第四十四話:母を訪ねて⑯/スティア V.S. ヤーノ - Lost Child -
「…………………………」
「くすくす……すっかり大人しくなっちゃって……ねぇ、死んだのかしら……?」
腹部に刺さった短剣は、のしかかった母親たちの身体の重みで深々と内臓を傷付け、ヤーノが伸ばした針で突き刺された右眼からは血がとめどなく溢れ──気を失ってしまったスティアを、スライムの少女は未だ満足しない様子で蹂躪し続けていた。
「感じてるかしら? 身体が少しずつ溶かされて、スライムにされていってるのを……!」
ヤーノは不気味に嗤う。あと少しでスティアの心も、身体も、尊厳も、全てがむちゃくちゃに出来ると期待に胸を膨らませていた。
「スティアちゃん……!」
その様子をフィナンシェは黙って、息を潜めて見守るしか無かった──スティアが必ず、好機を作ってくれると信じて。
そして──、
「くすくす……さぁ、早く──ッ!? な、何……この感覚……?」
──その時はやって来る。先程まで余裕ぶった態度でスティアを嬲っていたヤーノの動きは急に鈍くなり、左手で顔を抑えながら何かに狼狽え苦しみ始める。
「頭の中に……何かが入ってくる……ッ!? や、やめて……入って来ないで……ッ!!」
(今でちゅ!! 魔王九九九式──『夢を騙る悪夢』!!)
その一瞬の隙を、ヤーノが見せた揺らぎを、カティスは見逃さず──すかさず行動に移す。
魔王九九九式──『夢を騙る悪夢』、他者の精神に干渉を行い、記憶や精神世界、心を映す“心象世界”を観測する精神干渉系統の『紋章術式』。
(“悪さ”をちゅる為にスティアの右眼を刺したのが仇になりまちたね……。繋がったスティアの身体から精神干渉を受けているでちゅ……!!)
ヤーノに起きている異変を見抜いたカティスは、狼狽える彼女の意識が逸れている事を確認すると、伸ばした右の人差し指の先に紋章を浮かばせて──スライムの少女への干渉を開始する。
「ヤーノに……私の子どもに……何をしているの?」
そう言って、カティスを抱いていた母親が勢い良く振り下ろした短剣の刃先を──ぷにぷにの胸で受け止め、刃を皮膚の弾力だけで木っ端微塵に破壊しながら。
「────ッ!!!???!???!?」
その様子を見ていたフィナンシェがあまりの衝撃的な光景に眼を丸くして、口をあんぐりと開けながら驚いているが──既にカティスの精神は既にヤーノへの介入を行っており、フィナンシェのリアクションの気付くことはなかった。
「何なの、何なの、何なの……これッ!? あ、頭が──わ、割れそう……!!」
知らず知らずの内にカティスに干渉を受けているとも気付かずに、ヤーノは顔を抑えながらのた打ち回る。激しい頭痛と嫌悪感、吐き気が脳内をぐるぐると回り彼女を苦しめる。
「痛い……痛い……痛いわ……! 助けて──お母さん……ッ!!」
その苦痛に耐えれなくなったのか、ヤーノが左腕を伸ばして母親たちに助けを求めた瞬間だった──、
『──何時まで“私”の身体に干渉しているのかしら? 随分と不躾なスライムね……いい加減、分を弁えなさい……!!』
────ヤーノの脳内に不気味に嗤う少女の声が木霊する。暗く、黒く、憎しみと怒りに満ち溢れ、無気力と無関心が籠もった少女の声。
「誰……あなた────キャア!?」
そして、ヤーノが頭に響いたその声に気が付いたと同時に、ヤーノの針で抉られたスティアの右眼から──黒い稲妻が迸った。
その稲妻の衝撃は凄まじく──スティアの顔を踏みつけにしていたヤーノは勿論、彼女に覆いかぶさっていたアヤたち4人の母親も、勢い良く吹き飛ばされてしまう。
黒い稲妻に弾かれて、ふっ飛ばされたヤーノは後方の岩に勢い良く叩きつけられ、上空数メートルに吹き飛ばされたアヤたちは吸い込まれるように地面に落ちていく。
(ふぅ……やれやれ……ちょっと浮かせてから湖に落とちたぐらいで怒らないで欲ちいでちゅね……って──おっと、あれはまずいでちゅ……!!)
アヤたちが地面に落ちる直前、精神干渉から帰還したカティスが、目の前で起きた異常に気付き──、
(魔王九九九式──『亡霊達の晩餐会』!!)
────間一髪の所で、物体浮遊の『紋章術式』を駆使してアヤたちの救助して、彼女たちを優しく地面へと着地させる。
「ぐ……ッ!! 何なの……一体何が起きたの……!?」
一方で、大きく吹き飛ばされて岩に叩きつけられたヤーノは、特に強打した右腕を庇いながらよろよろと立ち上がり──黒い稲妻の発生源、スティアの方に警戒と驚愕の眼差しを向ける。
「さっきまで失神していた筈なのに……! さっきまであんなに死にそうだったのに……! 何なの、何なの、何なの──あなた、一体何者なの……っ!!」
畏怖か、憤怒か、拒絶か──激情に顔を険しく歪めながら、ヤーノは視線の先で倒れたまま動かないスティアに向けて声を荒らげながら怒りを露わにする。
もう抵抗する力は無かった筈、腹部と右眼に重傷を負って痛みに喘いでいた筈、身体にスライムの因子を流し込まれて絶望に堕ちた筈──そう思っていたヤーノは、たった今スティアが見せた尋常ならざる力に、その直前に頭に響いた少女の声に異常なまでの忌避感を感じずにはいられなかった。
(だめ……さっきの黒い稲妻のせいで、折角回復していたあの子の身体にまた傷が……!)
