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隣のナニカ(ホラー短編集)

擬態

作者: 星雷はやと


「おはよ、田村」

「………」


教室に入り、隣の席へ挨拶を口にした。しかし、男からの返事はない。隣の席の男、こと田村の視線は広げられた文庫本に注がれている。そのことに俺は眉をひそめた。


「おい、田村? 朝から俺を無視して読書とは、良いご身分だな? なんだ? 今更、文学男子を気取ってモテようって算段か? 無理無理、止めておけって。学年中に、お前は陽気なスポーツ男子で通っているぞ?」


俺は男の手から本を取り上げた。田村は何時も元気いっぱいスポーツマンである。性格は明るく、野球部で部活やクラスの盛り上げ役だ。その田村が、大人しく席に座り本を読んでいるなど明日は槍が降るかもしれない。幼稚園からの幼馴染みであり、親友の俺には田村が変なイメージチェンジを図ろうとしていると目に映った。


「……あ、えっと……」

「もしかして、熱でもあるのか? それとも変なものでも食べたのか?」


戸惑った表情で俺を見上げる田村。何時もの元気は何処に行ったのだ?俺は首を傾げた。試合に負けそうでも、そんな顔をしたことはなかった筈だ。田村は良くも悪くも感情表現が豊かであり、発言はイエスかノーをはっきりと伝える。今日の田村は少し変だ。


「いや……大丈夫。その、まだ………上手く出来てなくて……」

「……ん? なんだって?」


田村は苦笑交じりに答えるが、その声が小さくチャイムの音に搔き消されてしまった。




「……おかしい」


俺は校舎の裏庭にゴミ箱を運びながら、独り言を漏らした。そう、今日の田村は変だ。何時も寝ているか、早弁をする数学の授業を真面目に聞いていた。それに体育の授業では野球部なのに、キャチボールが出来なかった。他にもあげればキリがない。それほど今日の田村はおかしかった。だがクラスメイトや先生たちは、テストが近いからやる気を出していると楽観的な意見だ。俺はその意見に頷くことは出来なかった。


「西山」

「……何の用だ? 田村」


ゴミ捨て場に着くと、後ろから声をかけられた。振り向かなくても分かる。田村だ。今日は掃除当番じゃなかった筈だ。


「僕って……何時もと違う?」

「嗚呼、そうだ。色々と違うな」

「何処が?」

「そういう所だよ」


田村を見ることなく、俺はゴミを捨てる。そんな俺に田村は気にした様子もなく、質問をする。俺は淡々と答えるが、田村の反応はおかしい。


「……え?」

「何時ものお前なら、俺にそんなこと聞かないな。第一、一人称は『俺』だろう? スポーツ馬鹿で、授業は居眠りするか早弁して先生に怒られるだろう? でも憎めないムードメーカーだ。真面目に授業を受けるのも、運動が下手なのも全部変だぞ? やっぱり変なものでも食べたか?」


相手が問題に直面した際に、答えや解決策を提示するのは容易い。しかしそれは相手の為にならない。普段ならば答えないが、今の田村は明らかにおかしい。だから俺は田村自身に、おかしいと気付いてもらうために指摘した。


「そうか……うん、ありがとう」

「……ん? 田村?」


急に礼を告げた田村。折角、此処まで来たのだからゴミ箱を教室まで運んでくれ。そう思いながら、振り向くと田村の姿は無かった。やはり今日の田村は変だ。




「おはよう! 西山!」

「おはよう、田村。調子が戻ったようで良かったな」


 次の日、教室に入ると田村に元気よく挨拶された。本も読んでいない。寝ぐせが付いたままの髪。何時もの田村のようだ。胸をなでおろす。


「ありがとう、西山のおかげだよ」

「……? 何かしたか?」


 何故か田村にお礼を言われる。何かした覚えはない。俺は首を傾げた。


「完璧な『田村』になることが出来た」

「……は……?」


田村の口が三日月のように、弧を描いた。こんな笑い方をする奴じゃない。


「持つべきものは、親友だな?」


誰だ、お前は。


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