第ニ話:目覚めの時②/“駆け出し冒険者”スティア=エンブレムとフィナンシェ=フォルテッシモ
──時は少々遡り、そこはヴェルソア平原。かつて千年不毛の大地と嘆かれたその場所は、いまや麦畑が一面に広がる豊穣の大地と謳われていた。
立ち昇った朝日に照らされ黄金色に映える麦畑の中、綺麗に整えられた街道を、心地良く吹く風を全身に感じながら歩く二人の少女の姿があった。
「ねぇ〜、フィーネ? カヴェレの街ってもう少しで着くー?」
「まだ半分も行ってないよ? もう……だれるのはまだ早いよ、スティアちゃん」
黒髪の少女スティア=エンブレムのいかにも気怠そうな問い掛けに、「フィーネ」と言う愛称で呼ばれたピンク色の髪の少女フィナンシェ=フォルテッシモは少し呆れたような返事を返す。
「いや、分かってるけどさー。いざ歩きとなるとこんなにも怠いなんて思って見なかった……」
「ふふ……そうだね。いつも交易で行く時はお父様の馬車に乗せてもらってたから歩いてカヴェレに行くのは初めてだね♪」
「なんでフィーネは楽しそうにしてんのさ。ハァ……、疲れたー。もう3時間ぐらい歩いたんじゃない?」
「『もう』3時間じゃなくて、『まだ』3時間だよ?」
その街道は二人にとって初めて通る路では無かったが、歩く機会は殆ど無い路ではあった。今まで楽な移動手段に甘えていた路をいざ歩くとなると、中々にしんどい──と言うのがスティアの率直な感想であった。
「いやまあ、フィーネの言う通りだけどさ」
愚痴を言いながら歩いている自分とは対照的に、意気揚々と歩くフィナンシェを見て、スティアは着ている長袖長ズボンの布地と左の腰に掛けていた剣が重くなるような錯覚を感じてる。
「そ・れ・に、たった3時間歩いただけで疲れてたら立派な『冒険者』になんてなれないよー?」
前向きな自分とは対照的に、意気消沈としながら歩くスティアを見て、フィナンシェは着ていた白いローブと手にしていた杖が軽くなっていく錯覚を感じていた。
「『村を出て立派な冒険者にあたしはなるんだー』って言ってたのスティアちゃんでしょ?」
「言いました、言いましたよー。でも、フィーネだってノリノリだったじゃんか」
「ふふっ、そうでした。で、お父様とお母様に見つからない様に日の出前に村を出発したのよね」
「だって小父様も小母様も、あたしが冒険者になるって言ったら猛反対するんだもん」
「年頃の娘にいきなり『冒険者になるから村から出て行く』なんて言われたら、普通反対すると思うんだけどなー」
「なんで?」
「……それは……危ないから?」
どうやら、二人は親に見つからない様に日の出前に故郷を飛び出して来たらしい。『冒険者』になる為に。
「はぁ〜〜、今ごろ小父様と小母様、カンカンになってあたしたちのこと探してるんだろうなー」
「だね。だからお父様とお母様がわたしたちを探して街道を上ってくる前にカヴェレに着かないとね?」
「はぁ〜い」
自分たちが無断で外出、悪い言い方をすれば“家出”をしている──怒られるどころでは済まないことをしていると再認識したスティアは、重くなっていた足腰にもう一度気合を入れると、数メートル離れた先にいたフィナンシェに追いつけるようにその歩を進めて行く。
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「……で、『冒険者』になる為には結局どうしたら良かったんだっけ?」
「『冒険者組合』──まずはそこで“許可証”を貰わないと」
しばらくふたりは歩き続けながら、今後の行動予定を相談していた。
「ギルドで許可証を貰えれば、ギルドに寄せられる『依頼』を受注出来るようになるの」
「へー、そうなんだー。フィーネは詳しいんだね」
「えへへ……、わたしの伯父様がギルドの冒険者で、むかし色々教えてもらったの」
『冒険者組合』──この世界に存在する一つの組織の名前。この組織には民間から様々な依頼が寄せられる。
薬草や食料の採取、要人の警護、未知の迷宮の調査、危険な魔物の討伐など、一般人ではおおよそ手に余る様な──或いは死の危険性を孕む内容が日々、ギルドには届けられる。
「色々な依頼を許可証を持った冒険者が解決して、その報酬を依頼者から請負人に渡す。その橋渡しをしてくれるのがギルドなんだよ」
