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静寂の中で

静かな庭園の風を感じながら、縁側に敷かれた座布団の上で私は座禅を組む。

普段からやれ注意散漫だ、集中力がないだと言われ続けていた私は、

自分を見つめ直そうと、あるお寺に体験修行に来ていたのだ。


「では目を閉じて集中なさってください。」

お坊さんの格好をした男は、手に長い木の棒を構えながら私に言う。

堅そうな長い木の棒は専門用語では警策、とか言うらしい。

「よろしくお願いします。」

私はすっと目を閉じる。

目の前が真っ暗になり、他の感覚が研ぎ澄まされる。


肌を撫でる風の触感や、遠くで木々の葉が擦れるわずかな音にも気持ちが揺れる。

そういえば、この前いった山の中でもこんな音を聞いたな。

あの時は川沿いでのんびりうたた寝していて…それで…

次の瞬間、肩にピシャリと衝撃が走った。


「あいたっ…」

「集中が乱れておりました。精進なさい。」

「は、はい…すみません。」

いけないいけない、いつもの悪い癖だ。

何のためにここに来たのか忘れてはいけない。


再び私は目を閉じ心の中に意識を向ける。

しばらく自分と向き合っていると耳元に不愉快な羽音が。

おそらく蚊かハエだろうが、気を取られてはいけない、集中しなければ…

しかし、ぷぅんという高い耳障りな音が私を何度も集中させまいとする。


「あぁもう、うっとうしい。」

思わず私は手で耳元を払い除ける動作をしてしまった。

次の瞬間、再び肩に衝撃が。

「集中なさい。」

「でも今のは虫が…」

「ここに言い訳の仕方を学びに来たのですか。精進なさい。」

「うっ…はい。」


かなり手厳しいお坊さんのようだ、いかなる言い訳も許されない。

私は目を瞑り、強い覚悟のもと意識を深い闇の底へ落とした。

全ての雑念を取り払い、己の中にあるものと向き合う。

静寂が心の中を支配し、かつてない集中を私は手に入れた。


遠くでどしどしと足音が聞こえる。

向こうでガラスが割れる様な音が聞こえる。

関係ない、今の私は集中しているのだ。

外の音が聞こえていても、己の中は静寂で満たされている。

今思えば、なぜ虫の羽音くらいでイラついていたのか、過去の自分が情けなくなる。


重いものを引きずる音が聞こえる。

乱暴に誰かが戸を閉める音が響く。

そんなの関係ない。私は静寂を手にしたのだ。

そのまま私は目をつむり瞑想を続けていると、突如誰かが私の肩を優しく叩く。

私は静かに目を開け上を見ると、そこにはさっきとは別のお坊さんが。


「いやぁ、遅れてすみません。あなたが体験修行を予約された方ですよね?」

「何のことですか、もう修行は始まっているのでは。だってさっき別のお坊さんが…」

「何を言っているんです。この寺は私一人だけです。」

「まさか…」

私はさっき騒がしい音が聞こえていた方に走った。

「ああっ…」

そこにはひどく荒らされた事務所の無残な光景が広がっていた。

私が瞑想している間に、偽物の坊主が金庫をこじ開け、

貴重品も根こそぎ盗んでいった様だ。

顔を真っ青にして寺の主人は私の後ろで崩れ落ちる。


「なんと…あなたもあなたで、どうしてこの惨事に気づかなかったのですか。」

私は何と答えるべきか迷ってしまった。

この寺には言い訳の仕方を学びに来たわけではないのだ。


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