ、即復活とはならなかった。俺も、ビーも、レアも、傷が癒えるまで数週間かかった。常人なら致命傷であっても数週間で治ってしまう辺り、チーターの治癒力の規格外っぷりがうかがえる。破壊されたハイパーアリーナの修繕にはもっと多くの年月が必要となるだろう。

 マーがギルを倒したあの日。シャークスマイルは完全勝利を収め、ギル率いるクサビグループは崩壊した。巨大なクサビグループは小規模のシャークスマイルに吸収され、クサビの本部ビルはシャークスマイルの第二ビルとなった。

 正確には、クサビグループそのものはシャークスマイルの下部組織という位置づけで存続し、最盛期の五分の一程度の規模ではあるが、細々と活動を続けているらしい。そこには首長のギルはおろか、特攻隊隊長のエニも、親衛隊隊長のコウメの姿もない。残ったメンバーで俺と縁があったチーターといえば、せいぜいカイという同い年の男くらいだ。

 この抗争で、シャークスマイルは明確に国内トップクランに躍り出た。向かうところ敵なし状態、我が世の春を謳歌している。

 クサビグループ崩壊は、国内政治にも混乱をもたらした。国内を統べる十三名の執政官の一人であるギルが倒れたのだ。ギルが就いていた執政官の地位は現在空位となっているため、シャークスマイル内で選考を行って、選ばれたチーターが代わりを務めることになっている。すでにイージが執政官だから、シャークスマイル所属の執政官は二人目ということになる。これも前代未聞だ。

 四月後半。入院している間に桜は散り、すでに初夏の陽気が感じられる。日差しも強い。

 やってきたのはシャークスマイル本部ビル。例の襲撃事件で一度天井が崩落した建物だが、すでに改修工事が終わったらしい。

 正面玄関から入ると、一階は丸ごとラウンジになっている。


「あ、ジローさんだ」

「よー久しぶり」


 受付の女の子やらラウンジでくつろいでいるチーターやらが次々話しかけてくる。俺も今回の抗争で名前が売れて、シャークスマイルのチーターとして認められたのか、随分とこの場に馴染むことができた。適当にあいさつを交わしながら進んでいると。

「……ジロー」

「よう、レア」

 レアがいた。金髪のおかっぱ頭、いつも通りのフリフリドレスを着ている。レアも俺を認めてくれたのか、打ち解けてきたからかはわからないが、以前より俺と話ができるようになってきた。まだまだぎこちないが。

「随分と早いな」

「今日は特別、だから」

「そっか」

 今日はシャークスマイルの勝利を祝う、祝勝会だ。俺、ビー、レアといった特別強襲隊の面々は当然出席する。マーにも招待はいっているはずだが、究極の自由人だから来るかどうかはわからない。

「そういえば、シンディも何かするんだろ」

「うん。ライブする……みたい」

「そっか。アイドルのライブって、あんまりいい思い出ないんだがなあ」

「それは……そうか」

 例の抗争をネタにして軽口をたたく。

 あの抗争は国中を巻き込む大騒動であった。特にハイパーアリーナが舞台となった、アイドルフェスでの襲撃事件は、列島すべてのメディアが連日報道するほどの騒ぎとなった。大規模施設での武力衝突で、国のトップクランが入れ替わるという大事件なのだから当然だ。

 権力抗争の観点を抜きにして、一般人の視点でみても、アイドルフェスを訪れた多くの観客が巻き込まれ、夥しい死傷者が出た大惨事であった。あの事件以降、チーターに対する世間の目が厳しくなった。

 とはいえ、暴力で世を統べるチーターだ。チーターが問題を起こして世間に嫌われるのは日常茶飯事だから、どうってことはない。これを機に、一般人が対チーターの抗議行動を起こすとか、そんな動きは起きそうもない。

 それに、当事者である俺たちからすれば。

 あの一件は、大事件なんて言葉では生ぬるい。シャークスマイルの存亡をかけた激戦だった。俺自身も死にかけたし、ビーもレアも大怪我し、シンディは操られ、マーに至っては二度ほど実際に殺された。無傷だったのはイージくらいか。

 それでも、まあ。

 過ぎた思い出には違いがない。ひと月も経てば、こうして軽口も叩けるというものだ。

「シンディも、人前に立つの久しぶり」

「そっか。俺はあんまり絡みなかったけど、あの子も今回の件では、操られて大変だったな。たしか、チーターやりながらも地下アイドルやってるんだよな。本来ならあの日、ハイパーアリーナでのフェスに出演する予定だったんだっけ」

