幕間:とある村人から見た魔王カティス
今回は前回の後書き通り、主人公『魔王カティス』生前のお話を描いた幕間の物語となります。
前回のお話に関するサイドストーリーとなっておりますが、ぶっちゃけ本編とは関わりのないとんちきストーリーとなっていますので飛ばしてもらっても大丈夫ですΣ(゜∀゜ノ)ノ
それでは、時を遡ること1000年前──おとぎ話に語られる『魔王カティス』の知られざるエピソードをどうぞ──!
「──と、言う訳で、ようこそ皆様。今宵はこのヴァルタイスト城にご足労頂きありがとうございます。私、今回の“催し物”の司会進行を務めさせていただきます──“魔導人形”のレトワイスと申します」
──いや、どう言う訳だよ。よく分からないが、俺の目の前で『レトワイス』とか名乗ったメイド服を着た不気味な魔導人形が淡々と喋ってやがる。
──左右の大きな窓しか特記する事がない、何にもない殺風景な大広間に俺は立っている、いや立たされていた。そして目の前、朱い垂幕で仕切られた舞台袖……? のような所に今しがた喋っていた魔導人形と、垂幕の反対側には可愛らしい黒いドレスを纏った褐色の肌の──尖った耳が特徴的なダークエルフの幼女が立っていた。
──状況が全然分かんねぇ……!? 少なくても、王族のパーティにサプライズで招待された訳じゃ無さそうだ。
──なんせ、俺の目の前に経っているのは、魔導人形にダークエルフ、どっちもかの悪名高き『魔王カティス』率いる魔王軍の配下だ。どう考えても、此処は魔王軍の領域です──本当にありがとうございました。
──んでもって、立たされてるのは俺だけじゃねぇ。
「おいおい、何だ此処は!? 私はさっきまで宿舎にいた筈……この私に──王国一の騎士である私に一体何をしたんだ!!?」
──この俺のすぐに右で、銀色に煌めく甲冑と剣を携えた騎士様が喚き散らしている。やれやれ、イキるのは勝手だが、こんな異常事態なんだから黙って様子を窺う事はできないんですかね?
「ふぉっふぉっふぉ、なんじゃ此処は……? 儂はさっきまで、ホロア殿と茶を飲んでいた筈なんじゃが……?? もう飯の時間かの……???」
──騎士様のさらに右側で杖を付いたローブの老人──如何にも魔法使いっぽい爺さんが狼狽えている。って言うか、この状態で飯の心配してる場合かよ……ボケてんじゃねーか!?
「はわわわわ……! わ、私なんでこんな所にいるの〜〜!? 私、キリアリア様のミルクを取りに行こうとしてただけなのに〜〜!!?」
──で、俺の左で多分、聖都の修道女らしき女がミルクの入った哺乳瓶片手に、両膝をついて必死に天に祈りを捧げている。参った、こちらさんも完全にパニクっておられる。
──はぁ、やれやれ……冷静なのは俺だけか?
──此処にいるのは騎士様に、魔法使い殿に、修道女ちゃんに、この俺──至って普通の“村人”か……。何の集まりなんだ……これは?
「狼狽えるな、お前たち……!!」
──でだ、修道女ちゃんのさらに向こう側で俺たちを諌める声が響いてるんだが、この五人目が問題なんだわ……。
「何があっても、この私が守ってやろう……!!」
──とか言ってるけどな、こいつ……骸骨なんだわ。確かにな、剣士っぽい服装してるけどな、骸骨なんだわ……。
「お前さん、絶対にあっち側じゃね!?」
「えっ、マジ……!? 骸骨って人間側じゃないの!!?」
──おぅ、生前は“人間”かも知れねぇが、白骨死体になって動いてたら立派な“アンデッド”でしょうが……!! って言うか、どうやって喋ってるんだアレ!!?
──駄目だ、骸骨のせいで思考能力が下がっちまってやがる。いったん頭の中を整理しよう。
──確か、俺は村人らしく畑を耕していた筈。そしたら、急に目の前に角の生えた黒髪と金色の眼をした黒マントの奴が何処からともなく現れて、『ハイ、幸運な1名様ご案内ー♪』って言ってマントで俺を包んで──で、目の前が真っ暗になったと思ったら……此処に居たと。
──誘拐ですね、誘拐。しかも、魔王軍に攫われたときた。やれやれ、これは俺も年貢の納め時かな?
