第十一話:ギルド試験狂騒曲④/女神の抱擁
「いや……本当に、申し訳なかったッスーーーー!!!」
そう言って、ひょっこり現れたオヴェラはいきなりスティアとフィナンシェに凄まじい勢いで土下座をし始めた。
もちろん──謝罪の内容は言うまでもなく、迷宮内でふたりに働いた狼藉の数々である。
「なんであんたが生きてるの!? 死んでたよね!?」
(いやいや、お前たちも死んでたでちゅよ……)
「そうですそうです! 確かにあの時、人形さんに背中を一突きにされて……それで……!」
自分たちの事を棚上げしてオヴェラが生きてた事に驚愕するスティアとフィナンシェだったが、それは──ふたりにはオヴェラが殺害された記憶が鮮明に残っていたからである。
あの時──凍える地下祭殿で、盗賊ギルド『疾駆の轍』は、突如現れた人形によって皆殺しにされる憂き目にあった。
スティアとフィナンシェの目の前で土下座しているオヴェラも、人形に背中から急所を一突きにされて絶命した──筈だった。
「意識がなくなって、何だかよく分からない暗い場所に居たような気がしたんスけど──不意に首を後ろから掴まれて『貴様は最期の最期に己が罪に気付けたから、特別サービスでチャンスを与えてやる』って声が聞こえたッス……!」
(それってもしかして──あたしが聞いた声と同じ……?)
「あと……『あぁ、そうそう──貴様の道具袋に大事そうに入っていたお菓子……美味かったぞ、ご馳走さん』って言ってたッス。道具袋の中にとってあったお菓子はなかったッス……」
(あいつ意外とセコいーーーー!!?)
「……………………けっぷ。ふぁ〜(約:お菓子食べたら眠いでちゅ……)」
背負っていたカティスがこっそりゲップをしたのにも気付かずに、フィナンシェはオヴェラのある言葉にハッとした表情をし始める。
「──っ!! もしかして……あっ、…………ない」
「っ!? どうしたのフィーネ!?」
「わたしが懐に入れてたお宝が……全部──ない…………」
ローブの袖や中を暫くまさぐってから、フィナンシェは項垂れるように肩を落とした。
その光景にスティアは──、
「あー、そう言えば…………」
『まぁ良い──宝は没収だ。次は、ちゃんと自分たちの力で集めよ』
「……なんてこと、言ってたような……」
──昏い闇の中で聞いた声を朧げに思い出していた。それならば、フィナンシェが地下祭殿でわりと豪快に集めていた魔王カティスの財宝が消えた理由にも得心が行く。
(……フィナンシェは大変愛嬌がありまちゅが、流石にこれはまけてやれないでちゅね)
命を救い上げたのだ──宝を没収されるなんて安かろう。それがカティスの意見であった。
それに──宝がいつの間にか消えていただけでなく、スティアとフィナンシェが身体に負った傷の治癒や、衣服の破けの修繕、果ては──、
──もぞもぞ、もぞもぞ。
「…………? どうしたのフィーネ? 股の所を手で押さえ……て…………あ゛っ!!?」
『あと、恥ずかしいんだけど……ちょっと漏ら──』
「…………良かったー、パンツ汚れてなか──」
「いやぁあああああ!? あたしの中のフィーネは『清純派』なのぉおおおおお!!!」
──衣服の汚れもバッチリ綺麗にされているのだ。文句を言われる筋合いはなかろう。しかし、現実を受け入れたくないスティアの悲鳴が再び響き渡るのだった。
(スティア面白いでちゅね……。まぁ、衣服や下着の汚れはちゃービスでちゅよ)
「……なぁ、スティアの奴はフィナンシェに何を期待してんだ?」
「……清楚な淑女かしら?」
「あっ、もしかしたら──!」
絶叫を上げながら目の前で崩れ落ちるスティアを尻目に、何かを思い出したフィナンシェは、着ていた白いローブのファスナーを首元から腹部辺りまで一気に引き下ろすと、着込んでいた黒いインナーもめいいっぱい引っ張って徐ろに豊満な胸の谷間を露わにしだした。
「来ましたわーー!! サービスシーンですわーーーー!!!」
「なんであんたが興奮してんだ!!?」
そして、フィナンシェは自分の右腕を胸の谷間に突っ込むと、もそもそ──と何かを探り始める。
「まさか──あれは!?」
「えぇ、ラウラ──急に神妙な表情すんなよ……で、何だよ──デケー胸に手ぇ突っ込んでるだけじゃん」
「違いますわトウリさん! アレこそは、巨乳にのみ許された秘技──」
「大げさじゃない?」
「アレこそは──!」
(……? 胸の谷間がどーちたんでちゅか?)