「そう」

「復活できてよかったな」

「うん」

 レアはいつも通り無表情だが、心なしか笑顔のような気がする。


 レアとの会話を適当に終わらせて、上の階に向かう。例によってエレベーターは使用せず、金属棒をよじ登るというレスキュー隊的な移動手段だ。チーターにとっては慣れるとこっちの方が早い。

 最上階。ここはシャークスマイルの事務所で、イージの執務室がある。イージが吹き飛ばした天井もすっかり元通りになっていた。

「おう、ジロー。遅かったな」

「お久しぶりです、イージさん」

 しゃがれた声の主が、シャークスマイルの実質的なリーダーであるイージだ。禿頭に立派な顎髭をたくわえている。彫りの深い顔立ちの、その奥で紫色の瞳が輝く。今日はレザージャケットを羽織っていて、いつもより厳つさが増している。

「世話んなったな、ジロー。客分なのに大変な思いをさせちまったよ」

「いえ、自分から言い出したことだんで」

「そうか。ところでおまえさん、大出世したそうじゃねえか」

「ありがとうございます」

「敵の隊長さん倒したからだろうが、きいたか? おまえさんのランク」

「ええ」

 チーターランクの件だ。例の抗争を経て、大幅に更新がされた。

 まず一位のギルが消えて、代わりにマーが入った。直接対決で破ったのだから当然だろう。他には八位だったエニが十位にランクダウン。十一位のコウメ、十七位のカツヲは据え置きだ。勝者側の七位ビーも据え置き、この辺りになると上位ランカーを倒さないとランクが上がらないらしい。

 ちなみにエニが落ちて、空いた八位に収まったのが、何を隠そうこの俺だ。チーターになってからまだ二、三か月しか経っていないのに、早くも国内の一桁ランカーになってしまった。実力というより、抗争のどさくさに紛れてコウメに勝利できた棚ぼたな気もする。

「ランク一桁ってことは、国の顔役だ。執政官務めてもおかしくねえ」

「冗談やめてください。執政官は有力クランのトップが務める決まりじゃないですか」

「だが一席、空いちまったからな。おまえさん、どうだ」

「もうちょいキャリアのある人がいるじゃないですか。俺じゃなくても」

「シャークスマイルは完全実力主義だからな」

「政治家としての実力ですか、それ」

「腕っぷしだな」

「ですよね。じゃあランク一位の隠遁者がやるべきですよ」

「そう言われちゃ返す言葉もねえが」

 実力というのが戦闘力を指すのなら、マーがやるべきだ。だが、あの人は社会性が皆無だからな。他に上位ランカーといえばビーもいるが、あいつもあいつで政治家にはまったく向かないタイプだし。たしかに適役がいない。

「政治でいえば、前にここでシンディが暴れたとき、彼女の口を凍らせて助けた人はどうですか。あのメガネかけたイケメンの人、あの人なら執政官としてもやっていけそうですが」

「あいつはアマチってんだ。実質、この組織のナンバーツーなんだが、あいつは表舞台に立つのを極端に嫌がるからな。すでに誘ってはみたが、断られたよ」

「そうですか」

 新たな執政官か。この猛獣の群れのようなシャークスマイルから、国の舵取りを担う政治家を選ぶ、なんて。なんたる無理難題だ。

「それはそうと、事後処理の方は済みましたか」

「ああ、だいたいな。ハイパーアリーナの修繕費と、一般人への補償なんかが大変だったぜ。俺はギルの代わりに執政官筆頭になったから、格段に上がった政治力で何とか切り抜けられたがな。その立場についてなかったら、クランごと破産だ」

「なるほど執政官筆頭――江戸時代でいえば、お大名様になったんでしたね。イージさんも国のトップになれてウキウキですか」

「ふざけんじゃねえ、そんなわけねえだろ。したくねえ仕事が増えるだけだ。国内の権力争いにしたって、そんなにうまくいってねえしな」

「そうなんですか?」

「おう。他のクランも俺ら中心に一枚岩になろうってんじゃなくて、分断しちまってるんだ。シャークスマイルに恭順を示す側と反発する側で、真っ二つによ」

「そうだったんですか」

 それは新たな火種だな。親シャークスマイル派と、反シャークスマイル派みたいなのがいがみ合っているわけか。

「ま、今日くらいはそんなこと忘れてパーっとやろうや。おまえさんは主役の一人だし、会いたがってるやつも多いはずだ。地下に顔出してこいよ」

「ありがとうございます。この後うかがいます。ところでマーさんは? 今日は来るんですかね」

「マーの奴は、あの後またスタジオにこもりっきりで音信不通だ。たぶん今日も顔を出さねえ。あいつはそういうやつだ」

「やっぱりですか」

 名実ともに国内最強となったマー。ただし、滅多なことでは表舞台に顔を出さない。今回俺は、一緒にダンジョン潜ったり敵と戦ったりと、いろいろと世話になったんで、ぜひとも直にあいさつしておきたいところだが、無理か。

