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第四話:目覚めの時④/迷宮の底にて産声上げて


 かくして、ふたりの少女──スティア=エンブレムとフィナンシェ=フォルテッシモは迷宮(ダンジョン)の宝箱に入っていた赤ちゃんを見つけ、かつての魔王──カティスの“生まれ変わり”である赤ちゃんはふたりの冒険者の少女に拾われるのであった。


(お、お、おち、おち、落ち着け、落ち着くんだおれ……!!)


 かつての魔王カティスは瞳を閉じて目の前に広がる視覚情報(こうけい)遮断(しゃだん)すると、冷静(れいせい)に頭の中で現状の把握(はあく)に努める。


(まず──いま此処(ここ)は『現実(げんじつ)』だ、間違いない。間違いなくおれは人間の赤ちゃんで、転生(てんせい)ちた()()()()──)


「たいへんスティアちゃん……!」

「……っ!? どうしたのフィーネ!?」

「赤ちゃんが……泣いてないよ……!?」

「いやそれ生まれた時の話だから!? この赤ちゃん、この宝箱から生まれた訳じゃないよ!!?」


(──いや、うるせえな!?)


「おねがい……赤ちゃん泣いて……!!」

「あうあう……」

「ちょっ!? あたしの話聞いてた!!?」


 フィナンシェは赤ちゃんのお腹を毛布の上から必死に(さす)っている。


((さす)るな……! 人のお腹を(さす)るなー!! 泣くよ、泣けば良いんでちゅよね!? よーち、見てろ……!!)


「ば……ば……ば……!!」


(あせ)るなよ……そう、赤ちゃんと言えば『バブー』って泣き方だと相場(そうば)が決まってる……!!)


「…………!?」

「ば……、ばぁーー⤴⤴⤴ぶぅーーー⤵⤵⤵(棒読み)」


「「うわっ、泣くの下っ手ーー」」


(悪かったでちゅねーー!?)


「うわっ……めっちゃ眼ぇ見開いてガン見してる……」

「よかったー。赤ちゃん、ちゃんと生きてたね」

「もっと早く気付いてあげたら?」


(──なんなんだこいつ等は……!? くそ、考えが(まと)まらねー)


 ふたりの少女の(たた)()けるような猛攻(ボケ)上手(うま)(かわ)し(?)ながら、かつての魔王カティスは頭の中をフル回転させる。


一旦(いったん)冷静(クール)になれ魔王カティちゅ……!! 落ち着いて状況を……状況を………………んっ!!?)


 そこまで考えて、赤ちゃんの思考は停止した。


(待て……待て待て待て……!? 何故(なじぇ)──何故(なじぇ)、おれは自分の事を『魔王カティちゅ』だと認識(にんちき)出来ている……!?)


 ここに至って、(ようや)くその赤ちゃん──生まれ変わった『魔王カティス』は、()()()()()()()()()()()に気が付いた。


 『魔王カティス』──かつて、世界を震撼(しんかん)させた魔界を統べる王、魔族たちを率いる王、魔導(まどう)を極めし王。


(()()()、おれの城に乗り込んできた勇者(ゆうちゃ)たちを返り討ちにちた後、(たち)転生術式(てんせいじゅつしき)を自分に掛けて、穴の空いた天井(てんじょう)と割れた窓ガラちゅを修繕(しゅうぜん)ちてから()んだ(はず)。いや……ちゃっきからなんで脳内の独白(どくはく)若干(じゃっかん)(ちた)()らじゅになってるんでちゅか!?)


 そう、生前──魔王カティスは、城を訪れた勇者ウロナ=キリアリアとその仲間を返り討ちにした後、生まれ変わりの術を自らに掛け生涯(しょうがい)を終えた。


(その時──(たち)かに、『魔王カティちゅ』とちての一切(いっちゃい)の記憶と能力(ちゅペック)(ちゅ)てた(はず)…………いや、間違えた──“能力(ちゅペック)”の一部は引き継ぎちたんでちた……)


 魔王カティスは死の間際(まぎわ)──自らの『魔王』としての“記憶”と“能力(一部除く)”を放棄(ほうき)する様に設定していた。


(ちゅく)なくても──()()おれは、自分が『魔王カティちゅ』だと“認識(にんちき)”ちているのはおかちい……!)


