遊び心
魔物の名前はゾルといった。
ゾルはとある理由で壊れスキルを手に入れた。
魔物に強力な力があれば、やることは一つ。人間の虐殺しかない。それが魔物の性なのだ。
山を一つ崩壊させ、麓の街を破壊させる。ほとんどの人間どもは、何が起こったか理解することなく即死するだろう。実に笑えるではないか。愚かな人間どもにはふさわしい末路だ。
虐殺計画は順調だった。
たまに、勘のいい人間が、異変に気づき坑道の中に入ってきたが。しかし、抗う間もなく殺した。向かうところ敵なしといったところである。
あの侵入者が来るまでゾルはそう思っていた。
突如として、謎の侵入者が現れた。どこから現れたのかは不明。しかし、ゾルのやることは変わらない。いつも通り、速攻で殺した。
すると、途切れなく侵入者が現れだしだ。
侵入者は、必ず一人で現れ、一人殺すと時間をおいてまた一人やってくる。
ゾルは、正直舐めていた。たとえ、100人の集団が襲ってきたとしても今の自分にはかなうはずがない。侵入者がどんな集団でも、容易に皆殺しできると思っていたのだ。
だが、程なくして侵入者の行動が変わった。一人の侵入者が、明かりを持ってきたのだ。
ゾルは、自身の姿を確認するために、明かりを持ってきたのだと考えた。
奴らの目的は見えないが、少なくとも自分の姿は知らないらしい。ならば、逆に利用するまでだ。相手の姿を確認する絶好の機会だ。
次の侵入者は、体を丸めながら現れた。少々攻撃を当てるのに手間取ったが、相手の姿は確認できた。
何のことはないただの全裸の人間の男だ。所詮は、偵察のためだけに命を散らす雑兵に過ぎないのか。この程度のものが何人来られようが問題ではない。
そう考えていると次がきた。
同じように殺すが、違和感、視線を感じる。死体を確認すると首が残っていた。
この時、ゾルに衝撃が走る。
さっきのやつと顔が全く同じだ!
気色悪く思い、死体の顔を潰した。そして、また気づく。積み上げたはずの死体が消えている!
この時、ゾルは相手の危険度を見直した。
今までの人間とは違う!相手の狙いを探らなければならない!
強力な力を得たことによる万能感はもう無い。ゾルは、慢心から解き放たれたのだ。
相手の狙いは何だ?この計画を邪魔することか?
いや、相手はこちらの姿を知らなかった。
あまりに間抜けな行動も多すぎるから、こちらの計画は、知らないのではないか?
だとすると、侵入者には別の目的があって、こちらと鉢合わせたのはただの偶然だった。
こちらの攻撃により、トラブルが発生したので、その正体を探るべく繰り返し偵察を行っていると考えるのが自然か。
だが、もし、それがブラフだった場合は?
間抜けの行動の裏に、妙に用意周到な部分が窺える。それが不気味でならない。
ゾルの考えが、まとまる前に、また間隔を置かずに侵入を繰り返す。
こっちが警戒し始めたことに気づいたか?
考える隙を与えないための行動か?無駄なことを!
次に、侵入者は連続で攻撃をしかけてきた。かなりの速度での攻撃、その動きは只者ではなかった。
こいつは敵だ!
やはり、さっきまでの間抜けな行動は全てブラフ!
油断させるつもりだったのか?
狡猾な敵だ。
ゾルは、異次元の穴に身を隠しながら攻撃し敵を退けた。
そして、長い静寂が訪れる。その静寂が、ゾルに確信を与えた。
次の攻撃で、敵は確実に仕留めにくる!