「しょうがない。いつかこっちからスタジオに顔出しに行きます」

「そうしろ。あいつと戦って一段強くなってこい」

「あんな怪物と戦うのはごめんです」

 適当に会話を切り上げる。

 イージは口から破壊光線を吐く、モンスターのようなチーターだ。一撃必殺の威力としては他の追随を許さない。だがさしものイージも、あのマーにだけは勝てるイメージが湧かない。それほどまでにマーは特別なチーターだ。


 鉄棒を滑り落ちて、一気に地下へ。ドスンドスンという重い音が響き渡る。

 地下はクラブになっていて、煙が充満する薄暗いフロアーを、極彩色のライトがぐるぐる回っている。

 すでに祝勝パーティーは始まっているようだ。適当にフロアーをうろうろしてみる。

「あっ、ジ、ジロー」

「おまえは……確か、カイだったっけ」

「ああ……おう」

 後ろから話しかけられたので振り返ると、同い年のチーター、カイがいた。俺とハイパーアリーナで対戦して負けて、レアとマーのスタジオで対戦して負けたクサビグループのニューホープ。その結果だけみればかわいそうな感じだが、その実力には確かなものがあった。

「おまえは今もクサリにいるんだっけ」

「そうだ。いつかあんたらシャークスマイルをまくってやろうって思ってっから」

「威勢が良くて上等じゃん」

 横柄な口をききつつも、俺に臆しているのが何となくわかる。さすがにランク八位ともなると、同い年でも格上と感じているんだろう。

「そういやあんた、チートに覚醒したんだって」

「その話か。いや、まだはっきりと覚醒したわけじゃないんだ。それがチートかどうかもはっきりしない。けど、がんばれば一瞬だけめちゃくちゃ強くなれるっぽい」

「何それ。それこそチートだろ」

「そうなんだが、反動もすごいし、自由に発動できるわけじゃないからな。二回だけ発動していて、一回はデジルを倒し、もう一回はコウメを倒した」

「は?」

 絶句している。俺がデジルやコウメを倒すほどのチートを身につけたのは、こいつからすれば衝撃だったんだろう。

「破壊力は抜群なんだが、いかんせんコントロールできてない。ただな、そのチート抜きにしても、前におまえと戦ったときと比べれば、遥かに強くなった自信はあるぜ」

「へえ……そうなんだ」

 カイはひきつった顔で俺を見る。遥か高みに行ってしまい、もはや勝ち目がないと悟ったような目をしている。

 カイは二十歳のイケメン、ほっそりとした顎に、オレンジの瞳。そういえば男はイケメンとしか話さないが信条のレアが、食い気味に話していたな。

「何にしても、こうしておまえも俺も同じ陣営に入ったわけだ。これからは仲良くやろうぜ」

「同い年のチーターってのも、そんないないからな」

「そうそう。気軽に話せるチーターってのは貴重だぜ」

「そうだな、乾杯」

 カイはビールの入ったコップを傾ける。ちなみに俺は何も飲んでいない。後に控える余興を見据えてのことだ。

 俺は短期間に最強クラスのチーターと接点をもったことで、普通がわからなくなってしまっている。上をみればマーやギルがいて、下をみれば何度も撃退してきたクサビの雑魚がいる。いったい、普通のチーターってのはどれくらいの強さで、ここにいるカイはどれくらいの強さなんだろう。

 今一度冷静に振り返ってみると、カイは意外と強い方じゃないか。ランクは五十位だったはずだが、実力は結構上の方な気がする。ギル、エニ、コウメがいなくなった後のシャークスマイルを引っ張るのは案外こいつかもしれない。


 音楽のボリュームが小さくなっていき、同時にフロアーから明かりが消える。どうやらショーが始まるらしい。


「おまたせみんなー! あのときは暴れてごめーん! 今日は思いっきり楽しんでってくださーい!」


 アホっぽい舌足らずな口調。元気なあいさつとともにステージ上にシンディが登場する。キラキラ光る銀髪と深緑の瞳、スレンダーな体躯の女子。

 ここシャークスマイルの運営するクラブ『スマイル』は、収容人数が二、三百人といったところ。わりと小規模の会場だから、そのステージともなれば、バンドセットでライブをやろうものならかなり手狭になる。