 だからこそ、赤ちゃんになった()()()()が生前の記憶を有しているのは()()()()()()()()()話であった。


(もしかちて──転生(てんちぇい)に何か不手際(ふてぎわ)があった…………?)


 (ゆえ)にこそ、カティスは()()()()()考慮(こうりょ)しなければならなかった。


転生(てんちぇい)失敗(ちっぱい)ちて──“記憶”と“能力(ちゅペック)”が生前のまま()()()()()()()()()……??)


 そうならば、確かめなければならない。本当に自分が生前の──“史上最強”の名を欲しいがままにした『魔王カティス』の記憶と能力(スペック)を引き継いだままになっているのか。


「た、た、た、大変だよフィーネ!! と、扉が……()()()()()()()()よーーーー!!」


 そして、その絶好(ぜっこう)機会(チャンス)はすぐさまに訪れる。


 ──ズゴゴゴゴ……!!


 けたたましい轟音(ごうおん)と共に、黄金の棺のあるこの部屋を守っていた“紋章”の刻まれた巨大な石の扉がひとりでに閉まっていく。


 それに気付いたスティアとフィナンシェがすぐに扉に駆け寄るも──


 ──ガコオォン!!


 ──と、スティアとフィナンシェの目の前で大きな音を鳴らしながら扉はピッタリと閉まってしまった。そして、辺りはひっそりと静まり返ってまう。


 空間そのものが静寂(せいじゃく)に包まれた(おごそ)かな雰囲気(ふんいき)(たた)えているのは勿論(もちろん)そうだが、いま目の前で起きた事態(じたい)に反応が追い付かないスティアとフィナンシェの思考が停止(フリーズ)していたのも要因(よういん)に挙げられる。


「……………………。」


 スティアとフィナンシェは仲良く閉ざされた扉を見つめる。扉が開く気配はない。


「……………………。」


 (しばら)くすると、今度はお互いの顔を見つめ合う。扉が開く音はしない。


「……………………。」


 もう一度、閉ざされた扉を見つめる。扉が開いているなんて事は──当然、無い。


「や……や……、やぁっっっっばぁぁぁーーーい!!?」


(だから、さっきから五月蝿(うるちゃ)小娘(こむちゅめ)でちゅね……)


 扉に駆け寄ってスティアは一生懸命(いっしょうけんめい)に扉を押したり引いたりしているが、扉は固く、硬く、堅く、その場所から動こうとはしなかった。


「どうしよ……どうしよ……どうしようーー!!? 閉じ込められちゃったーー!!?」


 流石に自力で動かすのは『無理』だと(さと)ったのか、スティアは(ひざ)を突いて項垂(うなだ)れながら頭を抱えて“この世の終わり”みたいな慟哭(どうこく)を上げている。


 当然だろう。さっきも()()()()()()()()()()()扉が閉まってしまったのだ。スティアたちがその扉を()()()()()()()()()()()()()()()からである。


「今日はここでお泊りだねー♪」

「なんでこの()こんなに呑気(のんき)なのーー!!?」


 絶叫するスティアに、カティスは思わず同情してしまう。


(周りが『ボケ』だと、残ちゃれた奴は必然的(ひちゅじぇんてき)に『ツッコミ』やる運命(ちゃだめ)なんだよなぁ……)


 うんうん、と(うなず)くカティスを見てスティアは──


「赤ちゃんに同情されてるぅーー!!?」


(人の表情(かお)見て心を読まないで欲ちいでちゅね!?)


