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第三話:目覚めの時③/ヴァルタイスト地下迷宮


 ──ふたりの少女は迷宮(ダンジョン)に足を踏み入れる。迷宮(ダンジョン)入口(いりぐち)はまだ外からの日差しを受け入れており、日の当たらない奥の方は少女たちの目からは良く観えない状態だった。


 スティアとフィナンシェは(すで)迷宮(ダンジョン)に足を踏み込んでいる。いま彼女たちの足で踏みしめている場所はもう()()()只中(ただなか)だ。


 未知の体験に胸踊らせながら突入した二人も、差し込む日差しの向こう側──(エサ)を捕食する()()()()()()()()()()()の様に、どこまでも吸い込まれそうに続いている不気味な暗闇に(ようや)此処(ここ)が『危険な場所なんだ』と言う実感を感じて、(おもむろ)に立ち止まってしまう。


 暗闇に足を踏み込むには“勇気”が少し足りない。スティアとフィナンシェは恐怖に(おび)える小動物みたいに、互いの手を取り合って暗闇を不安そうな表情(かお)で見つめていた。


「大丈夫──心配しなくていいよ。ここには俺たちがちゃんと居るからね」


 そんなふたりの少女に欠けていた“ほんの一欠片(ひとかけら)の勇気”を与えたのは、続けて迷宮(ダンジョン)に足を踏み入れた『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の面々だった。


 優しく語り掛ける声に、スティアとフィナンシェは(わら)にもすがる思いで振り返る。そのふたりの少女の迷える子羊の様な不安げな表情に、ヴァラスは優しく笑顔をかけると──震えるふたりの肩にそっと手を添える。


 (たま)しく力強い男性(ヴァラス)の手がふたりの身体の(ふる)えを、まるで吸い取ったかの様にピタリと止めてみせた。


 ──あぁ、この人たちといるなら自分たちは安心できる。


 そんな安堵感(あんどかん)がふたりの緊張を解きほぐし、(なまり)の様に重たかった足も何時しか軽やかになっていた。


「もう大丈夫かい? 歩けるかな?」


 にこやかに少女たちを気遣う優しい声に、スティアとフィナンシェは──


「はい……もう大丈夫です。ありがとうございます」


 ──そう答える。


 ただ一つだけ()()があるとするならば、それは優しくスティアとフィナンシェの肩に触れたヴァラスが──


(かぁ〜〜!! 若い()柔肌(やわはだ)たまんねぇ〜〜!! はやく、ふたりの身体をたっっぷり(もてあそ)んでヤりたいぜ!!)


 ──(など)と、下衆(げす)(きわ)まる、低俗(ていぞく)で、下劣(げれつ)で、(よこしま)な事を考えている事である。


 “接触(ボディタッチ)”を()()許してしまった段階でヴァラス達の、スティアとフィナンシェへの毒牙(どくが)が、ふたりの知らぬ間に首元(くびもと)に突き付けられたと言っても過言では無い。


 事実──ヴァラス達の下心(したごころ)にスティアとフィナンシェはまだ気が付いていない。


 次に、彼等がふたりの少女に“行動(アクション)”を起こしたのなら──その時はスティアとフィナンシェが欲望に(まみ)れた汚い大人の()()になってしまうだろう。


 迷宮(ダンジョン)を地下へと降りていき、徐々に徐々に空間が冷え切っていく。それと同時に──ドス黒い欲望は、(よだれ)()らしながら肥大化していく。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 しばらく──と言っても迷宮(ダンジョン)に足を踏み入れてから恐らく数分しか経ってないと思われる僅かな時間だったが、迷宮(ダンジョン)の中は日の光も届かない暗闇に包まれた空間となっており、オヴェラが(たずさ)えていた“道具袋”から取り出した松明(たいまつ)(あか)りが無ければ一行は目の前の数センチメートルも視認できない状態であったであろう。


