第三十三話:母を訪ねて⑤/欲したもの、奪ったもの
──ギルド・カヴェレ支部、受付カウンター。
「────なる程、スライムが行方不明者たちを井戸を通じて住処に運んだ……か」
犯人に、行方不明者たちに繋がる有力な痕跡を掴んだスティア達の報告を受けたエスティは、手元に広げた一連の失踪事件の資料とにらめっこをしながら思考を巡らせていた。
「あり得なくは無いが……だとしたら、そのスライムの“動機”は何だ……? 何が目的で──わざわざ危険を冒してまでカヴェレの街なかで『母親』だけを固執して攫ったんだ……?」
右手を顎に添えて頭の中を整理するエスティは、目の前にいるスティアたちをそっちのけで──ぶつぶつと独り言を呟いている。
しかし──、
「母親だけ……!? ちょっと、エスティさん! 母親だけってどう言う意味ですかッ!?」
「きゃあ!!?」
──『母親だけを』と言う彼女の言葉に反応し、“バァン!!”とカウンターを両手で目一杯叩きながら食い付いてきたスティアに驚かされて、不意を突かれたエスティは小さく飛び上がってから尻もちをついて倒れてしまう。
「あっ…………ご、ごめんなさい……!」
「いったーい! もう……だから受付にも椅子が欲しいって申請してるのに〜! 立ち仕事もしんどいっての……!!」
尻もちの責任をスティアに追求する訳でもなく、ただただ受付カウンターに椅子が無いことへの不満を吐きながら立ち上がったエスティは、失態を犯してしまい肩を竦めながら縮こまっているスティアの問いに答え始める。
「いま行った通りだ、エンブレム嬢。行方不明になった18名には共通点があったの。全員──『母親』よ」
「………………!!」
エスティの言葉に──スティアのみならず、その場にいた全員が驚愕する。攫われた18名の全員が、誰かの『母親』と言う共通点を持っていたから。
「偶然──ではありませんわね……! それが事実なら犯人は、意図的に『母親』を選別して攫った事になりますわ……!!」
「でも、犯人はスライムだろ!? 魔物がわざわざ『母親』に攫う相手を限定すんのか!?」
「だから私も困惑してるんだ! 『母親』に固執する明確な“意思”が無かったら、『母親』を18名も攫うなんて偶然でもなりっこない!!」
それを訊いて、エスティやラウラ達は困惑の声を上げ始める。犯人と思われるスライムが、明確な意思を持って『母親』を攫ったと言う事実が浮き彫りになったから。
「じゃあ何か、犯人のスライム野郎は『母親』に限定して攫った理由でも有るってのか……!?」
「まさか──人妻大好きの可能性が……!?」
「そんなおっさんみてーなスライム嫌だ!!?」
「きっと、“NTR”趣味があるんだわ……!!」
「フィナンシェ!? どうしたお前!?」
(う〜ん……っ!! きっと、犯人は人妻カフェを経営する気でちゅね!?)
ラウラとフィナンシェ、カティスは、各々に有り得そうな可能性を思い浮かべている。当然、どれもとんちんかんな解答であり、近くで聴いていたトウリとエスティは“やれやれ”と頭を抱えながら呆れてしまう。
「────お母さんが……欲しかった……」
そんな3人の見当違いな答えをぶった切るように──スティアはポツリと小さく呟く──ただ、お母さんが欲しかったのではないかと。
「…………エンブレム嬢、それはどう言う意味かしら?」
「誰かに『お母さん』になって欲しかった。なんでだろう……そんな気がするんだ……!」
「まぁ──ラウラ嬢の“人妻大好き”やフォルテッシモ嬢の“NTR趣味”よりはよっぽどマシな理由だな」
「「自信あったのに……」」
「えぇ、あったんだ……」
「これでふたりが──“人妻カフェ作りたい”なんて、阿呆丸出しなこと言っていたら──しばきまわす所だったわ」
(あっぶね〜〜ッ!! 赤ちゃんで助かった〜〜ッ!!)
ガックリと肩を落とすラウラとフィナンシェ、フィナンシェの背中でホッと汗をかく“阿呆丸出し”のカティスに、スティアは少し眉をひそめながら真面目な口調で話を続ける。
「スライムがどうして、そう思ったかは分からない……。でも、あたしが同じ立場ならきっと、『お母さん』が欲しくてそうすると思う」
「スティアちゃん…………!」
「だとしたら、尚のこと問題だな。意思を持って『母親』だけを攫うスライム──悪いが私は聞いたことない」
「────んっ! ねぇ、スティアちゃん……」
そんな折だった──何かに気付いたフィナンシェは、スティアの耳元に口を近付けると、小さな声で囁やき始める。
(もしかして──攫われた人の中に、この子のお母さんっていないかな……?)
(この子の……!?)
それはフィナンシェに背負われたカティスの事だった。フィナンシェは言う──もしかしたら、攫われた人たちの中にカティスの母親がいるかも知れないと。両親不明の赤ちゃん、攫われた母親たち、確かに符号する点はある。
(ちょっと、アヤさん達が攫われたのは今日だよ……!? いくらなんでも、あり得なくない……!?)