「ピュイ、ピュイ!!」
「……おわぁ!!?」
──突然、俺の目の前に小さな紅い竜の幼体が飛び掛かってきた。
「ピューイ、ピューイ♪」
──ビックリして腰を抜かした俺を馬鹿にしてるのか、悪戯好きのドラゴンの幼体は小さな翼を羽ばたかせて甲高い声で鳴いてやがる。
「いけませんよ、ブレグナント? そちらの方々は我が主がお招きしたお客人……、無礼は我が主の名に傷をつけますよ?」
──そう魔導人形に叱られた『ブレグナント』と呼ばれた子ドラゴンが、しょんぼりしながら魔導人形の横へと飛んでいった。
──幼体とは言えドラゴンまで居るとは、どうやら此処はとんでもなくヤバいとこらしい。俺の“村人”としての直感がそう言っている。
「さて、それでは──本日の主役のご登場と行きましょう。キャストさん、ご準備を……!!」
「────────っ!!」
──魔導人形が宣言すると、『キャスト』と呼ばれたダークエルフの幼女が顔色一つ変えず無言のまま──朱い垂幕に向かって凄まじい勢いで紙吹雪をばら撒き始めた。子ドラゴンも口から小さく炎を吹いて、雰囲気作りをしている。
──いよいよ、俺たちを此処に連れ去った張本人が現れるらしい。はぁ、最悪だ……これで『魔王カティス』なんて現れたら──流石の俺も冷静じゃいられなくなるだろうな。
「────よくぞ我がヴァルタイスト城に参ったな、幸運な人間共よ……!!」
──そうこうしてる内に、朱い垂幕の向こうから声が聞こえて来た。……幸運って言ったか……?
「案ずることは無い。そなた等は客人、丁重に饗してやろう……!」
「いや、攫った時点で手荒でしょ……」
──しまった、思わず言ってしまった。周りの連中が全員、こっちを向いてあ然としている。
「お前たちは昨日、俺がクジ引きで適当に決めた連中だからな。サプライズの招待になった事は許せ……!」
──マジかよ、クジ引きって適当過ぎんだろ!!
「ですから申し上げたのですよ、我が主? 『サプライズ誘拐は止めたほうが宜しいのでは?』──と」
──いや、そっちじゃねー!? 後なんだよ、『サプライズ誘拐』って物騒なワードは!!? そもそも、サプライズじゃない誘拐って何だよ!!?
「なんだよ『サプライズ誘拐』って物騒なワードは!!? そもそも、サプライズじゃない誘拐って何だよ!!?」
「突っ込み被ったーーっ!!?」
「な、何をいきなり大声を上げてるんだ、この村人風情がーーっ!!?」
「ぴゃあぁああああ!!? な、なんですか!? こ、この世の終わりですかーー!!?」
──俺がいきなり大声を出したせいで、両隣にいた騎士と修道女が腰を抜かしてしまっている。偶然とは言え、横にいる高慢ちきな自称“王国一”の騎士様をただの“村人”が見下しているのは、正直言って心地が良かった。
──逆に、腰を抜かしてとうとう泣き始めてしまった修道女には申し訳ないことをしちゃったな、と思う。
「突っ込みが被った……??」
──やばい、朱い垂幕の向こうの声が俺に向けられている。これは、俺史上で一番の絶体絶命か……?
「だよなー、お前もそう思うよな? いやー、人間の中にも俺と同じ感覚を持つ者がいるとは……!」
──何だ……褒められたのか??
──垂幕の向こうの声が妙に弾んでいる。一体、向こうにいるのは何者なんだ……!?
「我が主、お戯れはそこ迄です。そろそろ──お顔を御見せしては如何ですか?」
──魔導人形が両手で“パンパン”と叩いて場を静めた──いや、お前がさっき余計なこと言ったせいだろ!!?
「……むっ、お前に言われたくない……!? まぁ良い、では改めて……!!」
──早くしてやれよ……さっきからダークエルフのお嬢ちゃん、腕をぷるぷるさせながら紙吹雪をずっとばら撒いてるぞ。
「良くぞ参ったな、我がヴァルタイスト城へ! 歓迎するぞ──我が愛すべき人間共よ!!」
「──我は、混沌より生まれ出づり、終わりなき輪廻を斬り裂き、天より来る終焉を討ち破る者」
──垂幕の向こうの声が一段と低くなったと思ったら、大広間の空気が急に重くなって来やがった。おいおい、冗談じゃない──奥にいる奴は化け物か何か……!?
