表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

個人的お気に入り

焼きそばとお昼寝

「うふふ。楽しかったのー」


 愛車の赤いマツダレビューに乗って、凪ちゃんはショッピングから帰ってきた。

 27年落ちのこの車は凪ちゃんと同い年だ。かわいいスタイルに一目惚れして60万円近い値段で買った。

 かなり珍しい車なのだが、知る人も少ないため、誰も振り返らない。


「楽しすぎて……ちと買いすぎたかの」


 コンパクトな車体に似合わない広々とした後部座席を見る。買い物袋がいっぱいだ。

 必要ないものばかりだった。

 スーパーで買ったおやつ、プリン、ケーキ、和菓子、アイスクリーム。

 ドラッグストアで買ったカップラーメン、ジュース、お酒、安いからとトイレットペーパーを大袋で3つ買ってきたが、家にも2袋あった。

 必要なものといえば睡眠改善薬と、お昼に食べる焼きそばの材料だけだった。


 アパートに戻ると、3回にわけて二階の部屋に持って上がった。

 同居ネコの冬彦くんが『何してるの?』みたいな顔を動かして凪ちゃんの動きを追う。


「はあっ、はあっ……」


 普段運動をしていないので、最後の荷物を運び入れた頃には息が上がっていた。


「も……、もう、何もしないぞいっ」


 そう言いながらフライパンを置いたガスレンジに火を点ける。

 半額だったカットキャベツとソーセージをさっと炒めると、軽く塩こしょうをしてお皿に移す。

 一袋15円(税抜き)の蒸し麺をそのままフライパンの上に置く。チリチリといい音が上がった。

 そのまま待つ。

 何もしないで、ひとかたまりの蒸し麺の、片面に焼き色がつくまで待つ。

 フライ返しでひっくり返すと、麺がいい感じできつね色になっていた。

 ほぐれやすくするため手を濡らしてピッピッと水を振りかけた。フライパンがじゅうああーー!と元気に応える。

 まだ麺はほぐさない。両面を焼くだけだ。文字通りの焼きそばだ。そばを焼くのだ、炒めるのではなく。


 麺にも軽く塩こしょうをすると、隠し味に醤油をフライパンに直に垂らし、香りを出す。

 カゴメのウスターソースを振りかけると、盛大に香気を上げるそれを、ようやく手早くかき混ぜた。


「ええ香りじゃあー!」


 麺全体にソースの色がついたら、お皿の具を投入し、その上に粘度の高いお好み焼きソースを乗せ、チャカチャカとそばに穴を開けるようにかき混ぜ、数十秒何もせずに焼いてから、火を止めた。


「完成じゃ!」


 お皿に盛りつけ、マヨネーズを一箇所に、ケーキの生クリームみたいに乗せたあと、かつお粉と青のりをトッピングする。


 焼きそばとペットボトルのウーロン茶を持って、居間に年中出しっぱなしのコタツへ向かう。同居ネコの冬彦くんも足元にくっついてきた。


「さあっ! 食うぞいっ」


 冬彦くんが羨ましそうに見つめる前で、凪ちゃんがズルズルと焼きそばを食べはじめる。

 何も言わず、夢中で熱いそばを口に運び続ける。

 生クリームみたいに乗っているマヨネーズをお好みの量だけ麺に絡め、ただズルズルという音だけを立てて、たまに幸せそうにほっぺたを膨らませながら上を向いた。

 



 食べ終えると冬彦くんにもおやつのミルクをあげた。


「はあ〜……。やっぱりワシの作る焼きそばは最高じゃな。店の焼きそばでもこれより美味いのを食ったことがないぞい」


 たんまり買ってきたおやつも今はいらなかった。ソースと油でコーティングしたような麺とかつお粉、青のりとマヨのハーモニーを口の中から消したくなかった。


 睡眠改善薬の箱を開け、ウーロン茶で二錠飲んだ。そして呟く。


「この焼きそばを誰かに食わせたいのう……」


 ふと部屋を見回すと、一人だった。

 食べ終えた焼きそばのお皿を見ると、ソースと油の色で『さびしい』と書いてあるような気がした。


 冬彦くんが『ニャ~』と言いながら膝の上に乗ってきた。そのうなじを両手の親指で撫でながら、再び呟いた。


「冬たんが焼きそばを食べられたらよかったのに」


 一緒に食べられるものといえばアイスクリームだった。

 うずまきソフトのバニラを分け合って食べたら、他にすることがなくなった。一人の部屋に押しつぶされそうになって、また外へ飛び出したくなる。

 ちょうどそこへ睡眠改善薬が効いてきて、眠気に誘われるままにベッドに横になった。冬彦くんが定位置の腕の中で丸くなる。


「ゴロゴロゴロゴロ……」


 喉を鳴らす音を聴いていると、いつの間にか眠りの中へ落ちていける。

 最後にもう一度、呟いた。


「ワシの焼きそばを、好きな人に食ってほしい……」





那戯さま、お題をありがとうございましたm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 読んだだけでお腹が空きました。一昨日焼きそば食べたのに、また食べたくなったよ(*ノωノ)
[良い点] 面白かったです! 割烹で出てたお題の短編だったのですね。 皆様いろいろ出されてましたものね(笑) こういうの楽しい~
[良い点] ホント飯テロ。焼きそばーーー!! ワシに食わせてくれんかのう。 好きは要らんが焼きそばおくれ♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