 其処(そこ)に広がっていたのは、長い廻廊のような石造りの通路だった。所々(ところどころ)が崩れており、時には人がギリギリ通れる位の幅しか無いほど崩落した部分も見受けられた。


 歩けども歩けども──迷宮(ダンジョン)最奥(さいおう)には至らない。これ程の規模ならば、この崩落した何かの建造物は貴族の豪邸(ごうてい)よりも遥かに巨大な規格(スケール)の建造物──巨大な()()()()以外考えられなかった。


「すごい……」


 スティアの口から出た感想は()()()()()()()。崩落していても、既に過去の遺物となっていても、綺麗に積み重ねられた白い彫刻(ちょうこく)の様な石材は──かつて此処(ここ)に、繁栄(はんえい)栄華(えいが)(きわ)めた()()が建っていた事をスティアに肌で感じさせていた。


「はぇ~、すっごいね兄貴。これなら……」

「あぁ……! これだけの規模だ、ここが魔王カティスの迷宮(ダンジョン)だろうがなかろうが……相当な()()()()がするぜ……!!」

「全くだねぇ……。ここの情報をくれた()()()()()()()()には感謝しないとね……」


 只々(ただただ)、この迷宮(ダンジョン)内包(ないほう)する力強さに目を奪われるスティアとフィナンシェとは裏腹(うらはら)に、『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の三人は増々(ますます)欲望を掻き立てられていく。


 しばらくすると、迷宮(ダンジョン)内が一気に冷え込んでいくる。スティアとフィナンシェはどちらも寒くない程度には服を着込んでいたが、それでも迷宮(ダンジョン)内の冷え切った──まるで死者を(まつ)霊廟(れいびょう)の様な空気に思わず身震いを起こしてしまう。


「寒かったら上着を貸してあげるよ、スティアちゃん」

「あ、ありがとう……ございます……」


(のど)(かわ)いたろ? 水でも飲みなフィナンシェ」

「ありがとうございます、ラウッカさん」


 ヴァラスとラウッカは、そんなスティアとフィナンシェの緊張感(きんちょうかん)警戒心(けいかいしん)(ほぐ)す為にあの手この手でふたりを接待している。


「オイラも……あのー、おふたりさん? 良かったらオイラが買ってきたお菓子でも食べるかい」


 自分も会話の()に入りたいのか、オヴェラは“道具袋”から砂糖菓子を取り出してふたりに差し出す。


「汚いから触らないで!!」(スパァン!!

「ごめんなさい……このローブお気に入りで……」

「なんで!? オイラ対してだけやたら辛辣(しんらつ)過ぎるーー!!?」


 スティアに腕を(はた)かれ、フィナンシェに露骨(ろこつ)に距離を取られ、オヴェラは叫ぶ。


 ──そもそも、


((そりゃお(めぇ)小汚(こぎたね)ぇデブがニヤニヤしながら菓子差し出してきたら誰でもそんな反応するっつーの))


 ──オヴェラ自身に問題が有るのだが。


「ところで──『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』は“調査クラン”って言ってましたけど、その調査って言うのは具体的には何をするの?」


 寒さに慣れたのか、我慢(がまん)したのか、(ある)いは寒さに意識を()()()()()()のか、スティアは思っていた疑問をヴァラスたちにぶつける。


 迷宮(ダンジョン)なんだったら、冒険者らしくそのまま“探索”してしまえば良いのでは?


 それがスティアの率直(そっちょく)な意見である。


 そもそも、『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の正体は盗掘(とうくつ)強盗(ごうとう)生業(なりわい)としている「盗賊ギルド」の集団(クラン)である。


 ──が、『盗み』なんて言う“犯罪行為”を行う“集団(クラン)”なんてものを流石にギルドが容認(ようにん)する筈も無く──ヴァラスたち『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』も“調査ギルド”と言う『表の顔』はしっかり用意しており、調査と言う()()()()は行いつつ、裏で盗みを働くのである。


