二話.お仕置きと、初勝利
羽間七緒。読書と植物を育てることが趣味で、カレーとロリと美人が大好きな中学二年生。年齢にしては少し低い背とひんぬ……どことは言わないが、まな板な場所がコンプレックスのどこにでもいる女の子。胸に憎き脂肪の塊がある三つ年上の駄目人間な姉を反面教師に、しっかりと成長している。
学校ではその愛らしさで愛玩動物的存在となり周囲の心を癒しているのだが、その内に秘めたものは……
(《吸血》をするために、合法的に女の子たちやお姉さんに触れる。そして、拘束プレイも……)
──おっさんであった。
◇
そもそも、吸血鬼が三大不遇種族に数えられる理由。それは、弱点属性の複数追加や日の下での活動不可ではない。いや、それらも充分な根拠になりうるのだが。
《吸血》──それこそが吸血鬼を吸血鬼たらしめる所以であり、吸血鬼を不遇種族たらしめる元凶。
吸血鬼のロールプレイをするために外せない吸血という行為。吸血を行うには相手に触れなくてはならない。それも噛みつくのだから、異性にやる場合はセクハラで垢BANされることを覚悟しなければならない。なら同性は? 男が男に噛みつく。……大抵の男性プレイヤーは吸血鬼に興味を持っても、吸血鬼を使わないのはそれが理由だ。女性であったり、それらの問題を乗り越えた猛者だとしても、相手に噛みつくということは抵抗されるということだ。抵抗の結果、キルされる可能性すらある。そこまでして、吸血鬼をプレイする人はそういない。
故に、不遇種族。
が、ここで中身おっさんのナナヲが現れた。
同性に対するセクハラ判定は異性に対するそれと比べてだいぶ緩い。
中身おっさん少女と緩いセクハラ判定。──後に、彼女は『F』に伝説を残すことになる。
そうとも知らずに、ナナヲはスクリーンに映る自身の姿をもう一度眺める。
濡れ羽色の髪が背の中ほどまで伸びて、緋色の瞳が妖しく光る。ゴスロリ調の黒いドレスが包む透き通るほど白い肌。……残念なことに胸は非常に、まるで無いのではないかと思わせるほど控えめなのだが、その小柄な身長とバランスの取れた美しさが存在する。
「なに、この美少女。自主規制したい。てか、椅子に足乗せて長い丈のドレスから肌チラしてるって、誘ってるよね!?」
ナナヲは自身のアバターに大興奮……もとい大満足している。アバターの細かな調整がめんどくさくて、ランダムにしたのだ。すると誕生したのはプレイヤーのいじり過ぎという違和感を一切感じない、AIのみに許された神がかった造形だった。例のアバターデザイナーの麒麟児ならあるいは、というレベルだ。
そんな自分のアバターに駆け寄ろうと、蹴飛ばした椅子に足を乗せての反応が上記の発言である。
膝に乗っていた妖精は驚いて、腰を抜かしている。
(わたしの担当プレイヤーが、ド変態さんです~! どどど、どうしましょう!!? 先輩たちにヘルプしないと~!!)
プレイヤー補助妖精専用の秘匿回路で、βテスト時代から活躍している先輩方に助けを求めるのだった。
◇
そして、正午まで一分を切る。自身のアバターに興奮していたナナヲは落ち着きを取り戻し、気になっていたことを妖精に訊ねる。
「妖精さんの名前ってなに?」
『ありませんよ~。プレイヤーの皆様に名付けてもらうのです~』
「そうなんだ。んー、じゃああなたの名前は──」
◇
まばゆい光に包まれた。草木の香りと涼やかな風とを感じて、ナナヲが目を開くと──
「森??」
鬱蒼と繁る、大森林の中だった。木漏れ日すらない薄暗い森。
『お~、“木漏れないの森”ですね~』
「こもれないの森?」
『はい~! その名の通り、木漏れ日さえ入ることのない森です~。まさに吸血鬼の為の森ですね~』
「ふ~ん。てっきり始まりの街に出ると思ってたよ」
『あ~、それは選べたんですよ~。ランダムな地点に出るか、始まりの街に出るかは~。あれ~? そういえばわたし、どちらにするか訊ねてないよ~な~?』
ナナヲの周りを首を捻りながら妖精──アスセナは飛び回る。
「……《植物魔法Lv1:草花の悪戯》。罰だよ、アスセナ」
『……ぐぎゃぁあ!!?』
本来は草花を一瞬だけ足に引っかけ転ばせる魔法なのだが、落ち着きのないアスセナが地面に接近した瞬間に発動したそれは、小さな妖精の体に巻きつく。
動きの止まったアスセナの首根っこを掴み、ナナヲは迷わずシェイクする。
『な、ナナヲさ~ん? う、吐きそうです~……』
「ランダム転移ということは、日の当たるところに出る可能性もあったんだよね……?」
『そ、そうですね~……うっぷ……』
そろそろヤバイとなったところでアスセナを解放する。
「さて、何から始めようかな」
◇
森の中を歩きながら面白いものを探していたナナヲの目の前に、一体のモンスターが現れた。
体調は約一メートル、鋭い針と黄色と紫の毒々しい縞模様。
『ポイズンバチですね~。毒に気を付けてください~』
アスセナの解説と同時にナナヲは駆け出す。
[ギシャァァァアッッ!]
蜂の威嚇。ナナヲは止まらない。
短剣を抜き放つナナヲは、悪寒に襲われる。それに従い、倒れように身を屈めて前ヘ。数瞬前までナナヲのいた空間を、蜂の毒針が通り過ぎていた。
ナナヲは振り返るまでの一瞬、左手に持つ短杖をスッと後ろに向ける。
「《植物魔法Lv1:種鉄砲》……!!」
どこから飛んで来るかわからない。それがこの魔法の嫌なところだ。
本来、魔法というのは術師本人の付近に現れる。例えば、燃え盛る火球であったり、渦巻く迅風といったものは術師を起点に発動し、相手を狙って攻撃が飛んでいく。
しかし、それに囚われない魔法も存在する。その一つが植物魔法だ。
その場にある植物に大きく魔法効果を影響されるという扱いづらさの代わりに、その場に生えている植物を起点に発動できるという特徴がある。
ナナヲが振り向いたとき、勝負はついていた。蜂の背後と真横から射出された時間差の種鉄砲は、正確に翅を撃ち抜いていた。
低威力の魔法だ。しかし確かな質量をもってそれは打ち出される。昆虫の翅に穴を開けるなど容易いことだ。
短剣を構え直したナナヲと、翅に風穴を開けられ飛行も儘ならない蜂。──勝負は決まった。