第二十六話:ギルド試験狂騒曲⑲/あなたが想い描いた幸せは
カティスの全てを射殺す瞳に貫かれ、アイノアの全てを死に誘う歌を聴かされて、ハウンド・クイーンは絶命する。巨大な魔犬の怪物はピクリとも動かなくなり、それまで激しく戦闘の音が鳴り響いていた通路は静寂に包まれる。
それでも──気高き魔犬の女王の亡骸は膝を屈せず、人間たちを睨みつけたまま倒れようとしなかった。その姿勢こそが彼女なりの最期の“意地”だと、見せつけるかの如く。
「…………し、死んだの?」
静寂な雰囲気に包まれた空間で、最初に口火を切ったのはスティアだった。動かなくなったハウンド・クイーンの亡骸を呆然と見つめ、壁に叩きつけられた痛みを堪えながら、死闘に決着が付いた事を恐る恐る確認する。
「……………………」
「どうした、アイノア……? 珍しく黙り込んで? お前の“歌”でハウンド・クイーンは死んだんだろ……?」
「────違う、私じゃない……! 私の“歌”より疾く、彼女にトドメを刺した人がいる……!!」
「…………まさか、あの赤子か……!?」
「まさか、そこまで強いとは……。うふふ……、やっと観つけた──私が求めた、最高に面白い存在!!」
崩れた外壁から事の決着をアイノアとエスティは見届ける。荒れ狂う怪物にトドメを刺した“真の怪物”の存在を感じながら。
そして──、
『んん〜〜〜〜、お見事ーーーーッ!! 4人の少女と独りの赤ん坊の決死の戦いで──凶悪な魔犬の女王は討ち取られましたーーーーッ!!!』
──アイノアの歌うように高らかな勝利宣言はなされ、その瞬間、事態を固唾を呑んで見守っていた会場中から歓声が巻き起こる。
『よくぞ無事だった……! 良くやったな!!』
『皆々様ーーッ♪ 絶体絶命の中、懸命に足掻き、抗い、勝利を掴み取った勇敢な少女たちに〜、盛大な喝采を〜♡』
止め処なく湧き立つ歓声は空気をビリビリと震わせ、その熱気を屋内にいるスティアやフィナンシェへと伝える。
「わ、わたし達……助かったの…………?」
「みたいだね……見て、フィーネ。この魔犬──もう死んでるよ」
スティアとフィナンシェは互いに身体を支え合いながら立ち上がり、目の前で立ち尽くしたまま絶命したハウンド・クイーンの亡骸を見上げる。
瞳から輝きを失っても、心臓が鼓動を止めても、尚、力強く大地を踏みしめる女王の姿──または、その生き様に、スティアとフィナンシェは、幾ばくかの“恐怖”と“敬意”を抱く。
彼女のような荒ぶる猛者たちが群雄割拠する『世界』。其処がカティス少女たちが足を踏み入れようとしている『世界』なのだから。
「スティアさーん、フィナンシェさーん、ご無事でしたかーーッ!?」
そんな心配をしていると、ラウラが手を大きく振りながらふたりに近付いてきた。
「ラウラさん! 良かった……ご無事だったんですね……!」
「それはこちらの台詞ですわ! おふたり共、よく無事でした」
「流石に身体中、ボロボロだけどね。トウリは無事なの……!?」
「────ハッ! そうでしたわ、トウリさんを迎えに行きませんと!」
互いに相手を心配しあい、ホッと肩を撫で下ろす3人の少女たち。ラウラの肩に捕まっていたカティスもまた、スティアとフィナンシェが無事だった事に安堵し、ホッとため息をつく。
(はぁ〜、やれやれ……何とか、“あの未来”は回避できたでちゅね……。全く──ふたりとも世話を焼かせちぇてくれまちたね……!!)
「あっ……! あなたも来てくれたんだ……!! ありがとっ、小さな勇者様♡」
「ばぁーぶ、ばぁぶばぶ……!!(約:ちがーう、魔王でちゅ……!!)」
「この子ったら、どうしても着いて来たいって駄々をこねてましたのよ♪」
「ばぶぶ、ばあっぶぅーー!!(約:嘘を言うなでちゅーー!!)」
「あははっ、赤ちゃんのくせにあたし達より肝が据わってるんだな……!!」
『ピンポンパンポン〜♪ アイノアちゃんよりご連絡〜♪』
カティスをイジりながら笑いあう少女たち。そんな彼女たちの輪に割って入るように、近くの窓の外からワイバーンに乗ったアイノアの声が聴こえてくる。
『乱入したハウンド・クイーンの討伐の功績を讃え、選抜試験運営委員であるアイノアちゃんとエスティちゃんの独だ……判断により〜! な、なんと──スティア選手、フィナンシェ選手、ラウラ選手、トウリ選手に〜20ポイントをプレゼントしちゃいまーす♪』
「「「────へっ!!?」」」
その──アイノアの爆撃の様な突然の発表に、スティアたちはあんぐりと口を開きながら聴き入ってしまう。
『驚きました〜? 驚きましたよね〜♪ アイノアちゃんからのスペシャルなプレゼントでーっす♡』
3人の呆けた顔がよほど愉快だったのか──アイノアはワイバーンの上でくるくると回りながら、懸命に戦った少女たちを、称えるように、誂うように、愉しむように──上機嫌に歌っている。
「一気に20ポイント……??」
「選抜試験の合格は確か……20ポイント……」
「つ、つまり──ッ!!」
「「「ご、合格ですわーーーーッ!!!!」」」
(なぜラウラの口調でハモったでちゅか!!?)