 つまり──


「そうさねぇ……アタシたちの仕事を簡単に言えば、その“迷宮(ダンジョン)”にどんな魔物(モンスター)が生息しているか? どんな鉱石(こうせき)魔石(ませき)採掘(さいくつ)できそうか?」


「そう言った迷宮(ダンジョン)の様々な情報を誰よりも先んじて調べて、それをギルドに報告──最終的にギルドにその迷宮(ダンジョン)の危険度……『階級(ランク)』を決定して貰うのがオイラ達の役割ッス」


「へぇー、なるほど」


 ──()()()()()では彼等は()()を出さない、という事だ。


 今回の依頼(クエスト)で言えば──ヴェルソア平原でつい最近発見されたこの迷宮(ダンジョン)、ここに関する“情報(データ)”をギルドは()だ持っていない。


 情報がない以上、その迷宮(ダンジョン)()()()()()()()()()()()()が“判別”出来ないのである。


 そこでギルドは手始めに、未知の迷宮(ダンジョン)の調査を『依頼(クエスト)』として冒険者を(つの)り、依頼(クエスト)を受け調査に(おもむ)いた冒険者から得た情報(データ)を元に──その迷宮(ダンジョン)階級(ランク)を決定するのである。


「そうやって迷宮(ダンジョン)の“階級(ランク)”を決めてもらう事で、今後の迷宮(ダンジョン)探索の時にそこの難易度(ランク)に見合った“階級(ランク)”を持った冒険者を派遣出来るって訳さ」


「今日の調査でこの迷宮(ダンジョン)も、()()()()冒険者になるお嬢ちゃんたちでも探索出来る低い階級(ランク)迷宮(ダンジョン)になるか、はたまた──ギルドに()()()()()()()最高位の階級(ランク)を持つ『勇者(ブレイブ)』しか探索する許可が下りない“超高難易度”の迷宮(ダンジョン)になるかも知れないって事さ」


 ヴァラスたちの説明にスティアとフィナンシェは息を飲む。


 彼等の役割は迷宮(ダンジョン)階級(ランク)見積(みつ)もる事。低いか、高いか。()()()安全か、それとも()()()に危険か。


 安全ならそれに越した事はないが、なにせ今調査している迷宮(ダンジョン)は──()()()()()()『魔王カティス』の居住跡だ。恐らくは──“最高階級(ランク)”に相違ないだろう。


「ここが本当に魔王カティスの迷宮(ダンジョン)なら──かなり危険な場所じゃないの?」

「……だな。その代わり、()()()()()()()


 ヴァラスは得意気な顔で鼻息を荒くすると、人差し指を教鞭(きょうべん)に見立てて、スティアとフィナンシェに悠然(ゆうぜん)と語り始める。


「兄貴……女の子にデレデレしてお(しゃべ)りしないで、少しは迷宮(ダンジョン)調査手伝ってくださいッス」


 ──と、不満げな表情で(うったえ)えかけているオヴェラなどお構い無しだ。


「調査依頼(クエスト)の利点は二つ! 一つ──調査の結果、迷宮(ダンジョン)に与えられた“階級(ランク)”によって報酬が上がる事。もし、ここが()()()あの『魔王カティス』の迷宮(ダンジョン)ならその時点で最高階級(ランク)は確定、何年も遊んで暮らせる大金が報酬として支払われる筈だ!」


「そしてもう一つの利点──調査依頼(クエスト)で得た戦利品は()()()()()()()()()()()()()()()事だ」


 ──“階級(ランク)”の決定された迷宮(ダンジョン)は後日、ギルドから“未踏領域(ダンジョン)制覇”の為の正式かつ公式の「攻略依頼(クエスト)」が編纂(へんさん)される。


 この際、この攻略依頼(クエスト)を受注し迷宮(ダンジョン)攻略に赴いた冒険者たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()ギルドに報告する義務がある。


