第二十四話:ギルド試験狂騒曲⑰/リミット10_OVER
「許せぬ……許せぬ……許せぬぞ──人間どもめ……!!」
赤いカーペット敷かれた廊下を蹂躙するように駆け、目の前で子羊の様に逃げ走る少女たちに“憎悪”の瞳を向けながら、魔犬の女王は憎しみに満ちた唸り声をあげる。
「妾の留守を狙い、愛しい我が子たちを奪い、剰え──かような見世物の為に我が子たちを殺めるなど……!! 何たる非道、何たる外道、何たる悪道か……!!」
彼女にとって、我が子たちにされた仕打ちは屈辱的であり、とても耐え難いものだった。
大自然に於いて──生命に敷かれた“理”は『弱肉強食』のみ。仮に、彼女の子ども達が人間に狩られ、その血肉を食糧に、その毛皮を召し物に仕立てたのなら──彼女もここ迄、激しく憤る事は無かっただろう。
「この場所に蔓延る我が子たちの匂い……。死だ……死だ……死だ……!!」
人間に攫われた我が子たちを取り戻す為に、危険を顧みずこのラスヴァー家旧邸宅に乗り込んだ女王を待っていたのは──試験と称して嬲り殺しにあった、我が子たちの変わり果てた姿であった。
「匂うぞ……目の前の人間の雌どもからも……我が子たちの血肉の匂いが……!! 許せぬ……許せぬ……許せぬ……!!」
ただ、己の悦楽と快楽の為だけに行われる虐殺。自らが腹を痛めて産んだ子が、ただ“愉悦”の為だけに殺され──気高き女王は、ただ『母親』として憎悪の炎を燃やす。
「喰ろうてやる……喰ろうてやる……喰ろうてやる!! 我が子たちを殺めた分だけ──妾も人を喰ろうてやる……!!」
げに恐ろしきは人の“業”──生きる為ではなく、種を保全する為でもなく、ただ実力を測る為だけに、数多の生命をスナック感覚で喰い潰すその悪徳。
故に、彼女は唸る──我が子たちを愛していたから。
故に、女王は猛る──我が子たちを尊んでいたから。
故に、母は吼える──我が子たちを奪われたから。
例え、獣であったとしても、魔物であったとしても──『親の愛情』は確かに存在するのだ。
憎悪に染まった金色の眼から、一筋の涙を流しながら──彼女は少女たちを追い掛ける。愛しい我が子たちの“死”に報いる為に。
「許せぬ……許せぬ……妾の棲家を蹂躪し、我が子たちを奪っていったあの人間──アイノア=アスターめ……!!」
〜〜〜
(……って、アイノアのせいじゃないでちゅか……!? 魔物にすら恨まれるとか、どんだけでちゅか!!?)
唸り、猛り、吼えるハウンド・クイーンの“声”を聴いたカティスは、魔犬の女王が現れ人間を襲おうとする理由に得心がつく。
(我が子を連れ去られ、見世物の為に殺ちゃれれば、そりゃブチ切れるでちゅね……)
しかし、それは魔犬の女王の都合。如何に彼女の怒りが正当であろうとも、スティアやフィナンシェ達もおめおめと殺される訳にはいかない。自らの生存を賭けて、必死に足掻き、必死に抗う。
“死”は避けられぬ必定であり、“生”への渇望は──あらゆる生命に許された権利である。
「で、策はあんのか、ラウラ?」
「とにかく、後ろの怪物を精一杯妨害しながら走り抜けますわ!! “爆炎よ 爆ぜろ”──『爆炎球』!!」
「『後は野となれ山となれ』──ね。はいはい、いつも通りって事だな!!」
ラウラが放った火球がハウンド・クイーンに直撃し、女王が激しく吼えるのを確認すると、トウリは不敵に笑う。
(この犬の小娘──生命の危機において、尚……笑うか! 見どころあるでちゅね……抱かれ心地はあんまりよろちくないでちゅが……!! 乱暴でちゅ!!)
(なんだ……このチビの値踏みする様な表情は……!? なんかムカムカするぞ!!)
