第四十七話:母を訪ねて⑲/魂喰らい -Soul Eater-
「──アァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
暗い森を共振させながら響き渡るヤーノの咆哮──正気に戻った母親たちから拒絶され、“愛しい我が子”ではなく“醜い化け物”と罵られた魔物の少女の壊れた心を現すように、まるで一つの生命体であるように森が姿を変えていく。
地面に埋もれていた筈の木々の根は大きく隆起し、泉の水は全て──ドロドロのスライムへと変貌し、巨大な水塊となりてヤーノの元へと吸い寄せられていく。
「“癒やしの光よ 我らに祝福を”──『癒やしの光』!! スティアちゃん……まだ動ける……?」
「はぁはぁ……うっ、結構ギリギリかも……! 出血し過ぎた……!!」
アヤに身体を支えられ、フィナンシェに回復魔法を掛けて貰い傷を癒やしたスティアだったが──ヤーノから受けた傷は確実に彼女の体力を奪っており、肩で息をしながらスティアは苦しそうに立っていた。
「見て……フィーネ! あいつの身体──凄い勢いで再生していっている……!?」
「そんな……!? さっきまで再生も満足に出来ないくらいボロボロだったのに……!」
満身創痍のスティアとは対象的に──嘆きの慟哭をあげるヤーノの身体はみるみる治癒されていく。スティアに切断された右腕は完全に再生し、短剣を突き刺された右眼は禍々しい金色の輝きを妖しく放ち始め、一刀に伏された筈の胸の傷が逆再生された映像のように消えていく。
「あー、もおッ!! 何が起きてるのよ……!?」
傷は癒え、欠損した部位は完全に再生し、ヤーノの身体は見る見るうちに復元されていく。唯一、戻らないのは──彼女の壊れた心だけ。
(“魂喰らい”……魂を喰らい己が力へと変換ちゅる外法の力……。無意識とは言え……このおれですら忌避ちゅる禁忌に手を染め待ちたね……!!)
魂喰らい──それがヤーノが引き起こしている現象の正体。周囲の遍く生命の“魂”を喰らい、自らの生命力や魔力に変換する術技であり──“吸血”や“搾精”と言った術技の最上位に位置する禁忌の業。
「フィーネ!! 周りにある木が……!!」
「どんどん……枯れていってる……!?」
ヤーノが引き起こした“魂喰らい”によって、ついさっきまで鬱蒼と生い茂っていた筈の木々は瞬く間に枯れていき──蓄えていた生命力をヤーノに喰い散らかされていく。
それは、豊かな一つの自然が“怪物”によって蹂躪されていく光景。生命を喰われ死した木から色を失いくすんだ葉がパラパラと舞い落ち、ドロドロのスライムに塗り替えられた泉が水脹れのように膨らんでいく。
「あぁ──Aaaaaaaaaaaaaa!!」
我を失い、暴走したヤーノの狂気──全てを貪欲に呑み込もうとする“怪物”の咆哮が轟く。
「アヤさん──向こうにある大きな岩の影に他の人たちと一緒に避難を!!」
「…………ッ!! あなた達、どうするつもりなの!?」
「わたし達は……あの子と決着を付けます……!!」
泥濘んだ腐葉土は形を失ったスライムのようにぐにゃぐにゃとうねり、泉を囲んでいた木々が高く隆起していく──誰ひとり逃さず、その生命を喰らわんと大口を開けるように。
既に逃げ場は無い。ここで母親たち諸共に仲良くヤーノに喰われて死ぬか、暴走するスライムの少女にトドメを刺して──この『母攫い』に決着を付けるか。
「アヤさん……あの子を……お願いします……!!」
アヤにカティスの保護を頼み、スティアとフィナンシェはヤーノへと再び視線を向ける。其処に居るのは巨大な“怪物”──巨大なスライムと化した泉の水に溶け込み、全長10メートルにも及ぶ水塊の化生と化した少女。
「誰カ愛シテ──誰カ愛シテ──誰カ愛シテ──誰カ……私ヲ愛シテ……!!」
生命を喰われて枯れ果てた木々の隙間から射し込む“朱月”の月明かりに照らされて──渇愛の少女は独り善がりな舞台で愛に狂う。
巨大な水塊の頂きに座し、天に浮かぶ月の手を伸ばし──孤独な“魔物”は独善的な愛を求め続ける。
「独リボッチハ嫌ナノ……!! アァ──オ母サン……私ヲ見テ、私ダケヲ見ツメテ、ドウカ──私ヲ見ツケテ────ッ!!」
その姿はとても滑稽で、ひどく無様で、そして──なにより哀しそうで。
