冥土のみやげ屋
私はとぼとぼと川沿いを歩く。
川沿いをまっすぐ行った先の方は霧で霞んでいて見えないが、
私ははっきりとした目的のもと、そちらへ向かって歩みを進める。
私は死んだのだ。そういうと唐突かもしれないが、まぁ妥当な結果とも言える。
時々、私を追い抜く様に、何人か人を乗せたボートが川を流れていく。
乗っているのは私と違ってボートに乗る資格のある人たちだ、
私の様なのは自力で歩いていくしかないのだ。
後ろを振り返ると、遠くの方に私と同じくとぼとぼ歩いてるのが何人か見える。
今までの人生をおぼろげながらにも回想しながら歩き続けていると、
遠くの方で一人立ち尽くしている人影が見えた。
「なんだろう、誰かを待っているのかな。」
私はその影に近づいていくと、向こうも気づいたのか、歩み寄ってきた。
「あなたもお亡くなりになられたのですか、ご愁傷様です。
まぁ、お互い様ですが。」
ニコニコ笑うその男は、私に話しかけてくる。
その顔に浮かぶ場違いなほど愛想の良い表情に私は思わずギョッとした。
「こ、ここで誰かを待っているのですか。」
「そんなところでしょうか。
なんと言いますか、この場所で冥土の土産みたいなものを売ってまして。」
「冥土の土産?それは死ぬ前によく言うやつじゃないのか。」
「いやまぁそうなんですが、
あの霧の向こうからが厳密には死後の世界らしくてですね。
一応、あなたもわたしも完全にはまだ冥界入りはしてないみたいなんです。」
「はぁ、そうなのか。」
「ここでは冥界入りする前に、いろいろな方が私に生前の秘密や、
興味深い経験談などを話していかれるんです。
みなさんそれぞれご自身が死んだことがわかってらっしゃるので、
それはそれは大っぴらに色んなことをお話しなさるんです。」
「その内容を他の人に冥界入りの土産ついでに売っているわけか。」
「あの大物俳優の秘密から有名政治家の裏の顔まで、
生前では絶対に聞けないお話がよりどりみどりです。いかがですか。」
「確かに面白そうだな。
でもそれを買うにも、死んだ後だから支払いなどないだろう。」
「ええ、ですからその代わりにご自身の身の上話や
興味深い秘密をお教えいただければ。」
「私の?そんなのでいいのか。」
「はい、どんなお話でも結構でございます。」
私は応じるままに自分が死んだ理由を男に話した。
「昔、私の妻の浮気が発覚してね。
怒ってその浮気男のところに乗り込んで問いただしたら、
そいつの方から襲いかかってきて二人とも取っ組み合いになったんだ。
そうしたら、そのはずみで向こうが転んで頭を打って死んでしまってね。
その遺体を山に埋めて長いこと隠し通してきたんだが年老いたある日m、
それが見つかってしまい、この歳で逮捕されるくらいならと、
自ら命を絶ったわけだ。」
男はその一つ一つを黙って聞いていた。
「ははぁ、随分と激動の人生だったんですね。これでまた私の商品が増えました。」
「こんなのに興味があるやつそういないだろうがね。」
「いえいえ。ではお返しにどんなお土産を。」
「そうだな、昔好きだった歌手の秘密話なんてないか。」
「ああ、その方でしたらついこの間仕入れたばかりです。」
男は私にその”土産話”をお返しに聞かせてくれた。
「ありがとう。面白い話だったよ。
にしてもなんでここでずっとこんなことをやっているんだ?」
「実は私、生前の記憶がすっぽり抜けてまして。
死んだ時に何か衝撃がかかって記憶が抜けてしまったのでしょうか…
情けない話なんですが、
ここで色んな人の話を集めながら自分の記憶を探してるんです。」
「そうだったのか。気の遠くなりそうな話だが、いつか記憶が見つかるといいな。」
「そう言って頂けますと幸いです。では、よい冥界入りを。」
にこやかに手を振る男に送り出されながら私はその場を後にした。
私はさっきの男の顔を思い出しながら高鳴る心を必死に落ち着かせる。
間違いなくあれは、若い頃私に襲いかかり、
最後には返り討ちにあい自ら命を落としたあの男だ。
「まさか、あそこまで丁寧に話しても思い出さなかったとは驚きだ。
これもあの憎き浮気男にくだった天罰とでもいうべきか…」




