表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/56

第五話:目覚めの時⑤/疾駆の轍 − ルッツ・キルパ


 一方その頃──。


「一体何が起こったんだ……!? スティアちゃんとフィナンシェちゃんは何処に行ったんだ!?」


 凄まじい轟音と共に地下祭殿の最奥にあった巨大な扉が木っ端微塵に吹き飛んだ事で、先ほどまで散り散りになって無我夢中(むがむちゅう)で宝物を(あさ)っていた『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の面々も我に返ったのか大慌(おおあわ)てで爆発地点に集合していた。


「ゲホゲホっ……! な、何が起こったッスか!? まさか魔物(モンスター)の出現ッスか!?」


 爆発の衝撃で舞い上がった土埃(つちぼこり)が辺り一面を覆い、『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の三人の視界を(ほとん)(さえぎ)っている。


「…………そうだったら一目散に退散するさね……! そら、アンタらも武器を構えな!!」


 (ふところ)から狩猟(しゅりょう)用のナイフを取り出すと、ラウッカは残りの二人にも武装する様に(うなが)す。


「分かってるよ……! オヴェラ、手前(テメー)は“けむり玉”の準備もしておけ!!」


 ラウッカと同じく、ヴァラスも狩猟用のナイフを片手にオヴェラにけむり玉の──『逃げる準備』を催促(さいそく)する。


 そもそも──刃渡り20センチメートル強程しか無い狩猟用のナイフで()()()()魔物(モンスター)相手に渡り合おう等と言う“勇敢な気持ち”は、ヴァラスにもラウッカにも毛頭ない。


 強い魔物(モンスター)が出たら即退散──それが『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』が今日(こんにち)までしぶとく生き残れた理由だった。


 構えたナイフの()()使用用途(しようようと)はあくまで自衛(じえい)の為であるが──その本来の“使用目的”は()()()()()()


「了解ッス! それで兄貴、あの二人はどうするッスか!?」

「知るかよ、俺らの命の方が大事だっつーの!」


 全員の額から冷汗(ひやあせ)が流れている。身を裂く寒さの霊廟(れいびょう)の様な場所なのに、緊張で身体が熱くなってくる。


 今いる此処(ここ)は『魔王カティス』の迷宮(ダンジョン)の底の底。何があっても、何が起こっても、不思議は無い。


 崩れた扉の奥から“鬼が出てくるか蛇が出てくるか”──ヴァラスたちは武器を構え、意識の全てを集中し、固唾(かたず)を飲んで事態に備える。


「そら──来たよ!!」


 ──崩れた瓦礫(がれき)の先から現れる、()()()()()()と対峙する為に。


「…………いやー、酷い目にあったー。(あや)うく、こんな所でミイラになる所だったー」

「ほんとう……この子のお陰で助かちゃったね」


「「「……って、あんたらかーい!!?」」」


 奥から現れたのは何時(いつ)()にか姿が無かったスティアとフィナンシェだった。今の今迄(いままで)、緊張の糸を()(めぐ)らせていた『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の三人は一斉にぐだぐだした雰囲気(ふんいき)(おちい)る。


(まーた(ちゃわ)がしい連中がいまちゅね……。こいちゅ等も“見学ちゅアー”の参加者(ちゃんかちゃ)でちゅかね……?)


「あっ、ラウッカさんたち……!」

「スティア……アンタらもしかして其処(そこ)に居たのかい?」

「はいそうなんです。近付いたら扉が開いて、そこに入ったら今度は閉じ込められてしまって……」

「あー……典型的な罠ッスねー。()()()()()不用心(ぶようじん)に近付いちゃ駄目ッスよ」

「はぁ〜い、ごめんなさい」

「まぁ、無事に出て来れたんなら良かったよ。……所でフィナンシェ、その子は一体……何?」


(やば……気付かれたでちゅ……!?)


 スティアとフィナンシェが無事だった事に安心した様子のラウッカだったが、流石に()()()()()()()()()()()赤ちゃんが増えている事に、そう問い掛ける事しか出来なかった。


「あー、この子は……ねぇ……?」


 スティアはバツが悪そうに指で(ほお)()きながら(うわ)の空を向いて答えている。


 まさか、迷宮(ダンジョン)の最奥で「赤ちゃんを拾いました」なんて言っても信じて貰えないだろうとスティアは考えていた。


「はい……この子は、わたしとスティアちゃんの子です……!!」

「!!!????」


(いやいやいやいや、何言ってんのでちゅかこの小娘(こむちゅめ)はーー!!?)


「そうかい……出産おめでとうふたりとも」

「ラウッカーー!!?」


(向こうも乗って来たでちゅーー!!?)


「ちょ、待って……!! 違うんですラウッカさん!! そもそもあたしたち女の子同士だし……!!」

「……どっちが産んだんだい?」

「スティアちゃんです」

「おめでとうスティア。新しい生命(いのち)の誕生はかくも美しいもんだね」

「あたしが産んだことになってるーーーー!!?」

(ちな)みに、男の子かい? 女の子かい?」

「はい、女の子です!」

「ぶーーっ!!?(約:勝手に決めんなでちゅーー!?)」

「いやいや、バカかラウッカ!! そんな訳無いだろ!?」


(ほっ……良かった、向こうの男衆(おとこちゅう)は『ちゅっコミ』でちゅね……)


「さっき迄スティアちゃんはつるペタ平面だったろ!? 何処にあんな赤ちゃんが入ってたって言うんだよ!!?」

「そーっスよ、まだ巨乳のフィナンシェちゃんの方が可能性あるッスよ!!」


「あーっ!? あいつらさり気なくあたしが気にしてる事をーー!!?」

「ほんとう……こんなの『持たざる者』のスティアちゃんが可哀相だよ」

「ギャー!? 此方(こっち)からも不意討ちがーー!!?」


(はなち)(こじ)れたでちゅーー!!? あの二人の男も馬鹿だったでちゅかー!!?)


