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第九話:ギルド試験狂騒曲②/戦場に降り注ぐ神の歌声 -Falling_Agape-


「…………ごめんねー、スティアちゃん。まさか、寝惚(ねぼ)けてそんなこと言ってたなんて///」

「しくしく……、あたしもうお嫁にいけない……」

「その時は、わたしがスティアちゃんの事を貰ってあげるからね♪」

「な゛っ、また/// もう、フィーネのバカ///」


 そんな──スティアとフィナンシェの意味深なやり取りをは(はた)で見ていたラウラとトウリは、


「なぁ……、あのふたりやっぱデキてんじゃねーの?」

「──しっ、世の中には知らなくて良い事もあるのですわ///」


 ──と、ヒソヒソと話をしていた。



「……で? 貴女達(あなたたち)は、何処(どこ)で何をしてて、何があって此処(ここ)で寝ていたのかしら?」


 (しばら)くして、ふたりのイチャイチャが終わったのを確認すると、呆れ果てた表情(かお)をしながらラウラが問い掛けてくる。


 ──何があってこうなったのか?


 その質問に、スティアとフィナンシェは顔を見合わせる。


「フィーネは──()()()()()()()()()?」


 スティアには、あの迷宮(ダンジョン)で起こった出来事の記憶に欠落(けつらく)があった。


「あたし──実は最後の方、よく憶えてなくて……」


 無理もない──長時間、身体を痛めつけられ、挙げ句腹部にナイフを刺されて死にかけた──いや、()()()()()。精神的、肉体的ショックで記憶の一部が欠落してもおかしくは無い。


 スティアが()()()()()()()()のは──腹部にナイフを刺された直後まで。後の部分は、まるで──朝起きたら思い出せなくなった夢、のように(おぼろ)げで曖昧だった。


「ごめんなさい、実はわたしも記憶が曖昧で……」


 スティアと同じく、フィナンシェも記憶の欠落があった。


「そっか……、どこまで憶えてる?」

「えーっと、確か……ゲロを吐いた所までは憶えてるんだけど」

「…………へー、ふーん、ゲロ吐いたんだ……フィーネが…………あー、ごめん、あたしの中のフィーネは『清純派ヒロイン』だからさ──ゲロの(くだり)は忘れて? あたしの為にもお願い……!」


(……それ、意味あるんですの?)


「うん、分かった」


即答(そくとう)しましたわ!?)


「えーっと、確か……腕を斬り落とされた所までは憶えてるんだけど」


素知(そし)らぬ顔で言い直した!?)


「それゲロの(くだり)より後の話だよね!? 何で記憶が復活してるのーー!!?」


「あと、恥ずかしいんだけど……ちょっと漏ら──」


「いやぁーーーー、やめてぇえええええ!!」


((そして結局、スティア(こっち)がダメージ受けてるーー!!?))


 スティアがフィナンシェに()()()()()()()()()、はさて置き──ふたりが気にしている事は、()()()()()()()()()()()()()()の事であった。


「待って…………いったんちゃんと整理しよ? まず、あたしたちは夜明け前に故郷(ランプ)を出て──」

「ヴェルソア平原を歩いていたら、三人組の調査ギルド──盗賊さんたちに誘われて、平原に見つかった『魔王カティス』さんの迷宮(ダンジョン)に足を踏み入れて──」

「そこで……、赤ちゃんを見つけて、そして──盗賊たちに襲われて──」

「黒い人形さんに襲われて──」

「で──どうなったんだっけ?」


 人形(オートマタ)に襲われた所までは曖昧ながらも憶えているものの、()()()()()がふたりとも不明瞭(ふめいりょう)であった。


「──確か、きっと、誰かが助けてくれたような……気が……??」


 喉元(のどもと)まで出かかっているのに出てこない、何か肝心な事を忘れている感覚。自分たちでも、あの盗賊たちでも、あの人形(オートマタ)でもない──『誰か』の声が聞こえたような気がするのに、思い出せない。


『──お前たちのその生命(いのち)、おれが(すく)ってやろう!』


 (かす)かに残る記憶の残滓(ざんし)、目に焼き付いた(おぼろ)げな光景、魂に刻まれた激動──しかし、()()()()()()()()()()上手く思い出せない。


 それに──もっと()()()()()()()()()()がある様な──そんな感じがして、ふたりで仲良く悶々(もんもん)と首を(かし)げていると──、


「────っと、そうだ。ふたりに聞きたいことがあったんだ」


 不意に──トウリが、ふたりに尻尾を振りながら近付いてきた。


「どうしたんですか、トウリさん?」

「いやさ──あっちにいる()()()()って、ふたりの家族なのかなーって?」


 その言葉にふたりはハッと顔を見合わせる。


 そうだ──私たちはあの迷宮(ダンジョン)で赤ちゃんを拾ったんだった。


 ふたりの欠落していた記憶の欠片(ピース)が一つ()まる。


「そうだ、あの赤ちゃんだ……!!」

「あの子は無事なの?」


 慌てて辺りをキョロキョロしだすスティアとフィナンシェに、トウリは“仕方ないなぁ”と言う表情(かお)をしながら指差しでふたりに観るべき方向を示してあげる。


 そして、トウリの指が指し示した先、スティアとフィナンシェの視線の先に──その赤ちゃんはいた。


 ふたりが座っていた木陰の向こう、夕日に照らされ黄金色(こがねいろ)()ゆる小麦畑を見下ろす小さな丘の上、その赤ちゃんはそよぐ風に吹かれながら──沈む夕陽に向かって黄昏(たそが)れていた。


