第二十三話：ギルド試験狂騒曲⑯/抗う者たち
「な、なに今の獣の遠吠えみたいなのは……！？」
「む、向こうにある果樹園の方から聴こえてきたよね……！？」
時を同じくして、旧邸宅・廊下。裏庭の果樹園を目指していたスティアとフィナンシェは、突然響き渡った獣の遠吠えに驚き足を止めてしまっていた。
『おい、アイノア！ なんだ今の獣の咆哮と女性の悲鳴は！？ 果樹園に居るのはフォレストフロッグじゃないのか！！？』
『そ、その筈ですけどぉ〜♪ アレ〜、お、おっかしいな……あんな鳴き声の魔物なんか仕入れて無いんだけどな〜？？』
その、アイノアの予想外の狼狽えかたに──選抜試験の参加者や様子を見守っていた観客たちからはざわざわと動揺の声が漏れ始めてくる。
会場に放たれた魔物を把握している筈のアイノアが預かり知らない魔物が紛れ込んでいる。それはつまり──選抜試験を管理しているギルドにとって想定外の事態が発生している何よりの証明だった。
『と、とにかく、我々は事態の把握に務めるぞ……！！ 果樹園に向かった筈のラウラ嬢とトウリ嬢の安否が心配だ！』
『わ、分かっていますよ〜！ 紋章術式──“天使の歌声”』
事態が急を要する事に気付いエスティに急かされて、アイノアは慌てて喉元に“紋章”を浮かべて声を上げる準備をする。
『“索敵反響音”──Ｒａａａａ♪』
そして、アイノアの口から超音波のように甲高い声が発せられ、瞬く間に旧邸宅一帯を覆っていく。
“反響定位”──イルカやクジラ、蝙蝠などが行う索敵で、自身が発した音波が何かしらのものにぶつかり反響した音を拾う事で、地形や物体の距離や大きさなどを測ることが出来る技法である。
アイノアは自身の“歌声”を利用してこのエコーロケーションを行い、果樹園に現れた正体不明の“敵性個体”の割り出しを行う。
『どうだアイノア！？』
『あ～まっずい……！ ラウラ選手とトウリ選手──追われています！！』
「フ、フィーネ……何か近付いてきてるよね？」
「多分……わたし、すっごく嫌な予感がする」
果樹園へと続く通路の奥から響く地響きの様な揺れを感じ、スティアとフィナンシェは立ち止まるどころか、足を一歩引いてすぐさま逃げれるように構えた。
（アイノアのあの狼狽え方……どうやら──愈々、おれが観たふたりの“死”に直結ちゅる『原因』の登場でちゅね……！！）
あたかも、受け取るべきバトンを待つリレー選手の様に後ろをちらちらと確認するスティアとフィナンシェ。そして、地響きがより一層大きくなった瞬間──廊下の曲がり角からソレは現れる。
「ラ、ラウラ──ッ！！？」
「ト、トウリさん……！！？」
現れたのは果樹園に向かった筈のラウラとトウリ。廊下の曲がり角を“ズギャギャギャ！！”と凄まじい音を響かせてドリフトするかの如く滑りながら現れたふたりは、脇目も振らずそのままスティアとフィナンシェに向かって走ってくる。
そして、ラウラとトウリの背後から──、
「ＧｙａｏＯＯＯＯＯＯＯＯＯＷ──！！」
──廊下の天井に頭が当たりかねないほど巨大な魔犬が、逃げるラウラとトウリを追いかける様に現れた。
「に、に、逃げるのですわーーーーっ！！！！」
その、ラウラの絶叫は──スティアとフィナンシェに事の深刻さを伝えるには、十分過ぎる効果を発揮した。目の前には半泣きになりながら、全力疾走で逃げるラウラとトウリ。ふたりの奥には涎を垂らしながら、獲物に突進してくる巨大な魔犬。
「き、き、き──」
「き、き、き──」