アイノアの言葉の意味を理解し、自分たちが一気に合格に手を掛けた事に気付いた3人はそれぞれの手を取りながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「やったーーッ、あたしたちギルドの冒険者になれたんだーーッ!!」
「すごーい! わたしたち、冒険者になれたんだね♪」
「お父様、お母様、見てますか……!? ラウラは──立派な冒険者になりましたわよーーッ!!」
3人は歓喜の声を上げながらくるくると手を合わせながら回っている。間違いなく──彼女たちはこれまでに無い高揚を味わっているのだろう。
『言い忘れてましたけど〜、四人で合計20ポイント……ですよっ♡』
アイノアが最後に、一番肝心な事を言わなければ。
「「「……………………はぁ!!?」」」
一瞬、真顔になった後──3人の表情は一気に歪みだす。
(フ、フィナンシェが一番、表情が険ちいでちゅ……!!?)
「ちょ、ちょっと待って……4人で20ポイントってことは……!?」
「一人あたり5ポイントですわね……!!」
「ス、スティアちゃん……わたしたちっていま何ポイントだったっけ……??」
「…………さ、3ポイント」
「……………………。」
「あら〜、ふたり合わせても13ポイントですわね」
「「ぜ、全然足りてない〜〜〜〜ッ!!?」」
『さぁ〜、一悶着ありましたが──選抜試験試験はまだまだ続きま〜す♪ それではー、実況と解説は引き続き──素敵、可愛い、やったー……な、アイノア=アスターと……!』
『やる気、元気、でなーい……な、シト=エスティの提供でお送りしまーす』
アイノアと白々しいぐらいにあざとい嬌声と、エスティの露骨なぐらいにやる気のない気怠い声が響き渡り──ラスヴァー家旧邸宅は再び慌ただしい様相を呈していく。
「わ、私も急いでトウリさんと合流して試験に戻りませんと!! さぁ、この子は貴女達にお返ししますわ!」
その会場の雰囲気に急かされるように、慌てた様子のラウラはスティアとフィナンシェに背中を向け、肩に捕まっていたカティスをふたりに差し出す。
「この子を守ってくれてありがとうございます、ラウラさん」
「お礼は結構ですわ! では、私はこれにて──トウリさーん、起きてくださいませーーーーッ!!」
そして、フィナンシェがカティスをそっと抱き寄せるやいなや、ラウラ凄まじい勢いで来た道を引き返して走り去っていった。
「──って、あたし達も急がないと!!」
「そうだね……! あと27ポイント稼がないと試験に合格できないよ……!!」
ラウラを呑気に見送ったふたりだったが、自分たちも余裕が無いことを思い出すと、慌ただしく動き出す。
「フィーネ、身体のダメージは大丈夫……!?」
「平気だよ♪ それより、エスティさんが実況でトウリさんが負傷したって言ってたから──回復魔法だけ掛けに行ってもいい……?」
「もちろん! さぁ、あたし達も行かなきゃ……!!」
身体は少し痛むが、それでもふたりは止まれない。再び心と身体を奮わせると──スティアとフィナンシェも走り始める。
(やれやれ……昨日といい今日といい、慌ただちい小娘たちでちゅ……)
走るフィナンシェの背中で心地良く揺られながら、緊張の糸が切れたカティスは急な眠気に襲われてうとうとし始める。
(懲りもせずに次から次へとハプニングを巻き起こちて──全く、観ていて飽きない連中でちゅね)
今日のふたりの抗い──迫る“死”への決死の抵抗に満足げな表情を浮かべると、カティスはそのまま転寝を始めるのだった。
(あとは……彼女たちの、案内……も……ちて……やら…………なきゃで…………ちゅ…………!)