そのラウラの真剣な面持ちに興味を抱いたカティスも、フィナンシェの肩から眼下に広がるフィナンシェの胸の谷間に視線を送る。
(うひょ~、絶景でちゅー♡ ……赤ちゃんの姿じゃなかったら──完全にセクハラ魔王でちゅ)
因みに──カティスこと『魔王カティス』、性格こそ男性寄りだが──正確には“男性”にも“女性”にも区分されないのである。
「────フィーネ、まさか……!!」
「〜〜? 〜〜? 〜〜あっ!!」
そして──カティスたちの目の前で、フィナンシェは胸元からペンダントを勢い良く引っ張り出した。
(な──何ぃいいいいいいい!!?)
「出ましたわーー!! アレこそが巨乳にのみ許された秘技──胸の間に物をはさむ高等技術、『女神の抱擁』ですわーーーー!!!」
「ばぁぶぅうううううう!!?(約:なんじゃそりゃーーーーーー!!?)」
まんまとお宝没収を回避したフィナンシェは、高らかに『戦利品』を掲げ──勝ち誇った表情をしている。
「──────あった」
「女神だ……女神様がいるッス……!!」
「私、いま猛烈に感動していますわ……!!」
「…………感動の涙を流してるよこのお嬢様……」
その姿は──自由を勝ち取った女神のように美しく──神々しかった。
(見落とちたでちゅ……って言うかこの茶番は何でちゅか……)
〜〜〜
「はぁ〜い♡ 君にこのペンダントをプレゼントしてあげるね♡」
地面に腰を下ろしたフィナンシェは胸元から取り出したペンダントを心底嬉しそうな表情で、膝の上に寝かせているカティスの首元に架けようとしていた。
(いや、元々おれの持ち物でちゅけど……)
「──はい♡ とっても良く似合ってるよ、小さな小さなわたしたちの勇者様♡」
(ちゅいまちぇん、『勇者』じゃなくて『魔王』でちゅ……)
そして、まだ幼いカティスの首元に、白く淡く輝く──『雪』を思わせる様な純白の宝石を装飾したペンダントが架けられる。
『ねぇ、カティス──このペンダントくれるの?』
『あ、あぁ……その為に用意したものだからな』
『わー、ありがとー/// クローゼットに大事に仕舞っておくねー♡』
『いや、着けろやーー!!?』
────。
(まちゃか──巡り巡って自分の手元に返ってくるとは…………因果なものでちゅねぇ……)
首に架けられたペンダントは『あの時』と変わらず輝き──カティスに、遠い日の淡い雪の様な思い出を蘇らせる。
(まぁ、見落とちたものはちょーがない。このペンダントはしておきまちゅか……)
「うふふ、は〜いまたわたしが抱っこしてあげるからね〜♡」
ペンダントを架けられたカティスが満更でもなさそうな表情をしたのを確認すると、フィナンシェは右腕でカティスを抱きかかえて立ち上がる。
「──それで、何時までそんな格好してるんですかオヴェラさん……?」
そして──彼女が見下ろした視線の先には、今だに地に頭を擦り続けているオヴェラの姿があった。
「本当に……本当に……フィナンシェ様には申し訳ない気持ちでいっぱいで、顔を拝む事も出来ないッス……!!」
(『女神の抱擁』のでフィナンシェさんの事を“女神様”扱いしてますわ!!?)
「オイラが──バカだったッス! フィナンシェちゃんを何度もナイフで刺して、挙げ句に──手を出そうとしたなんて」
(思ったよりひでー事してた!!?)
