第十五話:ギルド試験狂騒曲⑧/悪魔は嘲笑い、混乱を呼び寄せる
「──で? 結局、なんであたしとフィーネは選抜試験を受けれないの!? はやく答えろおらー!」
「スティアちゃんがやさぐれてる……」
(スティアがやちゃぐれてるのは、お前のせいでちよフィナンシェ……)
ギルドの試験に参加できない事が納得できないスティアは受付カウンターの天板を“バンバンッ”と手で叩きながらアイノアに抗議している。
「も〜、仕方ないですね〜、理由はかんたんですよ。今日の選抜試験──参加受付は“昨日”まででーす♡」
そして、アイノアから返された答えは──『受付は昨日まで』と言う至極単純な理由だった。
「えーーっ!! そ、そんなーーっ!?」
「えーーっ♡ そうなんですー♡ 受付は昨日で締め切っちゃいましたー♡」
にこやかに受け答えするアイノアと驚きの表情を隠せないスティアとフィナンシェを尻目に、エスティが何やら名簿のような物をペラペラと捲っている。
「──受付に最後に来たのは、昨日の朝に申し込みのあった……『ラウラ』と『トウリ』と言う二人組ね」
「後は、例の竜の咆哮のせいで、支部もバタバタしてたからだーれも参加申請をされてませんねー♡」
「な、何とかならないでしょうか? わたしたち、早くギルドの冒険者になりたいんです……!」
「えー、そんな無茶言わないでくださーい。可愛いアイノアちゃんにも、濫用できる職権には限度があるんですー」
「普段からしないで? 始末書書いてるの私なのよ……!」
(普段からやっとるんでちゅかい……!?)
「それじゃあ、次の試験は何時やるの?」
「次の試験は──未定ですね♪」
「そ、そんな…………!?」
「そもそも──今日の試験も昨日の一件を鑑みて中止にする予定だったんだけど」
「そこは可愛いアイノアちゃん、責任者を脅迫して開催ゴリ押ししましたー♡」
「…………その始末書も私は書かされました……!!」
(ふふふっ、順調にスティアとフィナンシェが参加出来なくなってまちゅねー♪)
スティアとフィナンシェが選抜試験に参加さえしなければ──惨劇は回避出来る。そう思っているカティスは、スティアとフィナンシェに不利に働いている現状に小さくほくそ笑む。
(後は素直に諦めて田舎に帰るのでちゅ。田舎でのちゅローライフなら、特別におれが付き合う事を許ちやるでちゅ……♪)
最悪──お気に入りのフィナンシェと、自分の末裔であるスティアと一緒なのは許容範囲だと自分に言い聞かせながら。
「おやおや……何を騒いでいるのかと思えば──またお前たちか? アスター君に、エスティ君?」
しかし──如何に“史上最強の魔王”と言えど、思い通りに事が運ばないのが世の常。
「げっ、ラスヴァー支部長……!! もうトイスタから帰ってきたのか……!?」
「あ〜、面倒くさーい御方が戻ってきちゃいましたー。アイノアちゃん、これにはテンション下げ下げですぅ〜⤵」
受付カウンター立つスティアとフィナンシェの真後ろ──建物の入口から聞こえて来た声に、エスティとアイノアは一瞬で表情が曇り、急に頬杖をついて視線を左右に逸しだす。
そのふたりの挙動不審な態度を怪訝に思ったスティアとフィナンシェが背後に振り返ると──其処には、一人の男が立っていた。
裕福で贅沢な食事をしていたのであろう恰幅の良い身体、深緑色の仕立ての良いコートを羽織り、綺麗に整えられた輝く黄金の髪と紅電気石の様な深い紅色の瞳をした中年男性。
「お、おはようございます……! サ、サルカス=ラスヴァー支部長……!!」
彼こそが──カヴェレに構えるギルド支部の実権を握る権力者──サルカス=ラスヴァーである。
「これはこれは……エスティ君、今日もアスター君のお守りかね? ハッハッハッ、このような悪辣な『人間の屑』の同期だと、君も大変だなぁ……んん??」
「あー、はい。そっすねー」
ふくよかな身体を上下に揺らしながら受付カウンターへと近付いてきたラスヴァーは開口一番、嫌味ったらしい口調でエスティに野次を飛ばし始める。
(──なに、この感じの悪いおじさんは?)
