焼きそばとお昼寝
「うふふ。楽しかったのー」
愛車の赤いマツダレビューに乗って、凪ちゃんはショッピングから帰ってきた。
27年落ちのこの車は凪ちゃんと同い年だ。かわいいスタイルに一目惚れして60万円近い値段で買った。
かなり珍しい車なのだが、知る人も少ないため、誰も振り返らない。
「楽しすぎて……ちと買いすぎたかの」
コンパクトな車体に似合わない広々とした後部座席を見る。買い物袋がいっぱいだ。
必要ないものばかりだった。
スーパーで買ったおやつ、プリン、ケーキ、和菓子、アイスクリーム。
ドラッグストアで買ったカップラーメン、ジュース、お酒、安いからとトイレットペーパーを大袋で3つ買ってきたが、家にも2袋あった。
必要なものといえば睡眠改善薬と、お昼に食べる焼きそばの材料だけだった。
アパートに戻ると、3回にわけて二階の部屋に持って上がった。
同居ネコの冬彦くんが『何してるの?』みたいな顔を動かして凪ちゃんの動きを追う。
「はあっ、はあっ……」
普段運動をしていないので、最後の荷物を運び入れた頃には息が上がっていた。
「も……、もう、何もしないぞいっ」
そう言いながらフライパンを置いたガスレンジに火を点ける。
半額だったカットキャベツとソーセージをさっと炒めると、軽く塩こしょうをしてお皿に移す。
一袋15円(税抜き)の蒸し麺をそのままフライパンの上に置く。チリチリといい音が上がった。
そのまま待つ。
何もしないで、ひとかたまりの蒸し麺の、片面に焼き色がつくまで待つ。
フライ返しでひっくり返すと、麺がいい感じできつね色になっていた。
ほぐれやすくするため手を濡らしてピッピッと水を振りかけた。フライパンがじゅうああーー!と元気に応える。
まだ麺はほぐさない。両面を焼くだけだ。文字通りの焼きそばだ。そばを焼くのだ、炒めるのではなく。
麺にも軽く塩こしょうをすると、隠し味に醤油をフライパンに直に垂らし、香りを出す。
カゴメのウスターソースを振りかけると、盛大に香気を上げるそれを、ようやく手早くかき混ぜた。
「ええ香りじゃあー!」
麺全体にソースの色がついたら、お皿の具を投入し、その上に粘度の高いお好み焼きソースを乗せ、チャカチャカとそばに穴を開けるようにかき混ぜ、数十秒何もせずに焼いてから、火を止めた。
「完成じゃ!」
お皿に盛りつけ、マヨネーズを一箇所に、ケーキの生クリームみたいに乗せたあと、かつお粉と青のりをトッピングする。
焼きそばとペットボトルのウーロン茶を持って、居間に年中出しっぱなしのコタツへ向かう。同居ネコの冬彦くんも足元にくっついてきた。
「さあっ! 食うぞいっ」
冬彦くんが羨ましそうに見つめる前で、凪ちゃんがズルズルと焼きそばを食べはじめる。
何も言わず、夢中で熱いそばを口に運び続ける。
生クリームみたいに乗っているマヨネーズをお好みの量だけ麺に絡め、ただズルズルという音だけを立てて、たまに幸せそうにほっぺたを膨らませながら上を向いた。
食べ終えると冬彦くんにもおやつのミルクをあげた。
「はあ〜……。やっぱりワシの作る焼きそばは最高じゃな。店の焼きそばでもこれより美味いのを食ったことがないぞい」
たんまり買ってきたおやつも今はいらなかった。ソースと油でコーティングしたような麺とかつお粉、青のりとマヨのハーモニーを口の中から消したくなかった。
睡眠改善薬の箱を開け、ウーロン茶で二錠飲んだ。そして呟く。
「この焼きそばを誰かに食わせたいのう……」
ふと部屋を見回すと、一人だった。
食べ終えた焼きそばのお皿を見ると、ソースと油の色で『さびしい』と書いてあるような気がした。
冬彦くんが『ニャ~』と言いながら膝の上に乗ってきた。そのうなじを両手の親指で撫でながら、再び呟いた。
「冬たんが焼きそばを食べられたらよかったのに」
一緒に食べられるものといえばアイスクリームだった。
うずまきソフトのバニラを分け合って食べたら、他にすることがなくなった。一人の部屋に押しつぶされそうになって、また外へ飛び出したくなる。
ちょうどそこへ睡眠改善薬が効いてきて、眠気に誘われるままにベッドに横になった。冬彦くんが定位置の腕の中で丸くなる。
「ゴロゴロゴロゴロ……」
喉を鳴らす音を聴いていると、いつの間にか眠りの中へ落ちていける。
最後にもう一度、呟いた。
「ワシの焼きそばを、好きな人に食ってほしい……」
那戯さま、お題をありがとうございましたm(_ _)m