 ステージに真っ白いスポットライトがあたる。中央にはシンディがたった一人。その脇には、ラップトップPCと向き合うレアがいた。レアがトラック再生してシンディが踊りながら歌う感じか。楽器隊も何もいない、最小セットって感じだな。地下アイドル丸出しだ。

 それにしても、あのときは暴れてごめん、ってのもなかなかなあいさつだな。

「今回は操られていないから大丈夫。逆に私のパフォーマンスでみんなを操っちゃいまーす」

 ヘラヘラ笑いながら、ごく普通のアイドルみたいな感じを装うが、言っていることはブラックだ。彼女が操られて暴れたとき現場にいた身としては、ひきつった笑いしか出てこない。

 ライブが始まった。シンディの歌は思いのほか上手で、あのときハイパーアリーナで観たアイドルたちにも引けを取らない。

 アイドル然とした甘ったるいステージングは到底俺の好みじゃないが、諸々の経緯を踏まえると、シャークスマイルがクサビグループを撃退した祝勝会にはふさわしい気がする。

 それにしても、世間は今回の結末をどのように受け止めただろうか。クサビグループは国内最大手クランだった。いくら少数精鋭と誉れ高いシャークスマイルとはいえ、勝ち目は薄いと感じていたはずだ。実際、戦局も途中まではクサビが優位だった。それがまさかまさか、シャークスマイルの完全勝利に終わるとは。業界内外に衝撃を与えたことは想像に難くない。

 今回の抗争で、イージやビーを始めとするシャークスマイルの中心メンバーや、クランの名声はさらに高まったことだろう。

 俺は、自分の野望と今後の身の振り方をもう一度考える。

 今の世の中はチーターと一般人に分かれていて、どの国もチーターが統べている。表向き民主主義を謳っていても、実際に権力を牛耳っているのはチーターばかりというのが定番だ。俺たちの住む武蔵は、チーターがクランを作り、クランの長が執政官として最高会議を開くという合議制をとっている。

 今回の件で、そのパワーバランスが一気にこちらに傾いた形だ。もはやシャークスマイルは国内を支配するクランといっても過言ではない。期せずして勝ち馬に乗ってしまったわけだ。

 このことは俺にとって都合がいい。俺はチーターとして最強になり、すべての権力を牛耳るのが目標だ。所属クランが強くなるのは好都合。しかし、権力は純粋な力に劣る。どのみち。

 チーターの世界では、政治力よりも腕力だ。まず先に強くなること。誰よりも、マーよりも強くならねば。それまではひたすら鍛錬あるのみだ。

 そんなことをつらつらと考えながらライブを眺めていると、ものの二十分ほどで終わってしまった。このくらいなら別に退屈はしないな。襲撃した日は、半日以上もこういうのを観続けなきゃいけなかったから地獄だったが。

「みんなありがとー! 私のライブはこれで終わりですー! 続きましてー、イージさんからお話がありまーす!」

 パチパチと拍手が送られる。シンディが舞台袖に消えると、代わりにイージが現れる。ステージに向けられた玉虫色のライトをレザージャケットが反射する。リーダーから祝勝にあたって直にねぎらいの言葉でもあるんだろうか。

「よく集まってくれた、みんな。わかってると思うが、今日は俺らシャークスマイルがクサビグループを打倒したことを祝福するためのパーティーだ。大いに楽しんでくれ、乾杯」

 皆が一斉にグラスを掲げる。やはりイージは信頼感抜群で、集団を率いるカリスマ性がある。

「過酷な戦争だったが、終わってみればノーサイドだ。今回の件で、クサビグループは俺らの下部組織になったんで、今後は仲良くやってくれや。クサビといってもかつてのクサビじゃねえ。ギルもエニもコウメもいねえ。発端になったシャラクっつう爺さんもいねえ。新生クサビを代表する、新世代のチーターたちが引っ張っていってくれるはずだ」

 賛同を意味する歓声が飛び交う。オーディエンスは熱狂的だが、イージのスピーチをしっかり聞き入っている。なかなかいい雰囲気だ。

「わかってんだろうが、いまや俺らシャークスマイルは、この武蔵を牽引するクランにまで成長した。長らく続いたクランから一人ずつ執政官を出す制度も崩れ、俺は執政官筆頭の地位につき、うちからもう一人執政官が就くことになった」