「ヴァラス、オヴェラ!! 思春期(ししゅんき)の女の子に対してなんて失礼なんだい!!」

「えーーっ!? お前どっちの味方だよ!!?」

「勿論、女の子(あっち)の味方さ!! アタシはこう見えて『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』に入る前は助産師(じょさんし)をしてたんだよ!!」

「……マジ!!?」

「マジさ! それに迷宮(ダンジョン)で出産なんて珍しくも何とも無いよ!」

「えっ……!? ラウッカさん、それどう言う事ですか?」

「簡単な話さ。迷宮(ダンジョン)でゴブリンに捕まって子を孕まされたり、植物系の魔物(モンスター)苗床(なえどこ)にされたりして、子どもを産まされる冒険者なんて星の数ほどいるって事さ!!」

「…………。ねぇ、フィーネ? あたし冒険者やめても良い??」

「大丈夫。どんな子どもでも、誰の子どもでも、スティアちゃんの子どもならわたしは愛せるよ」

「あたしは嫌なのーーーー!!?」

「……その話、男の俺らには関係無いよな……?」

「はぁ、何言ってんの? 男も産まされるに決まってんでしょ!!」

「「……!!?」」


(あー、五月蝿(うるちゃ)いでちゅー。人の(うち)地下祭殿(ちかちゃいでん)(ちゃわ)がないで欲ちいでちゅねー)


 ぎゃあぎゃあと騒いでいる5人に(あき)れ顔をすると、カティスは周囲に目を配る。


(間違いない……此処(ここ)は『ヴァルタイちゅト城』の地下祭殿(ちかちゃいでん)。所々ボロくなってるのが気になりまちゅが、懐かちい雰囲気(ふんいき)でちゅね)


 そこが間違いなく生前の自分が住んだ魔王城である事を認識すると、カティスは自分が転生して現世に帰ってきた事をしみじみと実感する。


(ちょうなると……(ちろ)には配下の者達(ものたち)あいつ(レトワイス)がいる可能性(かのうちぇい)がありまちゅね……。ここはあいちゅらに感じゅかれる前に此処(ここ)から離れるでちゅ!!)


 目立ちたくないカティスとしては、城に居る筈の配下の魔物(モンスター)たちや従者には見つかりたくない。その為には、急ぎこの場所(ダンジョン)から離れる必要があった。


「ばぁぶっぶ……(約:おい、小娘(こむちゅめ))」

「……? どうしたの袖を引っ張って? ママのおっぱいが欲しいんでちゅか?」

「ばぶーー!!(約:違うわーー!!)」

「…………おっぱいあげてみたらー、『持つ者』のフィナンシェさーん?」

「……試してみるね♪」

「わ゛っーー!? 急に服を脱ごうとしないでーー!!? ごめんーーあたしが悪かったからーー!!」


(早く(はなち)を聞いて欲ちいでちゅ……)


「フィーネのおっぱいはあたしだけのものなのーー!!」

「ぶぶぶーーーっ!!?(約:何言ってんでちゅかこの小娘(こむちゅめ)ーーー!!?)」

「ふふふ……ちっちゃな赤ちゃんとおっきな赤ちゃんと、どっちもいい子ね♡」


 抱き着いてきたスティアを「いい子いい子」しながら、フィナンシェは満足そうな、恍惚(こうこつ)の笑みを浮かべている。


(もちかちて……こいちゅヤバい(やちゅ)なのでは……?)


 そんなやり取りをしているスティアとフィナンシェを余所に──。


「だ・か・ら! いい加減にしろラウッカ!! 俺たちの()()を忘れたのか!?」

「はいはい、忘れてないわよ」

「でもどうするんスか、あっちひとり増えてるッスよ?」

「ばーか、乳飲(ちの)()が増えたからって何なんだよ! 相手は子ども3人、力で無理やり押さえつければ良いだろ!?」

「それは……そうッスね!」

「なら、さっさと始めるよ! あの赤ちゃん(ガキんちょ)はアタシに任せな!」


 ──いよいよ“獣”は動き出す。


 『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の狩りを行う“狩人(ハンター)”の様な視線がスティアとフィナンシェを捉えたその時、(わず)かに──空気が震える。


(──これは、殺気(ちゃっき)!! こいちゅ()、ちゃては“悪党”でちゅね……!!)


 (かす)かに──小動物でも感じ取れない、(かすみ)の様な“殺気”を、カティスだけが感じ取っていた。


 ゆっくりと、ゆっくりと──獲物に近寄る捕食者(けもの)の様に、『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』はスティアとフィナンシェへと近付いて来る。


(ちゃて、どうちゅるべきか……)


 その様子(ようす)をカティスはまだ傍観(ぼうかん)している。


 何故か──?