(確かに、今日攫われた人たちはあり得ないと思うよ……。でも、それ以前に攫われた人なら──可能性、あるんじゃないかな?)
(それってつまり……?)
(問題が表層化したのは今日の一件。でも、それ以前から誘拐が起きていたとしたら……?)
(可能性、低いと思うんでちゅけどなー?)
カティスの杞憂を他所に、フィナンシェの出した推測に何か引っ掛かる事があったのか、スティアはふたりの内緒話に興味の視線を向けていたエスティに再び目を合わせる。
「エスティさん! 今日以前に行方不明になった人って分かりますか……?」
「今日……以前……? 分からなくもないが……少し資料を調べなければ分からないわ……」
エスティの回答は難色。今日の一件だけでも手一杯だと言うのに、今日以外の失踪事件を調べる余裕は流石のエスティにも無かった。
そんなタイミングだった──、
「あ……♡ あぁー、まだ腰の辺りがふわふわするぅ〜〜♡」
──アイノア=アスターが奥の部屋から現れたのは。
「げっ、もう復活した!?」
「耐久だけは化け物ですわ……!?」
「マジでゴキブリみてーだな!?」
「ひ、ひどい!? アイノアちゃん、ちょっとフィナンシェちゃんに『マッサージ♡』されただけなのに〜!」
「ちょうど良かった。アイノア、今から資料室に保管している過去の失踪事件の資料を取ってきてくれないかしら」
口々に叩きつけられた悪口に弱々しく返事をするアイノアだったが、そんな彼女の腰入っていない状態など気にも止めずにエスティはアイノアに資料室に行くように指示をだす。
「えーっ!? アイノアちゃん、そんなの嫌です〜!」
「資料室探しも受付嬢の仕事だろ?」
「いーやでーす! アイノアちゃんは表舞台で輝くアイドルなのです! 資料探しなんて裏方の仕事、他の人に任せて下さーい♡」
しかし、アイノアはエスティの指示を無視して、『自分にはそんな仕事なんて似合わないです♡』と言わんばかりの表情で受付カウンターの定位置に戻ろうとする。
──その時だった。
「…………マッサージ♡」
「────ハッ!!」
フィナンシェがにっこりと笑顔をアイノアに向けながら、そう呟いたのは。たった一言、『マッサージ』と言っただけで、アイノアの顔を見る見ると青ざめていき、彼女の身体はガタガタと震え始める。
「アイノアさん……♡ 資料を探してくれないと、わたし──また『マッサージ』しちゃいますよ♡」
「──────ヒッ!?」
(アイノアさん、お顔が真っ青ですわ……)
(フィナンシェの奴、アイノアをあんなにするなんて何したんだよ……!?)
先程、フィナンシェにされた事を思い出しているのか、若干ノイローゼ気味に怯えているアイノアに、内に眠る加虐心を刺激されたのか、フィナンシェはまるで聖女を思わせるような慈悲深い笑顔をアイノアに向けながら──、
「──マッサージ、さっきより刺激的に行きますね♡」
──と、まるで懺悔する罪人を優しく抱擁するように、優しく、淑やかに、そして貪り尽くすように、アイノアに囁やくのだった。
最早、アイノアにフィナンシェから逃れる術は無い。雌豹に喉元に喰らいつかれた草食動物ように、か細く情けない声を漏らしたアイノアは──、
「ハイッ!! アイノアちゃん、フィナンシェちゃんの為に大急ぎで過去に失踪事件の資料──取って来まーっす♡」
──フィナンシェに必死に媚を売りながら大きく頭を垂れると、資料室に向かって一目散に走り出していく。
「すぐに戻ってきますからねー! 5分──いや、3分だけ待ってて下さーい!!」
最後に、そう言い残して。
「あのアイノアが……」
「階級1の冒険者に……」
「媚び諂いながら……」
「言う事を聞いているだと……!?」
その光景に──エスティを含めたギルドの職員たちは、畏敬の念をフィナンシェに抱く。ただ一言、『マッサージ』と言うだけで──誰の言う事も聞かない、昨日の無様にもへこたれない、勝手気ままなアイノア=アスターを手玉にとってみせたのだ。
その瞬間──その場にいた全員が理解したという。
──フィナンシェ=フォルテッシモには、逆らわない方が良いと。
事実上、カヴェレギルド支部がフィナンシェの手中に落ちた瞬間であった。
「〜〜♪ アイノアさん、早く戻って来ないかな〜♡」
(フィナンシェ……なんて恐ろしい娘でちゅか……!?)
自分で考えておいてアレですが、アイノア=アスターのキャラクター性が動かし易すぎる(;・∀・)
こんな感じの『何いい感じに雑に扱えるヒロイン』で、もう一本書けないかな〜?
問題は、話がすぐに脱線することだけど……。
そんな感じで、雑に扱える美少女のお陰で筆がスラスラ進んだ最新話、よろしくおねがいします(・∀・)ノシ