バッグスは警告した。
「いいか?何にせよ次が最後のチャンスだと思え。確実に次で仕留めろ!」
バッグスに釘を差された涼之介は、手を鳴らし気合いを入れる。
「そもそも、やつがどういう行動を取っているのかがわからないな…。異次元の穴を作るスキル、異次元の穴か…。バッグスさん、異次元の穴について詳しく教えてくれませんか?」
「いいだろう。壊れスキルの本質は、異次元の穴を空けることだと教えたな?つまり、あのスキルはすべてこのことで説明できる。例えば、斬撃攻撃は、空間を切っているのではない。空間に亀裂をつくり、伝播させ異次元の穴を広げているんだ。それが斬撃に見えるのさ。」
「なるほど。穴を空けるのがスキルの本質ですか。逆に穴を閉じることもできますか?」
「穴は自然に閉じるぞ。穴が周辺のものを全て吸い込み終わったらな。逆に言えば、吸い込み終わらなければ閉じることはない。」
「その場合はどういうときですか?」
「考えられるのは、二つ。一つはスキル保持者が穴の中に隠れている時。もう一つは遊び心が穴の周辺にある時だな。この二つは、スキルで消滅させることができないから 、穴も閉じることがないというわけだ。」
「やつが、潜む穴は塞がらないのか…。というか、バッグス、お前そこまでわかっているら、やつがどんな行動をしているかもわかっているんじゃないか?」
利文の疑問に、バッグスは顎を触りながら答える。
「だいたい察してはついている。おそらく、やつは坑道内に複数の穴をあけ、穴の中を行き来している。それが、瞬間移動に見えている。穴に身を隠しながら、攻撃してるはずだ。」
「もぐら叩きももぐらみたいですね。」
「やっぱり、知ってやがったか。質問されなくても、重要なことは教えろよ。」
「最初からわかっていたわけじゃない。君たちのおかげだ。君たちのさっきまでの行動がヒントになった。」
「あの一瞬で、よく気づけたな。」
「壊れスキルの詳細を知っていたからさ。君たちも知識があれば、気づけたはずだ。」
「フォローされたよ。ありがとう。」
利文は頬をかきながらお礼をいった。
「スキルはどうする?新しいものを使う?利文。」
涼之介は話を変えた。
「発光だけで十分だろ。他のを試してる時間なんてない。それよりも、相手が取りうる行動を考えた方がいい。」
「重要なのは、相手が遊び心を知っているか。だよね。それによってこちらの対応も変わってくる。もし、遊び心を知らなった時、初めに相手は何をする?」
「試しに一撃食らわしてくるだろうな。」
「知ってた場合は?」
「同じだな。一撃食らわしてくる。」
「その理由は?」
「服の材料なんて、見た目で判断つかないだろ。攻撃して初めて遊び心ってわかるんだよ。」
「今まで全裸だったんだよ。急に服着てきたら、警戒しない?」
「警戒してくるからこそ、一撃食らわしてくるんじゃないか?遊び心である確証を得るためにな。」
「そうだね、一理ある。どんな場合でも、まずは攻撃してくるとして、次の行動は?僕は、知らなかった場合、消滅できないってわかるまで攻撃してくると思う。」
「俺もそう思う。で、スキルが効かないとわかったら、その次は異次元の穴に隠れるんじゃないか?今までの行動を見るに、相手はかなり慎重な性格だろう。下手したら、逃げ出すかもな。」
「なるほど、なるほど。遊び心を知っていた場合は?」
「やっぱり同じだろうな。スキルが効かないとわかったら、雲隠れかトンズラだろうな。」
「よし、整理しよう。」
涼之介はホワイトボードに書き出す。
・遊び心を知らない場合
最初の一撃→
スキルが効かないとわかるまで攻撃を続ける→
スキルが効かないと判断する→
雲隠れor逃走
・遊び心を知っていた場合
最初の一撃→
スキルが効かないと判断する→
雲隠れor逃走
「最初の一撃、それが唯一の隙だな。結局は転移したタイミング。そこで、勝負を決めないといけないのか…。」
「利文、心配することはないよ。状況としては、こちらの方が有利だよ。転移直後の攻撃は、有効であることが分かってるし。遊び心のおかげで、時間的な余裕もかなりある!」
「そうだな。まず、転移直後に攻撃するのは確定だ。だが、一番の高速攻撃はダメだ。やつにばれている。」
「となると使えるのは、2番の回転攻撃か。でも、回転して現れたら余計に警戒して逃げないかな?」
「やはり、一番のネックは、異次元の穴に逃げられることだな。それさえ防げれば、俺たちに勝機はある。」
利文は拳を握って言った。
「さすがに考えすぎだな。全ての可能性を考えたらきりがないぞ。」
また、バッグスが議論に入ってきた。
「逃走を警戒するなら、注視すればいいだけのこと。やつの潜む穴は塞がらないから、そこを見極めればいい。」
「そんな余裕があるのか?何度も言うが逃げ出されたら終わりだぞ。」
「そもそも、転移した瞬間に攻撃していたのは、やつのスキルをかわす必要があったからだ。その必要がなくなったのだから、落ち着いてやつを探すんだな。それに、やつは慎重かもしれないが、それ以上に好戦的だ。君たちはそこを見落としている。断言しよう。やつはすぐには逃げない。」
「確かに、今までの僕たちの怪しげな行動を見て、逃げ出すことはなかったですね。そうなると、落ち着いてやつを見つけ攻撃する。汎用な結論だけど、それが最適解!」
涼之介は、結論をホワイトボードにまとめる。
・僕らが取るべき行動
1.落ち着いて魔物を探す。(塞がらない異次元の穴に注視せよ。)
2.発見次第、攻撃開始。(攻撃方法は、回転攻撃で!)
ここまで書くと、バックスがペンを取り出し、
3.頭突き攻撃で確実に仕留める。
と付け足した。
「頭突き攻撃は、一番近くの相手を自動で補足し攻撃する。もし、君たちの懸念通りにやつが逃げるような素振りを見せたら、これを使え。」
「わかりました。バッグスさん。頭に入れておきます。」
「やるか。覚悟を決めろ!」
バッグスの号令に二人は頷く。
転移開始。
予想通り、直後に魔物の攻撃!しかし、効かない!遊び心の威力だ。
一方、ゾルの思考。
効かない…!