「本当に──申し訳ありませんでした!!」
オヴェラは額で地面を掘るが如く勢いで頭を擦り続けている。それが──オヴェラと言う己の罪に気付けた男ができる、精一杯の謝罪だった。
だが──、
「────さっきから黙って聞いていれば──詫びれば済むと思ってるの!?」
そんなオヴェラに対して──余程我慢出来なかったのか、スティアが怒号を浴びせ始める。
「あんた達のせいで、あたしもフィーネもあんなに傷だらけにされて──よくも、のうのうと生きて顔を出せたね!?」
「それは──」
スティアの暴言にオヴェラは言葉を詰まらせる。それだけの事を彼はしてしまったのだ。だから、オヴェラは自分に与えられる『罰』は全て受け入れねばならなかった。
(それがお前の『罰』でちゅよ。それを受け入れる事が出来るから──おれはお前も生き返らせたのでちゅよ……)
「詫びる気持ちがあるんなら──今すぐ、フィーネにやった所と同じ所を自分で刺せ!!」
「おい、スティア! 言い過ぎだぞ!!」
「そうですわ、スティアさん! 幾ら何でもそれはやり過ぎですわ……!」
「あんた達は黙ってて!!!!」
「な────っ!?」
スティアの度を越えた要求に見かねたラウラとトウリは彼女を諌めようとしたが、激昂したスティアに一喝され、その威圧感に毛怖じて言葉を失ってしまった。
「どれだけ痛いか知ってるの!? あたし達がどれだけ苦しんだか知ってるの!!? ねぇ、答えてよ!!」
スティアは縮こまるオヴェラに言葉を投げつける。
『お前みたいな呪われたゴミ屑以下の存在は──こうやって、殴って分からせりゃ良いんだよ! オラ! オラ、オラ!! ──ギャハハハハ!!』
激昂する彼女の脳裏に、焼き付いた非道が再生する。
「あんたみたいな屑のせいで、あたしは──!!」
スティアは眼に涙を浮かべながら、オヴェラを罵倒する。オヴェラの『暴力』を糾弾する自分自身が──言葉の『暴力』を振り翳しながら。
「申し訳ありません!! 自分に出来る事なら何でもするッス!!」
「だから言ってるでしょ!! 自分を刺せって!?」
「それは──それは──!」
「〜〜〜〜っ、もういい!! だったら、あたしが──フィーネの分まで────!!」
「──もう、やめて? スティアちゃん?」
感情を昂ぶらせ、自分で自分を制御出来なくなり、太股に着けていた護身用の短剣を振り抜いたスティアを諌めたのは──他ならぬフィナンシェだった。
「もう──これ以上、オヴェラさんを責めないであげて……ね?」
振り上げたスティアの右腕にそっと手を添えて──フィナンシェは優しく、あやすようにスティアを宥める。
「──────ごめん、フィーネ」
途端に──それまでマグマのように煮え滾ってたスティアの感情は一気に治まっていき、小さく──フィナンシェに謝るとそのまま黙ってしまった。
(急に激昂したスティアも気になりまちゅが、それを一瞬で鎮めたフィナンシェの手腕も見事でちゅね……)
だらしなく腕から力を抜き、そのまま俯いてしまったスティアの手から優しく短剣を受け取って彼女の太股のホルダーに仕舞うと、フィナンシェはスティアの頭を優しく撫で始める。
「ありがとう、スティアちゃん。──わたしの為に怒ってくれて」
「────フィーネ、あたし……」
「うん──分かってる、大丈夫。スティアちゃんは悪くないよ?」
「────うん」
「オヴェラさんは、わたしがちゃんと叱ってあげるから──もうスティアちゃんは自分を傷付けないであげて?」
「────うん……!」
そう言って、スティアの頭と赤くなった頬を優しく撫でると──フィナンシェは踵を返して地に伏せ続けるオヴェラに歩み寄って行く。
「オヴェラさん──顔を上げてください」
フィナンシェの言葉が優しく──抱きしめるようにオヴェラに掛けられる。
「────フィナンシェさん、オイラは──」
そんなフィナンシェに許しを乞うように、オヴェラが顔を上げた──次の瞬間、
「え~い☆」
────バッチーン!!!
「────ぶふぉ!!!?」
──彼女は手にした杖でオヴェラの顔面を、思いっきり強打した。
「えぇええええ!!? 思いっきりぶん殴りましたわーーーー!!?」
(…………一切躊躇がなかったでちゅ……!? フィナンシェ──怖いでちゅ……!!)