一度“死”を経験したふたりの危機管理能力は凄まじかった。ふたりの脳内には瞬時に“生命の危機”を報せる警鐘が鳴り響き、アドレナリンが一気に分泌される。
「「きゃぁああああああ！！？ ば、化け物だぁああああああああ！！！？」」
怪物を視認してから、足を一歩踏み出すまでの時間──僅か５秒。スティアとフィナンシェは、魔犬から逃げるように一目散に走り始めた。
『ラウラァ！！！ なんだ、あの化け物は！！？』
『し、知りません！ アイノアちゃん、あんな魔物なんて捕まえていません！！』
『──アレ、どう見たってハンウド・クイーンじゃないか！？ “危険度３”に相当する魔物だぞ！！ 選抜試験の参加者たちがどうこうできる“次元”の相手じゃない！！』
『み、観れば分かります〜ッ！！ きっと何処かから忍び込んだに違いありません！！』
スティアとフィナンシェを観測する様に飛んでいたアイノアとエスティも漸く件の魔物を目撃し、その正体を知ることが出来た。
ハウンド・クイーン──その名の通り、犬の魔物の一種である『ヘル・ハウンド』の女王個体。通常種であるヘル・ハウンドの母体であり、一個の群れを統率する“主”としての役割を果たす。
その戦闘能力は、この選抜試験にも投入されている通常種とは比べ物にならないほど高く、一匹でも人里に現れれば──ギルドが誇る歴戦の冒険者が駆り出される程の凶暴性と凶悪性を孕んでいる魔物だ。
『まずいぞ……！ ハウンド・クイーンが相手だと、待機させている救援隊では歯が立たない……！！』
ハウンド・クイーンの有する凶暴性を瞬時に見抜いたエスティは、会場に配置している有事の際の救援隊ではどうにもならない相手だという事を悟る。
『アイノア！ あいつは……“魔人殺し”はまだカヴェレに居るか！？』
エスティは、この危機的状況を打開できるであろう高ランクの冒険者の所在をアイノアに問うが──、
『そ、それが……彼女は今朝──カヴェレを発っちゃって……！！』
『なんて間の悪い……！！』
──彼女の返答はエスティにとっても、絶体絶命のスティアやフィナンシェ達にとっても好ましいものでは無かった。
『仕方ない……アイノア、お前ならあの程度の魔物なら余裕で処理できるだろ！？』
『で、出来ますけど〜♡ アイノアちゃんの“天使の歌声”は、ほとんどが広範囲・無差別に攻撃する“範囲攻撃”なので〜♡ このまま歌えば〜、ハウンド・クイーンに追われている５人が巻き添えを喰ってしまう可能性が無きにしもあらずで……♡』
『この“殺戮の天使”が……！！』
アイノア自身もまた、騒ぎに巻き込まれた彼女たちの安全を“確実に”保証できる手段を持っていなかった。
「はぁはぁ……な、何なのこのバカでかい魔犬はーーッ！？」
「わ、私に訊かないで下さいませーーッ！！」
一方、ハウンド・クイーンに追われる羽目になってしまった四人の少女は、邸宅の廊下を全速力で走っていた。
不幸中の幸いか──ハウンド・クイーンの巨体にとっては旧邸宅の廊下は少々手狭であり、身体をあちこちにぶつけてしまう影響で、本来ならあっという間に捕らえれる筈の少女たちに未だに追いつけずにいた。
「はぁはぁ……ちょっと……待って下さい……！！ あ、赤ちゃんと……はぁはぁ、自分の……お、おっぱいが重くて……速く走れんないです〜！！」
「あ〜、しゃーない！ 赤ん坊はおれが預かってやるよ！ でけー乳は諦めな……！！」
「ひ、ひぃ〜！！」
「ほら……チビ、おれが守ってやるから、ちょっと辛抱しなよ……！！」