(この人はサルカス=ラスヴァーさん。このカヴェレの街を治める貴族だよ、スティアちゃん)
(ふーん、おれの識っている貴族よりかは──いくぶん躾がなっていないようでちゅね)
傍観するスティアとフィナンシェ、知らんぷりを決め込むカティスを他所に──傲慢な態度のラスヴァーは、その矛先を今度はアイノアに向け始める。
「アスター君? 君はあいも変わらず、そのバカみたいな態度で仕事をしているのかね?」
「こんにちは~ラスヴァー支部長ー。あいも変わらずおデブで〜、加齢臭臭くて〜、醜い性格ですね♡」
「おぉーい!? にこやかな面で暴言を羅列するな!!? もうちょっと、こう──せめて『オブラートに包む』事は出来んのかね??」
「オブラート、ですねー♡ わっかりましたー、それじゃあアイノアちゃん、もう一度……♪」
「こんにちは〜ラスヴァー支部長ー。あいも変わらずお元気ですね────死ね♡」
「オブラートどっか行った!!?」
しかしながら──アイノア=アスター、この女、一筋縄ではいかないらしい。
(……ねぇ、フィーネ? あっちのおじさんの方が立場上だよね??)
(だと思うんだけど……)
「ア、アスター君……? わ、私は一応、君の上司なのだが……?」
「は~い、そうですねー♡ だ・か・ら、どうしたんですか♡」
「だいたい、貴様が昨日、『選抜試験、明日強行しちゃいまーす♡』……なんて巫山戯た文を伝書ワイバーンで送ってくるから、私は大急ぎで此処に戻ってきたのだぞ……!!」
(伝書ワイバーンって何でちゅか……!!?)
「アイノアちゃんはぁ……文を送っただけですよ〜♡ 勝手に急いで帰ってきたのはラスヴァー支部長さんですよねー♪」
「ぐぬぬっ……言わせておけば!! ギルドマスターの──あの女狐の“お気に入り”だからと調子に乗りおってぇ……!!」
「はーい♡ アイノアちゃん、ギルドマスターとマブの友達なので、ラスヴァー支部長如きじゃ止められませんー♡」
彼女の飄々とした態度と、その裏に潜む強大な“繋がり”に──ラスヴァーは震える拳を渋々下ろすしかなかった。
「くそっ、あの女狐めぇ……こんな厄介な女を送り込みやがって……ん? 君たちは確か……?」
しかし──アイノアに邪険にされたせいで意識が乱れてしまったラスヴァーは、受付カウンターの側に立っていたふたりの少女に意識を向けてしまう事になる。
「──おやおや、誰かと思えばランプ村……辺鄙な田舎に住むフォルテッシモの所の箱入り娘と、そこに住む小間使いの小娘じゃないかぁ……!」
ふたりに気付いたラスヴァーは、新しい獲物を見つけたように下卑た視線を送ると、舌舐めずりをしながらふたりに開幕から品性の欠片もない罵詈雑言をまくし立て始める。
「あたしが小間使いだって……!?」
「違うのか? 身寄りの無い孤児が、田舎とは言え名家に住み込んで家事家業の手伝いをしているのだろう……? これを“小間使い”と言わずなんと言う──まさか“奴隷”か?」
「この……っ!!」
そのラスヴァーの心無い暴言に拳を強く握りしめ震わせるスティアだったが、そんな彼女の前にフィナンシェが眉を顰めながら割って入った。
「──スティアちゃんはわたしたちの小間使いでも奴隷でもありません!」
「……フィーネ///」
