第十三話:ギルド試験狂騒曲⑥/二次元の閲覧者 -Open_Status-
「スティアちゃん、髪の毛梳かしてあげるね♪」
「うん……ありがと、フィーネ」
親切な老女フオリの厚意で彼女の自宅に泊めさせてもらったスティアとフィナンシェは、お風呂で身体に付いた汚れや疲れを綺麗サッパリ洗い流すと──案内された八畳ほどの空き部屋の鏡台の前で寝間着姿で仲良く髪を梳かしあいっこしていた。
「スティアちゃんの髪、いつ見てもさらさらで羨ましいな〜」
「ちょ、くすぐったいってば/// もぉ〜、さっきもお風呂でさんざんあたしの髪の毛弄くり回してたクセに〜///」
「そうだったかな〜?」
フィナンシェはスティアの肩甲骨の辺りまで伸ばされた──夜のように黒い髪の毛を右手で持った櫛で梳かしながら、残った左手で彼女の髪を優しく掬いあげる。愛おしい人の手をとるように、強く握れば壊れそうなほどに繊細な飴細工に触れるように。
(あ〜、流石に赤ちゃんだからお風呂に一緒に入れて貰えなかったでちゅ……。──って言うか、あのふたり、一緒にお風呂に入ってたんでちゅか!?)
そんなふたりを尻目に、部屋の奥に置かれたベットの上にちょこんと寝かされたカティスは天井の染みを無意味に見つめながら──現状について考える。
(まさか──あれから1000年も経っていたなんて……! 道理で──千年は草木が生えない筈のヴェルちょアの荒野が豊かな土地になっていた訳でちゅね)
(おまけに──『勇者キリアリアと魔王カティス』だったでちゅか……? 我が武勇を、随分と人間に都合の良いお話に編纂ちてくれまちたね……!)
──『勇者キリアリアと魔王カティス』。その昔、さすらいの吟遊詩人ヴァレヒテリアなる人物が語り聴かせたとされるおとぎ話。
世界を恐怖の坩堝に落とした邪悪な魔王カティスを、女神の御使いたる勇者キリアリアが討ち倒す──と言う、ありふれた英雄譚。
勧善懲悪を謳った──多くの人々に愛された物語。現代日本における『桃太郎』、欧州における『アーサー王伝説』のような位置付けの物語だ。
(何故、このおれがあの雑魚勇者に負けた事になってるでちゅか……!? 全く、あの三人娘は王国になんて報告ちたんでちゅか!?)
この物語では、邪悪な魔王カティスは勇者キリアリアに討ち取られた事になっている。だが──事実は真逆である。
勇者キリアリアは──魔王カティスに手も足も出ずに惨敗した。故に、『勇者キリアリアと魔王カティス』の物語は事実に反する内容を謳った事になる。
(むぅ……、ちかもその物語しか『魔王カティちゅ』に関ちゅる記述が無いから、そも実在の人物かも分からないとは……)
そして──何より問題だったのが、『魔王カティス』に関する文献がそのおとぎ話しか存在しない事。
例えば、日本人なら『桃太郎』と言う物語を多くの者が知っているだろう。だが、果たして『桃太郎』なる人物は実在したのだろうか? 『アーサー王伝説』に名高い王『アーサー・ペンドラゴン』なる人物は実在したのだろうか?
その疑問が、いま現在の『魔王カティス』にも当てはまる問題だった。
(何れにちぇよ……“恐怖の象徴”どころか“架空の存在”だなんて──全く以て業腹でちゅ!!)
──『魔王カティス』は果たして実在するか否か?
『儂は、“恐ろしい”と思われたいの! あやつら、完全に儂のことをお茶目さんだと思っておったではないか』
(こんな事なら──“お茶目ちゃん”の方がなんぼかマシだったでちゅ……)
かつての『魔王』の発言に今更、後悔するカティスだったが──もう遅い、と言うのが現実だった。
──と、カティスがベットの上で嘆いていると、漸く髪を梳かし終わったのか、スティアとフィナンシェがベットにやって来てカティスの側に腰掛けた。
「もう……フィーネ、明日は早くにギルドの支部に行くんだから早く寝よ?」
少し顰めっ面をしながら就寝を促すスティアだったが、フィナンシェは神妙な面持ちでスティアの顔を見つめたまま動かない。
「…………フィーネ、どうしたの?」
「ねぇ……スティアちゃん、眼を観せて?」
そう言って──フィナンシェはスティアの髪の毛で隠れた右眼に手を伸ばそうとする。
『さぁ、怖がらないで。私に──お嬢ちゃんの右眼を観せてごらん?』
「────あ」
しかし──、
「いやっ、やめて……!!」
──『何かに』怯えた様子でスティアは、フィナンシェの手を無意識に振り払うと、両手で顔を庇うように覆って彼女から少し距離をとってしまう。
(…………普段はフィナンシェに従順なのに、珍ちいでちゅね?)