四人の少女たちは長い廊下の行き止まりを目指してひた走り、見えてきた次の曲がり角を再びドリフトしながら滑り抜けるように通過する。
『おぉーっと、ハウンド・クイーンに追われている四人、走りとは思えない凄まじいドリフトを決めて曲がり角を走り抜けています!!』
『実況再開しだしたっ!!? お前はトドメ要員だろ、さっさと持ち場に着け!!』
『嫌です〜っ!! こんな愉k──んん、こんな一大事、見過ごせる訳ないでしょーーっ♪』
ハウンド・クイーンが曲がり角を完全に曲がれず壁に激突する音を、僅か数メートル後ろで感じながら一行は長い長い廊下を見据える。
「此処は……エントランス前!!」
そこは、ラスヴァー家旧邸宅の玄関から左右へと伸びる長い廊下にあたる部分だった。
「出口があるんですの……!?」
「そうなる……でも、みんなで出ても意味無いよ……!!」
確かに、いま彼女たちが走っている通路には玄関口がある。しかし、そこから全員が脱出すれば、ハウンド・クイーンも玄関に身体を向けて突進してくるだろう。
もし、屋外に出てしまえば、スティアたちは屋内というアドバンテージを失ってしまい、忽ちにハウンド・クイーンの餌食になってしまう。
「仕方ありませんわ……! トウリさん、その子を連れて脱出なさい!!」
その為、ラウラは赤ちゃんであるカティスの安全を最優先し、カティス抱きかかえているトウリに脱出を促す。
「ハァ!? ふざけんな!! おれはラウラ──お前の”相棒“だ……! おれが最優先するのはこのチビじゃない……ラウラ、お前だ!!」
「トウリさん……///」
「悪いが……いざって時は、おれはラウラの命を優先するぜ!!」
しかし、トウリは彼女の要求を突っぱねる。トウリにとってラウラは、抱き抱えた小さな命よりも大切なものなのだ。
『──ッ!! ラウラ嬢、後ろ!!』
故に、この展開は”運命“だったのかも知れない。
「──ッ!! ラウラァアアアアア!!!!」
「────キャア!!?」
四人の最後尾を走っていたラウラをとうとう“攻撃圏内”に捉えたハウンド・クイーンは、大きく姿勢を立ち上げ、その鋭く研がれた凶爪でラウラの身体を引き裂こうと──勢い良く右の前足を振り下ろす。
しかし間一髪、ハウンド・クイーンの動きを察知したトウリがラウラを抱えて大きく跳躍──カティス諸共、玄関のドアをこじ開けて女王の追撃から逃れるのだった。
「「えぇーーーーっ!!? 嘘でしょーーーーっ!!!?」」
その光景に、スティアとフィナンシェはあ然とするしか無かった。ラウラとトウリの逃走に巻き込まれて、そのラウラとトウリがしれっとハウンド・クイーンの追撃から逃れ、魔犬の女王の追撃を擦り付けられた。
「「いやいやいやいや、なんでわたし達だけーーーーっ!!!?」」
文句を言っても、ラウラとトウリはもう遥か後方。愚痴を言っても、ハウンド・クイーンは止まってくれない。
「「嫌ぁああああああ!! た、助けてぇえええええ!!!!」」
怒りで我を忘れた女王はいつの間にか消えた3人に目もくれず、目の前で逃げ惑うスティアとフィナンシェを追いたてる。
(マズイでちゅ、マズイでちゅ!! まちゃか、こんな形でふたりと逸れるなんて……!? どうりでおれが観た未来に──おれ自身が映っていなかったわけでちゅ!!)
