のろまレストラン
「それにしても遅いですね。」
私は苛立ちながら腕時計を見る。
「まぁまぁ。」
向かい側に座っている上司は笑いしながらなだめる。
今日はこの上司に誘われて、街外れにあるレストランに来ている。
本人曰く、イチオシの店とのことだが、今のところ何が良いのかわからない。
街のレストランに比べて店員ものろまで、ようやくオーダーを取りに来たと思えば、
こんどは頼んだ料理がなかなか来ない。
電波の通りも悪く、仕事のメールや作業を待ち時間の合間にするわけにもいかず、
ただこうして何もない店内で待つことしかできないのだ。
スピードと正確さが当たり前の現代社会で、
よく経営がまわっているなと思わざるを得ない。
「本来なら今頃店を出て仕事に取り掛かれる時間です。
ここまで待たせるということはよほど料理の味が良いのでしょうか。」
「いや、そうでもないな。普通の味だ。」
「ではどこが良いのですか、こんなのろまな店。」
「そこだよ。そこが良いんだ。
今の社会はどこを見ても、効率化と増益化を目指して皆せかせかと仕事ばかり。
街ではスピードと正確さが異様なまでに求められてそこらじゅうピリついている。
目に映るもの全部が計算された戦略に基づいていると思うとうんざりするんだ。」
「はぁ、なるほど。」
確かに、かくいう私もたった今、時間を見つけては仕事を進めようとしていた。
「それにだ。こういう思わずして生まれた余白の時間こそ大事なのだよ。
こうして2人でゆっくり会話するのもいつぶりだろうか。」
「確かに、このところ忙しくて雑談すらする余裕がありませんでしたね。」
「こうなってくるとのんびりするというのも、
今の世の中ではある種貴重な行為だろう。」
私たちは店内にゆったりと流れる時間を久しぶりに味わい、
他愛もない会話を楽しんだ。
ようやく運ばれた来た料理の味は確かに普通だったが、
いつもの食事にはない満足感を感じた。
「いやはや、久しぶりに俗世を離れてのんびり休めた気分だ。
さて、行くとするか。」
「あ、すみません。その前に私はお手洗いに…」
「構わないよ。私はここでのんびり外の風景でも楽しんでいるから。」
私は足早にトイレに向かっていると、
通り道のスタッフルームのドアが半開きになっているのに気付いた。
中では、従業員たちが大きなタイマーを前に雑談している。
「そろそろ注文とりに行くか?」
「いや、あと5分は待たせるルールだ。」
「あ、ほんとだ。それにしてもなんでわざとお客を待たせてるんだろう。」
「店長の意向だとさ。なんでも、入念に市場を調べた結果、
こういう街外れで客をのんびりさせる店を出すのが、
一番効率よく集客につながるって結論になったんだとさ。」
「なるほどな。確かに、街のみんなはせかせかし過ぎだから、
ここでゆったり我に帰らせるのも一つの提供価値ってやつだな…」