 ──赤ちゃんにまで(あわ)れられた自分を(なげ)く。


「スティアちゃんもお布団敷いて一緒に寝よ♪」

「何言ってんのフィーネ!? もしかしたらあたしたち一生(いっしょう)ここから出れないかも知れないんだよ!? あとお布団は流石に持って来てないよ!!?」

「うん……だから、一緒にミイラになる(まで)ここで寝ようね((くも)った瞳)」

「いやぁーーー!? まだ諦めないでーーーー!!?」


 ゆさゆさ、ゆさゆさ──スティアが奇行(きこう)に走るフィナンシェを必死に()すって正気に戻そうと(こころ)みている。


(目が回るでちゅ〜〜!?)


 フィナンシェに()られて揺れているカティス(※赤ちゃんを揺さぶるのは生命に関わる大変危険な行為なので真似しないで下さい。この赤ちゃんは特別な方法で鍛えられています。)は、目をぐるぐる回しながら──生前の、『魔王カティス』としての記憶(きおく)辿(たど)る────。


『ミイラくん、ミイラくん。少し質問良いかな?』

『あ〜魔王カティス様。いいッスよ〜〜何が聞きたいんスか〜〜?』

『わ〜、思ったより流暢(りゅうちょう)(しゃべ)る上に態度(たいど)はこの上なく不敬(ふけい)〜♪ だが許ーす!!』

『光栄ッス! 自分、これでも元々大国(たいこく)で王様やってたッス!!』

『わ〜すごい♪ 蘇らせて部下にしてゴメンね♪ ……って、どうでもいいわ!!?』

『魔王様、ノリめっちゃ良いっスね!』

『貴様は元王族の癖に態度が軽すぎるんだよ!? ……まあいい。質問なのだが、『ミイラ』をやっていて(つら)いと思ったり感じたりするものなのか……?』

『いや、そんな事全然ないッスよ。だって自分、ミイラになる時、脳みそ()くしたから感情が無いんスよ』

『その割にはお(しゃべ)りの表現(ゆた)か過ぎない!?』

『“魂”があればこれ位は余裕ッス!』

『……本当(ほんと)?』

本当(マジ)ッス。あっ、自分いまから相棒のゾンビっちと銭湯行くからもう行くッス! 魔王様、お疲れ様っシた!!』

『ああ、お疲れー。…………って、ミイラ(あいつ)銭湯入るんかーい!? ふやけるぞ!!?』

『……我が主、そんな事を気にするより前に、お湯に浸かったらミイラ様から色々と()()()()()()()()()()なのを心配するべきでは?』


 ──────。


(……(やっく)に立たねぇ思い出でちた……!! あの後、銭湯(せんとう)はミイラから溢れた()()()()()のちぇいで封鎖(ふうさ)ちゃれたんでちた……!!)


 心底、どうでも良い事を思い出していたカティスだったが、どうでも良い事に気付くと(ようや)く現実に帰ってこれた。


「フィーネ……!! 諦める前にどうやったら脱出(だっしゅつ)出来るか考えようよ〜!! あたしこんな所でミイラになりたく無いー!!」

「…………そうだ! 肉体を(うしな)って“魂”だけになれば、あの扉をすり抜けれるかも……!!(死んだ魚の様な瞳)」

「死〜ん〜で〜るぅ〜〜!!? 意味無いよーそれー」


(はぁ……。(ちゃわ)がちい奴らでちゅねぇ……)


 バカ騒ぎするスティアとフィナンシェに、「やれやれ」と言わんばかりに首を横に振るうと、カティスは堅く閉ざされた扉をジッと見据(みす)える。


 別段(べつだん)──閉じ込められたからと言ってカティスに動揺(どうよう)は無い。


 元々、生まれ変わる際に『生きていく上で困らない程度の能力(スペック)』は引き継ぐ予定を、生前の魔王カティスは目論(もくろ)んでいた。


 具体的な指標(しひょう)で言うと、「単独で竜種(ドラゴン)をシバキ倒せる程度」である。これは人間たちの価値観からすると“勇者”や“英雄”と呼ばれる水準(すいじゅん)なのだが──絶対的な力を有していた魔王カティスには、その辺りの匙加減(さじかげん)()()()()になっていたのはご愛嬌(あいきょう)


 つまり──、


(この程度の石壁(いちかべ)、どうって事無いでちゅね……。簡単にブッ壊ちぇまちゅ……!!)