 まばらな拍手が送られる。あまり政治に関心のあるメンバーはいないらしい。この拍手は惰性で何となく起こってしまったものだ。

「その一人だが、今日この場で決めたい。おまえら、これから何があるか。もちろん知っているよな」


 その言葉を聞くと、オーディエンスは雄叫びで答える。大盛り上がりだ。


「シャークスマイルの若きツートップ、ビーとジローのエキシビジョンマッチだ。ここで勝った方が執政官になるってことで――どうだ。みんな、文句ねえよな!」


 イージが煽ると、大歓声でもって同意する。


「じゃあこれから今日のメインイベントだ。おい、ビーとジロー、準備ができたらすぐにリングに上がれよ」


 ……実は、そうなのだ。


 実は今日、この祝勝会において、俺とビーが戦うことになっているのだ。会場はここ、以前俺がレアと戦った、クラブ『スマイル』の特設リング。

 しかしそれはあくまでエキシビジョン。今回の抗争で活躍した二人が戦う姿を仲間内にお披露目する程度の話だと思っていた。それがまさか執政官の座をかけて戦うイベントだなんて、聞いてないぞ。イージの野郎、こんなサプライズをしかけてやがったのか。

 俺は困惑しながらリングに近づいていく。


 話は一週間ほど前にさかのぼる。

 俺とビーは、ツーマンセルを解体してもいまだに頻繁に連絡する仲だ。ビーから俺に電話があった。

『ねえジロー。今度の祝勝会の話って聞いてる?』

「ああ。シャークスマイルの本部ビルでやるやつでしょ。話は聞いてるけど」

『そうそれ。あそこでさ、私たち戦ったらどうかな?』

「はあ? なんでそんなこと――」

『――ただのエキシビジョンだよ。パーティーを盛り上げるための余興。毎回、誰かしらは戦う伝統になってるんだ。今回の件からすれば、一気に名前をあげたジローと、ツーマンセルで動いてた私が戦うのが一番盛り上がるでしょ』

「なるほど」

『それに、ちょうどいいじゃん』

「何が?」

『あのとき、ハイパーアリーナで話したけどさ。実際、私たちどっちが強いか。はっきりさせたくない?』

「……まあ、多少は」

『じゃあやろうよ、ジロー。みんなには私から話しておくから。それとさ、やるからには当然、全力でね』

「……わかったよ」


 こうして二人がエキシビジョンマッチをすることが決定した。

 せっかく怪我が治ったというのに、またビーと戦って怪我して入院なんてなったら、笑えない冗談だ。今回は安全第一でやらせてもらおう。まあエキシビジョンだからプロレス的に怪我しない程度に戦えば大丈夫だろう。

 そんな風に呑気に構えていた。

 なのに、先ほどのイージの演説である。

 まさか、俺たち二人を本気で戦わせるつもりなのか。想定外だが、シャークスマイルらしいっちゃらしい。


 ――上等だ。やってやる。


「大変長らくお待たせしましたー! それではー、本日のメインイベントに移りたいとおもいまーす!」


 ステージ照明が消えて、代わりにリングにライトがあたる。司会進行を務めるのはお馴染みのシンディだ。先ほどのライブからちゃっかり衣装替えを済ませてやがる。


「司会はいつも通りー、わたくしシンディが務めさせていただきまーす」


 観客は一斉にリングを取り囲むように移動し、パチパチと拍手が送られる。さすがに慣れてやがる。


「赤コーナー。チーターランク七位ー。私を助けてくれたりー、襲撃を返り討ちにしたりー、今回もだいかつやくー! 華麗な足技で多くのファンを魅了するー、シャークスマイルが誇るアクションスター、ビー・ザ・ロンドー!」


 ビーの登場だ。

 栗色のポニーテール。大粒の真っ赤な瞳に勝気な表情を浮かべている。暑くなってきたからか、今日はTシャツにスウェットというスポーティーな出で立ちだ。Tシャツは口を大きく開いたサメ、シャークスマイルのイラストが描いてあるやつ。

 大歓声にこたえて、手を振りながらリングに上がると、黙々とストレッチを始めた。いつも通りリラックスした様子。


「青コーナー。最近更新されたチーターランクではー、なんと八位ー。今回はコウメを倒すなど大躍進ー! 覚醒したと噂のチートは炸裂するかー、期待の超新星、はたしてその実力は本物かー、ジロー!」


 俺に向かってライトがあたる。目を細めつつも、気を引き締め直す。オーディエンスに向かって手を振りながら、リングに上がる。ビーと負けないくらいの大歓声が送られる。

 俺はジャケットを脱いで、ベルトを外して、それらをまとめてリング外に放り投げる。動く上で邪魔になりそうなものは捨てて、身軽になった。


「あれ、ジロー。今日はグローブしないんだ」

「ああ。あれすると危険だからさ」

「なにそれ。手加減とかいらないのに。私は素手だけど、ちゃんとこのスニーカーつけてるのに」

「ダンジョンのレアドロップだっけ」


 ビーがスニーカーを見せびらかす。一見するとただのローカットスニーカーだが、実はダンジョンのレアドロップ産が素材となっていて、ビーの全力蹴りを何度繰り返しても壊れないほど頑丈らしい。