──そして、その言葉に合わせた魔導人形が勢い良く朱い垂幕を引いて──声の主が俺たちの前に姿を顕した。
──朱い垂幕の奥から顕れたのは──玉座に足を組み頬杖を付きながら尊大な態度で喋る、夜のような黒い髪と蛇のような金色の瞳をした──大きな角の生えた者。俺を村から攫った奴だ。
「我が名はカティス。魔王──カティスだ……!!」
──魔王カティス……??? 魔王カティスって、あの『魔王カティス』だよな……???
「「「「「ま、ま、魔王カティスーー!!!?」」」」」
──やばいヤバいヤバ過ぎる!! よりにもよって、この世界で一番ヤバい奴が──あの『魔王カティス』が俺たちの目の前にふんぞり返っているなんて──!!
「──────まさか、ま、魔王カティスだと!? 二つの大国を滅ぼした、あの魔王カティスだと──!!?」
──騎士が動揺して、身体をガタガタと震わしている。
「あぁ、シウナウス様……! 私、今から貴方様の元へ召されます……!!」
──修道女は祈りながら、自らの運命を諦めている。
「ふぉっふぉっふぉ……最近の若者は元気が良いの〜〜」
──魔法使いの爺さん、あんた余裕だな!!?
「────私は通りすがりの白骨死体です」
──そう言いながら、骸骨は死んだフリしている。いや、死んだフリなら声を出すなよ。
「流石は我が主、見事な登場です! 昨日、徹夜で先程の前口上を考えただけはありますね?」
「レトワイス!? 貴様、前口上の事を勝手にバラすな!!?」
──態度こそ陽気だが、相手はあの魔王カティス。なんの取り柄もないただの“村人”である俺ですら、その悪名は耳に届いている。
──近頃、王国中の村々を荒らし、ダークエルフ達の領域すら侵略した屈強な盗賊団をひとり残らず鏖殺したと聞き及んだ。そんな、化け物が──いま目の前にいる──、
「ふふふ、驚いて声も出ないか……人間よ? ふふふっ、ふふふふふ…………なぁ、キャスト──そろそろ、紙吹雪ばら撒くのやめて? 口に入る」
「────っ!? ────っ!!」
「よ〜し、そこに居る性悪メイドと違ってお前は良い子だな。後で、飴ちゃんをくれてやろう」
「〜〜〜〜♪」
──何だか気の抜けたお茶目な奴なのか???
「こ、此処であったが100年目!」
──と、驚いていると、横にいた騎士が剣を構えて魔王カティスに切っ先を向けていた。なんだ、自殺志願者でしたか。
「き、貴様が第一王子の婚約者を連れ去ったせいで、護衛だった私は降格されたのだぞ!!」
──自分の失態を魔王カティスのせいにしている。全く、これだから“自尊心”だけはいっちょ前の奴は早死するんだよ。
「魔王カティス!! あの方を何処にやった!!?」
──騎士の怒号に魔王カティスは身動ぎ一つせずに、騎士を見据えている。その冷ややかな視線は、眼中に入っていない筈の俺ですら背筋が凍りそうになるほどの寒かった。
「あぁ、あの女なら──もう死んだ」
「──き、貴っ様ぁあああああああ!!!」
──その無慈悲な死亡宣言を聞いた瞬間──騎士が剣を振り翳して斬りかかって行った。流石は、騎士様──ここ一番では怖気づかないらしい。
「いけませんよ、騎士様? 我が主にご無礼を働かれては?」
──しかし、剣の間合いまで詰めて魔王カティスに斬り掛かった瞬間──魔王カティスから離れた位置に待機していた筈の魔導人形が、瞬時に移動して身を挺して主を振り下ろされた剣から守り抜いた。
「疾いのぅ……あの人形」
「白骨死体的にも、あの人形の動きは中々に良かった」
「……マジ? 全然、見えなかった……!?」
──その動きを、ただの“村人”である俺は、全く捉えることが出来なかった。
──って言うか、骸骨って眼が無いのに景色視えるんだな。やっぱ、魔物じゃねーか。
「馬鹿な……!! 腕で我が剣を受け止めただと!!?」
「私の駆体は特殊な素材ですので、このように腕を“刃”に見立てる事も可能ですよ?」
「レトワイスよ、性能自慢はそこまでだ。そして勇敢なる騎士よ、今宵は“戦い”では無く“測定”の場だ。『彼女』の仇討ちがしたければ、また後日にお願いしよう?」
「魔王九九九式(開発中)──『亡霊達の晩餐会』!」
──驚愕する騎士にそう言って、魔王カティスが人差し指を妖しく光らせながら騎士に向けると、みるみると騎士の身体が浮き上がり──ふわふわと飛んで俺の横、元いた位置へと下ろされた。
「なんと……! アレはよもや、ホロア殿の言っておった『紋章術式』か……!?」
「な、何が起こったんですか??」
「白骨死体的にも分からん」
「…………お前、死んだフリしとけよ……」
「な、何が起きた……? 身体の自由が──ま、全く利かなかった……!?」
──自由が利かなかった……つまり、指一本で騎士の身体を支配したってことか?
