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六話.鬼ごっこ


 夕御飯と今日の分の宿題を終え、ナナヲが再びログインした森は、昼過ぎと違う様子だった。


(騒がしいな、プレイヤーがたくさん来てる……?)


 ナナヲの推測通り、“木漏れないの森”には多数の元βテスターであるプレイヤーたちが集結していた。──ナナヲの首を狙って。



   ◇



 「PK被害者の会」にその動画が投稿されたのは、三時頃──ナナヲがログアウトした後だった。内容は、黒いドレスを身に纏った少女による赤髪の女ヘの一方的な攻撃。それだけなら、理解はできる。──撮影者を含め、βテスターらしきプレイヤーたちが地に伏していた。


 凶悪なPKの犯行にスレ民は怒り、撮影者たちを案じた。その動画きり、被害者の報告はないものの、スレ民の間では恐怖を忘れようとしている、この動画による報告だけでも耐え難いトラウマに抗ってのものだろう、という結論になった。自分たちもPK被害に遭っているために、撮影者側がPKであることなど、思いつきもしなかったのだ。


 一瞬にして話題に上がったその動画は拡散されていき──



   ◇



 ふと、男は目を開けた。

 顔を上げる動きとともに黒い髪がはらりとこぼれれば、黄色の瞳孔が妖しく光る。


 巨大樹の洞を利用したらしき男の住み処は必要最低限の家具と数冊の本しか置かれていない。これが悠久の時を生きる男の家なのか。──否、巨大樹に存在する他の洞も研究室や使われることの少ない来客用の部屋、物置や本棚として活用されている。男は巨大樹そのものを住み処としているのだ。今いるのもその内の一室に過ぎない。


「……うるさいな」


 呟くと、しばし目を閉じた。感じるのは普段よりも騒がしい森の様子。“()()()()()()”の管理人たる男にとって、その領域内の事象は手に取るようにわかる。故に──


「……ほぅ」


 男がその少女に興味を持つのに、そう時間はかからなかった。



   ◇



「いたぞ! 気をつけろ!」「吸血鬼発見っ!」

「逃がすなッ」


 声に振り向いた瞬間、ナナヲ目掛けて二本の矢が飛来する。


「…………ッ!?」


 突然の襲撃に戸惑い、動揺しつつも身を屈めたナナヲに上から斧の一撃。横っ飛びに躱す。空を切って迫る風の刃。頬を掠める。


(──何が起きてるの?)


 木々を盾に連撃を避け、身を隠す場所を探しながら反撃の手段を思考する。


『アスセナ! どうなってるのっ?』

『わからないです~』


 妖精と会話をしながら、急ブレーキ。前方から矢が飛んで来たのだ。飛んで来た角度で敵の居場所を割り出していると、ある集団を見つけたアスセナが声を上げた。


『ん~? 先輩方だ~! 何が起きてるのか、聞いて来ますね~』


 ナナヲの返事を待たずに飛び出したアスセナを見送り、木々の上にいるであろう矢の主をねめつける。背後から先ほどの集団が迫る。時間はない。


 トンッと軽やかにステップを刻み、リズムを作る。森の地面は落ち葉や土などで柔らかい。吸収される体重すらも利用してナナヲは、跳ねた。

 手ごろな木の枝を掴み、回転の勢いを乗せて前方の木へと、次の木へと、狙いを定める隙を与えずに進み続ける。


「……ばいばい」


 視界から消えたナナヲを探している弓使いの背後にナナヲが現れる。それを悟られる前に、狭い枝と枝の間から器用な蹴りで突き落とした。幸い、追って来ていた集団は撒けたようだ。そのことに安堵しつつ、彼らについて考えた。


(PKプレイヤーなのかな? でも、私個人を狙ってたみたいだし……)


 頭に浮かぶのは彼らの言葉。それはナナヲを探していたというもの。


(──昼に倒した、PKたちの報復……?)