 カティスには脱出の算段はついている。この程度の扉なら容易(たやす)く破壊できると踏んでいた。


(……ただ、問題なのは……)


 ただし、一つだけ──カティスには懸念事項(けねんじこう)があった。


(もしかちたら、生前の……魔王とちての能力(ちゅペック)を100(パーちぇント)引き(ちゅ)いでいるかも()れないって事でちゅね……)


 それは──今の自分、『赤ちゃん』になったカティスが、生前の『魔王カティス』の能力(スペック)()()()()()()()()引き継いでしまっていないかと言う懸念だった。


 生前の──『魔王カティス』の振るった力は極めて、凄まじく、ぶっちゃけあり得ないぐらい強大だった。


 その腕力は軽く叩いただけで大地を割り、その肉体は魔界の太陽が放つ摂氏1兆度の超高温を涼しげに耐え、その魔力はほんの少し魔石に(たくわ)えただけで未来永劫(みらいえいごう)枯れることない永久(とわ)(かがや)きを放つ悠久(ゆうきゅう)炉心(ろしん)となり、その敏捷(びんしょう)刹那(せつな)()惑星(ほし)横断(おうだん)する程に(はや)く、その魂はあらゆる因果干渉(いんがかんしょう)すら弾き無力化できる程に堅牢(けんろう)であった。


 ──文字通り、『史上最強』にして『絶対無敵』の存在。それが、『魔王カティス』である。


(もち、魔王とちての力をそのまま引き継いでいたら……ヤバいでちゅね)


 もし仮に、今のカティスが生前の『魔王カティス』の力を100%引き継いでいた場合、眼前(がんぜん)の扉にも()()()()()()()()()攻撃を加えなければならない。


 以前──魔王カティスは()()()()()と相対した際に、力加減を()()()()(あやま)ってしまい、当時の『ヴェルソア荒野』に直径10キロメートル超の巨大クレーターを作ってしまった事があった。


 その時、魔王カティスが込めた力の割合は──0.000001%、100万分の1である。


何億分(なんおくぶん)の1で攻撃すれば良いでちゅか……?)


 カティスは自身を包んでいた毛布から右腕を取り出して扉に向けて(かま)えると、力加減を綿密(めんみつ)に計算しながら扉に差し向けた人差し指に金色(こんじき)(かがや)きを(たた)える漆黒(しっこく)の魔力を収束(しゅうそく)させていく。


 もし、力加減を誤れば──扉どころか、辺り一帯が消し飛んでしまう。そうなれば、自分を抱いて大騒ぎしてるふたりの少女も『ミイラ』どころか即『亡霊(ゴースト)』の仲間入りだ。


(慎重(ちんちょう)に……慎重(ちんちょう)に……!!)


 幸い──スティアとフィナンシェは()()()()()()していて、閉ざされた扉にもカティスにも意識を向けていない。


(やるなら……今でちゅね……!!)


 そして──ふたりの“意識”が扉と自分から()()()()れた一瞬(いっしゅん)(すき)を突いて、カティスは収束させた魔力を扉に向けて撃ち放った。


 ──ドッッゴッオォォォン!!!


