異世界の勇者たちその1
「オエッ!オオエッ!」
涼之介の嗚咽が響き渡る。
「どうした?鎌滝涼之介に何があった?」
バッグスが利文に聞く。
「いや、鎌之介が…。回転攻撃中に視点を一人称にしたらどうなるのかって言い出してさ。んで、やって、酔って気持ち悪くなってる。」
「バカか?そうなるに決まってるだろ。」
冷ややかにバッグスは言い放った。
涼之介は、フラフラしながら呟いた。
「目が回る、まるで別世界だ…。」
「目が痛い、本当に別世界だ…。」
倉持拓哉は呟いた。
ここは、エスアル王国。
2-5クラス全員が異世界に召喚された。
現在、エスアル王国の役人達はクラスメイトを取り囲んでいる。彼らは、スキルと呼ばれる特殊能力の強さを判定している。どうやら、異世界人には強力なスキルが宿るらしい。
倉持もすでにスキルの強さを判定された。自覚はないが、それなりの力を持っていることを告げられた。
エスアル王国の人々は、召喚された高校生達を勇者と呼び、祀り上げた。
倉持は、異様な雰囲気に危機感を抱いていた。
皆、この異様な空気に飲まれている。
この空気に飲まれたら、どうなるのだろうか?
俺たちはどうなってしまうのか?
先の見えない危機。倉持の感じた危機感はそれだった。
今にもこの場から、逃げ出したかった。だが、それは叶わない。
なぜなら、この部屋には、武器を持った騎士達が数人いるからだ。
おそらく騎士達は、倉持たちを見張っている。
歓喜の声が上がった。どうやら、取り分け強力なスキルが見つかったらしい。
スキルの持ち主は及川雅人。空手部、クラスの中心人物。
頼れる及川が強力なスキルを持っている。それだけで、倉持は密かに安堵した。
そして、また、歓喜の声が上がった。いや、違う。悲鳴だ。
悲鳴を当てられたのは、嶋翔太。
クラスでは、あまり目立つタイプではないが優しい人だ。
残念ながら、嶋は強力なスキルを持っていなかったようだ。
「汚らわしい!貴様のようなやつが、この王宮に足を踏み入れるなど!こいつを追い出せ!追放しろ!」
役人の中で、偉そうなおっさんが周りに命令をした。
倉持は、怒りで手が震える。
勝手に連れてきて、何を言ってるんだ!
激しく凶弾したかった。だが、できなかった。周りの騎士達が恐ろしかったからだ。
「やめてくれ!皆!助けて!お願いたから、た助けて!」
嶋は恐怖にかられた声で助けをもとめる。屈強な騎士達に、引きずられながら出口へと連れて行かれる。
そんな中、倉持は嶋と目があった。
「助けて!倉持!倉持ー!倉持!」
何度も嶋は倉持の名を呼ぶ。倉持は嶋を見捨てた。
いや、クラス全員が見捨てたのだ。
「さあ、あんなニセ勇者など忘れましょう。」
役人の一人が笑顔で言う。
倉持の脳裏には、嶋の恐怖に満ちた顔が焼き付いている。
何が!勇者だ!ふざけんな!クラスの仲間さえ、守れない!クソっ!俺はバカだ!冷静な気になっていた。俺もこの空気に飲まれてしまった。なんで、俺も皆も何も言わねぇんだよ!嶋は助けを求めたぞ!
うるさい!私だって助けたかった!
?誰だ?俺の脳内に!声が聞こえる!
私よ。高原真智。
高原!なぜ!高原の声が!?
オレも聞こえる、倉持。
倉持、俺もだ。
大山?それに、及川!なぜ?
悲惨な経験を得て、倉持はスキルが発現した。
倉持それを自覚した。
どうやら、俺はテレパシーのような力を持っているようだ。
そのようね。で、この四人にしか通じてないようね。なぜかしら?
これは推測たが、オレと倉持、高原、及川は異世界召喚後に最も早く目覚めた。そのおかげで、現状、幾分か冷静で、精神的に落ち着いていた。
大山、お前の推測に付け足すなら、冷静だったからこそ、嶋への仕打ちが許せなかった。つまり、俺たちは同調したんだ。
なるほど、及川、お前も…。いや、大山も高原もか…。
四人は互いに頷き、距離が離れていても通じ合うことを確認した。
それじゃ、早速、嶋を助けるよう!