「スティアちゃんは──ただの大飯食らいの“居候”です……!!」
「────すいません! ただの“小間使い”でよろしくお願いしまーす!!」
「…………お、おぅ。そう言うなら小間使いで良いけど……」
(おっちゃん……なに押ちゃれてるんでちゅか──情けない)
スティアとフィナンシェの何とも言えないやり取りに反撃され、思わず勢いを失ってしまったラスヴァーは目をキョロキョロと動かして次の獲物を探し始める。
「『自分より立場が弱い人にマウントを取るのがだーい好きな』ラスヴァー支部長ー♪ 次の獲物は見つかりましたかー♡」
「ええぃ、貴様は黙っとれ……!! ん、その赤子は……!」
アイノアに煽られながらも、『自分がマウントを取れる弱い相手を煽る』と言う悲しき性をしているラスヴァーは──パッと見、一番の“弱者”であろう乳母車で眠る赤ちゃんに目を付ける。
(はぁ……次は当然、おれでちゅよね……)
「わー、最悪☆ ラスヴァー支部長さんったら……最早、赤ちゃん相手じゃないとイキれないんですね〜、かわいそ〜♪」
「ラスヴァー支部長……なんて情けない……!! それでも人の上に立つ貴族なのですか……!?」
受付カウンターの向こうから野次を飛ばしまくってくるアイノアとエスティを露骨に無視すると、ラスヴァーはニヤニヤと笑いながら赤ちゃんとふたりの少女に再び視線を向ける。
「ふ、ふふふっ──何だね君たち……その赤子は?」
「こ、この子はその……!」
「あぁあぁ、言わなくても良い。どうせ──行きずりの男との間に拵えた子供だろう……?」
「ち、違います! この子は──」
「全く、近頃の子どもはマセていてイカンなぁ……! モノの分別も弁えずに子どもを作るから──そうやって男に捨てられるんだ!」
「わ、わたしは──男の人とそんな関係になった事はありません!! この子はただの──」
「ただの──何だ? まさか、人攫いでもして来たのか……んん?」
「──っ!! そ、それは……」
サルカス=ラスヴァーの罵詈雑言の大半が、聞くに堪えない汚言だが──ただ一点、『人攫い』と言う点に関してはスティアとフィナンシェに非があった。
その──言い逃れできない事実を追求され、狼狽えてしまったフィナンシェの“一瞬の隙”を、狡猾な男は見逃さない。
「ほぉら見ろ──やはり人に言えない事情でもあるんだろ?」
「────それは……その……!!」
「全く、貴様の伯父と言い──『パーヴァルヘ』の血筋には碌な奴がおらんのか?」
「──お、伯父様の事は今は関係ありません!! わ、わたし達は、ただ──ギルドの冒険者になりに此処に来ただけです!!」
「ほぉ~、ギルドの冒険者にねぇ。それで、今日の選抜試験を受けるつもりなのかね……?」
「それは……その……」
「まさか──受付をし忘れたのか? く、くくくっ……ハッハッハッハッ──これは傑作だ! 流石は、あの底辺賢者の姪っ子だな……愚かな所がそっくりだ!!」
「うぅ──」
彼女にとって大切な身内を罵られ、フィナンシェは悔しさで眼に涙を浮かべてしまう。その涙が目の前にいる醜悪な男の加虐心をさらに暴走させるとも知らずに。
「オイ、いい加減にしろよおっさん!! こんな小さな──おっぱい大きい──こんな小さな女の子を泣かして楽しいのかよ!?」
(一瞬雑念入ったでちゅ!!?)