かくして、ギルド試験で巻き起こった大事件は終息し、参加者たちは一様にラスヴァー家旧邸宅を駆け抜けていく。
──選抜試験終了まで、残り1時間と20分。
〜〜〜
「此処は何処だ……? 妾は──死んだのか……?」
昏い昏い闇の中で、『彼女』は目覚める。辺りは一面の“黒”であり、視認する事が出来るのは“黒”に中でハッキリと浮かび上がる自分の姿だけ。
「そうか……妾は──負けたのか」
そこが何処かは『彼女』には全くもって見当がつかない。唯一、分かる事と言えば、『彼女』が目覚める直前の記憶だけ。
音に聞こえし悪虐なる“殺戮の天使”に連れ去られた我が子たちを必死に探し回り、見つけ出した場所で我が子たちの亡骸を観て憎悪を燃やし──最期に、小さな人間の幼子の、金色に輝く“星の瞳”に観られて息絶えたこと。
だから、『彼女』は──自分が人間たちに敗れ、死んだことを自覚できた。
「すまぬ……我が子らよ。そなたらの仇を討てなかった母を許しておくれ……」
大切にしていた営みを奪われ、憎悪の限りに暴れても、結局は何ひとつとしてなし得ることは出来なかった。
その残酷な事実に──果てしない“黒”の中で独り寂しく揺蕩う『彼女』は、眼から大粒の涙を流して逝ってしまった我が子たちの無念を憂う。
「母上──泣かないで、母上……!!」
ふと、『彼女』の耳に声が聴こえる。優しくこちらに語り掛ける、聴き慣れた声──愛する子どもたちの声。
涙を流し俯いていた『彼女』がその声に耳を澄まし、顔を見上げると──其処には十数匹の小さな魔犬たちが『彼女』を迎えるように並んでいた。
「あぁ……愛しき我が子らよ……!! 漸く逢えた……妾は心配したのだぞ……!!」
間違いなく、そこに居たのは死んだ筈の『彼女』の子ども達だった。もう会えないと絶望し、仇すら討てなかったと──流れていた『彼女』の悲観の涙は、一転して安堵の涙に変わっていく。
「ある御方が僕たちを母上の所まで導いてくれたんだ!」
「……ある御方とな? それは人間か……?」
「ううん、違うよ。わたし達を導いてくれたのは──大きな角の生えた、金色の瞳をした黒い髪の魔族だったよ」
「………………!! よもや、その御方は……!?」
嬉しそうに吠える我が子たちの言うその人物に『彼女』は心当たりがあった。古き“盟友”より幾度となく伝え聞いた、伝説の魔王──我ら“魔に連なる者たち”全ての盟主、『魔王カティス』。
「その御方がね、言ってくれたんだ! 『貴様たちの平穏を奪った人間の蛮行、貴様たちの命を踏み躙った人間の悪性、それらから守ってやれなかった事──心苦しく思う』」
「『故に、せめて“幽世”では平穏に過ごせるように、俺が手を回しておこう。家族水入らず──気の済むままに暮らすと良い』……って!」
それは、魔王からの謝罪の言葉。とうの昔に逝去した筈の、偉大なる盟主からの言葉だった。
「よもや……復活なされたのか!? 我らが偉大なる魔王様は──ッ!?」
「そうだよ母上、帰ってきたんだ! 我らが魔王様が!」
その言葉で『彼女』はある事に得心がついた。最期に観た、あの“星の瞳”の幼子──強大なる魔力を纏う者。あの者こそ、間違いなく。
「何処かで観ておるか? そなたが常々、話していた我らが魔王様が帰って来おったぞ……我が盟友──ブレグナントよ……!!」
今はもう、戻ること叶わない遠い“現世”に居る盟友に、『彼女』は想いを馳せる。我らが魔王が帰って来たと。
「さぁ、母上──向こうに行きましょう」
『彼女』の目の前で子どもたちが叫んでいる。キャッキャと声を上げながら、『彼女』の視線の先にある“白い光”を指し示す。
「魔王様が用意してくれたんだ! 僕たちの新しい住処!」
「悪い人間が来ない、素敵な住処!」
「行きましょう、母上! わたし達の家に!」
子どもたちに促され、『彼女』は一歩ずつ足を踏み出していく。子どもたちの奥で輝く“白い光”は、観ているだけで暖かく、心地良く──疲れ果てた『彼女』の帰宅を待っているかのように。
「あぁ、そうだな。妾も行こうぞ……そなたらと共に……偉大なる魔王カティス様が与えて下さった──我が家に……!!」
子どもたちに優しく微笑むと、『彼女』は愛する子どもたちと共に──“白い光”へ向かって駆け出していく。
次はもう離れない、次はもう失わない、失くしたものを取り戻し──『彼女』の心は満たされる。
さようなら──気高き魔犬の女王よ。
さようなら──優しき魔犬の母親よ。
あなたが想い描いた“幸せ”は──あの光の向こうへと。
「あと、魔王様が──『お前たちを蹂躪した“殺戮の天使”には、俺からキッツ〜イお灸を据えるから愉しみにしておけ』って言ってたよ」
「そうか……それは──愉しみじゃな♪」
第二節もようやく一段落付きました。
劇中で「試験は続く」的な発言がありましたが、ここから山場はないので巻いていきます。
あと2話ほどで第二節の〆の話をして、そこから第三節に移ろうかなと思います。
また次回もよろしくおねがいします(・∀・)ノシ 〜☆