 何故か──理由は簡単。万が一、ギルドが管轄(かんかつ)している迷宮(ダンジョン)内から()()()()()()が冒険者によって持ち出され、それによって住民の生活圏(せいかつけん)に悪影響を(おす)ぼす被害が出るのを未然に防ぐ為である。


 また、戦利品を()()()()()()()()と言う不埒者(ふらちもの)に対する“粛正(しゅくせい)機構(システム)”をギルドは有しているが、この“粛正(しゅくせい)機構(システム)”が何であるかについては別の機会に語るとしよう。


「アタシたちは“調査ギルド”は、未踏の領域の調査って言う()()()()()()()()()()()()()()()()依頼(クエスト)を受ける代わりに、その迷宮(ダンジョン)内で起きたあらゆる出来事については罷免(ひめん)、または黙認(もくにん)されているのさ」

「つまり……どう言う事なんですか?」

「つまり、ここの調査で俺たちが『何をしても』、逆に『何かあっても』──ギルドはそれに()()()()()って話さ」

「そう……例えば、この迷宮(ダンジョン)でとんでもない量のお宝が見つかって、それをアタシたちが(ふところ)に仕舞い込んでも、ギルドはそれを()()()()()()()ってこーと♪」

「じゃあ、あたしたちがお宝を見つけたら……!!」

当然(とうぜん)、ふたりの物になるッス。ギルドの連中にも口出しさせないッスよ」

「やった……!!」


 『お宝』と聞いてスティアとフィナンシェは目を輝かせている。迷宮(ダンジョン)に潜って、お宝(トレジャー)を見つける──冒険者の“夢”だ。


 そんな話に、故郷から飛び出して数時間で巡り会えるなんてなんて運が良いんだろう。スティアとフィナンシェはそう感じずにはいられなかった。


 ──まさか、()()()()()を見つけてしまうとは、この時のふたりは“夢”にも思っていなかった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 崩れ落ちたかつての城塞(じょうさい)(くぐ)り、一行(いっこう)はさらに迷宮(ダンジョン)を地下に地下にと潜って行く。


 冷え切った空気はさらに(つめ)たく、(こご)える冷気(れいき)が肉を絶たんと肌に立てられた刃物(はもの)の様に五人に容赦無(ようしゃな)く突き刺さる。


 体感温度は氷点下(ひょうてんか)に近いだろうか──まるで()()()()()()()()()()様に、彼等(かれら)から体力と気力を奪って行く。


「……魔物(モンスター)、いないッスね」

「…………そうだな」


 『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の面々は、迷宮(ダンジョン)に突入してから随分(ずいぶん)経つというのに──(いま)だに魔物(モンスター)の一体とも遭遇(そうぐう)していない事に()()()を覚える。


 一般的な迷宮(ダンジョン)なら、普通は大なり小なり魔物(モンスター)が巣食うものだ。


 人喰い魔獣が潜む洞窟(どうくつ)人拐(ひとさら)いのゴブリンたちが隠れる洞穴(ほらあな)死霊(ゴースト)たちが彷徨(さまよ)墓所(ぼしょ)、邪悪な魔女が棲む迷いの森、屈強(くっきょう)なゴーレムが護る遺跡──人が足を踏み込まない領域は、()()()()()()()の領域だ。


 ──だが、ここはどうだろうか。誰もいなければ、何かがいた痕跡(こんせき)すらない。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように。


「流石に魔物(モンスター)の一匹でも居てくれないと、例えここが『魔王カティス』の迷宮(ダンジョン)だったとしても査定が低くなっちまいそうだね」

「そうスッね……今のところ目ぼしいお宝も見つかってませんし」

「…………チッ! あー、つまらねぇ」


 そんな魔物(モンスター)の居ない不気味な静けさの中で、『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の三人は愚痴(ぐち)をこぼしながら(いら)つきと焦燥感(しょうそうかん)(つの)らせていく。


「なんだか……怖いね」

「…………うん」


 ヴァラスたちとは対照的に、スティアとフィナンシェはただの一つも生命(いのち)介在(かいざい)しない空間に、言い(よう)のない不安と閉塞感(へいそくかん)を感じていた。