「グローブって掴んだりできなくて、戦い方が制限されちゃうからさ、対人戦には向かないし。いいよ、今回は無しで」

「ふーん」

 ビーは不満気だ。手加減されたように感じるのだろう。

「勝った方が執政官らしいじゃん」

「うん。正直、私は興味ないけど」

「俺も」

「でもさ――本気でやる動機にはなるかな」

「だよな」

 よかった。ビーも同じらしい。

 執政官の座をかけて戦えといわれても、いまいちピンとこない。だけれども、ただのエキシビジョンじゃなくて、勝敗に価値があることがはっきりしたのなら、負けられない。相手が死なないように配慮はするが、それでも遠慮なく、躊躇なく戦おう。


「審判はいつも通り、イージさんが行いまーす」


 イージがリングに上がる。レザージャケットの下に、ちゃっかり審判用の白黒ストライプシャツを着込んでやがったな。


 リング上には強烈なライトが浴びせられる。観客の視線は俺たち二人に集中している。だが、特に緊張する感じはしない。ここ数か月、突拍子もないことが続きすぎて、もはやこういう展開にも慣れてしまった。


「それでは準備はいいでしょうかー。ビー対ジロー。勝った方が執政官というタイトルマッチになります。いざ尋常にー」


 ゴングが鳴る。

 割れんばかりの歓声が送られる。


「よし、行くか」


 俺は身を屈めて全速力で接近する。両足を掴んで倒すことを目的としたタックルだ。ビーの武器である打撃や機動力を削ぐため、寝技に持ち込もうというわけだ。


「甘い」


 その動きを読んでいたのか、ビーは跳び上がりくるっと回転してローリングソバットという蹴り技を仕掛けてくる。俺は頭をガードした腕で蹴りを受け止める。踏ん張るものの、その衝撃は尋常ではなくロープ際まで引きずられる。


「そっちこそ」


 俺はすぐに体勢を立て直し、追撃を狙うビーに対し、斜めから脇腹を狙ったボディブローを繰り出す。ビーはなんとか身をよじって躱すが、それがよくない。不自然な体勢になり、それ以降の攻撃を捌けなくなる。そのままパンチで連撃、ガードの上からとはいえ、ビーはいくつか被弾する。


「ちぇっ」


 ビーは一気にロープ際まで下がり、ロープの反動も使って一気に天井スレスレまで跳び上がる。そのまま縦回転をして踵落としをする。

 ビーのフェイバリットだ。


「ぐぁっ」


 俺は両腕をしっかり固めてガードするが、その衝撃に堪えられず、地面に叩きつけられる。反動で身体が跳ね飛ぶ。クッション性のあるリングでこの技を喰らうと、こういうことになるのか。

 跳ね上がったところを見逃してはくれない。ビーも跳び上がり追っかけてくるが、空中で追撃を前蹴りで食い止め、なんとか着地に成功する。


「おおおおおおおおおおおおお」


 観客は大興奮だ。上位ランカー同士の格闘戦ともなれば、迫力が段違いなのだろう。


「ゴングと同時に凄まじい攻防ー! ビーの必殺技、ベンガラウー、縦向きの高速回転からの踵落としを受けて、なお凌ぎ切ったジローー! 両者一歩も譲りませーん!」


 シンディが必死に解説を加える。司会というより実況とか解説的な役割までこなすようになったのか。それにしても、ビーがよく使う踵落としはベンガラウと呼ばれているのか。初めて知った。


「さすがにやるな」

「そっちこそ」


 俺もビーも、なぜか笑顔だ。

 本音をいえば、二人ともこのバトルを望んでいたからだろう。


「ジロー。格闘技ド素人だったのに、サマになってんじゃん」

「ビーと一緒に観戦に行ったのがよかったのか、ダンジョンで戦ったのがよかったのか。原因はわかんないけど、わりと身体の動かし方がわかってきた」


 俺はリングをサークリングしながら、ビーの攻撃を待つ。飛び込んでも躱されることがわかったので、今度はカウンターを狙う。

 ビーが誘いにのって飛び込んでくる、上段回し蹴り。ダメージ覚悟で両腕でガード。そのまま掴みにいく。


 腕は、何とか折れずに済んだ。まだ手は動く。両腕でビーの足をしっかりと抱え込む。もらった。


「しまった」


 極め技は学んでいないから、プロレス技のジャイアントスイング。ビーの足を掴んだまま回して、一気に放り投げる。チーターが本気でジャイアントスイングすると、リング外どころか、会場外めがけて吹っ飛んでいく。