「そうなんだ。知らなかった……」
「もう、しっかりしてよスティアちゃん。わたし達の村にも何度かギルドの冒険者さんが来てくれたことがあったでしょ?」
「あー、そう言えば『村の近くに出没した危険な魔物を排除しに来た』って言ってた騎士様がこの前来てたけど、あの人が……その?」
「そう……ギルドの冒険者さんだよ」
こう言った依頼を出す“依頼者”とその依頼を受注する“請負人”、そしてそれらを仲介する組織は、今日の現代社会にも存在している。
私たちの身近な存在で言えば『フードデリバリー』がこれに当たる。依頼者の『この料理を届けて欲しい』と言う依頼が業者へと届けられ、『依頼者の元へ料理を運ぶ』と言う依頼を業者に登録した請負人が“依頼”として請け負う。
『冒険者組合』とは、そう言った経済活動をより大規模で、より人々の営みに密接した形で行っている組織である。
「で、わたしたちの村のランプにはギルドの支部がないから、隣街のカヴェレにあるギルドの支部で冒険者の許可証を貰おう──というのが私たちの予定だよ」
「そっか……じゃあギルドから許可証を貰えないと」
「依頼が受けれないから旅銀を稼げなくて旅どころじゃなくなっちゃう」
「──って訳か。じゃあ、カヴェレに着いたら早速そのギルドの支部に行ってみるか」
「だね♪」
そんなこんなで、これからの指針に語り合うスティアとフィナンシェだったが、ふと、隣街に続く街道から少し離れた位置──なだらかな丘になっている場所の麓に三人の人影があるのにふたりは気付いた。
「なんだろうあの人たち? 見慣れない人たちだね」
「そうだな。カヴェレから来たのかな?」
三人組──男2女1の組み合わせの男女は、丘の麓で何かを話し合っているようだった。そして、彼等の先には丘を抉る様に大きな穴がぽっかりと開いてるのがスティアとフィナンシェには確認できた。
そんな風に三人組をまじまじと観察していると、スティアとフィナンシェに気付いた三人組がふたりに向かって手を振ってくる。
どうもスティアとフィナンシェに対して「こっちにおいで」と誘っているようだった。二人は三人組の事を怪しいとは思いながらも、どうしても“好奇心”には勝てず、三人組のいる所へと足を運んで行ってしまった。
「やあ、おはよう。君たちはランプから来たのかい?」
先に口を開いたのは三人組の一人──逞しい身体をした20代後半ぐらいの青年だった。スマートに整った金色の髪、小麦色によく焼けた肌、乙女心を掻き立てる様な甘く蕩けるような美声、胸元の開いたカジュアルな軽装。
「「は、はいっ!! 私たち、あの……ラ、ランプから来ました///」」
所謂“イケメン”と言う存在に、まだ15歳の女の子であるスティアとフィナンシェは思わずドキッとしてしまい、ついついしどろもどろな挨拶を返してしまう。
「へぇー、ランプから歩きなんて珍しいね。お嬢ちゃん達はカヴェレに向かう途中かい?」
次に声を掛けてきたのは三人組唯一の女性だった。黒いバンダナを頭に巻いたこれまた先ほどの男性と同じく軽快な動きに特化した軽装をしており、特徴的な赤い長髪と情熱的な真っ赤な唇が印象的な──初心なスティアとフィナンシェから見ればいわゆる“大人の女性”といった存在。
「はい、わたしたちカヴェレに向かっている途中でして……」
「そこでギルドの“冒険者”になるんだ!」
「そうなのかい? まだ若いのに熱心だねぇ」
「ならお嬢ちゃんたち……オイラ達の仕事を見に来たのかい?」
最後に語りかけてきたのは、狼か何かの動物の毛皮で出来たモコモコの服装を着込んだ、小柄で少し太り気味の茶髪の男性だった。
「…………なんでゴブリンがいんの?」
「わー、ゴブリンさんも人語が話せるんですねー」
「ナチュラルにゴブリン扱いされてる!? この娘ら意外と性格悪いな!!?」
小太りの男性の突っ込みに残りの二人がゲラゲラとひとしきり笑うと、笑い涙を拭いながらスティアとフィナンシェに再び言葉をかける。
「いやー、なかなか言ってくれるねぇお嬢ちゃんたち。気に入ったよ。……っと、自己紹介がまだだったな。俺はヴァラス」
「アタシは名前はラウッカ。……で」
「そこにいるゴブリンが……」
「ヴァラスの兄貴何さっきのボケに乗ってんスか!!?」
「悪い悪い冗談だよ。……こいつがオヴェラって言うんだ」
