第十話:ギルド試験狂騒曲③/生まれ落ちた世界
「──なる程、迷宮の探索中に見つけた『宝箱』から、“星の瞳”をした──その赤ちゃんが出てきたと。──俄には信じ難い話ですわね」
カティスの『戦場に降り注ぐ神の歌声』の効力で思考能力が蕩けて停止し、情けない顔を晒しながら数分間に渡り呆けていたラウラとトウリだったが、漸く意識を取り戻しことの成り行きに大人しく耳を傾けている。
冒険者になる為に故郷を飛び出したこと、盗賊たちに騙されて迷宮に足を踏み入れたこと、迷宮の最下層で宝箱に入っていた赤ちゃんを見つけたこと、本性を表した盗賊たちに襲われたこと、突然現れた人形に盗賊たちが殺されたこと、その人形に自分たちも殺されそうになったこと、そして──多分、『誰か』に助けられたこと。
唯一、ふたりがラウラとトウリに言わなかった事は──その迷宮が『魔王カティス』の居城跡だったと言う事。その事実だけは──この幼子の不利益になると思ったから。
「────あたしもフィーネも、この子に命を救われたんだ……多分。だから、宝箱から出てこようが、呪われた忌み子だろうが、見捨てる事なんて出来ない……!」
「スティアちゃん…………!」
スティアもフィナンシェも『ヴァルタイスト地下迷宮』での探索の際に、カティスに二度も命を救われている。
一度目は閉じ込められた石室から脱出する時。二度目は──ふたりには朧げな記憶ではあるが、迫りくる人形から。
命を救われたから、忌み子であっても助けたい。それがスティアとフィナンシェの主張であったが、それだけが理由でもない。
『だいじょうぶ、何があってもわたしだけはあなたの側に居てあげるからね。ぜったいに、わたしだけはあなたの手を放さないからね』
──いつかの記憶の欠片、『救われた少女』と『救った少女』の記憶。それがあるからこそ、スティアとフィナンシェには、カティスをどうしても見捨てられなかった。
「分かりましたわ。ですが、その子を連れてどうするつもりですの?」
「周りの奴らは、遠慮なんてしてくれねーぞ? それに──」
「如何に捨てられていたとは言え、貴女方が行っている行為は誘拐と同じ──立派な犯罪ですわ……!」
「────それは…………」
ラウラとトウリが突き付けた正論がスティアとフィナンシェの言葉を詰まらせる。例え、親から見捨てられ、捨てられたとしても、子ども──ましてや幼子を勝手に連れ回したとなると、この世界であっても誘拐──『犯罪行為』になる。
それに、呪われた子を連れ歩けば、カティスのみならずスティアとフィナンシェも忌諱の目を向けられ、いわれのない誹謗中傷を受ける事になるだろう。
『────呪われた魔女の子だ。その娘も殺せ』
仄暗い記憶が、かつて観た地獄が──スティアが隠した右眼を、ズキリと疼かせる。
「貴女方には『覚悟』がお有りなのですか? その“星の瞳”の赤子を連れて、この先を生きて行く『覚悟』が?」
ラウラが問い掛けるは『覚悟』──呪われた『星の瞳』を匿い、降りかかるあらゆる困難の一切を背負えるか?
ラウラの真剣な眼差しが、スティアとフィナンシェに問い掛ける。
「あたしは──」
──あるとも、『覚悟』は──そう、言おうとした。
「あります。わたしはこの子の味方です」
──それよりも早く、フィナンシェが『覚悟』を示した。確固たる意志を宿した碧い瞳が、強く──真っ直ぐにラウラを見つめる。
(……ほう、あの死線をくぐり抜けて一皮剥けたでちゅか? 将又──元より聖女の器か?)
「──あたしもフィーネと同じ。この子を独りになんてできない……!!」
フィナンシェに呼応するように、スティアも強い『覚悟』を見せる。
『──独りぼっちにして…………ごめんね、スティア』
──記憶の中の『残焔』に胸を焼かれながら。
「どーすんだ、ラウラ?」
「…………はぁ、分かりましたわ」
トウリの問い掛けにラウラは渋々と答えると、それまで張り詰めていた“警戒心”を漸く解いた。
ピリピリと震えていた空気が収まり、夕暮れの風が重い空気を何処かへと運んでいく。
「その『覚悟』がお有りなのでしたら、私はもう何も言いませんわ」
「ラウラさん……ありがとうございます」
「但し──用心なさいませ……! 世間は私たちの様に甘くはありませんわ」
『──魔女の子だ! 殺せ! 殺せ!! 殺せ!!!』
瞳に“紋章”を刻まれし者は等しく──呪われた忌み子。
「それこそ、もし『教団』にバレようもんなら──アイツらが飛んでくるぞ……!」
その者がいかに純真無垢だったとしても──等しく粛清の刃が振り下ろされる。
『──騎士さま、おねがい……お母さんを助けてぇ!!』
そこに慈悲はなく、そこに救済はなく、そこにあるのは──ただ、地獄のみ。
『死ね──!! 忌まわしい魔女が──!!』
其処こそが、かつての『魔王』が生まれ落ちた世界。
(…………また随分、物騒な時代に転生しちまったもんでちゅね……)
「あの──」
「そこまでです、トウリさん……! スティアさんとフィナンシェさんが『覚悟』をお持ちなのでしたら、私たちがこれ以上、無闇に恐怖を煽る必要はありませんわ!」
「…………わーったよ! じゃあ、おれも何も言わねえ……!」
「…………あたしたちの事を密告しないの?」
「いいえ、しませんわ。だって──その子に罪はありませんもの」
「────っ!」
「で、あんたらその子をどーすんだ? 教会やギルドじゃ、“呪い持ち”なんてまともに取り合ってくれねーぜ? 下手すりゃ、即処断だな」
「はい……だから、わたしとスティアちゃんとで、この子の『両親』を探してあげようと思います」
「ばぶっ!?(約:え゛っ!?)」
フィナンシェのまさかの発言に、カティスは思わずフリーズする。
(いやいや、小娘ふたりには荷が重いでちょう? どっかに『拾ってください』とか書いて置いておいて欲ちいんでちゅが……!?)