その隙にトウリは、色々と身重なフィナンシェから背負っていたカティスを預かり抱きかかえる。
（う〜む、困ったでちゅね……！ 何とかちたいでちゅが、“傍観者”が邪魔でちゅね……！！）
トウリの腕に抱かれながら、カティスは事態の対処に頭を悩ませていた。カティスの能力なら、後方から追いかけてくるハウンド・クイーンの対処など容易い。
しかし、アイノアとエスティの度重なる実況、いま発生している緊急事態に観客の注目が集まっている以上──極力目立ちたくないカティスは、無闇に力を行使する訳にはいかなかった。
（一度、『戦場に降り注ぐ神の歌声』を観ちぇ、スティアとフィナンシェからおれの力の一旦を聞き及んだラウラとトウリはともかく──実況のアイノアやエちゅティ、傍観者に観られる訳にはいかないでちゅ……！！）
『聴こえますかーーっ！？ 必死に逃げている子羊の皆さんーーッ！？』
カティスがハウンド・クイーンへの秘密裏の対処を模索していると、窓の外からワイバーンに乗ってスティア達に並走するように飛行するアイノアが現れる。
『皆さんに朗報〜♡ そのハウンド・クイーン──アイノアちゃんが“処理”してあげま〜す♡』
「ホ、ホント！？」
「い、今すぐやってくださ〜い！」
『でもでも〜、ざんねーん♡ そのハウンド・クイーンを仕留めるには、今のままでは流石のアイノアちゃんでも骨が折れちゃいます〜♡』
「はぁ！？ じゃあ、どうすんだよ！？」
「そうですわーっ！！ 私たち、そろそろ体力の限界ですわ……！！」
『分かってます〜♡ 皆さん、何とかしてそのハウンド・クイーンの動きを止めてくださ〜い♪』
「はぁ、どうやって！！？」
『それは皆さんで考えてくださーい♡ と、言いたいとこですが〜』
『いまあなた達が走っている廊下には行き止まりがある。そこまで何とか耐えなさい……！』
『そこまで行ってハウンド・クイーンが動きを止めれば──其処をアイノアちゃんが、“即死”させちゃいまーす♡』
「行き止まり迄って、そんな無茶言わないで下さいませ！！」
『出来ますか、出来ませんか〜？』
「やるよ、やってやるわよ……！！ あたし達を舐めないでね！！」
『その心意気だ……！ 死ぬなよ……！！』
「仕方ありませんですわ……！！ “爆炎よ 爆ぜろ”──『爆炎球』！！」
アイノアとエスティの策を聴いて意を決したのか、ラウラは冷静に、氷の様に冷めた集中力で魔法を詠唱すると──後方のハウンド・クイーンに向けて爆炎を放つ。
「Ｇａｒ──ｒ！！ ＷｏｗｏｏｏｏｏｏＮ────！！！！」
魔犬の女王は高らかに吠え猛る。そう、目の前の獲物は──ただ喰われるだけの“餌”では無い。
迫りくる“死”に決死に抵抗する、死の淵にこそ生命輝く──『抗う者たち』なのだと、迫りくる巨獣に少女たちは高らかに主張する。
そして、その主張を理解した女王は、鋭く尖った牙を剥き出しにする。彼女たちの抵抗を叩きのめし、絶望の淵に堕とした少女たちを喰い漁る為に。
「さぁ、抗いますわよ！！」
「しゃーねぇ、やってやるよ！！」
「フィーネ、あたし達も抗うよ！！」
「わたし達は──まだ負けません！！」
（…………この事態、どう動くのでちゅか……！？）
──カティスが観た、スティアとフィナンシェの“死の未来”まで──あと６０秒。
ＧＷ期間中はなるべく毎日、投稿したいな〜(´・ω・｀)
でも、ＧＷ中もやる事あるし難しいかな〜(-.-;)
もっともっと、執筆スキルを磨きたい。
今回もよろしくお願いします。
皆様の、ＧＷ中のささやかな娯楽になれますように♪