 結論から言えば、カティスはふたりの少女にも、『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の悪党どもにも──肩入れする気は無いからである。


 例えこの後──スティアとフィナンシェが『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の三人に陵辱(りょうじょく)の限りを尽くされようが、『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』がふたりに返り討ちにされて死のうが、カティスにとっては()()()()()()()から。


 起こる『出来事(できごと)』を静かに傍観し、その『結果』に合わせて臨機応変(りんきおうへん)に対応すれば良い。


 それが──カティスと言う、かつての『裁定者(さいていしゃ)』の思考であった。


(無論──あっちの悪党どもに(ちゅ)れて行かれるのは業腹(ごうはら)でちゅから、後で適当に“処理”ちておくでちゅが……)


 故に、初動(しょどう)は『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の思惑通りに進んで行く事となった。


「ねえ〜フィナンシェ? その子、本当はアンタらの子じゃなくて、その奥で見付けた子なんだろ?」

「……はい……実はそうなんです」

「なら……まずはギルドに報告しないといけない。もしかしたらその子、魔物(モンスター)此処(ここ)まで(さら)われたかも知れないでしょ?」

「確かに……」


 ラウッカの一言(いちげん)にはそれなりの“()”があった。


 この赤ちゃん──カティスが、かつて『魔王カティス』の転生した存在だと“認識”しているのは、他ならぬ『当の本人(カティス)』だけである。


 ともあれば、如何に強大な力を持って生まれた赤ん坊であったとしても、()()()()()()()があってこの迷宮(ダンジョン)に居たのでは──と考えるのは理に適った考えであった。


「安心なさい、その子の事はアタシたち『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』が責任を持って保護してギルドに送るわ」

「でも……」

「大丈夫、ギルドに届けたら、そこから『探し(びと)』の依頼(クエスト)として出してもらうからさ」

「…………フィーネ」


(あの手この手でおれを引か剥がちょうとちていまちゅね……)


 何時(いつ)の間にか、ラウッカはフィナンシェの前に立ちはだかっていた。


「さぁ、フィナンシェ。その子はアタシに任せておくれ」

「分かり……ました……。ラウッカさん、この子をお願いします……」


 音も無く──無垢な“子山羊(フィナンシェ)”に忍び寄った“雌豹(ラウッカ)”は、怪しまれる事なく、(いぶか)しまれる事なく、不審に思われる事なく、フィナンシェの腕の中に包まれていたカティスを、母親の産道(さんどう)から優しく取り出す『助産師』の様にそっと取り上げた。


(あー、こっちは抱かれ心地が悪いでちゅね……。腕が硬いでちゅ)


 などと──カティスが呑気にフィナンシェとラウッカの()()()()()()()()批評(レビュー)している隙に──、


「さぁ、アンタらもこの()たちを丁重に(もてあそ)んでやりな!!」


 ──“獣”たちは一斉に“少女(えもの)”に襲い掛かる。


「きゃあ!?」

「あっ……!? 何すんの!!?」

「へへへ、抵抗するなッスよ……!!」

「そうそう……大人しくしててくれたら、優しくシてやるからよ……!!」


 ラウッカに取り上げられたカティスに気を取られていたスティアとフィナンシェは、急に駆け寄って来たヴァラスとオヴェラに反応出来ず、後ろから羽交(はが)()めにされてしまう。


「この……っ!! 放せっ、この変態(へんたい)!!」

「お〜っと、そうはいかねぇな!!」


 ヴァラスに拘束(こうそく)されたスティアは一生懸命に身を(よじ)っているが、(よわい)15の少女の腕では(だい)の大人であるヴァラスの力に(かな)う筈もなく、彼の丸太の様な腕にギリギリ──っと、万力(まんりき)の様に締め付けられていく。


「──っ、あぁ!!」

「スティアちゃん……! お願いですオヴェラさん、放し下さい……!! あのままじゃスティアちゃんが壊れちゃう……!!」


 苦痛に顔を(ゆが)ませ、痛みに(あえ)ぐスティアを見かねたフィナンシェは、背中に組み付いたオヴェラにそう懇願(こんがん)するが、(オヴェラ)もフィナンシェのお願いなど聞き入れる気は毛頭なかった。


「ぐへへへ、フィナンシェちゃん近くにいると良〜い(にお)いするッスね〜」

「いや、気持ち悪い……! あう──っ!?」


 小柄なオヴェラはフィナンシェの背にまるで背負い物の様に組み付いている。小さいと言えど体重80キロを超えるオヴェラを背負わされる事は華奢(きゃしゃ)なフィナンシェには凄まじい負担であり、そのまま押し倒されない様に杖を支えにして懸命(けんめい)に踏ん張っていたフィナンシェも、次第(しだい)に体勢を崩していってしまう。


「なん……で……こん、な事を……!?」


 苦痛を(こら)え、(しぼ)り出す様な声でスティアは『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』を糾弾(きゅうだん)する。


「決まってんだろ? 俺たちは“調査ギルド”じゃなくて──“盗賊ギルド”だからさ……!!」

「──!? そん……な……あたしたち……を、(だまし)した……の……!?」


 盗賊──法の目を()(くぐ)り“盗み”を働く無法者(むほうもの)。他者からの略奪(りゃくだつ)、貴重な遺産の盗掘(とうくつ)、目当てのモノを手に入れる為なら“手段”も“方法”も(いと)わない、悪党であり、犯罪者であり、善人にとっての敵。