──これが、魔王カティス。世界最悪の怪物、人類の敵対者、神々の仇敵──正直言って、ただの“村人”である俺の必要性が全く以て分からない。
「さて……今宵、貴様たちを呼び寄せたのは他でもない、俺の実験に協力して欲しいのだ」
「実験に……?」
「協力ですか……?」
「そのとーり!! 実は、最近エルフ族の族長に教えてもらった『紋章術式』を使った九九九の術式の開発に勤しんでいるんだが、その内の一つの調整に手こずっていてな」
──急にお喋りになったかと思えば、“実験”に協力して欲しい? この魔王は一体何を考えているのだろうか?
「相手の“個人情報”を暴き出す『二次元の閲覧者』と言う術式を開発してるのだが、どうにも“能力値”の調整が上手く行かなくてなぁ……。俺を基準に数値を設定してしまうと、他の者の数値が0.00000001──みたいな極小の数値になってしまうのだ」
──あ〜、なるほど。強さを数値化したいが、自分を基準にすると自分の能力の高さ故に他の者の数値が異常に低くなってしまう訳か。
「で、人間のサンプルを数人見繕ってきて、そいつ等の数値から標準数値を設定しようと言う訳だ」
「御協力頂けましたら、我が主の方から謝礼もお出ししますので、是非」
──なるほどなるほど、こいつは面白い。つまり、俺たちは魔王カティスに自分たちの能力の情報を提供すれば良い訳か。それでいて謝礼まで貰えるなんて、魔王カティスって言うのも存外──悪くないな。
「あの〜、すみません」
──謝礼に目が眩んで浮かれていると、死んだフリしていた(いや、出来てなかったけど)骸骨が立ち上がって、魔王カティスに手を上げて意見をしていた。
「なんだ? え〜っと……」
「あの方はそこら辺で拾って来た白骨死体ですよ、我が主」
──えらい適当だな……。
「あー、そうそう。白骨死体君、何が言いたいんだ?」
「……いや、人間のサンプルって言ってたんですけど、私って“人間”の区分に入ってるのかなって……?」
「……………………え〜っと、人間の白骨死体は“人間”の区分だよな、レトワイス?」
「いえ、“魔物”の区分ですね、我が主」
「………………だそうだ」
「えっ、じゃあ……私、魔王軍に入っても良いですか?」
──えぇ……。
『何があっても、この私が守ってやろう……!!』
──あんな台詞吐いたのに、裏切るんだ。
「良いよ。──キャスト、彼に雇用契約書を!」
「──────っ!!」
──そして、あっさりオッケーしちゃった!? しかも、“雇用契約書”!!? ヤバい、王立騎士団よりも雇用形態がしっかりしてらっしゃる。
「すいません……! 私、“女”なんです!!」
「「「「マジでっ!!?」」」」
──白骨死体の性別は流石に分かんねぇわ。
「マジ……!? これは失礼……キャスト、『彼女』に雇用契約書を!」
──ちゃんと非礼を詫びた……。おいおい、魔王カティスの方が隣りにいる高慢ちきな騎士より“人間”出来てるじゃねーか。
「ふむふむ──なるほど──これは……!?」
「どうだ? 我が魔王軍の待遇は気に入りそうか?」
──骸骨がダークエルフのお嬢ちゃんに渡された雇用契約書を食い入るように見ている。
「────入ります。この魔王軍に入らせてください!!」
「よーし、新しい仲間──ゲットだーー!!」
──行ったーー!! 骸骨が人間を裏切ったーー!!?
「これからよろしく頼むぞ、骸骨剣士よ」
「仰せのままに、我が主──!!」
──順応早ぇーー!!? もう跪いて忠義を誓ってらっしゃるーー!!?