「ギャアァァァ!? 扉がブッ飛んだーーーー!!?」

「きゃあぁぁぁ!? 何が起こったのーーーー!!?」


 着弾と同時に(すさ)まじい爆発音を(ひび)かせながら堅く閉ざされた扉は()端微塵(ぱみじん)に吹き飛び、その時(しょう)じた衝撃にスティアとフィナンシェは蹌踉(よろ)けて尻もちをついてしまう。


 静寂(せいじゃく)な空間を突如(とつじょ)襲った轟音(ごうおん)に、スティアとフィナンシェは心臓をばくばくと鼓動(こどう)させながら恐る恐る扉の方に目を見張(みは)る。


 先ほど(まで)そこに鎮座(ちんざ)していた重厚(じゅうこう)な扉は全ての破片(はへん)が小石程度にまで砕けて飛び散らばっており、立ち込める粉塵(ふんじん)が破壊の衝撃の強さを如実(にょじょつ)物語(ものがた)っていた。


「「……………………!!?」」


 その光景を、スティアとフィナンシェは呆然(ぼうぜん)と見つめる。


(や……や……や、やっちまった~でちゅ!?)


 その光景を、カティス()呆然(ぼうぜん)と見つめる。


 今しがた撃ち出された魔力の弾丸(だんがん)は──カティスにとって()()()()()()()のつもりであった。


 本来、()()()()()()()()だったのなら、撃ち出された魔力の弾丸は扉に傷一つ付けることなく雲散霧消(うんさんむしょう)していた事だろう。


 逆に、もし生前の『魔王カティス』の能力を()()()()()()()()()()()()()なら、撃ち出された魔力の弾丸は──扉を砕けた窓ガラスみたいに木っ端微塵にしていただろう。


 それを試すつもりで、カティスは軽く、弱く、手を抜いて、魔力を撃ち出した。


 結果はどうだっただろう。縦横(たてよこ)数メートル、分厚さにして2メートル強、重さにして百トン以上は下らない大きな石の扉は、砕けた窓ガラスの如く木っ端微塵になっていた。


 つまり──、


(し、失敗(しっぱい)ちてるでちゅーー!? 転生(てんちぇい)失敗(ちっぱい)ちて、能力(ちゅペック)が魔王の時のままになってるでちゅーー!!?)


 そこに居るのは──転生に()()()()“史上最強”で“絶対無敵”の『魔王カティス』の能力(スペック)を完全に引き継いでしまった──“史上最強”で“絶対無敵”の『赤ちゃん』と言う事になる。


「…………スティアちゃん。…………何かした?」

「…………違う。…………フィーネじゃないの?」


 スティアとフィナンシェは粉々に粉砕された扉の残骸(ざんがい)をあ(ぜん)とした表情(かお)(なが)めている。


 『あなたが扉を壊したの?』と互いに問うているが、お互いがお互いに『あの扉を破壊するだけの能力・魔力を持っていない』のは百も承知している。


「じゃあ、つまり……あの扉を壊したのは……?」

「まさか……そんな……わたしがいま抱いているこの子が……?」


(ぎっくーーーー!! 転生(てんちぇい)早々(そうそう)(あや)ちまれてるでちゅーー!?)


 ともなれば、()()()()がカティスに向くのは至極当然(しごくとうぜん)の成り行きだった。


(まずいでちゅ……まずいでちゅ……!! おれは世界(ちぇかい)片隅(かたちゅみ)で平穏に暮らちたいんでちゅ!! 『魔王カティちゅ』と同じ強さの『赤ちゃん』なんて()られたら、第二(だいに)の魔王とちて(かつ)がれちゃうでちゅーー!!?)


 しかし──自分が“史上最強”の存在だなんて知られるのはカティスの本位では無かった。世界の片隅で平穏無事(へいおんぶじ)に過ごすのが生前の『魔王カティス』の(ささ)やかな願いなのだから。


「ねーえ、可愛(かわい)可愛(かわい)い赤ちゃん♪ あのおっきな扉を壊してくれたのはあなた?」


 フィナンシェが歌うような(やわ)らかく(やさ)しい口調でカティスに問い掛けて来る。これが()()()()()()()なら、彼女もこんな質問はしないだろう。


 だが、残念な事にカティスは──よりにもよってかの『魔王カティス』の迷宮(ダンジョン)、それも最深部に安置(あんち)された棺の上に意味深(いみしん)に置かれた宝箱から出てきたのだ。当然──()()()()()()()()()()()と思われるのは必然(ひつぜん)である。


誤魔化(ごまか)ちゃなきゃ……誤魔化(ごまか)ちゃなきゃ……!!)