 そこで(ようや)く──スティアは、自分たちが悪党に良い様に“利用”されていた事に気付いた。


「そのとーり、最初っから手前(てめぇ)らは──俺らを魔物(モンスター)から守る『身代わり山羊(スケープゴート)』で、俺らを(たの)しませる『玩具(おもちゃ)』でしかねぇんだよ……!!」

「……この……かはっ!?」


 痛みで疲弊(ひへい)したスティアの抵抗が弱くなったからか、締め付けに余裕を見せたヴァラスは右腕を彼女の首に回し、首元も同時に締め始める。


「あ──っ!?」


 一気に──スティアの視界が(にじ)んでくる。脳に酸素が行き届かなくなり、次第にスティアの身体から力が抜けて行く。


「そ・れ・に、これだけのお宝だ。先に俺たちであらかた掘っちまわないと損だよなぁ……」

「…………あ…………ぐっ…………!!」


 スティアの動きが(にぶ)った事に気分がノッたのか、ヴァラスはスティアの耳を犯すようにねっとりと(ささや)き始める。


「だからよ……残念だが、手前(てめぇ)らには此処(ここ)で死んで貰うわ。ギルドに密告(ちく)られちゃたまんねぇからなぁ……?」

「……………………っ!!」


 迷宮(ダンジョン)の奥底で見付けた財宝に目の(くら)んだ『疾駆の轍(あくとうたち)』は、私利私欲(しりしよく)の為に幼気(いたいけ)な少女たちを喰いものせんと牙を向ける。


「その前に……その身体はたっぷり味あわせて貰うがなあ!! あっはははははは!!!」

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」


 ヴァラスの自分たちを心底(しんそこ)(さげす)んだ言い方に、スティアは眼に涙を浮かべながら歯軋(はぎし)りする。


 このまま、『疾駆の轍(こいつら)』の良いように(もてあそ)ばれてたまるか。


 まだ諦めていないスティアは、()められ(きし)む筋肉と骨の激痛と、酸欠(さんけつ)で薄れゆく意識に、必死で耐えながら起死回生(きしかいせい)の策を模索(もさく)する。


 だが──、


「おおーっと、抵抗するんじゃ無いよふたりとも。この子がどうなっても良いのかい?」


 ──そんなスティアの浅はかな闘志(とうし)を許す程、『疾駆の轍(かれら)』も優しくは無い。


 スティアとフィナンシェが声のする方に視線を向けると、そこにはラウッカと、彼女にナイフを突き付けられたカティスの姿があった。


「…………!! げ、外道(げどう)……め……っ!!」

「外道で結構……!! オヴェラ、フィナンシェは『魔法使い(ソーサラー)』だ。詠唱できない様に口を塞いで、『紋章術式(クレスト・アーツ)』で悪さ出来ない様に両手も潰しときな!!」

「…………!! 了解ッス、ラウッカの姐御(あねご)!!」

「……そんな……あっ──!! ────っ!!」


 ラウッカの迅速(じんそく)な指示を受け、オヴェラはフィナンシェの口元を(ふところ)から取り出した布切れで塞ぎつつ、残された手で、(もが)くフィナンシェの両手に、容赦(ようしゃ)無く、呵責(かしゃく)無く、躊躇(ためら)い無く──凶刃(きょうじん)を突き立てた。


「フィー……ネ……!!」

「〜〜〜〜っ!! 〜〜〜〜〜〜っ!!?」


 立て続けに振り下ろされた凶刃(ナイフ)はフィナンシェの薄く柔らかな手のひらを易々(やすやす)と貫通し、無惨(むざん)に開かれた傷口から赤い鮮血がとめどなく溢れ出す。


 その激痛は想像を絶する──不意討ちの様に襲い掛かって来た痛みに耐えかねたフィナンシェは、組み付いたオヴェラの体重にとうとう耐え切れなくなり、そのままうつ伏せに倒れてしまう。


「〜〜〜〜〜〜っ!! 〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」


 最早──オヴェラが抑えなくてもフィナンシェの両手は使い物にはならない。出血とそれに伴う激痛で、フィナンシェの両手は潰れたカエルの様に無様(ぶざま)痙攣(けいれん)するだけだった。


「これでよーやくオイラもフィナンシェちゃんを好き放題(ほーだい)できるッスね……!!」


 痛みで涙を流すフィナンシェに加虐心(かぎゃくしん)を刺激されたオヴェラは、倒れた彼女の身体を乱暴に仰向(あおむ)けに転がし、腹部に馬乗りになって拘束すると加重と言う暴行をさらに加えていく。


「うふふ……あら可哀想(かわいそう)。口も塞がれて両手も潰されて、これじゃあの()、ただ犯されるだけの“人形”ね……うふふふふ!!」


 フィナンシェが『魔法』を得意としている事に感付いていたラウッカによって、スティアたちの逆転の()が一つ潰されてしまう。


「これで、『魔法』による“逆転(インチキ)”も、『紋章術式(クレスト・アーツ)』による“奇跡(イカサマ)”ももう出来ないねぇ……うふふ」

「く……そ……!!」


 状況はどんどんと悪化していく。


「それに、下手に抵抗すればこの子の命は無いよ? 如何(いか)他所(よそ)の子と言えど、自分たちのせいで何の罪も無い赤子が殺されるなんて……嫌だよねぇ? やさしい、やさしい……おふたりさん?」