 ビーは十メートル以上離れた壁に叩きつけられる。壁は思いっきりへこみ、照明は砕け散る。


「おおーっと! ジローの大技、ジャイアントスイングだー! これは大ダメージかー」


「――なわけないだろ!」


 ビーは壁を蹴って反動でリング上に舞い戻る。それほどダメージは受けていない様子。


「ジロー。やっぱり格闘技ド素人だね。さっき足を掴んだところはチャンスだったのに、まさか投げるなんて。もったいなさすぎ」

「よく知らないんだよ。なんとか固めみたいなやつはさ」

「そっか。今度は打撃だけじゃなくてMMAを観に行こうか。それはそれとして、そろそろ茶番はやめにしない?」

「茶番?」

「そう、皆がみたがってるのはジローのチート」


 俺のチート。例によって、一気に加速して敵をぶち抜く制御不能のあれか。


「勘弁してくれよ。あれは正直いって、コントロール効かないから」

「ふーん。でも、私は切り札出すよ」


 そういって、ビーはその場でつま先立ちになり、回転を始める。マーとの戦いでみせた技だ。その場で高速回転し、相手の攻撃を遠心力で捌き、同時に打撃を加えるというカウンターの必殺技。


「でましたー! これはビーの奥の手、エスピンタ・トルネードだー! ジローはこの暴力的な竜巻にどう攻撃を加えるのかー!」


 エスピンタ・トルネードか。またしても必殺技に大層な名前がついていやがる。シンディが適当に言っているのか、本当にそんな名前なのか定かじゃないが。

 確か前に、この技は未完成だと言っていたな。自分で攻撃を加えることができず、ひたすら相手の攻撃を待つしかないところが欠点だと。


「マーでさえ手を焼いたんだ。俺なんかが手を出したら、痛い目見るに決まってんだろ」


 俺はガードを固めたまま近づかない。こちらから行かなければ恐れる必要はない。


「残念。そこは改良済みなんだ」


 ビーは回転を緩めることなく、角度を変えた。地面と水平に回転し、その場に留まり続けていたのに対し、少しずつ斜めに傾いていく。すると、まるで独楽のようにじわじわこちらに近づいてきた。


 ――なるほど、動けるようになったってことか。


 俺はビーに追い込まれないように、サークリングしながら距離をとり続ける。しかしたしビーは徐々に移動速度を上げていく。このままではいつか捕まってしまう。


「ストリートならともかく、リング上ならいつか逃げ切れなくなるってか……。しゃーない、やってみるか」


 俺はしゃがんで足払いを狙う。コマを倒したいなら、その軸足を狙うに決まっている。

 が、


「ああーっ! いったいどういうことでしょー! ジローの足払いが高速回転に巻き込まれ、一気に外に吹き飛ばされてしまいましたー!」


 いったい何が起きたのかさっぱりわからない。軸にめがけて足を繰り出したはずなのに、気が付いたら全身のバランスが崩れ、ロープ際まで吹き飛ばされてしまった。まるで竜巻。接触することは適わず、近づいただけで吹き飛ばされてしまう。胴体を狙おうが軸足を狙おうが関係ない。問答無用で相手を吹き飛ばす狂暴な竜巻。それがビーの切り札、エスピンタ・トルネードか。


 ビーは徐々に回転をゆるめていき、ついには止まった。

 その真っ赤な瞳は怒気を孕んでいた。


「おいジロー」

「何だよ」

「何度も同じこと言わせないで。私の切り札は、搦手でなんとかなるほど甘くない。早く例のチート出しなよ。あの、デジルやコウメをぶっ飛ばした奴を」

「……」


 ビーはあくまで決戦を望んでいるらしい。だが、俺はまだ躊躇している。


「ビー。その技は、まだ制御不能なんだ。いつ出るかわからないし、加減もできない。今のところデジルもコウメも、どんな身体も貫いて、致命傷を負わせてしまっている。万が一、その技がビーの頭に直撃しちゃったら、どうなるかわかるよな」