「あ〜〜、もういいや」


 一番最初に(しび)れを切らしたのは、ヴァラスだった。オヴェラの持つ松明に照らされた迷宮(ダンジョン)の天井を(あお)ぎながら飽き飽きしたように(つぶや)くと、視線を少し前を歩いていたスティアとフィナンシェに(さだ)める。


「ヴァラスあんた、もうおっ(ぱじ)めるのかい?」


 ラウッカの問い掛けに、何も語らず──(エサ)を前にした獣ような()()()()()で答えた。


 それを合図に、『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の三人はスティアとフィナンシェとの距離を少しずつ──ふたりに気取(けど)られない様に詰めていく。


 一歩、また一歩。少女を喰い物にせんとする獰猛(どうもう)な“獣”の鋭牙(えいが)が迫りくる。


 そして、今まさにふたりの少女の身体に牙が勢い良く伸びようとしたその時──


「……見て! あの奥、何か(あお)く光ってるよ」


 ──スティアの声に、獰猛な“獣”は(すんで)の所で理性を取り戻した。


本当(まじ)だ……!! おい、ラウッカ、オヴェラ! すぐに確認するぞ!!」


 ついさっき(まで)、ふたりの少女を狙っていた“獣”は──()()()()()()()()()()()()()とばかりに、スティアとフィナンシェを素通りして──その先に(まばゆ)(かがや)く“蒼”へと駆けて行く。


 間一髪(かんいっぱつ)──“獣”の毒牙(どくが)を逃れたスティアとフィナンシェだったが、本人たちは自分たちがあと数秒で『穢い大人(けもの)』の餌食(えじき)にされていたとは知る(よし)もなく、慌てて駆けて行った『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』を追いかけて行く。


「おいおい……なんだよこりゃあ……!! スゲェ……まじで(すげ)ぇ……!!」

「こりゃあたまげた……!! なんて綺麗なんだい……!!」

「なに……これ……?」

「すごい……こんなにキレイなの初めて」


 迷宮(ダンジョン)の奥で(きら)めく“蒼”に吸い込まれる様に駆けて来た5人を待っていたのは──燭台(しょくだい)(はな)(あお)灯火(ともしび)に照らされた広大な一区画。


 入り口から崩れた廻廊を下りること数百メートル。恐らくはこの迷宮(ダンジョン)の最深部なのだろうか──これ以上“(おく)”へと続く道は無く、それ(まで)の崩れ落ちた城の跡とは打って変わって、()()()綺麗に(ととの)った空間が眼前に広がっていた。


 だが、一行(いっこう)の視線を、興味を、心を釘付(くぎづ)けにしたのは()()ではない。


 ──金銀財宝(きんぎんざいほう)、色()()りの宝石、希少な鉱石で打たれた業物(わざもの)()る者の心奪う美しい彫刻(ちょうこく)や絵画、(ヒト)寸分違(すんぶんたが)わない精巧(せいこう)人形(オートマタ)


 誰が見ても、誰が手にしても、誰がどうやっても──巨万(きょまん)(とみ)を、勝者の栄光(えいこう)を、()きぬ幸運(こううん)を、与えるであろう宝物(ほうもつ)所狭(ところせま)しと散りばめられていた。


「や……や……や、ぃやっったーーーー!! 大当たりだー!!」

「アタシたち大金持ちよー!!」

「うっひょー、すんげーッス!!」


 『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の三人は手を取り合って大はしゃぎしている。目に見えている範囲だけでも、向こう50年は贅沢三昧(ぜいたくざんまい)しても尽きぬであろう財が転がっている。区画を隅々(すみずみ)まで調べれば、“()()”遊んで暮らせる程の富が手に入るだろう。