 その卑劣(ひれつ)所業(しょぎょう)は──スティアとフィナンシェにとってはまさに『最悪の一手』であった。


 ──わたしたちのせいであの赤ちゃんが殺されてはならない。


 自分たちが此処(ここ)(はずかし)めを受けようとも、(むご)たらしく(あや)められようとも──それは悪人に(だま)されてしまった莫迦(ばか)な自分たちの『自己責任(じこせきにん)』だ。だから構わない。


 だが、あの子は別だ。わたしたちが我が身可愛さに、無垢な赤子を生贄(いけにえ)に差し出すなんて事は出来ない、許されない、あっちゃならない──それが“心優しい”スティアとフィナンシェの総意(そうい)だった。


 抵抗する“力”も“意思”も着実に削ぎ落とされていく。虫の(はね)(むし)って()べなくする様に、小動物の足を(くじ)いて走れなくする様に──ひとつずつ丁寧(ていねい)に、“(あらが)う手段”を潰していく。


 スティアとフィナンシェは、最早(もはや)──獰猛(どうもう)な“(けもの)”に追い詰められ、ただ喰われるのを待つだけの(あわ)れな“獲物(どうぶつ)”と同じだった。


「そうだ……!! このまま俺たちに服従するんだったら、生かしてやっても良いぜ? ……『奴隷(ペット)』として飼ってやるからよーー、ハッハハハハハ!!」

「……………………っ!!」


 ヴァラスの下衆(げす)な笑い声が地下祭殿に木霊(こだま)する。


「じゃーフィナンシェちゃん。まずはお洋服を脱ぎ脱ぎしましょーッスね……!!」

「────────っ!!」


 オヴェラの下劣(げれつ)()()が少女の純潔(じゅんけつ)に伸ばされる。


「アンタたち、金目(かねめ)の物があったらそれはアタシに寄越しな! それさえ(いただ)ければアタシは満足さ。後はそんな小娘たち、いくらでも犯して壊しちまいな!!」


 ラウッカの下卑(げび)た笑みが祭殿の灯りに照らされる。


(……状況は、あのふたりの小娘(こむちゅめ)たちの圧倒的不利。あのふたりがここから勝ちを拾える“可能性(かのうちぇい)”は限りなく低い……)


 この状況に(いた)ってもカティスは傍観を貫く。


 とは言え──良心が痛まない訳では無かった。流石のかつての『魔王カティス』と言えど、純真無垢(じゅんしんむく)な少女たちが、傷付けられ、(なぶ)られ、果てに殺されるのを観せられるのは──(いささ)()()()()()


 だが──ここで自分が圧倒的暴力を(まと)って介入(かいにゅう)する事は()()()()


(まだ、ふたりとも()()()()()()でちゅね。……なら、最後(ちゃいご)最後(ちゃいご)まで足掻(あが)くと良いでちゅ)


 カティスは観ている──両手を潰され、息も()()えになり、眼に大粒の涙を浮かべているスティアとフィナンシェが──それでも、なお瞳から輝きだけは失っていないのを。


 絶望の(ふち)にいても、その身に“死”が迫っていても──彼女たちの瞳に『希望(かがやき)』は(とも)り続けている。


()(かな)()(かな)──死地(ちち)にて(なお)、足掻き(ちゅじゅ)けるちょの姿(ちゅがた)──実に無様(ぶじゃま)、実に滑稽(こっけい)──だからこちょ、()()()()()()……!!)


 絶望の中で(あらが)う事、最後の最後まで希望に手を伸ばし続ける事──その時こそ、()()()()()()()()()()


 その(さま)を、素晴(すば)らしき生命の讃歌(さんか)を、カティスは昔も今も──()()()()()


(ちゃあ、おれに存分に観ちぇるでちゅ……!! お前たちの生命(いのち)讃美歌(かがやき)を……!!)


 故に──カティスは目の前の出来事を傍観する。


 スティアとフィナンシェが──“希望(きせき)”を諦めず、“奇跡(きぼう)”を掴み取るその瞬間(とき)堪能(たんのう)する為に。


 いつか観た──(おの)生命(いのち)を差し出してでも、(ふる)える心を(ふる)い立たせ、教え子たちを(まも)ろうとした()()()()()()()()の様に。


 残酷(きまぐれ)な『魔王』から──『希望(きせき)』を勝ち取ったあの者の様に──。


(お前たちの“行く末(けちゅまちゅ)”、おれが観届けてやるでちゅ……!!)


「さっきから随分(ずいぶん)と楽しそうじゃないか……かわいいベイビーちゃん? このキラキラのナイフがそんなに綺麗なのかい?」


 そして──スティアとフィナンシェの反撃の瞬間(とき)は、すぐに訪れる。


(…………はん、こーんな安物(やちゅもの)のナイフでこのおれが喜ぶ訳無いでちゅ)


「そんなに観たいならもっと間近で観せてあげまちゅからね〜〜」


 カティスが、スティアとフィナンシェの足掻く様に魅入(みい)っていたのを、『ナイフのキラキラに反応している』と勘違いしたラウッカは、茶化(ちゃか)すようにカティスの眼の前でナイフをフラフラと揺れ動かす。


「や……め…………ぐっ!!?」

「おいおい……スティアちゃんはアッチじゃなくて、俺の相手をシてくれよー、なぁ?」


 その光景を見たスティアとフィナンシェは、本能的に身体を(ふる)わせるが──、


「〜〜〜〜っ!!?」

「はいはい、フィナンシェもオイラと遊ぶ事に集中するッスよー♪」


 ──ヴァラスとオヴェラはその抵抗を許さない。締め付けは、拘束は、より強くなってふたりの身体をじわじわと(むしば)む。


(このままじゃ……あの子が殺されちゃう……!! くそっ、せめてヴァラス(こいつ)が油断さえしてくれれば……!)