「頭が弾け飛ぶだろうけど。で?」

「……」


 死ぬんだぞ。こんなわけのわからないエキシビジョンマッチで一生が終わってもいいのかよ。言いたい言葉を飲み込んで、俺はビーを睨んだ。


「ビー。ビーには本当、感謝してるんだ。ビーがあの日、俺を連れ出してくれなければ、俺は今でもあのままだったかもしれない。だから、できれば殺したくない」

「そういう遠慮はいらないって言ってるだろ」

「――だけど、倒すことにした」

「は?」

「俺はビーを倒して、執政官になって、先に進む。あのとき、あのダンジョンで戦ったとき、俺が何を話したか覚えてるよな」

「もちろん」

「俺の目標は――」


 最強になることだ。

 だから、目の前にある壁はなんだって乗り越えてやる。

 どうなっても知らねえぞ。


「ビー、後悔するなよ」

「私を誰だと思ってるんだ。するわけないだろ」


 わかったよ。やってやろうじゃないか。


 ビーは再びつま先立ちをして、その場で高速回転を始める。エスピンタ・トルネードだ。俺はリングを踏む足に意識を集中し、じっと力を籠める。

 今回は試合だ。別に誰かの命を救うためでも、自分の命を助けるためでもない。だけど、それでも出す。ここで引いたら俺はそれまでだ。結果がどうなろうと、ぶちかましてやる。


「おおーっと! これはジロー、チート発動かー! 事情通の間でデット呼ばれるそのチートは、噂によると自身の潜在能力を一時的に前借りして身体能力を超強化できるらしいぞー!」


 何がデットだ。勝手に名前つけやがって。Debtって、確か借金のことだったか。自分の潜在能力を一気に無理やり引き出せる分、その後は反動で動けなくなってしまう。確かにそんな能力のような気がする。まったく、事情通って誰だよ。


「決着だ、ビー」

「来いよジロー」


 俺は踏ん張る足に何度も何度も力を籠める。徐々に心の奥底に眠るパワーが引き出されていくのがわかる。なるほど、確かにこれは自身の潜在能力そのものかもしれない。あのときと同じように、身体が自分の制御を離れていき、暴走していくのがわかる。三度目にして、少しだけコツを掴んできた。


 カチッ。


 これまでと同じように、脳内でスイッチの入る音が鳴り響く。狙うは眼前にある竜巻。あの竜巻を超高速で貫く。そのためにはもっと強く、強く、強く。踏み込む。時間の流れは遅くなり、視界は赤く染まり、そして――


「ああああああああああああ」


 俺はチートを発動させ、超高速でビーの身体を貫いた。

 道中、千切れたビーの脚が宙を舞うのを見た。

 気が付いたときには、俺はロープを引きちぎり、リングから飛び出して、壁に激突していた。


 場内にどよめきが走る。俺も、ビーも、観客も、しばらく混乱している。意外にもその状況を破ったのは実況のシンディだ。


「炸裂ぅううう―! ジローのデットが、ビーの切り札、エスピンタ・トルネードを打ち砕きましたー!」


 観客は割れんばかりの歓声で応える。


「ビー……」


 リング上のビーは茫然自失。片足立ちのまま、最大の武器である脚が片方吹き飛んでしまったのを、信じられない様子で、大きく見開かれた真っ赤な目で眺めていた。リング上に大量の鮮血が流れ出ている。


 何度も何度もゴングが打ち鳴らされる。


「試合終了ー! これ以上は続行不可能と判断しまーす! エキシビジョンマッチの勝者はー、期待の超新星、ジロー!」


 観客は大盛り上がりでジロージローとシュプレヒコール。俺はまだ、壁に激突したまま、身動きができない。例のチートの反動だ。


 リング上に慌てて医療班が入ってくる。特にメガネをかけたイケメンお兄さんが、ビーの千切れ飛んだ脚を掴んで、患部に近づけて、凍結のチートで接合させようとしている。チートを使った応急処置といったところか。前の襲撃では、ビーの千切れた指がうまくつながったようだが、脚ともなるとさすがにどうだろうか。


「これが……ジローのチート」


 ビーが焦点の合わない目をしたままつぶやく。

 俺は全身に力が入らず、そのままの体勢で床に崩れ落ちる。冷静に考えれば、試合続行不可能なのは俺もビーも一緒だから、ノーコンテストが妥当だ。しかしさっきのゴングは、ビーの負傷によるノックアウトという判断だった。

 実態がどうあれ、結果は俺の勝ちだ。


「だからいったろ、ビー」


 この技は制御が効かない。使ったら最後、俺も動けなくなるし、相手もただじゃ済まないって。


「ジロー……」


 ビーは何かを俺に告げようとしたが、言葉にはならなかった。


 悪いな、ビー。俺はこの勝利で執政官になる。一足先に、上のステージに行くことにするよ。

 武蔵を統べる十三人の執政官の一人。そんな立場でさえ、通過点に過ぎない。俺が目指すのは最強のチーターだ。

ここで第一部完結です。ストックが切れたため、しばらく更新ストップとなります。

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