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七話.初死亡!


 どれほどの時が経ったのだろうか。ナナヲは鈍っていた感覚が戻り始めると伴に、周囲の喧騒を知覚した。先ほどの爆発によって招かれた、ナナヲの命を狙う者たち。彼らに囲まれている。


「さて、吸血鬼くん? 目覚めたかい」


 ふと、膝をつくナナヲの背後に、一人の男が現れた。


「……な、に……?」


 首を後ろに回して見れば、軽装の男がいた。彼の名は、アラキ。またの名を『PK絶対許さないマン・アラキの逆襲』。彼こそが『PK対策本部』を束ねる本部部長。


「まずは謝罪を。私たち元βテスターたちの中に、先走ってしまった者がいたようだね」


 チラリと辺りを見渡して言う。周囲を囲む者たちにとっても予想外だったのか、どよめきが走る。


「ただ、勘違いして欲しくないのは、彼らにも善意あっての行動なんだ。というのも……」


「──ナナヲさん!」


 続けた彼の言葉は、ナナヲに抱き着くように場に飛び込んだ少女によって、遮られた。



   ◇



 そして時は現在に戻る。


 オオアメ・カナタに寄りかかり、スレに貼られた動画や会話を読んだナナヲはため息をつく。

 あの動画内容では、私がPKプレイヤーと勘違いされるのも無理はない。──ナナヲですらそう思ってしまった。


 地に伏した骸。

 怯えた様子で後ずさるプレイヤー。

 彼女を追い詰める黒く、幼い吸血鬼。


(うん、誰がどう見てもPKプレイヤーです。ありがとうございます)


 ため息を吐くナナヲの頭を、カナタが撫でる。それは、昔、落ち込んだ弟をあやしていたように。無意識の行動だ。


(癒されるぅ……一生このままでいたい……)


 ナナヲもそれを受け入れていた。口から出るのはつい先ほどまでの力ないため息ではなく、肺いっぱいに吸い込んだカナタの匂いをたっぷり堪能して楽しんだ、感嘆のため息だ。

 穏やかな百合空間が広がっていた。アラキやその他『PK対策本部』メンバー、ナナヲの首を狙っていたプレイヤーたちは完全に蚊帳の外だ。


 そんな二人の世界に割り込める者などいない。

 結局、勘違いしてナナヲの首を狙っていたプレイヤーたちが謝罪したのは、カナタが我に返ったあと──三〇分が経過してからだった。



   ◇



 『PK対策本部』のメンバーは“木漏れないの森”で行われた『悪食吸血姫討伐戦』には参加していない。

 そもそも彼らのルールとして、相手がPKであると確定するまでは手出ししないというものがあるのだ。──大義無き殺害はPKと何ら変わらない。故に、彼らは彼らの矜持を以て、行動する。

 今回の騒動に関しても、実行班のメンバーが本当にナナヲがPKプレイヤーであるのかを判断するために派遣されただけである。


 この騒動でナナヲの命を狙っていたのは、『PK対策本部』に所属しない元βテスターたち。アラキの言ったように、掲示板で悪辣な輩の存在を知り、善意で行動していただけである。──初心者プレイヤーがPKの餌食にならないように。


 ナナヲもそれを理解していて、彼らのことを許している。といっても、それだけが理由ではない。


「本当にいいの? もっと怒っても良かったと思うよ?」

「ん、勘違いだったしね。それに鬼ごっこのおかげでスキルのレベルとか上がったし。ちゃんと謝罪もしてくれて、戦い方のアドバイスまで貰えたんだよ? ……流石に、ユニーク装備を渡すって言われたときは焦ったけど」


 カナタの膝に頭を預け、すべすべとした太ももに頬擦りしながらナナヲは応える。


 自身の命を巡って鬼ごっこをしたわけだが、誤解は解けた。

 彼らとも和解し、特にリーダー格であった女性とは話が弾んだ。決して彼女の豊かな胸に目を惹かれて許したわけではない。

 そもそも、胸とは形あってのものだ。大きければいいというものじゃない。

 ナナヲはどこか言い訳がましくそう頭の中で呟くと、カナタの肌をまた堪能し始める。


 結局、装備やアイテムをいくつか受け取ったが、どれも初心者御用達のもので街に行けばすぐ買うことができるものだ。それ以上の謝罪は受け取らず、それで終わりにした。貰いすぎは良くないと思ったのだ。