「あっ──あんな所に!」

「行こう! スティアちゃん!!」


 赤ちゃんに気付いたふたりは目覚めてからずっと()ろしていた腰を慌てて上げ、急に襲い掛かってきたふらつきに足を(つまず)かせながらも──赤ちゃんの元の駆けていく。


 ──何より気掛かりだった。生まれたばかりの小さな生命(いのち)が──危機に(さら)され、奪われようとした。


 それを、スティアとフィナンシェは、文字通り生命(いのち)(かけ)て守ろうとしたのだ。


 ──なのに何故、いまの今まで()()()()()()()()()()()()


 スティアとフィナンシェは、我が身大事で、小さな(とうと)生命(いのち)を忘れていた事を非常に悔いながら、赤ちゃんの元へと駆ける。


 赤ちゃんに気付いてからほんの十秒にも満たない時間。それでもふたりには長く長く、赤ちゃんの元へ永遠に辿り着けないんじゃないか、と思うぐらいに時間が引き伸ばされる感覚を感じていた。


『喜べよ小娘(こむすめ)たち……お前たちのその(あらが)い、その足掻(あが)き──見事に『奇跡(きぼう)』を(つか)んだぞ!!』


 ──頭の中で『誰か』の声が響く。それが誰かは思い出せない、本当にそんな事を言われたのか思い出せない、果たして──それが本当にあった事なのか、自分たちの都合の良い妄想なのかが分からない。


()(ひん)して(なお)(あらが)足掻(あが)き続けるその姿──実に無様(ぶざま)、実に滑稽(こっけい)、しかして──かくも美しい!!』


 ──嘲笑(あざわら)ってる。(たの)しんでいる。でも、その(さま)を美しいと讃えてくれている。


 欠けた記憶にいる『誰か』を、ふたりは無意識に──あの赤ちゃんに重ねようとする。


「──大丈夫だった!?」


 赤ちゃんの元に駆けつけたフィナンシェは、駆けた勢いのまま膝を地面に着きながら滑るように赤ちゃんに近寄ると、迷子だった我が子を見つけ出した母親の様に──優しく、でも力強く小さな生命(いのち)を抱きしめる。


「よかった……無事だったんだね……! 本当によかったぁ…………!!」


 小さな生命(いのち)が無事だった事に安堵(あんど)したフィナンシェは、嬉しさのあまり大粒の涙を流す。


「よかった……無事だったんだ……」


 嬉しいのはスティアも同じ、でも──だからこそ、スティアは不安に(さいな)まれる。


『だって……あの子、()()()()()()()()()()()()()()()…………!』


 ──自分が()()()()()()()言葉が、自分の胸に冷たいナイフのように突き刺さる。


(あたしが……守ってあげなきゃ!)


 だからこそ──目の前の赤ちゃんがこれから味わうであろう苦しみと痛みを()()()()()からこそ、スティアは拳を強く握り締めて目の前の幼子(おさなご)をしっかりと見据える。


「──うぅ、うえ〜〜〜〜ん、え〜〜ん!!」


 そんな、スティアとフィナンシェの(うれ)いをよそに、赤ちゃんは夕日に向かって泣いている。大号泣だ。


「どうしたのー? 怖い思いしたよね? もう大丈夫、もう怖いのはここにはないよ」


「え〜ん、うえ〜〜ん!! え〜〜〜〜ん!!」


 泣いている赤ちゃんをフィナンシェは必死にあやしている。


 暗い場所に閉じ込められて、盗賊たちにナイフを向けられて、人形(オートマタ)に殺されそうになったのだ。


 ──泣いて当たり前だ。怖くて当然だ。スティアもフィナンシェも小さな身体で、懸命(けんめい)に生き抜いた赤ちゃんの勇気に涙腺(るいせん)が緩んでしまう。


 ただ、この赤ちゃんの涙──その実態は──、


(※以下、赤ちゃんの泣き声、特別翻訳)