その今までとは違うスティアの様子に──カティスも首を少しだけ起こして、ふたりの様子に目を凝らす。
「大丈夫だよ、スティアちゃん? わたしはスティアちゃんに乱暴な事なんてしないから……ね?」
払われた手をもう一度伸ばして、今度はスティアの手を優しく握りながら──フィナンシェは囁く。それでも、スティアは身体を震わせながらフィナンシェを拒絶しようとしていた。
「でも……あの子が…………観てるから……!」
そう言って、スティアは弱々しく視線をカティスに向ける。その言葉は、例え赤ん坊であっても──絶対に観られたくない『秘密』をスティアが抱えてる事を意味していた。
「平気だよ、赤ちゃんだから観ても分からないよ?」
(ちゅまん、フィナンシェ……。赤ちゃんだけど、観たら分かると思うでちゅよ)
「──でもっ……!!」
「それに──きっとこの子も背負わなくちゃいけない宿命なんだから……! だから──お願い、スティアちゃん……わたしを信じて?」
「──────っ!」
フィナンシェのその言葉に観念したのか、スティアは強張っていた自分の手をフィナンシェに委ねる。
そして──フィナンシェの手がスティアの右眼にかかる髪の毛を優しく掬い上げ、彼女の右眼を露わにする。
「──────っ!!」
そこにあったのは──金色に輝く瞳。彼女の翡翠のように美しい碧色の左眼とはまるで違う、禍々しい魔性に連なる黄金の瞳をしていた。
そしてさらに特徴的だったのが──朱い紋章。スティアの金色の瞳には──朱い紋章が刻み付けられていた。
(あの“紋章”──まちゃか……!?)
──大きな魔性の角と剣を連想させる意匠──混沌より生まれ出づり、終わりなき輪廻を斬り裂き、天より来る終焉を討ち破る者の証。
(──間違いないでちゅ……アレは、おれの──『魔王カティちゅ』の紋章……!!)
『────我が主、何故産まれたばかりの子の瞳に我が主の“紋章”を刻んだのですか……?』
『それこそが──我が血統の証になるからだ。悠久の月日が流れようとも──私と彼女の子たちに、幸あれと……!』
そう、その朱い“紋章”こそ──『魔王カティス』に連なる者の証明。
(まちゃか──スティアは……!?)
その眼を観た以上──カティスは確認せずにはいられなかった。スティアとフィナンシェを凝視しながら──瞳を蒼白く輝かせる。
(確認ちゅる必要がありまちゅね……魔王九九九式────『二次元の閲覧者』!!)
魔王九九九式──『二次元の閲覧者』、観測した対象のあらゆる個人情報を詳らかにする魔眼系統の『紋章術式』。
観測した対象の──魔力や筋力などの各種『能力値』、身長や体重などの各種『身体数値』、装備品や保有技能や祝福などの『能力値』、出身地や来歴などの『個人情報』──その者の持つ全ての情報を暴き出す蒼白い眼。
その観測者の眼がスティアを捉え、カティスの視界には──映るスティアに被さるように、彼女の情報がPC画面のウィンドウのように開示されていく。
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【ステータス】
名前:スティア=エンブレム
年齢:15 性別:女性
身体:155 体重:42
髪色:黒 瞳色:金/碧
種族:人間 属性:闇
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(もう少し下でちゅ……!)
──そのままカティスは眼球を上に動かして、表示された情報をスクロールしていく。
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【パラメーター】
体力:75/80 魔力量:10/10
筋力:60 耐久:30+10 知力:40 魔力:20
生命力:170 抵抗力:90 精神力:0
敏捷:110+10 技量:100 運:0
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(うわ〜、嘆かわちいほど“運”がありまちぇんが、次でちゅ……!)
目的の項目を探して、さらに項目をスクロールしていく。
因みに──この【パラメーター】の数値はかつての魔王カティスが独自の基準で設定した数値であり、この世界における“一般的な成人男性の数値を100”に設定している。
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【装備品】
服装:冒険者の軽装〔胴/DEF+5〕 冒険者のズボン〔腰/DEF+5〕 冒険者の靴〔足/AGI+10〕
武装:市販の剣〔剣/ATK:40〕
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(う〜ん、ここの項目でもないでちゅ……?)