 ナナヲと元βテスターたちとの間に、とんでもない誤解が生まれた瞬間だった。



   ◇



「うまいな……」


 少女の身のこなしに感嘆の言葉を洩らし、男は思う。


(……だが、まだまだ幼いな)


 森を縦横無尽に駆け巡り、身を隠してやり過ごし、息を潜めて機を狙う。森を味方につけた動きと、拙いながらもそんじょそこらの〝渡りの者〟とは一線を画する戦闘センス。その二つが〝渡りの者〟約五〇人に命を狙われて、少女が生きていられる大きな要因。

 しかし、それは長く続かないだろう。それが男の予想である。


 いくら少女が森を味方につけたとして、果たしてこの鬼ごっこはいつまで持つのか? その問いに対する答えを持ちながらも、男には助けることはできない。


 こうしている間にも、少女の手傷は増えていく。βテスターとナナヲには、すぐには埋められない差があるのだから──。



   ◇



(──わかったことがいくつかある)


 木立の上から、ナナヲを探しているPKを狙って息を潜める。


(一つ、βテスターと言っても、全く相手にならないわけじゃない)


 ザッ! ナイフが飛び、背を向けている男の首に突き刺さる。そして、ナイフのグリップに空いた穴へと通した細い蔦を手繰って回収する。

 限られた武器で戦うための一つの手段だ。


(二つ、気配を殺しても見つかるときがある)


 背後に迫る短斧を感じ、ナナヲは落下を開始する。横凪ぎの刃を躱され、バランスを崩した敵を背後からの一撃とともに突き落とす。──木から落ちる前に、先ほどの蔦を引っかけていたのだ。蔦を握り、倒れるように落ちた勢いをそのままに、一回転。そして蹴りを放った。


(そういう奴は大抵、感知系スキルを持っている)


 落ちた敵に目もくれず、ナナヲは新たな敵を探す。先ほどの男は、身体強化系のスキルを使っていた。おそらくスキル構成もそこに偏っているだろう。故に──


(──いた!)


 他に感知系統のスキルを持ったプレイヤーがいる。見つけて、ナナヲはナイフを投てき。


「……ッ!」


 ナナヲの後頭部へと放たれた風の弾丸とすれ違うようにナイフが飛ぶ。


「……私が魔力感知を持ってないとでも思った?」


 《魔力感知》の効果で自身の周囲五メートルに存在するあらゆる〝魔力〟、その素である〝魔素〟を知覚したことによる全能感と、その情報量の多さによる幾分かの酔いを味わいながら、ナナヲは短剣を振るう。酔いによるおぼつかない足取りで繰り出される斬擊もまた、ふらふらと揺れて安定しない。


 だと言うのに──。


 ナナヲの足下に、魔術師の骸が転がっていた。ナナヲは迷わず体力回復のために血を啜ろうとする。その動きに迷いはなく、何度も繰り返してきたことがわかる。


(……? なんか、嫌な気が──)


 魔術師の頸に牙を突き立て、瞬間、眩い閃光と破裂音が溢れる。光の直撃に目をやられ、音が頭を叩く。


 ()()()()()()()()()()()()()()()。余りにも遅い違和感の判明に、いっそ笑いすらこぼれてしまう。


 普通、無抵抗でやられるわけがない。何らかの形で反撃をするはずだ。それが今回はこの置き土産であっただけのこと。


 先ほどの閃光と破裂音で、場所は割れてしまった。軽くはない傷を負い、すぐに逃げることもできない。いつ戦いが終わるかもわからないことへの苛立ちと焦燥が、疲れからきた隙が、ナナヲの首に刃を突きつける。




 ──三つ、圧倒的な経験の差。とりわけ、スキルや魔法といった、現実世界にないものに対する経験の差が、ナナヲとβテスターとの間には横たわっていた。


〝渡りの者〟:ゲーム『F』の世界でプレイヤーを指すもの。

       ネットでは『現実世界』から『仮想現実の世界』へと渡る者だからという説が有力だが、意味を知るのは開発陣のみ。

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