やはり、何かしらの切り札があったのか。
だが想定内。
取るべき行動を取るだけだ。
ゾルには、相対する敵を退ける自信があった。
大したことではない。
敵の首を潰したとき勘付いた。
敵の耐久はそれほどでもない。魔物の力で容易に潰れる。
敵を攻撃しつつ、死角から、腕を伸ばして首を潰す!
人形の背後に、異次元の穴が空き、ゾルの手が忍び寄る…!
一方、バッグスたち。
落ち着いて周囲を探し、攻撃が飛んでくる方向に塞がらない穴を発見する。
予定通り回転攻撃を開始する。
涼之介が攻撃ボタンを押したその瞬間、魔物が人形の首を掴んだ。
人形の高速回転、首を潰そうとする強力な力、全てが偶然に重なった結果…!
魔物を異次元の穴から、引きずり出し、魔物ごと回転を始めた。
回転の勢いは収まらず、その勢いのまま、魔物を坑道の壁に何度も叩き付ける!
ドンッ!ドゴンッ!
「?何が起きたんだ?」
涼之介は、ボケっとしていた。
対して、ゾルは切羽詰まっていた。
下手に手を離せば、遠心力で飛ばされて大きな隙を晒してしまう!
何とか脱出することを狙い、回転したまま、異次元の穴を空けまくるが上手く行かない!
その時、坑道中の塞がらなかった穴が繋がり、大穴となる。そして、回転した人形は穴に落ちていく。
ゾルは、異次元空間に入ると同時に手を離す。そして、出口の穴を作りだした。
逃走と同時に異次元空間へ人形を閉じ込めることを狙ったのだ。
だが、バッグスは見逃さなかった。混乱している涼之介に指示を出す!
「鎌滝涼之介!頭突きだ!」
異次元空間の外は、草木広がる野原だった。
そには、一匹の魔物と一体の人形がいた。
魔物の四肢を人形は手足で押さえつけていた。
強烈な頭突きを喰らった魔物は気を失っていた。
「さぁ、とどめを刺すんだ!」
バッグスが言う。
「えっ?人間!?」
涼之介は、目前の魔物の姿に驚愕した。その姿は、金髪褐色の人そのものであった。
「姿に惑わされるな!人じゃない!魔物だ!」
バッグスは語気を強める。
「僕が殺すのか?こいつを…!」
涼之介の息づかいは荒くなる。
「最初に人形を動かしたとき、君はマモノを殺しただろ?それと同じだ!それとも、何か違うか?」
バッグスはさらに語気を強めた。
「そうだよな…。同じだ…。おかしいよな。あれは殺せて、こいつが殺せないのは…。」
涼之介の息づかいはより荒くなる。
見かねたバッグスは、涼之介の指の上から攻撃ボタンを押す。
ゴスッ
鈍い音が聞こえた。
血まみれの人形から、バッグスは壊れスキルを取り出す。スキルは神秘的な光を放っていた。
「まずは、1つめ。残りは6つ…。」
バッグスはボソッとつぶやく。
「残り6つ?どういうことだ…?」
利文はバッグスの言葉が気になったが、それよりも過呼吸気味で倒れている涼之介を気遣う。
「大丈夫か…?涼之介?」
「心配かけて、すまない。」
か細い声で涼之介は返答した。
「鎌滝涼之介。やつを殺したことは気にするな。」
「バッグス、お前!」
利文の言葉をバッグスは制止する。
「いいか、やつを殺したのは、お前じゃない。私だ。気負う必要はない。」
涼之介は顔を上げ、バッグスの顔を見つめる。
バッグスは話を続ける。
「相手は凶暴な魔物だった。人形は何回壊された?遠隔操作でなければ、その回数分君たちは殺されていたことになる。たが、危機感を感じなかっただろ?」
バッグスの言葉が重く伸し掛かる。
確かに涼之介は危機感を感じなかった。
「いいんだよ、それで。いいんだ。君たちの冒険は、モニターの向こうにある。それが、君たちの実感を狂わす。何があっても、まるで他人事のように感じるだろう。たが、それで、いいんだ。あらゆる苦悩も!痛みも!外の世界で起きたこと!君たちが負の感情を感じる必要はない。気にしなくていいんだ、そのための遠隔操作なんだよ。危険な冒険?不要だ!遠隔で済むなら、それに越したことはない。それでも、もし、罪悪感を感じるなら、全部私のせいにすればいい!君たちが、苦しむ必要なんてないんだ…。」
利文は、そう語るバッグスの姿に覚悟と優しさを見た。
〈この世界の真実〉
【壊れスキル】
"異次元ゲート"
・空間に異次元の穴を空けることができる。
・ある特定の物質を除き、異次元空間に飲み込まれたものはこの世界から完全に消滅する。
・異次元空間からは、この世界のあらゆる場所に通じる穴を作ることが可能。
過去の実施例では、異世界に通ずる穴を空け、チキュウという世界に辿り着いたという記録が残っている。
エスアル王国の異世界召喚は、このスキルから着想を得たものと推測する。