「さて…………!」
──で、立ち上がった骸骨がスタスタとダークエルフのお嬢ちゃんの横に歩いて行って、こちらに振り返った。
「控えろ、人間共よ! 偉大なる我が主──魔王カティス様の御前であるぞ!!」
──もう部下面されてらっしゃるーー!?
「ま、待て!! その骸骨が魔王軍に入れるのなら、わ、私は入れないのか……!?」
──と、先程のやり取りを見ていた騎士様が急に日和った事を言い出した。こいつ、“王国一”の騎士の分際で最低だな。
「降格のせいで、私の出世の道は絶たれた……。お、王国の情報は幾らでも差し上げるから、私にも機会をくれないか……?」
──しかも、王国の情報を売り飛ばそうとしている。普通に売国奴じゃねぇか。
「ふぉっふぉっふぉ、儂も魔王軍には興味あるの〜」
──爺さん!!? 嘘でしょ、あんた人間の矜持は無いのか??
「貴方は貴重な魔導書を多く保有していると聞いておる。儂もそれを観てみたいのじゃ……!」
──人間の“矜持”より魔法使いの“探究心”が勝っちゃってるーー!?
「お前らはダメ。我が魔王軍の入隊条件は──“人間じゃ無い事”だからな!」
「はい、その通りで御座います。今回はこのような結果となりましたが、今後の御二人のさらなるご健闘をお祈り申し上げます」
──駄目だったーー!!?
「…………仕方ない、死んだらまた受けに来ます」
「そうか……仕方ないのぉ。死んだらまた門を叩くかぁ……!」
──なんでこの二人、死んだらアンデットになる前提で話進めてんだ……? 普通に死んどけよ。
「え〜っと、どうしよう……! 私、剣の才能も魔法の才能も無いよぉ〜。どうしよう、このままじゃ魔王軍に入れない……!!」
──修道女も座り込んだまま魔王軍に入る術を模索している。いや、さっき『人間はダメ』って言ってたじゃん。生き残りたくて必死なのは分かるけど、落ち着けよ。
「…………そうだ!!」
──何が『そうだ』かは知らんが、修道女は姿勢を変えて尻もちを突いた体勢になると、脚を大きく開いて魔王カティスに股を見せつけている。まさか……?
「ま、魔王カティス様〜♡ わ、私……貴方様の情婦にな、なります〜♡ 私を抱いてください〜〜♡♡」
──うわ〜、必死だ。身体を官能的にくねらせながら、魔王カティスに必死に媚びを売っている。
「…………はぁ、何言ってるのお前? この俺がまさか性奴隷を欲しているとでも……?」
「大変失礼な修道女ですね、我が主?」
「全くだ、同じ女性として恥ずかしい。まぁ、私は白骨死体だから性奉仕できないけど……あははは!!」
「俺は奴隷など要らん!! 莫迦な事を言わずに真面目に神道に尽くすが良い……!!」
──スゲェ、ガチの説教されてる。
「うぅ、恥を忍んで演技じたのに〜〜〜〜!!!」
──あらぬ痴態を晒してまで必死に命乞いしたのに、まさかの正論を言われて修道女が泣き崩れてしまった。ぶっちゃけ可哀想すぎる。
「まぁ、余興はここ迄にして──キャスト、例のモノを客人に……!!」
──場が一旦収まったのを確認すると、魔王カティスが指を“パチンッ”と鳴らしてダークエルフのお嬢ちゃんに合図を送る。
「──! ──! ──! ──! ──!」
──その合図を受け取ったダークエルフのお嬢ちゃんは、トテトテと走り回りながら、骸骨、修道女、村人、騎士、魔法使い──この場所に連れて来られた五人にある物を手渡してきた。
──ついでに、ダークエルフのお嬢ちゃんは修道女が持っていたミルクを掻っ攫って、魔王カティスに献上している。
「何だコレ? くすんだ宝石……??」
──渡されたのは灰色にくすんだ菱形の小さな結晶だった。
「何だコレ? 赤ちゃん用のミルクか……??」
「〜〜〜〜♪」
──俺らがくすんだ結晶を眺めている様に、魔王カティスも献上されたミルクをまじまじと眺めている。
「魔王カティスさんや……この結晶は何じゃ……? 見たところ空の魔石のようじゃが……?」
──魔法使いの爺さんが魔王カティスに臆すること無く質問している。へー、空の魔石ねぇ。