「…………ねぇ、フィーネ。さっきからあの子、眼がぐるんぐるん回ってるんだけど……なんか蒼白く光ってるし……」
「ほんとだ……、なに、してるのか……な……??」
カティスの眼が上下にぐりぐり回ってることに困惑しているスティアとフィナンシェなど目もくれず、当の本人は視界に表示された項目を捲っていく。
そして──、
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【祝福】
『魔王の紋章』
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(──あった!!)
──遂にお目当ての項目を発見した。
(えーっと、詳細は……っと……!)
そう言いながら──カティスは目当ての項目の情報をさらに事細かに開示していく。
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『魔王の紋章』
┗魔王カティスの血族を証明する為の朱い紋章。魔王の力の一端が刻み込まれており、代々受け継がれている。
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(────っ!! やはり、ちょうだったか……!!)
──そこに記されていた『情報』は、カティスの予感を現実のものとする。
(スティア=エンブレム──貴様、我が末裔か……!?)
そう──彼女、スティア=エンブレムは1000年前に生きた『魔王カティス』の末裔。魔王カティスの血族の証たる朱い紋章を眼に刻まれた──呪われし忌み子。
此処に至って、カティスは──スティアの言葉の真意に気付いた。
『だって……あの子、呪われているもの。あたしと一緒で…………!』
──瞳に紋章を持つ者、等しく忌み子。
『おいおい、冗談じゃねえ……! 瞳に“星”って──呪われてんじゃねぇかその赤子……!!』
『道理で……迷宮の最深部に棄てられてた訳だ!! 納得いったよ……』
『その眼──不吉ですわね!』
故に──カティスには、彼女がそれまで──どのような人生を歩んできたか、想像するに難しくなかった。
(だから、おれを手放したくなくて必死な訳だったんでちゅね……)
──かつて、自分が誰かに救ってもらったように。
「…………もう良いでしょ、フィーネ? あんまり、あたしの眼──観ないで……!」
「──っ! ご、ごめんね、スティアちゃん! その……怪我してないか心配だったから……!」
「…………どうせなら、抉れて取れてくれたらいいのに……!!」
フィナンシェに右眼を晒していたスティアは、顔に触れていた彼女の手を払い前髪で右眼を再び隠すと、目を逸らしながら不機嫌そうにそう言い捨てる。
こんな眼なんて、無ければ良かったのに──と。
そう言って俯くスティアを見たフィナンシェは、何も言わず──彼女をそっと抱きしめる。
フィナンシェの大きく柔らかな胸が──スティアの顔をまるで女神の抱擁のように暖かく包み、フィナンシェの細くなめらかな手がスティアの頭を優しく愛撫する。
「────わたしはスティアちゃんの右眼、好きだよ」
スティアの髪の毛を──まるで子どもをあやす母親のように優しく撫でながら、フィナンシェは囁く。
「────あたしは嫌い、こんな呪われた右眼」
フィナンシェの胸に顔を埋めたまま、スティアは鬱憤を吐き出すように呟く。
「────だって、その眼のお陰で……わたしはスティアちゃんに会えたんだもん」
スティアを──愛しい恋人のように力強く抱きしめながら、フィナンシェは彼女に親愛を語る。
「────ズルいよ、フィーネ。そんなこと言われたら、あたし……困るよ……!」
フィナンシェの抱擁に身を委ねながら、スティアは彼女の揺るがない愛情に身体も心も奮わせる。
──あぁ、美しきかな少女の淡い友情。その光景に幼いカティスは心を奪われる。
(な、な、なんと美ちき光景でちゅか……!? これが噂に聴く──“百合”と言うやつでちゅね……!!)
(特に──フィナンシェの持つ圧倒的な“バブみ”は素晴らちいの一言でちゅ!)
(どーりでおれも一緒にいると落ち着く訳でちゅね……!! いやー、一時はどうなるかと思いまちたが、意外と“赤ちゃんプレイ”も悪くないでちゅね♪)
フィナンシェの圧倒的、“抱擁力”に──カティス壊れる。
「さっ♪ 明日はギルドに“許可証”を貰いに行かないといけないから、もう寝よっか♪」
「だから、さっきあたし言ったじゃん……!」
「うふふ、ごめんねスティアちゃん? さぁ、きみもお姉ちゃんたちと一緒に寝ようね?」
漸くスティアを開放したフィナンシェは、ふたりをまじまじと観ていたカティスを抱きかかえると頭を優しく撫でながらそう言う。
「ばぶ……ばぶぅー♪(約:ちかたないでちゅねー、おれと添い寝する事を許ちてやるでちゅ♪)」
そうして──三人で仲良くベットに『川』の字になって寝転がると、部屋の照明に使われていた光の魔性を消し明るかった部屋を暗くしてから──明日に備えて眠るのだった。
暫くして、両隣からスティアとフィナンシェの小さな寝息が聴こえてきたのを確認すると、ふたりの間に挟まれるように眠っていたカティスは目をパッチリと開けて物思いに耽る。
(────我が末裔たるスティア、瞳に紋章を刻まれた者が忌み子と虐げられる世界、ちょれにも関わらず忌み子と言われるスティアに無償の愛情を注ぐフィナンシェ、そちて──瞳に“星”の紋章を刻まれたおれ……)
(問題は山積みでちゅが、はてちゃて──どうちたものか……?)