トウリに抱えられ外へと脱出してしまったカティスは、すぐそこまで来ているスティアとフィナンシェの“死の未来”に焦燥を感じていた。
『ラウラ選手、トウリ選手、赤ちゃんを抱えたまま玄関から飛び出して無事脱出かーッ!?』
『いや、トウリ嬢は負傷している!!』
「トウリさん!? 私を庇って……!?」
ハウンド・クイーンの凶爪から辛くも逃れたラウラだったが、彼女を庇ったトウリは振り下ろされた凶爪を僅かに背に受けてしまい──傷口からダラダラと血を流して、うつ伏せに倒れていた。
「こ、こんくらい……かすり傷だって……!!」
「嘘おっしゃいな!! 今すぐ“回復薬”を……!!」
「おれはいい! そ、それよりもスティアとフィナンシェを頼む……!!」
「トウリさん……!! 分かりましたわ、スティアさんとフィナンシェさん──この私が見事、救ってみせますわ!!」
傷付き倒れ、それでも尚スティアとフィナンシェを気にかけるトウリに促され、ラウラは勇よく立ち上がる。
自分たちの騒動に巻き込まれた、スティアとフィナンシェを助ける為に。
「ばぶ、ばぶばぶばぶぶ!!(約:おい、おれも連れて行けでちゅ!!)」
「あなた……付いて来たいのですの……!?」
ラウラが再び立ち上がったのを観たカティスは、彼女に同行しようと短い未成熟な両腕を必死に伸ばす。
「バ、バカか、このチビ……!! おれと一緒に……ウッ、ゲホゲホッ!!」
「ばぶぶ!!(約:連れて行け!!)」
「良いでしょう……!! 但し、どうなっても知りませんわよ……!!」
「ラ、ラウラ……!!」
「トウリさん、貴女は安全な場所に避難を!」
そして、トウリから引き取ったカティスを自分の肩にしがみつかせると、ラウラは大剣を抱えて再び邸宅へと突入する。
「ラウラ……無事でいろよ……!!」
ラウラの果敢な後ろ姿を見送ったトウリは、とうとう体力が尽きたのか──その場で気を失ってしまう。スティアとフィナンシェの命を救えるのは──あとはラウラとカティスのみ。
(このままでは、ふたりの“死”に間に合わないでちゅ!! …………ちかたありまちぇん!!)
しかし──スティアとフィナンシェの“死の未来”まであと数十秒も無い。だからこそ、カティスは──ふたりが、あの地下祭殿で観せた“生命の輝き”に賭ける。
(魔王九九九式──『思考を娶る嗜好の針』!!)
魔王九九九式──『思考を娶る嗜好の針』、カティスの指先から出る光の糸を突き刺し、対象の思考・精神を掌握する精神干渉系統の『紋章術式』
「な、なに……チクッと────」
カティスの人差し指に浮かび上がった金色の“紋章”から現れた光の糸はラウラのうなじに突き刺さると、瞬時にラウラの思考をカティスの支配下に置き換えた。
「────よし、後はふたりに発破をかけますわ……口調が釣られた!? 魔王九九九式──『天に響く聖女の天啓』!!」
魔王九九九式──『天に響く聖女の天啓』、自身の思考を指定した対象と共有する、所謂“テレパシー”と呼ばれる精神干渉系統の『紋章術式』。
頭部に“天使の輪“を模した”紋章“を浮かべ、カティスは、逃げ続けるスティアとフィナンシェに言葉を送る。
『聞こえるか──スティア、フィナンシェ!!』
「な、何……!? 頭の中に声が……!!?」
「この声──ラウラさん!?」
『そうda──ですワ!!』
「「なんか偽物くさい!!?」」
『黙って聴くのですわ!! いいですか、あと20秒後にそのハウンド・クイーンの攻撃にやられて、お前たちは死ぬ!!』
「「えぇーーっ!! なんでーーっ!?」」
『その攻撃を死ぬ気で防いで、そこから10秒死ぬ気で凌げ!!』
「「………………!!」」
『10秒稼げ、そしたら──必ず助ける! 良いな!!』
たったそれだけ、言うだけ言ってラウラ(※カティス)の通信は途切れてしまう。走り続けるスティアとフィナンシェに聴こえてくるのは、真後ろに迫ったハウンド・クイーンの唸り声だけ。
「──スティアちゃん!」
「10秒凌げば良いんでしょ!?」
しかし、ラウラの言葉の僅かな“希望”にすがるしか無いふたりは──覚悟を決めるしかなかった。
その時はやって来る。スティアとフィナンシェが──人間への憎悪に燃えるハウンド・クイーンの牙の餌食になって命を落とす──その時が。
カティスが観た、スティアとフィナンシェの“死の未来”まで──あと10秒。
次回、いよいよクライマックス!!
明後日、更新予定ですので、お楽しみに〜♪
それでは皆さん、また次回(・∀・)ノシ