「如何にも、それは特製の空の魔石でな……チュ~、…………ぶっふぇええ!! ミルクまっず!!?」
──飲みながら話すなよ。しかも、目の前で“恐怖の象徴”が勢い良くミルクを口から吹き出している。
「あっ、それキリアリア様用の、聖女様から採取した神聖な母乳です……」
「どうやら、魔王たる我が主のお口には合わないみたいですね」
「あ〜、口の中で神聖な力が広がる〜。……俺はもうミルクは飲まん!!」
──手にしていた哺乳瓶を投げ捨てると、不貞腐れたように呟いた。
「……生まれ変わって赤ちゃんになっても、ミルクは飲みたくないなぁ〜〜」
──頭抱えて愚痴ってる……そんなに口に合わなかったのか、聖女様の母乳……。俺はちょっと飲みたい。
「あ〜、ともかく……その魔石は俺が徹夜で用意した代物でな」
──ダークエルフのお嬢ちゃんから渡されたハンカチで口を拭きながら、魔王カティスが俺たちの手にある結晶について語っている。
──さっき前口上も徹夜で考えたって言ってなかったか、あの魔王? すげぇものぐさだな。
「早速ですが、そちらの空の魔石を軽く握っていただけますか?」
──魔導人形が俺たちに結晶を軽く握るように促している。
「……こうか?」
「……こうかの?」
「……こうですか?」
「……こう──あっ、骨の隙間から落ちた」
──俺以外の四人がそれぞれ結晶をギュッと握──いや、骸骨は握れてないな。ともかく、俺も軽く握ってみよう。
「…………おぉ──おお??」
──握ってみたは良いが、結晶に特段の変化は無い──若干、鈍く発光してるぐらいか?
──周りを見てみると、騎士は明るい黄色に、魔法使いの爺さんは淡い緑色に、修道女は綺麗なピンク色に、骸骨は深い紫水晶色に、それぞれ光を放っている。
「よし、オッケー! キャスト、回収よろしく!」
「────っ!!」
──結晶が輝いたのを確認すると、魔王カティスの指示でダークエルフのお嬢ちゃんが再び駆け寄ってきて結晶を回収していった。
「如何ですか、我が主? お一つ、あまり変化の見受けれない魔石が御座いますが……?」
──傷付く。どーせ俺は、ごくごく平凡な“村人”ですよーだ。
「いや、この変化の一番少ない魔石が一番重要だ」
──マジで!? 俺ってば魔王カティスに重要視される程の存在だったの??
「──と、言いますと?」
「あの“村人”が今回の測定の基準だからな」
──言い方がひでぇ!!
「あの男は──この世界における『一般的な成人男性』の見本だからな。少々、ツッコミ技術が高いが、身体的特徴で言えば──ありえないぐらい“普通”だ……!!」
──褒めてるの? 貶してるの?
「──で、あの村人を基準に……他を……良し、これなら“能力値”を設定できるぞ……」
──暫く五つの結晶をじっくり観察した魔王カティスは、納得のいく結果が得られたのか嬉しそうにガッツポーズをしている。
「……との事です。皆様、本日はありがとうございました」
──そう言って魔導人形がペコリとこちらにお辞儀をしている。
「では、今回の謝礼を……キャスト、お客人に謝礼をお渡ししなさい」
「────っ!!」
──そう言って魔王カティスが合図すると、ダークエルフのお嬢ちゃんが今度は大きな袋を俺たちを手渡してきた。手渡された袋は、ちょっとした大きさの割に妙に軽い。
「そちらが今回の謝礼となっております。どうぞ、中身をご確認下さいませ」
──促されるまま、袋を開けてみると──、
「なんだコレ……人形??」
──中から一体の人形が出てきた。
──デフォルメの効いた、黒い髪の毛と金色の瞳をした、額から角の生えた人形……って、魔王カティスの人形じゃねーか!!?
「──そちら、魔王城の物販コーナーで販売されている『魔王カティス君人形』で御座います……!」
──いらねー!!?
「何じゃありゃーー!? 勝手に俺の人形が作られているーー!!?」
──しかも、魔王カティスも預かり知らない話だったーー!!?
「しかもそちら、お腹を押すと我が主のイケボが流れる仕様となっております」
──ぐっ!