「王家の宝物庫(ほうもつこ)にだってこんな量の財宝はねー筈だ!」


 ヴァラスは興奮(こうふん)を抑えきれず──


「つまり此処(ここ)は──()()()()()()()()()()がいた場所って事っスね!」


 オヴェラは()き上がる多幸感(たこうかん)に包まれて──


「本当にあった……()()()()()()──『魔王カティス』は……!!」


 ラウッカは奇跡を()の当たりにした感動に心震わせる。


 ──間違いない。此処(ここ)こそが『魔王カティス』の迷宮(ダンジョン)、これこそが『魔王カティス』が遺した遺産、『魔王カティス』が実在した紛れもない証明。


 『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の三人は、それぞれ心惹(こころひ)かれた財宝に向かって、蜘蛛(くも)の子を散らす様に走り出してしまった。


「ねぇ……フィーネ。この財宝って()()()()()()()()あたしたちも貰って良いんだよね……?」


 スティアは目の前の財宝に、「自分は夢でも観てるんじゃないか?」と勘繰(かんぐ)りを入れてしまい、隣りにいたフィナンシェに恐る恐る確かめる。これが“現実”か“夢”かどうか──。


「あ〜ん、全部持って行きたい〜〜。これとあれと……これもきれーい。魔王カティスさん、素敵な『贈り物(プレゼント)』をありがとうございます♪」

「わ゛っーーーー!? フィーネがもうお宝ごっそり集めてるーーーー!!?」

「スティアちゃーん、見てみてーわたしたち大金持ちだよー♪」

「落ち着いてフィーネ!! そんなにいっぱい持てないでしょ!?」

(ナニ)()ッテルノ、スティアチャン? 全部(ゼンブ)()ッテイクンダヨー?(眼がぐるぐるしている)」

「フィーネの眼がぐるぐるしているぅーー!? あとなんか片言(かたこと)だーーーー!!?」


 フィナンシェの豹変(ひょうへん)っぷりに頭を抱え狼狽(うろた)えるスティアを余所(よそ)に、フィナンシェは宝物庫の奥へとふらふらと()を進めて行く。


「アッチニモット、オ(タカラ)気配(ケハイ)ガスルー♪」

「あぁ、待って!? フィーネ、あなたは清純派(せいじゅんは)ヒロインでしょー!? せめてあたしの前では清純派ヒロインのままでいてーー!!」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 (しばら)くして(ようや)くフィナンシェを(なだ)めたスティアは、フィナンシェと共に宝物庫のさらに奥へと向かっていた。


「ごめんね、スティアちゃん。あんな量の財宝見た事なかったからつい興奮(コウフン)シチャッテ……!」

「まだちょっと影響が残ってる!?」

「あっ//// いけないいけない……落ち着かなきゃ」


 そう言いつつフィナンシェは辺りに散らばる財宝を凝視(ぎょうし)しながら物色(ぶっしょく)しているが、スティアは流石に()()()()()()()()()


 財宝に一瞬で心奪われた『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の三人とフィナンシェと違い、スティアは()()()()()考慮(こうりょ)していた。


 ──これ程の財宝を安置しているのは、此処(ここ)が本当に『宝物庫』だから? それとも、()()()()があって此処に財宝を置いているんじゃないか? そう──まるで()()()()()()()()()()


 スティアがそんな事を考えるのには、理由があった。


 ──()()だ。宝物庫には何体もの人形が飾られていた。長い年月放置(ほうち)されていたのか、ところどころ部位(パーツ)損壊(そんかい)()(もの)(ほとん)どが()げているが──スティアの目には、それらは「()()()()()()()()()」の様に思えて仕方なかった。


 メイドと言えば、(あるじ)に使える従者だ。(あるじ)の身の回りの世話をする者だ。間違っても──宝物庫に飾られる()()では無い。


 勿論(もちろん)、ここの(あるじ)のそう言った“趣味(しゅみ)一品(いっぴん)”の可能性は(いな)めない。


 しかし、あのメイド服を着た人形たちが──()()()「身の回りの世話をする者」だったとしたら──ここは宝物庫では無く──。


「スティアちゃん……見て、あれ……」


 不意(ふい)にフィナンシェの声でスティアは現実に引き戻される。ハッと我に返ったスティアは、フィナンシェが指差す方向に目をやる。──そこには、朱い“紋章”の刻まれた大きな扉があった。