「…………ないでちゅ、ないでちゅ、何処にもないでちゅーーーー!!?(※翻訳中)」


「我が繁栄と恐怖の象徴、千年不毛の地に建つ魔王城──(※翻訳中)」


「我が居城──ヴァルタイちゅト城が…………なくなってるでちゅーーーー!!?(※翻訳中)」


「なんか瓦礫(がれき)の山になって、地面に埋まってるでちゅーーーー!!?(※翻訳中)」


「何故でちゅか!? 人間共の焼き討ちにでもあったんでちゅか!!?(※翻訳中)」


「うおぉおおおおお──こんなのあんまりでちゅーー!!(※翻訳中)」


「あの(ちろ)を造るのに、どれだけの労力と資金を費やしたと思ってるんでちゅかーーーー!!(※翻訳中)」


「希少な鉱石を大量に集めて、来る日も来る日もせっせと石を積んで、時折やって来る人間を返り討ちにちて、やっとの思いで作ったんでちゅよーーーー!!(※翻訳中)」


「なんで地下祭殿(ちかちゃいでん)部分しかのこってないんでちゅかーー!!(※翻訳中)」


「こんなの理不尽でちゅ!! こんなの不条理でちゅ!! こんなの結末(けつまつ)あんまりでちゅーーーー!!!(※翻訳中)」


 ──と言う、ただの嘆きの慟哭(どうこく)だったとは、スティアもフィナンシェも気付くことはなかったのだった。



〜〜〜


「おーよしよし♡ やっと泣き止んだね〜えらいえらい♡」


 暫くして、カティスがやっとこさ自分の住んでいた魔王城が崩壊した『現実』を受け止めた頃。


(うぅ……配下の者たちは何をちていたでちゅか……? って言うか、今は()()()()()()()なんでちゅか……!?)


 フィナンシェに抱っこをされ、「よしよし」と頭を()で回されながら、カティスが今いる現状について考えていた。


「──で、そちらの赤ん坊は……貴女達の……?」

「はい、わたしとスティアちゃんのあか──」

「それは言わないでぇーーーー!?」

「…………なる程、お前らふたりの子どもか」

「トウリさん!? いまの台詞(セリフ)で分かったのですか!!?」


(エスパーでちゅか!? このイヌ耳は!!?)


「あぁ〜〜〜〜、あたしの尊厳が〜〜〜〜!!」

「ほ〜ら、わたしとスティアちゃんが素敵なパパとママでちゅよー♪」


(どっちがパパかママか知りまちぇんが、片方膝から崩れ落ちまちゅよ……)


「まぁ、どちらの親族かはさておき、()()()──不吉ですわね!」

「────っ!!」


 それまで──和気藹々(わきあいあい)としていた雰囲気(ふんいき)の筈だったが、ラウラの()()()()で場の空気が凍り付く。


「待ってください! これには理由(わけ)が──」


 ラウラとトウリの視線は鋭い。姿勢にこそ現われていないが、その意識、その呼吸は、何時(いつ)でも──剣を抜き、拳を振り抜く準備が出来ていた。


(またでちゅか……。やれやれ……たかが瞳が“(ほち)”だったぐらいで何だというのでちゅか……?)


『おいおい、冗談じゃねえ……! 瞳に“星”って──()()()()()()()()()()その赤子(ガキ)……!!』


『だって……あの子、()()()()()()()()


(この時代では眼に紋様が入ってるのは、“呪われた(あかち)”か何かなんでちゅかねぇ……)


 その瞳は呪われている。そう言った者たちの言葉を反芻(はんすう)しながら、カティスは目の前で起きかけている一触即発(いっしょくしょくはつ)修羅場(しゅらば)に対する処置(しょち)を模索していた。


(…………対処ちゅるべき相手はあの二人でちゅね。魔王九九九(まおうきゅうひゃくきゅうじゅうきゅう)(ちゅき)────)


 そしてカティスは準備する。喉元に白い紋章を浮かび上がらせて、『歌』を奏でる準備を。


 かつて──魔王カティスが操った999に及ぶ超常的な権能(けんのう)


 一個人(いちこじん)が編み出した特異な術技を“紋章”に刻み込み行使する、エルフ族の秘術──『紋章術式(クレスト・アーツ)』。


(────『戦場に降り注(フォーリング)ぐ神の歌声(・アガペー)』!!)


 カティスが歌うは神々の讃美歌。あらゆる者の思考を(とろ)かせる至上の美声。


「────Laaaaaaa──!!」


「なんですの急にぃ……………………」

「なんだ!? いっ……たい………………」


 カティスから発せられた美しき天上の調べは、臨戦態勢をとっていたラウラとトウリの()()()()()()()()()、一瞬にして無力化する。


「………………」

「………………」


「何が起こったの…………?」

「この子が声を上げたら……ラウラさんもトウリさんも動かなくなっちゃった……?」


(ふいー、こんなもんでちゅね。暫ちしたら二人とも意識を取り戻して、冷静に(はなち)を聞けるでちゅね)


 ラウラとトウリを無力化した事に満足したカティスだったが、それと同時に──、


(しかし──やっぱり『魔王九九九(まおうきゅうひゃくきゅうじゅうきゅう)(ちゅき)』もしっかり使えるでちゅね……)


 ──生前の自身の超常的な力が全て引き継がれてしまっていることをしみじみと実感するのであった。

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