「ほらほら〜、キラキラのナイフでちゅー…………っ!? なんだい……この子……この眼は……!?」


(…………眼? ちょれがどうちたでちゅか……?)


 カティスにナイフをちらつかせていたラウッカは、()()()()に気付いて動きを止める。


「んだよ、その赤子(ガキ)がどうしたってんだ!?」

「………………っ!!」


 僅かに──ヴァラスの“意識”がラウッカとカティスに向けられる。


(…………まだ、…………まだ…………ダメ…………! もっと、ヴァラス(こいつ)の意識が()れてくれないと……!)


 頸部(けいぶ)圧迫(あっぱく)され続け──、脳細胞が酸欠で死滅(しめつ)し始め──、防衛本能(ぼうえいほんのう)によって分泌(ぶんぴつ)される快楽物質(ドーパミン)によって沈みゆく意識の中で、スティアは一瞬の“(チャンス)”を待ち続ける。


「眼がどうしたんスか?」


(せめて……口さえ塞がれてなかったら……『魔法』を使えるのに…………!!)


 傷口からの出血と激痛、腹部を圧迫される苦しみに耐え、フィナンシェもまた──僅かな“希望(きせき)”を手繰(たぐ)り寄せようと必死に足掻く。


「この赤子(ガキ)……瞳が……()()()()()()()()()()()()……!?」


「な、なんだって……!?」

「それ……ほんとッスか!?」


 ラウッカの発言に、ヴァラスとオヴェラは激しく動揺する。


(眼に……“星の紋様”……!? まさか……あの子も、()()()()()()……!?)

(……あぁ、女神様……!! どうかあの子を守ってあげて下さい……!!)


 しかし──動揺(それ)はスティアとフィナンシェも同じであった。


(瞳に“(ほち)”……? 何を言ってるんでちゅか、この女は……??)


 唯一、平静(へいせい)を保っていられたのは()()()()()()()()()()カティスのみ。


 その場にいた全員が動揺する理由を知りたがったカティスは、眼の前に(かざ)されたラウッカのナイフ──その(みが)かれた銀色の光沢(こうたく)反射(うつ)る自らの姿に目を(みは)る。


 映っていたのは──夜のような黒い髪と、夜空に煌めく星々の様な金色(こんじき)の瞳をした赤ちゃん──カティス。しかし、その金色(こんじき)の瞳をさらに凝視した時、カティスも自らに起こっていた異変に気が付いた。


本当(ほんと)でちゅ……。瞳が……(ほち)の形になってるでちゅ……?)


 本来──丸い眼球(がんきゅう)に合わせた丸い形をしている筈の瞳が、カティスだけは何故か星──五芒星(ごぼうせい)の形を(かた)どっていた。


生前(ちぇいじぇん)はこんな瞳じゃ無かったでちゅよね……? この新ちい身体に何か理由があるんでちゅか……??)


 “その瞳の理由(そんなこと)”を考える間もなく──ヴァラスが叫ぶ。


「おいおい、冗談じゃねえ……! 瞳に“星”って──()()()()()()()()()()その赤子(ガキ)……!!」


(『呪われている』──どう言う事でちゅか……?)


 眼に、たかだか“星の紋様”が入っていたから何だと言うのだ。──と言うのがカティスの率直(そっちょく)な感想であったが、どうやらカティス以外の者達にとっては()()()()()らしい。


道理(どうり)で……迷宮(ダンジョン)の最深部に()()()()()()()()!! 納得(なっとく)いったよ……」


 ──ラウッカは迷宮(ダンジョン)で拾われた赤子に(ようや)く、納得のいく答えを見付ける。


(まさか……フィーネは()()()()()()? あの子の瞳の事……!?)


 ──スティアはその事実を知って、フィナンシェが先ほど取った行動の“理由(しんい)”に気付く。


『はい……この子は、わたしとスティアちゃんの子です……!!』


(あの子の瞳の事に気付いていたから、咄嗟(とっさ)にあんな(うそ)を……って言うか)


『はい……この子は、わたしとスティアちゃんの子です……!!』


(((((あれ、ギャクじゃ無かったんだ……!?)))))


「おい、ラウッカ!! そんな呪われてる奴、さっさと始末しちまえ!!」

「分かってるさ……! こいつ、とんだ『疫病神(やくびょうがみ)』だよ……!!」


失礼(ちつれい)な、おれは『疫病神』じゃなくて『魔王』でちゅよ……あっ、魔王は引退ちたんでちた……)


 ──カティスの瞳に狼狽(うろた)えたヴァラスがラウッカに喰いかかる。その、一瞬の“(チャンス)”を──スティアは見逃さなかった。


(…………今だ!!)