身体に走る傷跡、悲鳴をあげる少女の身体──その傷がヤーノの心に再び火を灯していく。
「許せない……何度も何度も、あの子の身体に傷を……!!」
激情を露わにしながら、ヤーノはスティアへと再び歩を進めて行く。今にも事切れそうな程の力を振り絞り、形を保った左腕を背丈ほどもある巨大な刃へと変形させながら──ゆっくりと、ゆっくり、重たい足を引き摺ってスティアへと近付いていく。
そして、再び倒れたスティアの頭の近くにたったヤーノは巨大な刃と化した左腕を大きく振り上げる。
「もう容赦しないわ……。先ずはバラバラに切り崩してから──細切れになったあなたの肉片を、ゆっくりと……“私”の子どもたちにしてあげるわ……ッ!!」
怒りの籠もった怨嗟の声と共に。
「今度こそ、死にな────さいッ!!」
そして、処刑宣告の言葉と共に、ヤーノが左腕を振り下ろそうとしたその瞬間──、
「────死ぬのはあんただけよ、このスライム女ッ!!」
────碧く煌めく左眼を大きく見開いたスティアが、右の太腿に隠していた護身用の短剣を勢い良く抜きながら投擲して、ヤーノの右眼を刺し穿つ。
「────ッ!? き、きゃあああああああああッ!!?」
不意打ちで右眼に短剣を突き刺され、傷口からドロドロに溶けたゲル状の液体を流しながらヤーノは激痛に仰け反り、狙いを逸してしまった左腕はスティアの腕を掠めて地面に激突してしまう。
「ぐ……ッ! 痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い……ッ!!」
「あたしにした事の意趣返し……それにどうせあんたもその傷──治るんでしょ?」
刺さった短剣を引き抜て、右眼の傷から身体中に走る痛みに苦しむヤーノに嫌味を言いながら──くるりと身を翻して地面に落ちた短剣を拾いながら、スティアはスライムの少女と対峙する。
「この──死に損ないが……!!」
「えぇ……その通り、あたしは“死に損ない”……。殺し損なったのは──あんただけどね!」
吠え猛るヤーノを鼻で笑いながら、俯いていたスティアは腹部に刺さっていた短剣を引き抜き、体内でスライムに変異していた胃液を吐き出しながら、ゆっくりと身体を起こして立ち上がる。
「あ゛〜っ、身体の中が気持ち悪い……! よくもあたしの身体を好き放題に嬲ってくれたわね……!!」
「────ッ!? あなた………眼が!?」
腹部から血を流し、身体の中を駆け回るスライムの因子に蝕まれても──スティアはまだ死なず、ヤーノへの敵意を迸らせる。
「あぁ……この眼? えぇ、そうよ──あたしが何度、自分でこの眼を抉ったり潰したりしてると思っているの……?」
「な──ッ!?」
「その度に再生するから──もう、諦めちゃった……」
スティアの右眼に輝くは『魔王カティス』の朱い紋章を刻まれた金色の瞳。ヤーノに刺し貫かれた筈の右眼──その血に塗れた眼窩には、確かにスティアの呪われた眼があった。
「化け物……!!」
「そうよ……あたしは化け物……! 呪われた神々の敵、邪悪な魔女の子、死に損ないの忌み子──そして、あんたを倒す、ギルドの冒険者ッ!!」
勇ましき碧い人間の左眼と、禍々しい金色の魔性の右眼を輝かせ──スティアは勢い良く、手にした短剣でヤーノに斬りかかる。
「この……ッ!!」
「あんたの正体は分かった! さぁ、アヤさんたちも、あんたが喰ったヤーノちゃんも──今度こそ返してもらうよ!!」
「黙りなさい、黙りなさい、黙りなさぁあああいッ!!!」
スティアの振り下ろした短剣を、小さな刃に変形させた左腕で受け止めながら──名も無きスライムの少女は、目の前の少女に感情を露わにする。
「渡さない、渡さない、あなたなんかに……わたしたちのお母さんは、わたしの大切なヤーノは──絶っ対に渡さないわッ!!!!」
「いいや、返して貰うよ……! あんたの奪ったもの全部ッ!!」
夕日も射し込まない暗い森に、少女たちの咆哮が響き渡る。愛を貪るスライムの少女の、愛を取り戻そうと足掻く冒険者の少女の──魂の叫び。
「スティアちゃん……!!」
(さぁ、おれに意地を観せてみるでちゅよ──我が末裔よ……!!)
一人の冒険者の少女と、独りの赤ん坊、そして攫われた母親たちの見守る中で──ふたりの少女の最後の戦いは幕を開ける。
曜日感覚なくなってて、土日連投するつもりが間違えちゃった(´・ω・`)
遂にタイマン!
戦闘を文章にするの難しい……細々書いたらだるい文章だし、大雑把だと何してるか分かんないし。
そこが作家の腕の見せ所……?
そんな所で、また次回もよろしくです(・∀・)ノシ