「そっか……あんたは……独りが寂しかったんだね……」
月明かりを浴びて、独り愛に渇き飢える少女に、スティアは自らの境遇を重ねて、僅かながらの憐憫を想う。
「でも……それでも……あんたにお母さんの“愛”は──奪わせない!!」
それでも、彼女は剣を取る。お母さんを連れ帰る──それが、小さな少年との約束だから。得られぬ愛に溺れた少女の暴走を止める──それが、小さな少女との約束だから。
「スティアちゃん……」
魔法で傷は癒えても、スティアの身体は限界をとっくに越えている。意識は朧げで、身体は今もスライムに犯され続け、剣を握るのもやっとの思い──それでも、彼女は地に足を着き──膨れ上がる巨大なスライムの怪物を睨み付ける。
「…………分かったわ。他の人たちとあの赤ちゃんは私に任せて……!」
スティアの揺るがぬ“覚悟”を感じ取り、アヤはゆっくりと彼女から離れると、他の母親たちやその内の一人に抱えられたままだったカティスを引き連れて避難していく。ふたりを信じて、ふたりに託して。愛しい家族の元へ、愛する息子の元へ帰るために。
「アァ──アアアアアアアアアア!!」
それでも、アヤたちが避難した大きな岩の影も安全な場所では無い──このままでは、遅かれ早かれスライムに呑まれる運命だ。
「スティアちゃん……周りの木が……!!」
「木から──スライムが漏れてきている……!?」
ヤーノの哀しき叫びに共鳴し──周囲の枯れた木々の幹から、樹液のようにスライムが溢れ出てくる。この場に居る全ての者を呑み込まんと。
(やれやれ……ここまで見境なく暴走されると、流石に手負いのスティアとフィナンシェでは荷が重いでちゅね……!)
そのあまりにも混沌としたヤーノの狂気に、カティスも彼女に憐憫の情を抱かずにはおれず──憐れなスライムの少女への救済の手を差し伸べ始める。
(魔王九九九式──『生命芽吹く雪の雫』!!)
小さな口から舌を出し、舌先に刻んだ紋章から精製された淡く輝く白い唾液が、まるで草花から垂れる一雫の“雪解け水”のように──ぽたりと、舌から地面へと落ちていく。
そして、雫が地面に跳ねて消えた瞬間──、
「な、なに……!? 急に枯れた木が──復活した!?」
「な、何が起こったの……?」
────枯れ果てて、ヤーノが流し込んだスライムを中から溢れさせていた木が生気を取り戻し、瞬く間に緩んでいた幹を固く閉じて逆流していたスライムを堰き止めていく。
魔王九九九式──『生命芽吹く雪の雫』、唾液として集積させた膨大な“生命力”の塊で、対象に生命を与える付与系統の『紋章術式』。
現実で例えるならば、相手に合わせて自在に血液型を変化させる万能型の輸血パックのようなもので──如何なる相手、如何なる有機物であっても、この神秘の雫を浴びたものにとって最も相性が良い性質に変化して適合する性質を有している。
(これで厄介な周囲のちゅライムは堰き止めておいたでちゅよ……! さぁ──存分に暴れるでちゅ!!)
絶対たる裁定者のささやかな干渉──しかし、これにて“舞台”は整った。ふたりの冒険者と独りの魔物の立つ舞台──決着の舞台が。
「消エテ、消エテ、消エテ……!! 私ノ前カラ──皆消エテェエエエエエエ!!!!」
そして、岩の影に隠れた母親たちを、そして彼女たちを庇うように立ち塞がったスティアとフィナンシェを──血涙を流しながら、ヤーノが拒絶する。
愛してくれる渇望していた母親たちの裏切りに、失望して、絶望して──心を閉ざして、自身が撒いた“偽りの愛”に目を背けて。
「“我を護れ 堅牢なる盾よ”──『白き盾』!!」
ヤーノの慟哭と共に、彼女の身体を支える巨大な水塊から射出される無数の触手。それを盾の魔法で防ぎながら──スティアとフィナンシェは、眼前で愛に狂う少女へと迷わずに駆け出していく。
「待っててね……ヤーノッ!! いま──迎えに行くから!!」
夜は満ち、二つの月の光が照らす深い森の最奥で、スティアとフィナンシェ、ヤーノによる『母攫い』を巡る最後の戦いが──いま幕を開ける。
1日のPVがいつもの20〜30倍もあって、流石におったまげたΣ(゜Д゜)
何があったんでしょうか……??
嬉しい知らせだと良いなー、と思いながら執筆しています。
それではまた次回もよろしくお願いします(・∀・)ノシ