 ヴァラスの隙を突いたスティアは、右の太腿(ふともも)に隠して備えていた刃渡り10センチ程の護身用の短剣(ダガー)を素早く抜き取ると、ヴァラスが反応するより(はや)く──彼の右の太腿(ふともも)に刃を突き立てる。


「────っあぁ!?」


 突然の痛みに()()り、ヴァラスの体勢が()らいだ瞬間を狙って──スティアはヴァラスの拘束から逃れて勢い良く地面に倒れ込む。


「──兄貴ィ!?」


 その光景を観ていたオヴェラも、不意の出来事に大きく動転(どうてん)してしまう──。


「────ぷはっ!!」


 ──フィナンシェの口元から、手を退()けてしまう程に。


「しまった……!? この、大人しく──」


 自身が(おか)した失態(しったい)に気付いたオヴェラは、フィナンシェの顔に目掛けて勢い良くナイフを振り下ろそうとしたが──


「けほ──っ、“我を護れ 堅牢なる盾よ”──『白き盾(シールド・ホワイト)』!!」

「──しろ……うわっ!!?」


 ──間一髪(かんいっぱつ)、フィナンシェの魔法が間に合った。詠唱と共に現れた白い盾がオヴェラの凶刃(ナイフ)を受け止め、その時の衝撃をカウンターの様に弾き返されたオヴェラは数メートルふっ飛ばされてしまう。


「何やってんだい、アンタたち!?」


 ラウッカの怒号(どごう)が響くも、既に『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』の絶対優位は崩れ去っていた。


(ほう……なかなかに“根性(ガッちゅ)”があるでちゅね……!)


 ヴァラスとオヴェラの拘束から逃れたスティアとフィナンシェは、満身創痍(まんしんそうい)ながらも身体の自由を取り返す。


「────っ、げほ、げほ……!!」


 (ようや)く息を吸えたお陰で意識こそ取り戻したが、スティアの身体はまだ蓄積(ちくせき)した痛み(ダメージ)に耐え兼ねていた。


 ──それでも状況は待ってくれない。ふらつく身体を(ふる)わせて、衰弱(すいじゃく)しきった精神(こころ)(たか)ぶらせて、立ち上がったスティアは左腰に携えた(つるぎ)を手に取り──ヴァラスに対峙する。


「てめぇこの小娘(がき)が……死ね!!」

「──────えっ?」


 だが──スティアが剣を構えたその瞬間には──ヴァラスはもう彼女の目の前にいた。


「──────あっ!?」


 そして──スティアの腹部には、ヴァラスが手にしていた刃渡り20センチの狩猟用のナイフが深々(ふかぶか)と突き刺されていた。


「…………あぁ、…………スティアちゃん!!」


 フィナンシェの悲鳴が地下祭殿に響き渡る。


(あれは……まずいでちゅね。…………()()()でちゅ……!!)


 刺し傷から、赤い血がじわりじわりと溢れてくる。


「あー(いって)えー、舐めてたぜ……! そう()や、女どもには『護身の為の短剣(ダガー)(ふところ)に常に隠し持つ』習慣(しゅうかん)があったんだよなぁ……?」


 この世界は──我々の世界とは違い『剣』と『魔法』が世の“(ことわり)”を支配する世界である。故に、我々の世界よりも“暴力”が幅を利かせ、『弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)』が強者と弱者を(へだ)てている。


 だからこそ、この世界の女性は──時に襲い掛かってくる脅威から身を護るため、常に護身用の短剣(ダガー)を隠し持つ習慣があった。


 事実──この場にいるスティアとフィナンシェは右の太腿(ふともも)に、ラウッカも左の太腿(ふともも)に備えたホルダーに護身用の短剣(ダガー)を隠し持っている。


 その事を失念し、警戒(けいかい)(おこた)り手傷を負わされたヴァラスだったが、その程度の傷で動きが(にぶ)る事など無く。


「あんな小刀(こがたな)で、俺に手傷を負わせたつもりだったのか……あぁ!? あの程度の傷、どーって事ねーんだよ!!」


 ──逆に、(ヴァラス)逆上(ぎゃくじょう)させてしまったスティアは、致命的(ちめいてき)な傷を負わされる事になってしまう。


「スティアちゃん……スティアちゃ──っああ!!?」

「フヒヒ……やってくれったッスね〜〜フィナンシェちゃん♡ これはお返しッスよ〜〜」


 スティアの危機に狼狽(ろうばい)したフィナンシェもまた──何時(いつ)の間にか迫っていたオヴェラに、右の太腿(ふともも)をナイフで突き刺されていた。


 激痛が再びフィナンシェの意識を(むしば)む中で、彼女の視界に(うつ)ったのは──腹部に開いた傷を力無く押さえながら地面に倒れて行く親友(スティア)の姿だった。


「────スティ……ア……ちゃん……!!」

「うぅ……あぁ…………っ!!」


 あと一歩、もう少しで形勢は逆転出来ていた。


 しかし──、


「悪いな、スティアちゃん……。()()()()()()()、俺たちだって何度もくぐり抜けてるんだよ!!」


 ──相手が一歩だけ上手(うわて)だった。


 力無く倒れ、弱々しく(うめ)くスティアの頭部を踏み付けながら、ヴァラスはそう吐き捨てる。


 ──最早、ふたりの少女に抵抗する力は残っていない。


(よく頑張ったでちゅね……。でも残念でちゅが、これが“結果(けちゅまちゅ)”でちたか……)


 カティスも、死に逝く少女たちに賛辞(さんじ)の言葉を(おく)る。


 しかし、これで幕切(まくぎ)れでは無かった。


 ──ガチャン、と地下祭殿の何処(どこ)かで()()()()()()()()()()()