「本気なんですの?」
「──もう、決めた事だ」
(いつの間にか決めたんでちゅか!? 困るからやめるでちゅ!!?)
「もしかしたら──いいえ、もしかしなくても捨てられた可能性の方が高いんですのよ?」
「それに、あんたらが踏み込んだって言う迷宮でもう死んでる可能性もあるんだぜ? もしそうだったら──『両親』なんて一生掛かっても見つからないんだぞ……!?」
(ちょーだ、ちょーだ!! もっと言ってるやるでちゅよ!!)
「その時は──わたしたちが責任を持って面倒を見ます……!!」
「──うん、絶対にこの子の手は放さない……!!」
(うおーー、やめろーーーー!? どんだけおれを連れて行きたいんでちゅかフィナンシェとスティアは!!?)
「……よろしいですわ。そうと決まれば、さっさとカヴェレに行きますわよ!」
「──だな。じきに夜になるし、魔物も出てくるだろうから早く行こーぜ!」
「そうだね。此処からだと、急がないと夜までにカヴェレに着けないかも……?」
「そうと決まればカヴェレにむけて出発だー!!」
「「「「おーー!!」」」」
(あぁー、ヤバいでちゅ!? 嫌な予感しかしないでちゅ……!!)
話が完全に『赤ちゃんの両親を探す』で纏まってしまった事に、カティスは言いようのない焦りを感じる。
(確かに──スティアとフィナンシェの『足掻き』は観るに値ちましたが、それとこれとは話が別でちゅ!!)
──『魔王カティス』としては、迷宮でのスティアとフィナンシェのような“困難に立ち向かう者”を観ることを好いているが、転生した『カティス(赤ちゃん)』としては平穏に暮らしたいのだ。
(そもそも──呪い持ちだろうがなんだろうが、おれの『魔王九九九式』があればどーとでもなるでちゅ!! って言うか、どー考えても過剰戦力でちゅ!! 余裕で生きて行けまちゅーー!!)
しかし、スティアとフィナンシェの冒険に巻き込まれれば、平穏無事とは行かないだろう。明らかに、ゆく先々でトラブルに逢うに違いない。
(はぁ……しかし──、)
『故に──興が乗った。お前たちのその生命、おれが掬ってやろう!』
(ふたりを生き返らせたのは、他ならぬ自分でちゅ。やれやれ……これが俗に言う『自ら蒔いた種』ってやつでちゅね……)
しかし、スティアとフィナンシェの冒険に巻き込めれる事は、ふたりを生き返らせたのは自分の『自業自得』であると諦めたカティスは──、
「だぁーだぁー!!(約:もう良いから早く街に行けでちゅ!!)」
──と、フィナンシェの胸を叩いて、早く行くようにアピールしているが、
「やん♡ どうしたの? ママのおっぱいやっぱり欲しいの〜?」
「だぁー、ちばぶーー!!(約:だー、違うーー!!)」
「あー!! 何やってんだコイツ!? あたしも混ぜろー!!」
「きゃー♡ やめてーー♡」
「ばぶぶーー!!(約:混ざるなーー!!)」
──埒が明かないどころか、カティスの負担はますます増えていくのであった。
「なぁ……ラウラ、あいつら本当に大丈夫なのか……?」
「……私に訊かないでくれますか?」
〜〜〜
「ねぇ、フィーネ、ほんとに作るの? あんな奴らの事なんてもうどうでも良くない?」
夕日が──遠くに観える霊峰に陰り始めた頃、フィナンシェに『少しだけ時間が欲しい』と懇願されたスティアたちは、“夜”が迫りくる中、ヴェルソア平原のなだらかな丘の麓に小さな墓を造っていた。
そこは、魔王カティスの迷宮に続く大きな穴があった場所。しかし、今は崩れてしまっており──もう中に足を踏み入れる事は叶わなくなっていた。
(──もう地下祭殿に誰も入れないように崩ちておきました♪)
「此処で亡くなった方々は貴女方に乱暴を働いた狼藉者なのでしょう? 貴女がわざわざ墓標を立てる必要は無いのではないですか?」
崩落した入口の側には──石を積み上げて造られた簡素な墓標が三つ。
それは、この迷宮で命を落とした三人の墓だった。
「そうだよフィーネ、あいつらのせいであたしたちがどんな目に合わされたと思ってるの!?」
ラウラもトウリも──スティアすらもこんな行為に、悪党にかける情けなんて無いと、フィナンシェを説得しているが彼女は石を積み上げる事を止めようとしなかった。
「あと──このチビいつまであたしのフィーネに引っ付いてんだ!? 作業中なんだから、フィーネから、離れなさい……!!」
(嫌でちゅーー、フィナンシェの身体は絶妙に柔らかくて気持ちが良いんでちゅーー! 此処からはなれたくないでちゅーー!!)