 大理石(だいりせき)の様な鉱石で造られた大きな扉は、堅く閉ざされている。まるで、その先に何人(なんぴと)たりとも通さない様に。


「ここが迷宮(ダンジョン)の一番奥なのかな?」


 フィナンシェは不用心(ぶようじん)に近付いて、ぺたぺたと扉を触って感触を確かめている。


 スティアはこの場所の()()()()()危惧(きぐ)し、フィナンシェを止めようと彼女へと近づいて行く。


 その時──


「──────ッ!!!」


 ズキンッ──と前髪で()()()()()彼女の『右眼』に激痛が走る。


 まるで眼球に刃物を突き刺された様な激しい痛みがスティアを襲い、(たま)らずスティアはその場に(うずくま)ってしまう。


「スティアちゃん!? 大丈夫!?」


 スティアの異変に気付いたフィナンシェはすぐさま彼女に駆け寄って、蹲る彼女の身体を支える。


「──ッ、──ッ……だ、大丈夫……ちょっとチクッとしただけだから……」

「本当……?」

「うん……それより……あの人たちに()()()()()()()()?」

「大丈夫だよ……。みんなあっちの方でお宝に夢中で、スティアちゃんの事なんて誰も見てないよ」

「そっか……良かった……」


 ()()を気にしていたスティアは、フィナンシェのその言葉で安堵すると、痛みも引いたのかゆっくりと姿勢を立ち上げる。


 その時だった。


「スティアちゃん……扉が……」

「紋章が……輝いている……?」


 先ほどまで、沈黙(ちんもく)を守っていた扉──そこに刻まれていた紋章が、(あか)く、(あや)しく、辺りの蒼い灯火(ともしび)を打ち消すように輝く。


 そして、煌々(こうこう)とした輝きと共に、堅く閉ざされた扉は──ひとりでに開いていく。


 大きな地鳴りを響かせて、まるでふたりを()()()()()()()奥へと続く道を(あらわ)にしていく。


 ──さっきの右眼の激痛のせい……? そう考えるスティアだったが、すぐに首を横に振って()()()()()()()()()()と、フィナンシェのローブの裾をギュッと(つか)む。


 その手をそっと掴むと、フィナンシェはスティアの手を引く。


「……行ってみようスティアちゃん」


 ──どうしても気になる。果たして、この奥に何があるのか?


「うん……。行こう、フィーネ」


 意を決したのか、スティアはフィナンシェと共に扉の奥へと進んで行く。


 そこは──殺風景(さっぷけい)な空間だった。崩れた石壁、土埃に(まみ)れた白い石造りの床面。大きさにして、畳二十帖程の手前の区画に比べれば小さな部屋。


 スティアとフィナンシェが足を踏み入れたのを確認したかのように、部屋の四方(しほう)に掲げられた燭台は蒼い炎を(とも)し、ふたりにこの部屋の全てを(さら)け出す。


 そこにあったのは──黄金の(ひつぎ)。大の大人(おとな)スッポリと入りそうな、綺羅(きら)びやかな粧飾(しょうしょく)の施された荘厳(そうごん)(つい)の『揺り籠』。()()を見て、スティアの思っていた()()()が“疑惑(ぎわく)”から“確信(かくしん)”へと変わる。