三人組はそれぞれ自己紹介を矢継ぎ早に済ますと、「次はそちらが自己紹介をどうぞ」とスティアとフィナンシェに手でサインを送る。
「わたしはフィナンシェって言います」
「あたしはスティア。スティア=エンブレム」
「……スティアちゃんにフィナンシェちゃんだね、よろしく」
逞しい身体をした小麦色の肌の青年ヴァラスが握手を求めてスッと手をふたりに差し出すが、流石に見ず知らずの男性と触れるのは抵抗があったのかスティアとフィナンシェは怯えた様に身を竦めてしまう。
そんなふたりの心情を察したのか、赤い髪の女性ラウッカはヴァラスの手を左手で押さえ付けて下げさせると、今度は自身の右手をふたりに差し出して改めて握手を求めて来た。
わざわざ同性のラウッカが気を利かせてくれたのにこれを無下にするのは申し訳ないと思ったフィナンシェは、まだ肩を竦めているスティアから半歩足を進めてラウッカの右手をとって握手を交わす。
握手を無下にされたヴァラスは少し残念そうな表情をしていたが、すぐに気を取り直してスティアとフィナンシェに言葉を続ける。
「そうそう……もう一つの自己紹介がまだだったな」
「……もう一つですか……?」
フィナンシェのきょとんとした顔に気を良くしたのか、ヴァラスは腕を組み自慢する様な口調で話し始めた。
「俺たちはギルドから派遣された調査クラン『疾駆の轍』! 改めてよろしくな……駆け出し冒険者のお嬢ちゃんたち♪」
「ギルドって……お兄さんたちギルドの冒険者なんですか!?」
「そー言う事。アタシたちはギルドの依頼を受けて、このヴェルソア平原でつい最近発見された『迷宮』の調査に来たって訳さ」
「迷宮……!」
『迷宮』──この世界のあちこちに点在する未踏領域の通称。多くは魔物たちの住処であったり、ゴブリンなどに挙げられる魔族たちの拠点となっている、人間にとってはこの上なく危険な場所だ。
「迷宮がヴェルソア平原の真ん中にあるなんて……」
今まで、迷宮がヴェルソア平原にあるなんてつゆも知らなかったフィナンシェは、ヴァラス達の奥に視線を向ける。そこにはなだらかな丘にぽっかりと、地下へと深く深く続いている様な“穴”が空いていた。
「つい最近、カヴェレの住人から『ランプに続く街道に迷宮が見つかったから調査して欲しい』って依頼があってね」
「そこで迷宮の“調査”を専門にしているオイラ達『疾駆の轍』がここに来たって訳っス」
「それも、ここは恐らく普通の迷宮じゃねぇ」
ただでさえ、迷宮は一般人にとって立ち入り禁止区域と言って差し支えのないほど危険な場所だと言うのに、ヴァラスはここがさらに危険な場所なんだと断言している。
「普通じゃ無いってどう言う事なんですか?」
堪らず、スティアはヴァラス達に聞いてしまう。興味があった──こんな平和なヴェルソア平原に一体全体、どんな危険があるのか。これから『冒険者』になろうとしているスティアには、どうしても知っておきたい事だった。
「カヴェレで受けた依頼の他に──ある筋から得た情報があってね」
「その情報によると、ヴェルソア平原にはある建造物があったらしいんだ」
「…………建造物……ですか?」
「ああ、そうだ。聞いて驚くなよ? このヴェルソア平原には……建っていたらしいんだ。あの伝説の存在──『魔王カティス』の城がな!」
「魔王……カティス……!!」
その名前に──スティアとフィナンシェは驚愕する。『魔王カティス』──この世界に住む人間なら誰もがその名を知っている伝説の人物。
「まさかこの迷宮が魔王カティスの城なんですか!?」
「そんな……まさか伝説の魔王カティスさんが……地面の下に住んでいたなんて……!!」
「いや違うよ!!? さっきヴァラスさんが“城”って言ってたじゃん!! どー考えてもここ城の跡地だよ!!?」
「あっ……そうなんだ。良かったー、わたしてっきり魔王カティスさんはモグラさんなのかなーってビックリしちゃった」
「フィーネ……もし魔王カティスにそんな事聞かれたら殺されちゃうよ?」
天然っぷりを遺憾なく発揮するフィナンシェに呆れつつ、スティアはヴァラスたちに話を戻す。
「ここが本当に魔王カティスの城の跡地だって言う確証があるんですか?」
「まあ……俺達も半信半疑なんだがな。この近くに大きな湖があるだろ?」
確かに──穴の地点から数十キロメートル離れた所に大きな湖は存在している。