(ともかく、おれは何処かで平穏に暮らちたいだけでちゅ……! 悪いがふたりには、其処まで案内をちゃせてやるでちゅ……!)
(それに──、)
『故に──興が乗った。お前たちのその生命、おれが掬ってやろう!』
『もっと抗え──! もっと足掻け──!! もっともっと生命を讃美歌せよ──!!! おれに──この魔王カティちゅに、お前たちの生き様を観ちぇてみろ──ふふふ……ふはははははは!!!』
(──折角、拾ってやった命でちゅ。精々──おれを愉ちませるでちゅよ……?)
スティアと言う──魔王カティスの末裔たる少女と、フィナンシェと言う──聖女が如き博愛を持つ少女。そのふたりの少女の“行く末”に──カティスは期待を膨らませる。
(これはあんまり使いたくはないでちゅが、明日の予告でも観ておきまちゅか……!)
そう言って──カティスは自らの眼に再び術を掛ける。瞳に“星”とは別の紋章を浮かばせ、瞳を虹色に輝かせながらカティスは『未来』を観測する。
(魔王九九九式──『天を見通す星の瞳』!!)
魔王九九九式──『天を見通す星の瞳』、ありとあらゆる“未来”を観測する魔眼系統の『紋章術式』
最大の特徴は──あらゆる可能性の未来まで観測すること。例えそれが、発生率1億分の1の出来事であったとしても逃すことなく見通す──まさしく“万華鏡”と呼ぶに相応しい観測者の眼。
その絶対の未来視を以て──カティスは迫りくる“明日”を垣間観る。
(明日は──ふたりは、『ギルド』? ……とか言う所に“許可証”を貰いに行くとか言ってまちたね……!)
そう言いながら、カティスは“眼”を明日の昼頃に合わせていく。
(どれどれ──いたでちゅ!)
そして、カティスの視界に徐々にスティアとフィナンシェの姿が映し出されてくる。
(ふふふ、明日はおれにどんな生き様を観せてくれるんでちゅかね……?)
そう、ふたりの少女に期待を抱きながら──カティスは好奇の眼を、映る“明日”のスティアとフィナンシェに向ける。
そして──はっきりと映し出された“明日”に写っていたのは、地面に横たわっているスティアとフィナンシェの姿。
何者かに襲われたのだろうか──腹部から臓物を撒き散らし、身体も所々喰い散らかされ、血溜まりに沈みながら、みっともない無惨な表情を晒しながら横たわるスティアとフィナンシェ。
──明らかに死んでいる。
(な、な……な……!!)
その──来たるべき“明日”を、カティスは観測してしまう。
(な──何が起こったんでちゅかぁああああああああああああああああああ!!!?)
月は輝き、波乱に満ちた“今日”はやがて終わる──。
──そして、やがて日は登り、“明日”はやって来る。
狂乱渦巻く『ギルド試験狂騒曲』まで、あと6時間。スティアとフィナンシェが命を落とすまで、あと6時間と30分──。
〜〜〜
一方その頃──、
「──くちゅん!! さ、寒いですわ〜!!」
「おれも寒いっての……! 宿屋を事前に取らなかったラウラの責任だからな……!?」
「そ、そんな〜。うぅ、寒いですわ。お屋敷の暖かいベットが恋しいですわ……!」
(あっ、やっぱ邸宅住みのお嬢様なんだ……)
「でも、私は負けませんわ……! 観ていて下さいませ、お父様、お母様、ラウラは立派な冒険者になってみせますわーーーーは、はくちゅんっ!!」
「大丈夫かなぁ……」
──寒空の下、ふたりの少女は身を寄せ合いながら、乗り捨てられていた荷車の上で夜を明かすのだった。
雑なタイトル回収話でした。
次回からいよいよ、ギルド試験が始まります……が、その前に私自身の息抜きも兼ねて、生前の『魔王カティス』に関する幕間を投稿しようと予定しています。
本編でも断片的に『』の括弧を使ってキャラクターたちの生い立ちや過去を表現していますが、次回はもう少し事細かに描いていきたいと思います。
次回投稿は、17日の0時予定です。
よろしくおねがいします。
評価やブクマ、感想など合わせておねがいします(`・ω・´)ゞ




