四話.VS.PK集団(2)
(さて、勢いに任せて二人キルしたわけだけど)
スキル《吸血》の効果で、体が軽い。ナナヲはその感覚に慣れるように、少し体を動かしてみる。
(《吸血》のバフありでも残りの四人……いや三人か。三人の相手はきついな)
体を慣らすための運動でキルした大剣使いを背に、ナナヲは思考する。
(勝算があるとすれば、襲われてた女の子。あの子が一人引き受けてくれれば……)
戦闘中と思えぬ静寂──それは戦闘中だからこそ、相手に集中するために生まれた静けさ。それを破るように、PK集団のリーダーらしき女が口を開く。
「よくもやってくれたわね。あんた吸血鬼? 不遇種族ごときがよくもまあ」
燃えるような赤髪を振り回し、女は命令する。
「ガルドは奴を引き付けて、ナイヴは補助っ!」
ガルドと呼ばれた男は両手の斧を森の中で器用に扱い、攻撃してくる。そして、隙間を縫うように飛んでくるナイフ。
二人に足を止められ、ナナヲは魔法の詠唱を始めた女を眺めていることしかできない。
(こいつらの連携、地味に巧い!)
ここが森でなければ、先ほどの三人もこの連携に加わっていただろう。ナナヲの奮闘は、地の利を活かした上に成り立っていた。
「詠唱魔法!? 吸血鬼さん、逃げて! 自爆する気よ!!」
「遅いわよぉっ!!」
準備を終えたのか、魔方陣が女の手に浮かび上がる。
魔法は発動しない。詠唱魔法とは普通アイテムを消費して行うもの。アイテムなしの詠唱魔法をβテストで成功させた者はいない。つまり、──暴発する。
女が魔法の発動を望んだ瞬間に、自分を巻き込んで自爆するだろう。そう直感した瞬間に、ナナヲは動く。
そのタイミングで、PK集団に襲われていた少女のバフ魔法がナナヲに届く。
斧使いの一撃を右手のナイフで受け、抵抗せずに後ろヘ跳ぶ。そこにナイフが二本、額と心臓を狙って投げられる。
ナナヲは必死に身を捩って額を狙うナイフを躱す。心臓を狙ったナイフは横にずれて左腕に刺さる。
ついに女がナナヲの目の前に来た。斧使いとナイフ使いは足止めという役割を果たし、自爆に巻き込まれないように、場を離れる。その先には、最初に狙っていた少女。
ナナヲと少女、二人とも殺すつもりなのだ。
「自慢のナイフであたしの手を切ってみる? もう遅いけどねぇ!!!!」
狂ったような笑みを浮かべ、女は一歩ナナヲに近づく。
(あの吸血鬼は肩にナイフが刺さって痛みに苦しんでる。初心者のよくやるミスね、バカじゃないかしら、痛覚設定をオンにしてるなんて)
魔法の発動を念じようとして、女は違和感に気づく。
(待って……ナイフが肩に刺さって? あの吸血鬼が見せた身体能力だったら、手に持ってた短剣で飛んできたナイフを弾くぐらいやってのけるはず)
──左手に持っていたはずの短剣は?
「気づくのが遅いよ」
ナナヲの声に、女は自身の手を見る。深々と突き刺さった短剣。魔方陣は既に消えている。
「一か八かだったけど、手に描かれた魔方陣なら手に傷をつければ消えるんだね。ありがとう、勉強になったよ」
「……ぁ、ぁあ」
震える女に一歩、ナナヲは近づく。
「あなたのお仲間さんの攻撃で、HPが減ったんだ。回復させて?」
言葉とともに、女を木に押し付け首筋に噛みつく。
ナナヲが喉を鳴らして血を啜ると、女の抵抗は弱くなり、やがてなくなる。PK集団のリーダーが死んだ。
しばらく血の味わいを楽しみ、HPバーが最初のところに戻ったので、ナナヲは女から離れる。
そろそろ少女が来るはずだ。
少女を追って行った二人の男は《草花の悪戯》で走り始めたときに転ばせた。ナナヲが来るまで逃げていた彼女なら、それだけで距離を稼げる。しかし、ナナヲは少女をただ逃がしたわけではない。
(ふぅ、アスセナがちゃんと作戦を伝えてくれてよかった)
少女の姿が見えてきた。その後ろを二人の男がついてきている。ナナヲは木の陰に隠れて時を待つ。
そして、少女が横を駆け抜けた瞬間、ナナヲは飛び出す。
「「…………っ!?」」
驚き、一瞬だけ男たちの動きが止まる。
その時間があれば問題ない。
《吸血》によるバフと少女のバフによって威力を上げたナイフと短剣が、男たちを──貫いた。
◇
「ありがとうございます!」
ナナヲに向かって頭を下げる巫女服の少女。オオアメ・カナタと名乗るバーチャルアイドルだ。ナナヲ自身はアイドルに興味がなかったため、βテスト中の彼女の配信は見ていないが、公式ホームページで何度か見かけたことはある。
「大丈夫だった?」
「はい! おかげさまで! 本当にありがとうございます!」
「いいよ、いいよ、可愛い娘を守るのは使命だからね」
──ナナヲが考えた作戦。それはシンプルなものだった。
男たち二人が少女を追いかけ始めたとき、アスセナに伝言を頼んだのだ。
『しばらく逃げたあと、私のところに来てほしい』
ナナヲの指示通りに、少女は見事男たちを引き連れて帰ってきた。
(うまくいってよかったぁ)
少女に二人を引き受けてもらう形になったが、戦力を分断できたので楽に倒せた。
「ナナヲさんって強いんですね、βテストにいましたか?」
『いませんよ~。完全な初心者のはずなんですけどね~』
『あんた、それマジ!?』
「うん、そうだよ」
ナナヲたち四人は、会話に花を咲かせるのだった。