驚くカティスやラウラたちをよそに、思いっきりぶん殴られたオヴェラは勢い良く地面に頭を打ち付けてしまった。
「〜〜〜〜〜〜つぅーー!!? フィナンシェさん、い、一体何を……?」
殴られて赤く腫れ上がった頬を手で押さえながら、オヴェラは立ち尽くすフィナンシェに問い掛ける。
「はい、思いっきり殴りました♡ これで──おあいこです」
それは『罰』を待っていたオヴェラにとっては予想外の答えだった。
「おあいこって、どう言う意味ッスか!?」
だから、彼は問うしかなかった。こんなのじゃ、自分の贖罪にはほど遠い。それこそ、スティアの言うとおり──自分で自分を刺すぐらいの気持ちでないと。
そうやって、『罰』を望んでいるオヴェラに対してフィナンシェは優しく言葉を贈る。
「さっきのはあの時のお返しです。これで──わたしは貴方を許します、オヴェラさん」
さっきのがフィナンシェからオヴェラに向けられた『罰』だと。──それで、わたしは貴方を許しますと──。
「────!! フィナンシェさん、この償いは絶対にするッス! 本当に──申し訳ありませんでした!!」
その──フィナンシェの慈悲に溢れた『許し』を受けたオヴェラは、もう一度──深々と頭を下げて、フィナンシェとスティアに謝罪をする。
彼の償い、贖いはまだ終わっていない。これまで──『盗賊』として生きてきた彼にとって、清算しなければならない『罪』は星の数ほどあるだろう。それでも、彼は生きて償わなければならない。
(……生きて贖う事、それもまた──人間の業でちゅね……)
それこそが──カティスがオヴェラの命を救った理由であり──それと同時に、カティスも──自分も宿業背負う人間だと言う実感を改めて、強く感じさせる。
「一応、話は纏まったって事で良いのかな……?」
「……ですわね。なら、此処に長居は無用ですわ」
傍から、スティアとフィナンシェ達の様子を終始見ていたラウラは、話が一段落した事を確認すると“パンパン”と手拍子を叩いて周囲の目を自分に集める。
「さぁ、話はつきましたか? でしたら、早くカヴェレに向かいますわよ?」
「────そうですね。オヴェラさん、立てますか?」
ラウラの催促に応えると、フィナンシェは跪いているオヴェラに優しく手を差し伸べる。
「────フィナンシェさん……」
差し伸べられた彼女の左手は白く柔らかく、強く握れば簡単に壊れてしまいそうな程に──儚い。そんな美しい手を、自分は傷付けてしまったんだと──オヴェラは罪悪感でいっぱいになってしまう。
そんな彼の自分を強く戒める表情に気付いたのか、フィナンシェは──、
「わたしの手──今度は優しく握ってください」
──そう、優しく囁やきながら、オヴェラに笑いかけた。彼女の柔らかくな手を、今度は優しく握る──それが、オヴェラの最初の『贖罪』となった。
そして、盗賊はゆっくりと立ち上がる。己が罪を認め──贖う為に。
「さっ、スティアちゃんも一緒にカヴェレに行こ? 早くしないと、こわーい魔物さんに襲われちゃうよ?」
「──うん、分かった!」
フィナンシェは、今度はスティアに左手を差し出し──その手をスティアはしっかりと握りしめて、ゆっくりと歩き始めるのだった。
「さぁ!! 急いでカヴェレに戻りますわよーー!!」
「あいつ元気過ぎだろ……!!」
元気が有り余ってるのか、急に走り出したラウラに少し呆れながらトウリも彼女を追い掛けて──黄金色の畦道を走って行く。
「さー、君も一緒にカヴェレに行こーね♡ 大丈夫、わたしたちが絶っ対に君のお父さんとお母さんを見付けてあげるからね♡」
「ねー、フィーネ。早くしないとあたしたち置いて行かれちゃうよ?」
「そうだね。オヴェラさん、走れますか?」
「これくらい、余裕ッス! さあ、カヴェレに行くッスよーー!!」
「それじゃあ、カヴェレに向かってレッツゴー!」
──四人の少女と、一人の男と、ひとりの赤ちゃんが、徐々に薄暗くなっていく草原を駆ける。
(はぁ〜、面倒な事になったでちゅ)
その行き先は“新興の街”──カヴェレ。その行く末は──未知数。一つの出会いと、一つの別れを経て──少女たちは『世界』を識る。
(何とかちて──おれは平穏な暮らちを手に入れるでちゅよーー!!)
フィナンシェちゃん、大暴れの回でした。
ご報告ですが、現在多忙でなかなか思うように執筆が進んでおりません。
ですので、次回の投稿はあさっての0時の予定となります。
この作品に目を通して頂いている皆さまには大変申し訳ありませんが、しばしお待ちいただけるとありがたいです。
これからも本作をよろしくお願いします。