目元が語るもの
男は某国のスパイ。この国には取引があってやってきた。
といっても取引は極秘なので相手が接触してくるまでは待ち続けるしかない。
男は時間を潰すために観光地をぶらついたり、バーでひとり飲んだりしていた。
国に来て何日かたったある日のこと、
男はお気に入りのバーで飲んでいると若い女が話しかけてきた。
「最近ここによくいらしてますね。」
「ああ、こっちにきてやることもないからな。」
「見たところ海外の方ですね。出身はどちら。」
「まぁちょっとな。」
スパイなのだからそう簡単に身元を明かすわけにもいかない。
男は慎重に答えた。
「随分と謎めいた方なんですね。ねぇちょっと飲みましょう。」
「ああ、飲むくらいなら。」
男は女と何杯か飲んだ後、足早に拠点に帰った。
そうしてその後も男はバーに行くたびにその女に誘われ2人で飲むようになった。
男はスパイとしてレベルの高い教育を受けていただけあって、
女に様々な話題を振られても、そつなく知的に返答した。
女も物知りで、男との教養のある会話を楽しんでいた。
二人はいつしかすっかり意気投合し、会話を楽しんでいた。
男もいつの間にか、女に対して多少の魅力を感じる様になった。
男がグラスをぼうっと見つめていると、女の方が寄り添ってくる。
「ねぇ、私たち知り合って結構経つわよね?
そろそろどんな方のなのか教えてくれたっていいんじゃないの。
せめて名前くらいでも。」
いきなりのことに男はどきっとした。
「別になんでもいいじゃないか。」
思わず素っ気なく答えてしまった。
すると、頑なに心を開かない男に痺れを切らし、
女は男の手を掴み訴えかける。
「なんでわからないの。ねぇ、ちゃんと私の目を見てよ。」
女は涙目になりながら瞬きを何度もする。
男が気まずくなり目を逸らすと、再び手を強く握り直す。
「すまない、もう今日は帰るよ。」
この国には遊びで来てるのではない。
任務期間中に飲みの場で知り合った女に深入りするなどあってはならないのだ。
そう判断した男は女の手を振りほどき店を後にした。
店に一人取り残された女はため息をつき、取り出した携帯で電話をかける。
「ええ、私。ほんとにあの人であってるの。」
電話の向こうでは女のスパイ仲間が答える。
「ああ間違いない。きちんとコンタクトは取ったのか。」
「周りに人がいたからメッセージは信号に変えて、まばたきで伝えたわ。
なのにそれを見るなり帰っていってしまったわ。」
「変だな。向こうもスパイだと言うのに。
さすがに訓練の中でモールス信号くらい習っているだろうから、
暗号が伝わらなかったとは考えがたい。
きっと何か別の理由があったのかもな、なんにせよ別の方法を考えるとするか…」