折衝
「折衝するって、あいつ俺たちのこと忘れてないな?」
勇ましく領主の元へ向かうキアラの背を見て、利文は言った。
「冒険者ギルドは、国家間に跨がる巨大な組織だ。だからこそ、国家の脅威にならないために絶対的な中立を宣言している。」
バッグスが説明する。
「え?今、思い切り、介入しに行きましたけど?」
「争いごとがあれば、中立な立場から、仲立ちをすることも冒険者の仕事だ。」
「へー、大丈夫かな。いつ腹芸とか向いてなさそうだけど。」
「冒険者の仕事でしょ。向いてる向いてないに関係なく、場数は踏んるはずだから、なんとかするんじゃない?」
「私は難しいと思う。」
「どうしてですか、バッグスさん?」
「依頼書に、書かれたキアラのフルネームを見たんだ。名前から察するに、あいつは貴族でありながら冒険者をやっている。それはエスアルの貴族が一番嫌うことなんだよな。」
依頼書には、キアラ・エルガンと書かれていた。
「なぜ、冒険者を連れてきた。追い返せ!」
領主は役人 B にまくしたてる。
「はっ!それは件の冒険者キアラ・エルガンがやってきたからであります!」
役人 B は物怖じせずに答えた。
「早いな!領民どもは、切り札を使ったか。影響力のあるAランク冒険者。そして、エルガン家の出来損ない。キアラ・エルガン。」
領主は気を引き締めた。
「はじめまして、私はキアラ・エルガンです。冒険者をやっています。」
キアラは礼儀正しくお辞儀をした。
「形式ばった話は要らない。本題に入ろう。折衝だ。」
領主はキアラと握手もせずに、話し合いの席に着いた。
領主はキアラを前から注視していた。貴族出身かつ高ランクの冒険者である彼女が、領の政策に影響を及ぼす可能性を予見していたのである。そして、予想通り、彼女は目の前にいる。領主は、元々冒険者が嫌いだった。スキルの優劣関係なく、高い身分を実力で手に入れられる存在。先祖代々の歴史など積み重ねていない、ただの一個人の無法者。領主はそう認識していた。よって、貴族出身ながら、冒険者のキアラは不可思議で忌むべき人物だった。
…以上が領民の考え、訴えです。」
キアラは領民の言葉を伝えた。
「気分が悪い。随分と私は悪者だな。」
「一方の意見では、判断を下せません。何か反論は?」
「反論も何も。税率を挙げた理由も伝わっている。勝手に、領民どもが、被害者意識を募らせた結果だ。自分たちだけが辛いと思ってやがる。私が、私腹を肥やすために税率を上げたと思っているのか?税率が上がったのは、国も方針だ。私たちだって、首が回らなくなって困っている。文句が言いたいなら、侵略を繰り返す魔王軍に言え。国防費を上げるなってな!」
「税については、私が口出すことではありません。領民の真の横柄な態度です。少しは、彼らに寄り添っていただけませんか?」
「なぜ、私が下手にでる必要があるんだ。そもそも、奴らが事件を引き起こしたのが原因だろ?殺人を肯定するようなことはできない。」
「事件も元を正せば、あなた方の態度も一因です。」
「随分と領民の肩を持つじゃないか。まあ、冒険者だから仕方ないか。」
「どういう意味ですか?」
「殺人事件を引き起こす領民。力のみで伸し上がる冒険者。似た者同士だよな。暴力好きなところが。」
「あなたは、真剣に話し合うつもりはないのですか?」
キアラは机を叩き、たちあがった。
「すごむなよ。私を脅す気か?」
「そいうわけでは...。」
「そうだ。今も暴力で訴えかけようしている。Aランク冒険者を使ってな!」
「私にそんな意図はない!」
「お前ら冒険者は、金を払えばなんでもするんだろ?お前の意思は、依頼者次第でどうにでもなる。信用に値しない。」
「私のことは、どうでもいい。領民と話し合って下さい。」
「話し合い?断る。」
「なぜですか?」
「何度も言うが、殺人を起こした時点でアウトだ。横柄な態度に我慢してきた結果だ?ならなぜ、その時点で折衝しなかった?事件が起きてから、文句を言いやがる。横柄なのは、果たして、どっちかな?もし、私が折れたら、次の抗議も暴力で解決を狙うはずだ。私は、領主として防がなければならない。断固たる態度で挑む必要がある。」
「それでは、問題の解決はありえませんよ。考えを改めて、話し合いをしましょう。私は、領民を力で抑えることは、領主の責務とは思えません。」
「お前に領主の何がわかるんだ?はー、やはり、エルガン家の出来損ないだな。話しにならないな。」
「出来損ない…?」
「ん?人違いだったのか?なら、謝ろう。同姓同名でいるんだよ。エルガン家の娘に、出来損ないと呼ばれている奴がな。噂では、貴族のくせに、弱小スキルを持っているとか。貴族の責務を捨て、冒険者になったとか。貴族社会になじめず、逃避のため、冒険者の仕事にうつつを抜かしているとか。Aランク冒険者となり、承認欲求を満たし、悦に浸っているとか。エルガン家にとっては、恥さらしの大馬鹿野郎だな。お前もそう思うだろ?」
「貴様…!」
キアラはうなるような声で激昂した。
〈この世界の真実〉
冒険者ギルドは絶対中立。
争いごとがあれば、調停者として人々の仲立ちする役目がある。