鏡の中の住人
「あぁ退屈だ。最近誰にも化けてないな。」
僕は鏡の中に住む住人だ。
この古い屋敷に置かれた大きな鏡の中に住み着いており、
鏡の前に人間が立つと、それに化けなければいけない。
なんでそうしているのかわからなかったけど、
気付いた頃からそうしているからとしか説明できない。
みんなが鏡の前に立って身嗜みを整えたり、
自分の様子を確認できるのは、その度に僕が変身しているからだ。
昔はこの屋敷には豪族が住み、多くの従業員が住んでいたから、
僕も鏡の中の住人として、鏡の役割を果たせていたけど、
人がいなくなった今となってはこうして退屈な鏡の中に囚われの身だ。
「最後にここに人が来たのはいつだろう。」
そう呟いた瞬間、屋敷の古い大扉が開く音が聞こえた。
「いやぁ、古い屋敷だな。最後に使われていたのは中世ごろか。」
「はい、ですがすっかりリノベーションすれば立派な別荘になりますよ。」
どうやらこの屋敷の購入を検討している富豪と不動産屋が入ってきた様だ。
「ふぅん、なかなか立派な鏡じゃないか。」
「さすがお目が高い。なんでも、前の所有者のこだわりの調度品とのことで…」
僕はとっさに鏡の前に立った富豪の姿に変身して、
鏡の前でポーズを決める彼の動きにぴったり合わせて動いた。
「なんだかこの鏡に映った自分を見ると、貴族にでもなった気分だな。」
貴族にも化けていた僕が化けているのだから、
あながち間違ってもいないな、と僕は思った。
「一旦それでは、別のお部屋もご案内いたします。」
「そうだな、屋敷の探検ツアーと行こうか。」
2人が話しながら出ていくと、僕は久しぶりの変身の余韻に浸っていた。
「ひさびさで少し緊張したな。でも鏡の役割を果たせてよかった。」
すると、もう一人後からきたのか、鏡の前に人の気配を感じた。
すっかり気が抜けていた僕は焦って確認もせずに鏡の前に立つ女性の姿に変身した。
すると女性はあっと小さい声を漏らして両手に口を当てた。
「映ってる…鏡に…なんで…」
鏡なのだから当たり前だろうと僕は思ったが、女性の足元を見てハッとした。
そこには足がなく、ぼやけた影があるのみ。
まずい、屋敷の幽霊を鏡に映してしまった。と思ったのも束の間、
女性の足元にははっきりと足が現れ、
人間となった屋敷の幽霊は嬉しそうに屋敷の外へ飛び出していってしまった。
僕は自分の犯してしまったとんでもないミスの重大さを噛み締めると同時に、
隠されていた、鏡の驚くべき役割を身を以て理解した。