『やぁ、お早う……。よく眠れたか? もう朝だぞ……俺を待たせるな……この戯け……///(※イケボ)』
──デフォルメされた人形に似つかわしくねぇイケボが流れて来たーー!!?
「ぎゃあぁああああ!! あんなボイス、いつの間に撮ったんだぁあああああ!!?」
──盗撮されてらっしゃるーー!!?
「ふ、巫山戯るな!! こんな人形いらんわ!!」
──騎士様も流石にご立腹してらっしゃる。
「ピュイ、ピューイ!!」
「痛い痛い、やめろ突くな!!?」
──そして、その態度にご立腹の子ドラゴンに突かれている。
「そうじゃそうじゃ、せめてそこのダークエルフのお嬢ちゃんの人形にしてくれ」
「〜〜〜〜〜〜///」
──爺さーん!? それはマズイからやめろーー!!?
「や〜ん♡ この人形、素敵すぎます〜〜/// このイケボなんて最高〜〜///」
──修道女は満更でもなさそうだーー!!?
「……これ、さっき下で買ったぞ」
──骸骨、お前いつの間に!!?
「ご安心下さい、骸骨様。そちら、お高いプレミアムバージョンにて御座います」
「──ありがとうございます!!」
──別バージョンあるんだ!!?
「おい、レトワイス、なんだあの人形は!? 俺はちゃんとそれなりの財宝を見繕った筈だぞ!!?」
「あちらの人形は私からのサプライズプレゼントで御座います。我が主が昨日、徹夜で用意された謝礼もちゃんと袋に入っておりますよ?」
──また、昨日徹夜で準備している。っと、袋の中にまだ何か入っているのか? そう思って、袋の中を見てみると、中には結構な量の財宝が入っていた。
──その量は俺の素人目で見ても、向こう十年は遊べるぐらいの量がありそうだった。
「フハハハハッ、喜べよ人間共よ!! 貴様達はこの魔王カティスの偉業の1ページに名を刻んだのだ……名前訊いてないけど。それは、その偉業に対する礼だ──歓喜して受け取ると良い……!!」
「ヤッホォーー!! こんだけ金があれば小さい頃から夢だった料理屋が開けるぞーー!! 騎士なんて辞めてやるーー!!」
──騎士様!!? あんた自称“王国一”なのにえらいこだわり無く辞めれるな!!?
「ふぉっふぉっふぉ、これだけ金があれば死ぬまで娼館に通えるぞ〜♪」
──爺さーーん!!? あんたただの変態かーい!!?
「わ~い、私お金持ちだー♡ 修道女なんてやーめる♪ シウナウス様? なんの役に立つんですか、その女神?」
──修道女!!? あんた、めちゃくちゃ腹黒いな!!?
「わーい、これだけあれば最新の美肌エステでお肌スベスベになれるわーー♪」
──いや、あんた白骨死体ーー!!?
「はぁはぁ……つ、疲れた」
──ツッコミ過ぎて疲れた。周りがアホ過ぎる。
「……………………」
──なんだ? 魔王カティスが俺の方をまじまじと見ている。俺、何かやっちゃいましたか??
「貴様、素晴らしいツッコミスキルだ……!! お互い頑張ろうな……!!」
──魔王カティスが俺に向かってサムズアップしている。
──何となく、俺は魔王カティスがどんな苦労をしているか……少し分かったような気がする。
〜〜〜
──それから間もなく、俺たちは魔王カティスによって元いた場所に帰ってこれた。手には謝礼の財宝と『魔王カティス君人形』がしっかり握られている。
──何となく、俺は人形のお腹を押してみる。
『今日は疲れたか? よく頑張ったな、特別に俺の隣で寝ること許してやろう……!(※イケボ)』
「…………悪くないな」
──こうして、俺の奇妙な体験は幕を下ろした。
──あれは果たして夢だったのだろうか?
──まぁ、何でも良いや。
──俺は何処にでもいるしがない“村人”。
──さぁ、明日も頑張って畑を……。
「いや、これだけ財宝があれば──冒険者でもやってみるか?」
──やれやれ、どうやら俺もアホな人間らしい。
──思い立ったなら即行動、俺は急いで近くの街に向かって走り出した。
今回も本作をご覧いただき有難うございます。
息抜きのつもりが、思ったより長くなってしまいました(^_^;)
次回からは、再び本編のストーリーを進めていきますのでお楽しみに。
ブクマや評価、感想なども引き続きよろしくおねがいします(`・ω・´)ゞ