第四十五話:母を訪ねて⑰/最後の切り札
「消えなさい、消えなさい、消えなさい! わたし前から──消えていなくなって!!」
「死んでも──お断りよ!!」
暗い森の中、泥濘んだ腐葉土の上、朽ちた大木の側、生命無き泉の辺り──名もなき小さな“魔物”の小さな隠れ家に響く少女たちの叫び。
胸元を短剣で裂かれて傷口からゲル状の液体を垂らしながら、硬化した鋭利な腕で斬りつけられた太腿から赤い血を滴らせながら──冒険者の少女とスライムの少女は、互いの命を奪わんと一進一退の攻防を続ける。
ヤーノの薙いだ左腕の刃がスティアの頬を掠めれば、お返しと言わんばかりにスティアの短剣がヤーノが振り抜いた左腕に傷を入れる。スティアがヤーノの膝に蹴りを入れれば、ヤーノが反撃にスティアの腹部の刺傷を握り拳で殴打する。
「この──さっきから傷口をネチネチと……ッ!! 性格悪いのよ、このドロドロスライム!!」
「あなたこそ、さっきから『助ける』って言ってたあの子の身体を遠慮もなくズバズバ斬り裂いて……ッ!! 頭おかしいんじゃないの──このメンヘラ女が!!」
武器で斬り裂き、身体で殴り蹴り、口汚く罵りあいながら──スティアとヤーノはお互いの生命に喰らいつく。
「うぐッ……!? この……さっきから痛いのよ……!!」
腹部から滲む出血と、スライムへの変化からくる身体中の凄まじい不快感に──元々風前の灯だったスティアの気力と体力は、薄れゆく生命の輝きと共に瞬く間に失われていく。
「きゃあ!? この……これ以上、あの子の身体を穢さないで!!」
そして、身体中につけられた傷口からゲル状のスライムを血のように垂れ流すヤーノもまた、度重なる再生と身体の変化の影響で、人間の器もスライムの身体も限界を迎え──既に再生能力の殆どが機能しなくなっていた。
(これ以上、戦いが長引けば──あたしの身体は耐えれない……!!)
(これ以上、傷を受ければ──あの子の身体が朽ちてしまう……!!)
体力も気力もとうに限界、分泌されるアドレナリンで無理矢理に動かした身体も直に動かなくなる。己の身体の限界を察したスティアとヤーノの剣戟は激しさを潜め、静寂を切り裂く一陣の風のように鋭く、重く、火花を散らして暗闇を刹那に照らす。
これ以上、戦いを長引かせる猶予はなく、戦いを継続するだけの余裕もない。無駄な体力を使うまいと、闇雲に振り回していた刃は──明確な“殺意”を宿して、研ぎ澄まされた“剣”となりて、相手の生命を確実に奪わんと冷静に、冷淡に、冷酷に──ただ静かに、空を薙ぎ、風を払う。
つまり──、
((次の一撃で──決着を……!!))
────戦いの終わりが迫る時。一手、また一手、剣を打ち合いながら呼吸を整え、ふたりの少女はその時をじっと待つ。
互いの剣閃が火花を散らしながらかち合い、ふたりの上体が大きく弾かれる──まだ早い。
仰け反らまいと踏ん張った足をそのまま踏み抜き、互いの腕を交差させながら相手の顔を思いっ切り殴りつける──まだその時ではない。
殴られても視線は相手を捉えて放さず、一呼吸置いた事で再び振るう準備を整えた剣を持った腕が再び相手を目掛けて振り抜かれる──あと少し。
互いの振り抜いた剣が再びぶつかり大きく火花を散らす──あと少し。
「────あっ!?」
極度の疲労と緊張からか、剣と剣がかち合った衝撃で弾かれた短剣がスティアの手から溢れ落ち──状況が動く。
「────貰った……!!」
千載一遇の好機──スティアの失態にヤーノは歪んだ笑みを浮かべ、前のめりになりながら一気に距離を縮め始める。
(さぁ……掛かって来なさい……!!)
しかし、それはスティアも同じ。短剣を弾かれたのは偶然──だが、彼女はその偶然を待っていた。
焦った表情を浮かべ、苦しそうな吐息を漏らしながら──スティアは後方へと距離をとっていく。目の前にいるヤーノを恐れていると──彼女に思わせるように。
(────打つ手なしね……! 今度こそ……バラバラに刻んであげるわ……!!)
スティアに誘導されているとも知らずに、ヤーノは喜々としながら左腕の刃を大きく振りかぶる──抵抗の手段を失ったスティアの胴を真っ二つにする為に。
「くすくす……さようなら、死に損ないの冒険者──さん!!」
そして、ヤーノが左腕をスティアの胴を目掛けて振り抜こうとした……その刹那──、
「────さよならは、こっちの台詞よ!!」
────スティアは左足で其処に落ちていた一振りの剣を地面ごと蹴り上げて右手で掬い取る。
「────なっ!!?」
それは、スティアがアヤに腹部を刺された際に手元から落としてしまった彼女の剣。
「わたし……また……!!」
見えていなかった──自分の置かれた状況を。視えていなかった──スティアが取れる選択肢を。観えていなかった──自分が敗北する未来が。
“今なら勝てる”と言う慢心に踊らされ、警戒を怠ったが故の末路──剣を再び手にし、腕を大きく振り上げたスティアを、ヤーノはただ方癖と眺めるしかなかった。
それでも──、
(いいえ──まだよ! わたしの攻撃の方が──まだ疾い!!)
────ヤーノもまだ諦めない。瞬時に状況を把握して、再び攻撃姿勢に入る。剣を取り戻した所で、それより疾く彼女の胴を両断すれば良いのだと──思考を、決着の一閃へと集中する。
「────死ね! スティア=エンブレム!!」
「────くたばれ! スライム・ヤーノ!!」
スティアの剣がヤーノの身体を目掛けて縦一閃に、ヤーノの左腕がスティアの胴を目掛けて横一閃に──互いの全力を乗せて振り抜かれた。
そして──“ガキィイン!!”と甲高い金属音を鳴らしながら──ヤーノの振り抜いた左腕はスティアに届くこと無く、彼女が左腕で右の胴に差し出した何かによって受け止められる。
「────お母さんの…………短剣…………!!」
スティアが左手に握ったのは、自分の腹部に突き刺さっていた血塗れの短剣──アヤの短剣。腹部から引き抜いた際に懐に隠し持っていた──スティアの最後の切り札。
「お母さん……どうして……?」
「この短剣は……あんたを護る為の物じゃない──あんたから、みんなを助ける為の物よ!!」
決死の一撃を防がれ、ヤーノは──ただスティアが振るう一撃を喰らうしかなく。
「あんたの“負け”よ──渇愛のヤーノ!!」
スティアが振り抜いた剣の一閃が──ヤーノの身体を斬り裂いた。
5月ももうすぐ終わり。
季節の変わり目は体調を崩しやすい(´;ω;`)
体調に気を付けて、頑張ります(`・ω・´)ゞ