 ──此処(ここ)は『宝物庫』じゃない。此処(ここ)は──『墓所』だ。


 この迷宮(ダンジョン)が本当に『魔王カティス』の城だったのなら──この棺に入っているのは──。


 スティアの鼓動(こどう)が、自分の耳に届く程──強く、早く、()かす様に脈を打つ。


 思わず息を飲む──。


「あれ……? なんだろう、あの箱……?」


 いきなり棺に駆け寄ったフィナンシェの大胆な行動に、思わず息を吹き出す──。


「ぶーーっ!? 何やってんのフィーネ!!?」

「見て、スティアちゃん。これ……何かしら?」


 慌ててフィナンシェに駆け寄ったスティアが見たのは、黄金の棺の上にポツンと置かれた小さな小さな『宝箱』だった。


 大きさにして(およ)そ50〜60センチメートル。直下(ちょっか)の棺に比べればどうと言うことはない──ありふれた箱だが、荘厳たる棺の上に無造作(むぞうさ)に置かれた()()は、ハッキリ言って黄金の棺よりも強い()()()を放っていた。


「中に何か入っているのかな……?」


 そう言いながら、フィナンシェは宝箱を大きくガタンと揺らす。


 コツン──と()()()()()()()()()()をフィナンシェは感じる。


 瞬間──フィナンシェは宝箱に手を掛け勢い良く開けようと(こころ)みるが、(あわ)ててスティアが止めに入った。


「────本当にこれ()けても大丈夫なの? あたし嫌な予感がするんだけど」


 スティアはフィナンシェに冷静になる様に(さと)す。単に『宝箱』と言っても、中に入っているのが必ずしも()()()()()()()()()()()


「これが罠だったら……擬態魔物(ミミック)とかだったらあたしたち一巻(いっかん)の終わりなんだよ!?」


 だからリスクに備えるように警告(けいこく)する。


「────大丈夫だよ。何かあったらふたり仲良く死ぬだけだから怖くないよ♪」

悲観的(ひかんてき)なコメント明るく言うのやめて!? コワイよ!?」


 ──駄目だ。全然、気にしてない。


 スティアがフィナンシェの精神(メンタル)の強さに(あき)れつつ感心(かんしん)していると、我慢できなくなったのかフィナンシェは宝箱に再び手を掛けて、パカッと開いてしまう──開いてしまった。


 そこには──


「…………え?」

「…………あら?」

「…………ふえ?」


 ──ひとりの赤ちゃんが入っていた。


 毛布に(くる)まれた黒い髪の赤ちゃんがまじまじとこちらを、夜空に輝く星のような金色の瞳で見つめている。


 生きている──、あまりにも不可解な状況にスティアの頭はパニックを起こしてしまう。


(……赤ちゃん……? なんで赤ちゃん……??)


 無理もない、宝箱から──それも誰も()だ足を踏み込んで居ない筈の迷宮(ダンジョン)の宝箱から何故──()()()()()()()が出てくるんだ?


 ──分からない、理解できない、考えたくない──


 スティアの頭の中であらゆる可能性がぐるぐるしている。


「わぁ~、赤ちゃんだー」


 そんな“心配性(しんぱいしょう)”なスティアを尻目に、フィナンシェは赤ちゃんに明るく話し掛ける。


「どうしたのー、こんな箱の中に入って? いまお姉ちゃんが出してあげるからね」


 なんだったら、躊躇(ちゅうちょ)もせずに宝箱の中の赤ちゃんを優しく抱き上げてしまった。


遠慮(えんりょ)がなさ過ぎる!?)


 そうは思いつつも、スティアは目を丸くしながら赤ちゃんを見つめる。


 毛布に包まれた赤ちゃんは、()()()()()()()()()をしながらフィナンシェやスティアの事を見つめている。


 ──本当に赤ちゃんだ。宝箱から赤ちゃんが出てきた。いや、ありえる? ありえないよね?


 だから──スティアは叫ぶしかなかった。


「あ……あ……、赤ちゃんが宝箱からドロップしたーーーー!!?」


 この時、スティアとフィナンシェは知らなかった。まさか、目の前の赤ちゃんが──


(ど……ど……、どうなってるんでちゅかーーーー!!?)


 ──なんて、スティアとフィナンシェ以上に慌てふためいた状況に(おちい)ってた事を。

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