フィナンシェが村で聞いた話では──その昔、大きな隕石が降ってきてできた直径10キロメートル程の巨大なクレーターがあり、そこに近くにそびえる『ロヒ・ハウタ大霊峰』から流れる水が貯まって湖になったと。
この湖があるお陰で、ヴェルソア平原は今現在の豊穣の土地に蘇る事が出来たのだ、とも。
「その湖の近くに魔王カティスの城があるかも……と言う疑惑がでたんだ」
「で、そこにカヴェレから迷宮発見の知らせが届いたって訳さ」
「位置的にも、この場所が魔王カティスの居城跡である可能性が高い……とオイラたちは睨んでいるッス」
ザワザワ──先程まで心地良くそよいでいた風がざわつく。スティアとフィナンシェは予感する。
──何が始まる、大きなうねりと共に。それこそ、世界すら巻き込んだ『始まり』が。
「そうだ……! 折角だし、二人とも俺たちの仕事を手伝ってみないか?」
故に──その言葉は必然であったのかも知れない。
ヴァラスはラウッカとオヴェラに目配せをすると、スティアとフィナンシェに「一緒に迷宮の調査をしないか?」と声を掛ける。
「えっ……、良いんですか? でもあたしたちまだギルドの冒険者じゃ……」
「平気さ、実際に調査をするのはアタシたち。アンタたちは見学だと思ってれば良いのさ」
「勿論、調査で得られる報酬も幾らかはお嬢ちゃんたちにも折半するッスよ」
「報酬もくれるんですか!?」
「当たり前さね。迷宮調査なんて人手が多いに越したことないしね」
「それに……手伝ってくれたらカヴェレに戻った時に俺たちの方から、お嬢ちゃんたちの“推薦状”を書いてあげるよ」
「…………本当ですか!? ねえ、スティアちゃん!」
「……うん。それならあたしも……行ってみたい……かな?」
そのお誘いはスティアとフィナンシェにとっては願ってもない『棚からぼたもち』な内容だった。ギルドの冒険者になる前に迷宮調査を体験でき、なおかつ報酬も貰えて、さらにはギルドへの推薦状も書いてくれると言うのだ。
まさに『一石三鳥』──二人の少女には、このお誘いを断る理由が無かった。
「ぜひ、あたしたちにも手伝わせて下さい!」
「わたしからもお願いします!」
「決まりだな。よし、じゃあ早速魔王カティスの迷宮調査を始めようか!!」
ヴァラスの威勢の良い掛け声と共に、調査クラン『疾駆の轍』の三人とスティア、フィナンシェを加えた五人の男女は──眼前にぽっかりと空いた迷宮の“穴”へと歩みを進める。
いざ迷宮に突入しようとした時──ヴァラスがスティアとフィナンシェに先を譲る。
「初めての迷宮デビューだ。お先にどうぞ」
甘ったるい美声が、ふたりの好奇心を擽る。もう辛抱堪らないと言った感じに──スティアとフィナンシェは手を繋いで迷宮への最初の一歩を踏み出した。
そんな幼気な少女を見守る三人の大人たちは──ふたりに聞こえない様に会話をする。
「くくく…………、な~んちゃってぇ。俺たちはギルドはギルドでも調査クランじゃなくて──『盗賊クラン』なんだよねー」
「いやー、あの娘らあっさり信じちゃったスね」
「所詮は『小さな農村』出の田舎娘──だまくらかすなんて朝飯前さ」
「だな。せいぜい魔物避けの『身代わり羊』になってもらうさ。……それに──」
その男──『盗賊』ヴァラスは、迷宮の奥に歩いて行くスティアとフィナンシェに視線を向けると──獲物を目の前にした獣の様に舌舐めずりする。
「──初めての迷宮探索をさせてやるんだ。代わりに──お嬢ちゃんたちの貞操を奪わせて貰うぜ…………!!」
「アンタたちが楽しんだ後は、あのお嬢ちゃんたちの身ぐるみ剥いで──」
「オヴェラを迷宮に捨ててやる……!!」
「あれー!? いつの間にかオイラも被害者になってるー!!?」
「…………半分冗談だよ」
「半分本気なんだ!!?」
自分たちのすぐ後ろにいるのが、獲物を狙う獣とは気付かずにスティアとフィナンシェは迷宮を下へ下へと進んで行く。その先に待ち受ける『運命』も知らずに。
向かうは──期待と希望、欲望と陰謀渦巻く未踏の迷宮。
その名は『ヴァルタイスト地下迷宮』──かつて世界を震撼させた伝説の魔王──カティスが棲まう城の跡。
その日──ふたりの少女の旅立ちの日。そして、世界の運命が動き出す日。
即ち──『魔王カティス』復活の日。