 そんな彼女の言葉に、カナタは目線を上げて苦笑する。


「それなら、アスセナちゃんも許してあげたら?」

「ダメ、あれには罰が必要」


 カナタの視線の先に、植物の蔦に縛られて宙ぶらりんになった妖精の姿があった。

 今回もやはり、先輩に話を聞きにいくという大義名分の下、妖精たちの茶会に参加して会話に花を咲かしてナナヲのことを忘れていたのだ。その罰として、鬼ごっこ中にスキルレベルの上昇に伴って使えるようになった《植物魔法Lv2:束縛の蔦》の実験体になっている。

 拘束力が弱く、蔦が伸びて捕らえるまでに若干時間がかかるため使い勝手は悪いが、妖精を縛るのに問題ないとはナナヲの弁。



:見事な亀甲縛りじゃ~

:まさかオアメの配信でセンシティブを見ることになるとは……

:いいぞ、もっとやれ

:百合だ……てぇてぇ

:ママの太ももに……羨ましい、ペロペロしたい

:お巡りさん、こいつです



 既に約束していた待ち合わせ時間を過ぎていて、カナタの配信は開始している。アラキたちと別れたあと、視聴者に事情を説明して、こうしてナナヲの活力の回復を待っているのだ。ナナヲが復活したら本来の予定通り、システムのおさらいや初心者へのアドバイスを行う。それまでは、まったり雑談配信。


「はぁ~、癒されるぅ~」


 胸を満たすカナタの匂い、頬に触れる太もも。ここは天国か? きっとそうに違いない。ナナヲはだらしなく顔を緩める。もちろん、カナタにバレないように顔を背けて。必然、ナナヲの顔はカナタのお腹を見ることになり──。


「ナナヲさん!? 大丈夫、鼻血!? っていうか、癒しって──あっ!」


 なぜ鼻血まで再現されているのだろうか。ナナヲから吹き出た鮮血がカナタを濡らす寸前、見えない壁に阻まれる。カナタは返り血を浴びない設定にしているのだ。


「悔い、なし……」

「回復! 回復しなくちゃ!」


 謝罪やら配信やらで慌ただしくしていて、ナナヲがぼろぼろだというのに、回復していなかったことに今更ながらカナタは気づいた。慌てて回復魔法を発動する。



:ちょっ、オアメママ!?

:それはだめ!!

:ナナヲさん!?

:吸血鬼にそれは!!



 視聴者の悲鳴と伴に、ナナヲの残り少なかったHPバーが砕け散る。


「ナナヲさん───!!!!?」


 ナナヲの体が端から崩れていく。吸血鬼は《回復》が弱点なのだ。


「愛、してる、よ…………なた、マ、マ……」


 それがナナヲの最期の言葉だった。鼻血の跡が残る顔で精一杯微笑むと、ナナヲの形をした灰は霧散した。



   ◇



「………………」


 ──予想していた結末と違う。


 男は一人、赤い紅茶で喉を潤し、森の最奥地からナナヲたちの様子を眺めていた。


 何も、少女の命が助かったことに対してそう思ったわけではない。

 少女の命を狙う集団の他に、別の意思で動く者たちもいた。彼らがナナヲと遭ったとき、タイミングにもよるが少女の命は助かる。広大なこの森の中で、彼らがナナヲと出会うのはあり得るのか、可能性は低かった。しかし、魔術師の置き土産によって少女の位置を把握したのはナナヲの命を狙う者だけではない。

 置き土産の兆候が見えてから、男の中では少女が助かる可能性も十二分にあり得る未来となった。


 だから、ナナヲが助かったことに対する思いではない。


 ──予想外の出来事が起きたのは、少女の友人とおぼしき藍色の髪の少女が現れた後だ。



 少女と彼女の命を狙う者たちが和解し、事は解決したと男は思っていた。彼女たちは仲睦まじい様子で談笑し、“コメント”なるものを見ては笑ったり、中空に浮かぶ球体へと話し掛けていたり。


 ……それから数十分後、少女が死んだ。


 いや、正確には“死に変わった”。

 “渡りの者”は死と同時に生まれ変わる。その現象を指して、男は“死に変わり”と呼んでいた。


(──まさか友人のうっかりで死んでしまうとは……)


 男は呆れと同時に、少し笑ってしまった。


(……そういえば、最後に笑ったのはいつだっただろうか)


 ふと、疑問に思うも、ズンッと下から突き上げる衝撃に男は考えることを止めた。──“役目しごと”の時間だ。


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