「教えてくれたらお姉ちゃんが『いい子いい子♡』してあげる♪」


「ば……ば……ばぁーー⤵⤵⤵ぶぅーーー⤴⤴⤴(目を逸しながら)」


((…………ぜったいこの子だ!!))


「……ともあれこのクソ(つよ)赤ちゃんのお(かげ)で、この辛気(しんき)くせー部屋から出られるーやったー!!」

「もう、スティアちゃんったら言葉遣(ことばづか)いが荒いんだから……! ありがとね~赤ちゃん。はい、いい子いい子♡」


 はしゃいでいるスティアの粗暴(そぼう)な言葉遣いに文句を言いながらも、フィナンシェは抱いていたカティスの頭を優しく、母親が我が子をあやす様に()でる。


(くちゅぐ)ったいでちゅね。……でも、悪くない気分でちゅ……。まぁ……小娘(こむちゅめ)にちては上出来だと()めてやるでちゅよ)


 一応(いちおう)一仕事(ひとしごと)終えた気になっているのか、はたまた王から家臣(かしん)への(ねぎら)いのつもりなのか、フィナンシェの『いい子いい子』を満更(まんざら)でも無い様子で堪能(たんのう)するカティスであった。


「あっ、この赤ん坊、フィーネに()でられて満足そうにしてる」

「うふふ、ほんとだ♪ かわいいー♡」

「良いなー……じゃなかった。フィーネ、早く此処(ここ)から出ないと! ラウッカさんたち心配してるかもだよ?」

「そうだね。ねぇスティアちゃん、この子も連れて行って良い? このまま此処(ここ)に置いて行くなんてわたし出来ないよ!」


(え゛っ!!? 気にちなくて良いでちゅよ! 此処(ここ)にどうぞ置いて行ってくれでちゅ!!)


 フィナンシェの唐突(とうとつ)な「連れて行きます宣言」にカティスは激しく動揺してしまう。


 別に、ふたりに保護して貰わなくても、カティスなら独りで此処(ここ)から抜け出る事も外の世界で生きていく事も楽勝だからである。


(って言うか、おれの事を『()()()()()()』って思っているお前らに連れて行かれる方が都合悪いでちゅ!!)


 しかし、既にカティスの強大な力の一端(いったん)垣間(かいま)見てしまったスティアとフィナンシェに保護されてしまうと、()()()()()()が非常に面倒くさくなるの予感をカティスはひしひしと感じ取っていった。


「何言ってんのさ、フィーネ! そんなの決まっているよ……!!」


「ばぶ……(約:頼むぞ……)」


「もちろん、連れて行くに決まってる。こんな所に赤ちゃんを置いたままに出来ないよ!!」

「さすがスティアちゃん! そうと決まれば、一緒に行こうね赤ちゃん♪」


「ばぁぶぅーーーー!?(約:Nooooo(ノォーーーー)!?)」


「あははっ、見てフィーネ! こいつ喜んでるよ♪」


「ばぁっぶぅーー!?(約:違うわーー!?)」


「うふふ……よっぽど嬉しいのね。…………あっ! この子……もしかして……?」

「どうしたのフィーネ?」

「…………う、ううん、何でもないよ。早く皆さんの所に戻らないと……ね?」

「……だな!」


 嫌がるカティスを再び抱き上げると、フィナンシェとスティアはゆっくりと部屋の外へと歩き出す。これ以上、この部屋に長居をしても仕方無いからだ。


(あ〜やれやれ、仕方無(ちかたな)いでちゅねぇ……。取り敢えずこの小娘(こむちゅめ)たちに近くの街まで運んでもらって、適当に縁切(えんき)りちゅるとしまちゅか……)


 ふたりは崩れた扉の瓦礫(がれき)を踏み分けながら、名残(なごり)(うれ)いも残さずに部屋を後にして行く。


(……ところで、)


 ただ、カティスだけはその部屋に少し()()()()な事があった。勿論(もちろん)、そこに残りたいと言う訳では無い。


(さっき(まで)気にちてまちぇんでちたが、あの黄金の(ひつぎ)はもちかちなくても、(むかち)おれが作製(さくちぇい)ちた『黄金の揺り籠(クレイドル・コフィン)』でちゅよね?)


