人生の観覧車
上も下も、見渡す限り全てが真っ白な空間の中、私は列に並んでいた。
どこもかしこも画用紙で覆ったように真っ白な世界の中で
私は何をしているんだろう。
長い列の先には何が有るのか、気になって前に立つ男性に聞いてみた。
「あの、これは何の列なんですか。」
「さぁ。私も気づいたらここに並んでいました。」
「そうですか。因みにあなたはどれくらい並んでいるのですか。」
「どうだろう、考えたこともないな。
少なくとも、あなたの一つ前に並んでいるのだから、
あなたの並び始めた時間とそう大して変わらないでしょう。」
それもそうだ。と、私は思った。
「いったいどれくらい並んでいたのでしょう。
すっかり時間の感覚がなくなってしまったようです。」
「ええ、でも少しずつではありますが列は確実に動いている様です。
待っていればこの列の先に何が有るのかじきにわかると思いますよ。」
男の言った通り、やがて私たちの前には大きな観覧車が現れた。
「何故観覧車なんだ…なんだか拍子抜けですね。」
真っ白な世界にそびえ立つ鮮やかな色の観覧者の姿は、
どこか場違いで滑稽な感じがした。
「観覧車に乗るなんていつぶりでしょうか。
思い出そうにも記憶が全くない。あなたは?」
男に聞かれて私はハッとした。
確かに、記憶がすっかり無くなっていたのだ。
「どうやら私もあなたと同じ様です。参りましたね。」
「まぁまぁ、差し迫って困る事情もありませんから。」
「ううん、なんだかもやもやするな。」
二人で他愛もない話をしていると、いつの間にか列の最前列にきた。
観覧車の乗り場には、これまた真っ白な制服を着た係員。
「この観覧車は二人乗りです。向かい合ってお座りを。」
言われるがままに座った私たちは少し困惑した顔を見合わせた。
「見渡す限り真っ白な世界で観覧車だなんて、なんだかバカらしいですね。」
「はは…それも確かに…ってあれ。」
二人は窓の外を見て驚きの声を上げた。
外には見渡す限り一面の草原が広がっていたのだ。
「な、なんだこれは…」
次の瞬間、私の脳裏になだれ込むようにかつての記憶が入ってきた。
「ここは私が晩年を過ごした田舎風景だ。
あ、あそこの一軒家で妻と暮らしていたんだ。」
「田舎風景…?あなたにはこの海辺の風景が見えないのですか。
私が暮らしていたボートハウスがあそこに。」
「どうやらお互いの見える景色は異なる様ですね。
二人の送った人生によってこの観覧車から見えるものが違うみたいです。」
「なるほど…にしても懐かしいな。」
観覧車は上昇するにつれて、二人の昔の景色を遡って映す様だった。
一番上の位置に二人を乗せた箱が上がると、
それぞれの人生の最高潮の瞬間を映した。
「そうそう、ちょうど子供が生まれたばかりのまだ若い頃、
この町に小さいながらも自分の城を築いたんだよな。」
「ああ懐かしい、長い船旅の中で運命の人と出会った思い出の港町だ…」
二人は人生の走馬灯をなぞる様に思い出の感傷に浸った。
そこで私はふと気づいた。
「どうやら我々は…もうこの風景の中にはいない存在の様ですね。」
「ええ。ここで生前の思い出を走馬灯の様に見ているのでしょうな。」
「でもここを降りた後はどうなるのでしょう…」
観覧車は頂上からの降下を始め、映る風景も子供時代に遡っていった。
しかしあるところを境に外の風景がよく見えないようになってきた。
というのも、いつの間にか窓枠に私の背が届かなくなっていたのだ。
向かいの席を見ると、
目の前の男もいつの間にか子供くらいの背丈になっており、
顔つきも少年の様になっていた。
そこから私たちはどんどん縮み始め…
到着した観覧車のドアが係員の手によって開けられると、
そこにはぼんやり光ながら眠っている二人の赤ん坊の姿が。
係員はそれらを抱き上げると、他の係員に渡した。
「今日の出生児、二人分だ。
それぞれ魂を肉体に入れてやってくれ。」
「はい、転生装置に入れてきます。
これで二人の新たな人生の始まりですね。」
「ああ。人生というのはこの観覧車の様に回り続けるものだ。
再び彼ら二人がこれに乗る時はどんな景色を見るのだろうな…」




