会話最適機
「ただいま。」
家に帰った私は短く玄関から家の中に呼びかける。
その声を家中に設置されている装置が聞き取り、正確な会話文にする。
「やぁ、仕事を終えてまっすぐ今戻ったところだよ。」
この「会話最適機」は、予め登録された人物情報や気候、
時間などの様々な情報をもとに聞いた会話を
リアルタイムで解析しながら成長する機械だ。
今の一言は、予め機械にインプットされている、
<今日が仕事である>という情報と、
<職場からまっすぐ帰ったルートでの到着時間に発せられた言葉である>
という情報から、機械が会話を補足した結果だ。
私はスーツを脱ぎながらため息をついた。
「あぁ疲れた、腹減った。」
するとその声色やトーンを分析した機械が最適化する。
「今日も引き続き新しい案件にかかりっきりで疲れたよ。
お昼ご飯を食べる時間もなかったからはらぺこだ。」
最初の方は言葉を丁寧にするくらいの性能だったが、
家の中の会話パターンの蓄積が増えれば増えるほど機械の精度は上がった。
事実、私は今日も仕事でばたついていたし、昼食も抜いている。
するとその声を聞いたのか、奥から妻の返答が機械越しに帰ってこきた。
「おかえりなさい、ご飯はどうするの。」
「食べる。」
私はぶっきらぼうに言った。すかさず近くの機械が補足した。
「着替えが終わったらすぐに食べるよ。用意しておいてくれないか。」
すると向こうからも機械の声が。
「ごはんはどうするの、用意があるけれども。」
要領を得ない返事に、私はすこしイラッとした。
「だから食べるって。」
「さっきも言ったように、すぐに食べるよ。
こっちの声、聞き取りづらかったかい。」
少しして向こうから返答が。
「翔さん…ご飯よ。ご飯。」
翔さん?誰のことだ、知らない男の名前だ。
こっちと会話が噛み合わないということは妻に私の声は聞こえていないのか。
もしや今奥の部屋で妻は知らない男を連れ込んでそいつと会話しているのか。
怒った私はどしどしと音を立てて、リビングに向かい思い切り戸を開けた。
しかしそこには誰もいなかった。
途方に暮れる私のそばに、二階から降りてきた妻が声をかけてきた。
「あらあなた、帰ってたの。」
「あれ、二階にいたのか。おかしいな、さっきまでリビングから声が。」
「何のこと?いきなり怖いこと言わないでよ。」
「おかしいな…」
すると妻は窓の方を見てあっと小さい声を出し、微笑みながら指差した。
「ほらあそこ、ベランダが開けっ放しだったのね。」
カーテンが揺らめくベランダのそばでは、
隣の家から脱走したインコがけたたましく鳴いていた。
「ゴハン!ゴハン!ショウちゃん、ゴハン!」