待て、倉持!
なんだよ!大山。
今は無理だ。オレたちにできることはない。
でも!
大山の言う通りだ、倉持。今は動けない。落ち着いて、探せば必ずチャンスは来る。気持ちを抑えろ。まずは、現状確認だ。
及川、現状確認って何するんだよ。
とりあえず、皆の様子を見て、落ち着いた人にテレパシーで繋いで!クラスで団結するの!
高原、誰が落ち着いてるとかわかるのか?
倉持くん、鎌之介くんとかどう?すぐに冷静になれそうじゃない?
鎌之介か!確かに!
あれ、いなくねぇ?鎌之介。
及川!高原さん!倉持!大変だ!鎌之介だけじゃない!利文と宮平さんもいない!
あー…、いつもの三人か。
倉持は、三人の顔を思い浮かべた。
一方ラボでは、
「質問がある。」
「何ですか?バッグスさん?」
「何で、君は増上利文に鎌之介と呼ばれることかあるんだ?」
「ああ、愛称ですよ。」
「こいつのこと。涼之介って呼ぶやつ、ほとんどいないんだよ。皆、鎌之介て呼んでる。」
「そうそう、バッグスさんも鎌之介でいいよ。」
「そうだ!この際だから、いちいちフルネームで呼ぶな。俺のことも、利文って呼べよ。」
「わかった。鎌之介、利文。」
ラボはほんわかとした空気に包まれた。
「ところで、質問だが、利文。君には愛称はないのか。」
「俺にはないな。皆、利文って呼んでるよ。」
「あるじゃん。増利が。」
「それは、お前が一回ふざけて言っただけだろ。全然浸透してねぇよ。」
「結構、裏では呼ばれてたよ。顔がゾウリみたいだって。」
「なんだよ。増利みたいな顔って。」
「怒るとさ、眉が垂れるじゃん?それが鼻緒みたいだって。」
「履物の草履かよ!」
「うん。特に倉持が呼んでいたよ。海に行ったときにはさ、ビーサンって言って笑ってた。」
「倉持!あの野郎!異世界から戻ったら覚えとけよ!」
再びエスアル王国
あの三人が大変な目にあってるところ、思い浮かばないんだが。てかさ、異世界に来ていない可能性高いよね。
倉持、気持ちはわかるが、決めつけは良くない。あいつらだって、今苦しんでるかもしれない。
でもさ、及川、シリアスをことごとく潰してきたあいつらだよ。どこへ行っても図太くやっていけるよ。
倉持…、ふざけすぎ!
ご、ごめん。高原さん。
でもさ、倉持の言うことも一理あるよ。居場所の分からない三人を探すよりも、嶋を助けることが優先じゃない、及川?
…。気は進まないが、その通りだな。今、俺たちにできることは限られている。たが、あいつらのこと忘れるなよ、倉持!
ああ、も、もちろんだよ。
そんな、やり取りを一人騎士が聞いていた。
あまいな、異世界人。スキルの使い方がなっていない…。思考を読み取らることを考慮していないとは…。倉持だったか、要警戒だな。
騎士は密かに笑っていた。
その夜、エスアル王国では、異世界の勇者達の歓迎パーティが開かれた。
豪勢な食事を前にしても、倉持は嶋の顔が忘れられなかった。
「胸がいっぱいで、喉に通らねぇ…。」
倉持は呟いた。
再びラボ
「バッグスさん。料理うまいですね。」
「一人暮らしが長いからな。それに、軽く飯を炒めただけだ。大したことない。」
「炒飯だな。まさか異世界で食べることになるとは。」
お皿には、山盛りの炒飯が盛られていた。
「作り過ぎたろ、あれか?俺たちが来たから、はりきったのか?」
「勘違いするな。三人分がよく分からなかっただけだ。きみら全部食えよ。」
「お腹がいっぱいで、喉に通らねぇ…。」
利文は呟いた。
〈この世界の真実〉
エスアル王国は、スキルの優劣により身分が決まる階級社会である。
弱いスキルを持つ者に、人権など存在しない。