 カティスが気に掛けたのは黄金の棺──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


(あれがこんな所にあるって言うことは、此処(ここ)は我が居城(きょじょう)──ヴァルタイちゅト城の地下祭殿(ちかちゃいでん)って事でちゅよね……??)


 徐々に遠く小さくなっていく黄金の棺と、どこか見覚えのある石室(せきしつ)にカティスは思いを()せる。


『レトワイス──我が愛しき人形よ……』

如何(いかが)されましたか我が主? 晩ごはんならもう済ませたではありませんか?』

『俺はボケた老人か何かか?』

『冗談で御座いますよ我が主。それでご用件は?』

『ああ、お前に頼み事があってな。この黄金の棺を見てみろ』

『うわ〜、びっくりするぐらい趣味の悪い棺ですね』

『…………そうか…………うん』

『分かり易いぐらいショックを受けてますね』

解体(バラ)すぞ貴様!!?』

『……で、こちらの金ピカ棺がどうされたのですか?』

『……あー、俺が死んだらな……』

永久不滅(えいきゅうふめつ)の我が主が何故、死ぬのですか?』

『話の腰を折るなよ……。俺が死んだらこの棺に俺の亡骸を入れて、この城の地下にある祭殿の一番奥に安置しておいてくれないか?』

『えっ……? 自分でやって頂けますか?』

『自分で出来ねーから頼んでるんですけど!?』

『はぁ……我儘(わがまま)な我が主ですねぇ……。はい、(うけたまわ)りました。我が主が亡くなられましたら、この棺に入れて地下祭殿に仕舞(しま)っておきますね』

『せめて(まつ)ってーー!!?』


 ────────。


(ちゃんとレトワイス(あいつ)仕事(ちごと)をこなちていたのなら──あの棺には生前のおれの“亡骸(ミイラ)”が入っているんでちゅよね……)


『魔王様〜〜ミイラは良いっスよ〜〜』


(ちょっと気に……なる……)


『もう肉体が朽ち果てているッスから、見た目のケアしなくて良いっスよ〜〜』


(…………で…………ちゅ…………)


『魔王様も早くミイラになると良いっスよ〜〜』


(……………………。)


『あっ、でも包帯の交換は年一回の方が良いっスよ〜〜』


(……ちゃっきから思い出の中の『ミイラ(あいつ)』がずっっとチラちゅいてるでちゅーーーー!!?)


『魔王様も自分の中身見てみるッスか〜〜?』


(あれはキモかったでちゅ…………)


『魔王様もミイラになったらこうなるッスよ〜〜』


(…………よち、見るの()めるでちゅ♪)


 こうして──カティスはついぞ黄金の棺の中をあらためる事なく、スティアとフィナンシェに連れられて石室を後にするのだった。


 そして、石室から人の気配が無くなったのを察知したのか、蒼い炎を灯していた燭台はひとりでに消え、石室に再び心地良い暗闇を(もたら)すのであった。


 ──黄金の棺に眠る(あるじ)が、再び安眠出来るようにと。


 かくして──迷宮(ダンジョン)の底にて、“史上最強”の赤ちゃんは産声(うぶごえ)を上げる。


 その先に待ち受ける『運命』も知らずに────。


(そう言えば──この小娘(こむちゅめ)たち、我が城の地下祭殿(ちかちゃいでん)まで来たって事は…………さては、城の“見学ちゅアー”に参加(ちゃんか)ちた『魔王カティちゅ』のファンでちゅね?)


 自分の城が既に『崩壊』している事も知らずに────。

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