第3話 事情説明
気が付けば、私は横長の椅子に座ってパンを手に取っていた。
賞味期限切れでなく、普通に売られている新鮮なパン。
今までの自分の食事では最上級の食事だ。
「……食べろ、でなきゃ払った意味がねえ」
「で、でも」
グゥウウウ、と大きな音でお腹が鳴る。
黙り込んでうつむく自分に夜守はパンを食べながら目を伏せる。
「食え、聞くに堪えねえ音を鳴らし続けるなら無理やりにでも突っ込むぞ」
「……はい」
脅してくる夜守に、これ以上は結果的に窒息死させられると直感したクラリスはパンにかじりつく。
砂糖がかかった揚げパンの甘みが口内いっぱいに広がってくる。
生ゴミじゃないパンを久しぶりに食べれた感動で思わず涙がこみ上げてくる。
「……っ、ん……おい、しい、です」
「そうかよ、これも飲め。隣で喉詰まらせて死なれたらたまったもんじゃねえ」
「は、はい。あ、ありがとうございますっ」
彼から水筒を借り、勢いよく飲む。
腹と脳が満足感を覚え、喉が清涼感で満たされて気が付けば体も心も満たされていった。
顔は怖い雰囲気があるのに、不器用なだけで彼は本当は優しい人なのかもしれない。
黒いボロボロのコートは、彼の陰鬱さをより印象的に映す。
黒尽くしの中で、彼の黒い瞳は星も雲もない黒だけを目に焼き付けさせる黒色だ。
純粋な、黒。どこまでも他人を拒絶するような恐怖感を抱かれても違和感はないのに、なぜか自分にはどこか寂しそうに見える。私は彼の目から目を離せられないでいた。
私はじっと彼の目に見惚れているとジトっとした目で夜守はこちらを睨む。
「……なんだ」
「綺麗な目だな、って思って」
「っは、ガキのくせに世辞が言えんだな」
「……本当です」
「どうだか」
パクリと大口でパンを食べる彼の反応にクラリスは頬を膨らませムッとする。助けてくれた恩人の見た目が綺麗だと感じたから誉めたというのに、理不尽だと心の中をもやもやとさせるクラリス。
夜守は「子供らしいとこはあんじゃねえか」、と小さく彼女に聞き取れないように安堵する。
「……? 何か言いました」
「なんでもねえわクソガキ」
「が、ガキじゃありません! 私は、クラリス・アルダーソンって名前があるんですっ!!」
「……スラム出身じゃねえのかお前」
「家族は殺されました、今の私はスラム街で生ゴミを盗むしか術がありません」
「生ゴミ? ……そういうことか」
「……? そういうこと、って、どういう意味ですか?」
夜守はパンを食べ終え急に立ち上がる。
どうしたんだろう、何か変なこと言ったかな。
「用事を思い出した、これやる」
夜守はそう言うと私に袋を投げ渡してきた。
ちょっと重い、中身を見れば中は大量の金貨が入っていた。
「え!? わ、っわわ……これ、大金じゃ」
「情報量の礼みたいなもんだ、気にすんなら返してもらう」
「……あ、ありがたくいただきます」
これでしばらくの間、お金に困らない。
後は他の誰かに盗まれないようにすれば、問題ないはずだ。
夜守はふっと小さく微笑んだ。
「そうかよ」
「……あ、」
気が付けば、彼はすぐに背を向け去っていった。
久しぶり、だったかもしれない……誰かに笑顔を向けられるのは。
うれしくて、うれしくて、うれしくて。
涙が、込み上げてきて。
お母さんに、会いたくなって。でも、会えなくて。
苦しくて、苦しくて、苦しくて。
「っ、うぁああああああああっ」
気が付けば、クラリスはその場で夜守から受け取った金貨の袋を抱いて泣き崩れていた。