そんなフィナンシェの背中にピッタリと貼り付いたカティスを引き剥がそうと、カティスが纏っている毛布をグイグイとスティアは引っ張っているが、まるで巨大な大木を引っ張っているような強い抵抗を受け苦戦していた。
「くっそ、この、なにこのチビ……!? 抵抗が異常に強いんですけど……!?」
(フッ──阿呆が、こちとら天下無双の『魔王カティちゅ』だぞ? 貴様如き小娘に負けるはずがなかろう……ハァーハッハッハ!!)
「ふふっ、だめだよスティアちゃん。この子だって疲れてるんだから……わたしの背中が気に入ったのなら、ここで寝かせてあげて……ね?」
「ばぁ〜ぶ、ばぶばぶばぶぶぶ!(約:よく言ったぞフィナンシェよ、特別におれを背中に預けることを許ちゅ!)」
「もう〜〜、フィーネはすぐ甘やかすんだから!」
「後でスティアちゃんもい〜っぱい甘やかしてあげるからね♡」
「…………は〜い♡」
「一瞬でデレた!? あのフィナンシェってやつヤベーぞ!!?」
「なんて恐ろしい懐柔術……!! やはり巨乳は最強なのですわ……!!」
「────っ!! くっ、おれの……負けだ!!」
(あいつらなに勝手に負けてるんでちゅか……??)
──こうして、フィナンシェの側と言う『特等席』を手に入れたカティスだったが、ふと──ある事が気になった。
それは墓標の数。フィナンシェたちはこの迷宮で死んだ三人の盗賊の墓と言って造っていたが──カティスだけは“認識”が違っていた。
(一つ、二つ、三つ……あれ、一つ多いでちゅね……?)
そんな事とはつゆ知らず、墓標を完成させたフィナンシェは──墓標の前に跪いて、祈りを捧げる。
それは鎮魂の祈り。迷える死者の魂を、天へと導く神聖な儀式。
例え──それが極悪非道の悪党であっても『死』は平等であり、故に残された者たちは死者を平等に弔う。それが神の『慈悲』である。
彷徨える魂に鎮魂の祈りを捧げるフィナンシェの姿は、神の御前に傅く聖女と見間違える程に美しくあり──カティスやスティアはおろか、ラウラやトウリの心すら容易く魅了していった。
「──美しい、まるで聖女様のようですわ……///」
「あぁ、おれもなんだか心がぽかぽかしてきたぞ///」
「あのー、ちょっといいッスか……?」
祈りを捧げるフィナンシェの周りの小さな発光体が現れ始める。小さな玉響たちはフィナンシェの周りをくるくると廻りながら、彼女の身体を暖かく包んでいく。
(…………驚いた。まさか──真に聖女の器だったのでちゅか……!?)
「──ヴァラスさん、オヴェラさん、ラウッカさん。どうか安らかにお眠りください。あなた達の彷徨える魂──わたしが女神様の元へと送ります」
「あのー、まだ生きてるッスけど……」
「──“祈りを此処に 貴方は姿なき御霊 果てにて至れ 天の祝福 此処より昇れ 神の御園へ”」
フィナンシェの鎮魂の言葉と共に──彼女を取り巻いていた小さな光が天へと登っていく。
「じゃあね……クソ野郎ども。しっかりと罪を償ってね……」
「あのー! オイラ、まだ死んでないッスけど……!?」
「「「「「──────っ!!?」」」」」
不意に──声が響く。どこか気が抜けており、どこかだらしなく、どこか気味の悪い声が響く。
明らかに少女の声では無い──小太り気味の男性のような声に全員がビクッと身体を跳ねさせる。
「えっ…………誰?」
そして──全員が、恐る恐る声のする後ろに顔を向けると、そこには──、
「どうも、オイラ──生きてたッス」
──死んだ筈の男が立っていた。
「あ……あぁ──ああ!!」
全員が一斉に口を開く。
「「「「ゴ……ゴ……ゴブリンだーーーー!!!?」」」」
「またナチュラルにゴブリン扱いされてるーーーー!!?」
(あっ、こいつのこと忘れていたでちゅ……)