表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

僕は、スイーツと謎に目がないんです。

作者: 時田柚樹

ランチにしてはちょっと遅い時間に予約した。

「こんなおしゃれ〜な店で食べるの?」

「美味しいデザートがあるんだよ。この時期しかなくてね」

(ゆう)はパティシエのたまご。

彼に先行投資するのは、自己満足かもしれない。

けれど、彼の舌にはそれだけの価値がある。

いずれウチの店に立つ者になって欲しいし。

食べて欲しいのではなく、いつでも食べられるように作って欲しいのだけれど。


店構えは、確かに立派だ。

カフェと言うには閉鎖感がある。

料亭と言うには入りやすい。

ささやかな暖簾が、食事処と示しているくらい。

そんな目立った看板もない店から、にぎやかな声が聞こえた。


「いいってばっ」

「なによ。挨拶くらいさせなさい」

「ホントにいいから! 早くご飯の用意して」


邪魔じゃないかと逡巡したが、時間が来ていたので引き戸を開けた。

玄関が細く、奥に広くなっている構造。

「いらっしゃいませ。紫堂(しどう)様」

「やあ、女将。春に釣られてまた来たよ」

花瓶に生けてある花々は、パステルの装い。

桜の枝もある。

「ケーキに釣られてでしょう? お気に召してたようですから。今日は、あのケーキの桜の塩漬けを作っている人たちもいらっしゃるんです。喜びますわ。さぁ、お席にどうぞ」


テーブル席のひとつには、若い女性と上司らしき男性が座っている。

「サクラはウタったか?」

「いえ。もう少し時間がかかりそうです」

「そうか。美味い飯を味わう時間があるな」

女将と話していたのは彼女か。


もうひとつには、会社員、いや、彼らが桜の塩漬けを作っている職人。

若い男性が2人。

「久しぶりに豪華な食事にありつけたな」

「ですね。忙しいシーズンですけど、ありがたいです」

なかなか儲かっているようだ。


案内された席は特等席と言ってもいい。

中庭の大きな桜が満開で迎えてくれた。


「ん? 桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿、だ」


お茶を運んできた女将に問う。

「庭に出てもいいだろうか?」

許可は得たが、なるべく桜の根元からは離れて立つ。

土を固めるわけにはいかないからだ。

それでも、桜の枝は十分に降り注いだ。


その枝に手を伸ばす。

枝が折れている。

手で折ったような跡。まだ瑞々しい。


壁を背に、なにやら片付けをしていた女性がその場にいた。

画用紙には淡い桜の木が描かれている。

写生をしていたようだ。

視野には入っていたが、気にしていなかった。

が、彼女が手がかりとなる。

「綺麗な絵ですね」

声をかけると、恥ずかしそうに笑った。

「ありがとうございます。まだ、途中なんです。私、時間かかっちゃって。あ、でも、脳内再生されるのでちゃんと色は重ねます」


「貴女が桜と向き合っていたとき、この枝は折れていましたか?」

「いえ。見ていましたがそんなことはなかったと……」

「では、見ていない時はありましたか?」

「少し前に、友人がそろそろ食事だよって言いにきてくれてから、水を捨てにあちらの奥の水場へ」

ふむ、と職人2人に目を向ける。

「呼びに来たのは、Aですか? Bですか?」

「え、A、B?」

「ああ、すみません。青いシャツの方をA。白いシャツの方をBで」

「あ、えーっと、Bです」

「じゃあ、その間はBがここに1人だったんですね」

「あ、いいえ。一緒に水場へ行きましたから、ここにはいなかったです」

となると。


建人(たける)〜。ご飯来たよ〜」

裕が声をかけてきたので、春の味覚を楽しむことにする。

みんな美味しいものは、楽しく食べたいだろう。

御膳には、メバルの煮付け、フキと竹輪の甘辛煮、ワカメとシラスを使った酢の物。春キャベツと新玉ねぎの味噌汁。そして、筍ごはん。


桜と抹茶のケーキ。

楽しみにしていたデザートだが、出てきたところで話を切り出す。

「僕は、スイーツと謎に目がないんです」

当たり前だが、唐突に立って話し出す男に向けられた目は冷たい。


「さて、花盗人とは風流ですが、いかがなものかと思います」

全員が桜に目を向ける。

「客は3組。うち、チャンスがあったのは1組。絵を描いていた彼女とその友人たち。友人の1人は、彼女と一緒に水場へ行っている。残るは」

今度は、全員が職人のテーブルに目を向けた。

「真っ直ぐな眼差しで見ている桜を、同じように見ていたいという想い。たしか、天皇を想って左近の桜を折った皇后の和歌は、有名な一節でしたね」


静まりかえっている店内。

息を止めているかのような一画。

「女将が知っていることは間違いないですね。花瓶に挿してある桜の枝。生けているのは女将でしょうし、あれは庭の桜ですね」

女将は困り顔。

彼女を困らせるための謎解きではないが。

「女将は娘さんが来ることを知っていた。娘さんは刑事ですから、隠したかったのでしょう。器物破損に窃盗。そういう罪を負わせないように」


慕っている男性は、項垂れているようだ。

反省しているといい。


娘であり刑事の女性が手をあげた。

「はい。質問をいくつかいいですか?」

「どうぞ」

「私がここの娘だと何故わかったのでしょうか?」

「女将と戯れているのを聞いただけです」

「私が警察だとわかったのは?」

「上司の方と話していた内容ですよ。『サクラはウタったか』警察の隠語ですよね。サクラは雇われ人で、ウタったは自供ですよね」

「では、被害者の母が隠したのに、彼女に恋をしている彼が犯人だと指摘する必要性は?」

「告白を手伝った覚えはありませんが」

微妙な顔をする女性に上司が指摘する。

「彼は、誰が誰を好きかなんてひと言も言ってないぞ」

「……あ」

全員が微妙な顔をしている。

そして男性は、さっきよりも目が泳いでいる。


「あー、だいたいわかった。女将さん、桜のケーキすっごい美味しかったです。ただ、抹茶部分がもう少し薄いほうが良いかもしれません」

壊したのか救ったのか。

裕を中心に、春の空気が流れ出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 狭い空間、しかも短編なのに登場人物の感情やキャラクターがしっかりと書き分けられていて読みやすかったです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