流石に騒ぎすぎたのか、受付カウンターの周りにはその場に居た冒険者たちがワラワラと集まってきて、一斉にラスヴァーを糾弾し始める。
「受付カウンターで人集りが出来ていて近付けませんわ!?」
「なんかトラブルかな……? しゃーないから、先に二階にあるシャンテール商会でアイテムでも買ってこよーぜ」
「女の子をイジメるなんて趣味悪いぞおっさん!!」
「そーだそーだ、恥を知れ!!」
「アイノア=アスター、この人間の屑ー!!」
「この成り上がりの貴族もどき!!」
「給料上げろーー!!」
各々が暴言をラスヴァーに浴びせまくる。
「ちょ、アイノアちゃんのこと罵ったの誰ですかー!!?」
しかし──、
「黙っとれ、冒険者風情がぁ!!!」
──そこは仮にもギルド支部を治める長。恐ろしく覇気のある怒号で、荒れる場を一気に沈黙させた。
「あと、エスティ君。君の給料は──上げん」
(どさくさに紛れて文句言ったのバレてるーー!!?)
「誰のお陰で“仕事”にありつけていると思っている……? 身の程を弁えろ小童共がぁ!!」
その恫喝に、その気迫に、取り巻きの冒険者たちは一歩、後ずさってしまう。
「──黙っていれば言いたい放題……!」
──スティア以外は。フィナンシェを泣かされた事に堪忍袋の緒が切れたのか、拳に目一杯の力を込めてスティアはラスヴァーの元へと走り出そうとする。
「はい、ざんねーん♡ アイノアちゃんの眼が青いうちは、暴力沙汰はいけませんよー♡」
しかし、スティアが振り上げた拳は──カウンターの向こうから伸ばされたアイノアの手にガッチリと掴まれ、ピクリとも動かなくなってしまう。
「は、離して! あ、あんな奴の肩を持つの!?」
「だーめ♪ ここで拳をあげちゃったら、流石のアイノアちゃんでも選抜試験にねじ込めなくなっちゃうから駄目だよー♡」
「──!?」
そんなスティアとアイノアのやり取りにも意識が行ってないのか、ラスヴァーは興奮気味に泣き顔のフィナンシェに歩み寄る。
「君もそうだ……子供がいて大変なんだろう? 冒険者にならずとも、ギルドで働きたいなら──此処で受付嬢でもすれば良い。そうすれば──私はそこにいるアスター君とエスティ君を解雇出来るからな」
「えっ、何で!?」
「そうだ──いっそ私の女にならんか? 若く、美しく、色気もある……貴族の私に相応しいじゃないか……?」
「アイノアちゃん、そうは思いませんー。ラスヴァー支部長にはオーク(♀)がお似合いだと思いますー」
「せめて人間にして……?」
「☠」
「まぁ、良い。どうだ、そうしなさい? 貴族の女になれば何も不自由させんぞ? そんな汚らしい赤子よりも、より気品ある子も授けてやる」
調子に乗ったラスヴァーは事もあろうに、まだ15歳の少女であるフィナンシェに最低な発言をする。
しかしこの時、ラスヴァーはとんでもない過ちを冒していた。
(──汚らしい赤子……だと?)
それは──、
(ほう……言ってくれるでちゅね──人間風情が!!!)
──その赤ちゃんの逆鱗に触れてしまったこと。
(信頼のある上での暴言は許ちてまちゅが──悪意100%の暴言は絶っ対に許ちゃん!!)
よりにも寄って──サルカス=ラスヴァーは、一番マウントをとってはいけない相手にマウントを仕掛けてしまった。
故に──彼はこれから、『魔王』による公開処刑の憂き目に合う羽目となってしまう。
(この下劣な男は──社会的に抹殺ちてやるでちゅ……!!)
悪い奴、性格が悪い奴を書いている時が一番ウキウキしますΣ(゜∀゜ノ)ノ
そして、悪党が無様で哀れな末路を迎えるのが、作者が悪に求める“美学”です。
悪とは──引かぬ、媚びぬ、省みぬ。(byサ○ザー)そして、とびっきり哀れな末路を。
と言うわけで、次回、小物の悪党サルカス=ラスヴァーの破滅回!
次回も本作をよろしくおねがいします(`・ω・´)ゞ
ブクマや評価、感想もお待ちしてます(/ω・\)