「────起動(キドウ)、────稼働(カドウ)、────駆動(クドウ)


 ──地下祭殿の何処かで不気味な、無機質な声が響き渡る。


「どうして……どうして……こんな……(ひど)い事を……するんですか……?」


 激痛に必死に耐えながら、フィナンシェは『疾駆の轍(ルッツ・キルパ)』に問い掛ける。


「わたし……たちも……その子も……(なん)にも、悪い……ことなんて……して…………ないのに……!!」


 飛びそうになる意識を(こら)えながら、(くや)しさと痛みに涙を浮かべながら、精一杯(せいいっぱい)の言葉を(つむ)ぐ。


「何でこんな事を……? 決まってるさ、そんな事……()()()()()()!! たまたま、アンタたちが“獲物(えもの)”になったってだけの話さ!!」


 そんなフィナンシェの『何故、こんな非道(ひどう)を私たちに働けるのか?』と言う問いに、ラウッカは『たまたま──単なる偶然だ』と、そう返す。


「…………そんな…………うぅっ!」


「毎日、毎日、女神様にお祈りして、良い子ちゃんで過ごしていれば──何にも悪い事も不幸も、降り掛からないとでも思っていたのかい…………!? 甘いよ、甘い甘い──甘過ぎる!!」


 悪党(ラウッカ)声高(こわだか)に叫ぶ。


幸運(こううん)不幸(ふこう)も、希望(きぼう)絶望(ぜつぼう)も、善意(ぜんい)悪意(あくい)も──望もうが、望まなかろうが、()()()()()()()()()()()……!!」


 この世の不条理を──。


「昨日まで元気だった家族が、明日死ぬかも知れない……! 100年受け継いだ家宝が、明日誰かに盗まれるかも知れない……! 明るい未来を約束されていたお姫様が、邪悪な魔王に(さら)われるかも知れない……! 一緒に旅に出たお友だちが、悪い盗賊に殺されるかも知れない……! ()()()()()()、世の中は!!」


 これから起きる不条理を──。


「そうさ……不条理も理不尽(りふじん)も、誰彼(だれかれ)構わずに降り注ぐ……! 呼んでも無いのに襲って来る……! ──だから、こんな思いをしたく無かったら──大人(おとな)しく田舎(いなか)に引き篭もって、()()()()()生きてれば良かったのさ……!!」


 スティアとフィナンシェに降り注ぐ不条理を──。


「これは、冒険者なんて“夢”観た自分達(アンタたち)が招いた『結末(けっか)』さ──甘んじて受け入れな!!」


 これから、自分たちに降り注ぐ不条理を──。


「何だったら……観せてあげようか? 不条理が、理不尽(りふじん)が、如何(いか)に“気まぐれ”に降って来るかをさ……!!」


 そう得意げに、嘲笑(あざわら)う様に言うと──ラウッカは()(かか)えていたカティスに向けて、持っていたナイフを振り(かざ)す。


「お願い、やめて……! その子は関係ないのに……!!」

「…………かはっ、────こ、の……クソ……や…………郎が…………!!」


 スティアもフィナンシェも痛みと出血で(かす)れ行く意識の中で、我が身を(いと)わずカティスの身を案じる。


 だが──ふたりにはどうする事も出来ない。


「よーく観てな、スティアちゃん。あの赤子(ガキ)の次は手前(てめぇ)(バラ)してやるよ……!!」

「………………く………………そ…………っ!!」


 もう──身体が動かない。


「さ〜、フィナンシェちゃんも良く見るッスよ〜!! あの子が串刺しにされて死んじゃう所を……!!」

「ごめんね……ごめんね…………巻き込んでごめんね…………っ!!」


 もう──嘆く事しか出来ない。


「────目標(モクヒョウ)補足(ホソク)──魔力(マリョク)識別(シキベツ)──対象(タイショウ)観測(カンソク)──、魔王(マオウ)カティス──(アルジ)サマ────!!」


「さあ……!! 小娘(こむすめ)ども、よーく観てな!!」


 絶望が()()ってくる──。


「これが──アンタたちが招いた──」


 死が(にじ)り寄ってくる──。


「『結果(けつまつ)』だ──!!!」


 風を(まと)って──、一直線(いっちょくせん)に──。


「──やめてぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 振り抜かれた凶刃(やいば)は──確実に一人の命を奪う。


(…………なる程…………でちゅね…………)


 血飛沫(ちしぶき)が舞い散る──。


「…………えっ!?」


 冷たい(やいば)が身体を貫く──。


「…………なっ!?」


 (あわ)れな末路(さいご)を迎えたのはただ一人──。


「…………え…………? なんだ……い……こりゃ…………!?」


 ──ラウッカだった。


 彼女が振り下ろした凶刃(ナイフ)はカティスへと()()()()()()。刃先とカティスとの間に──()()()()が入り込んだから。


 それは、()()()──血に(まみ)れた黒い(やいば)。無機質で──まるで()()()()()不気味な腕が、まるでカティスを護る様にラウッカの凶刃(ナイフ)を受け止めていた──。


「ラウッカーーーーっ!!」


 ──彼女(ラウッカ)の腹を貫いて──。


「な、な、な、何が……起こったッスか…………!?」


 ヴァラスとオヴェラは、突然の出来事に驚愕(きょうがく)し──ラウッカの背後、彼女の腹をブチ抜いた黒い腕の(ぬし)を観る。


 其処(そこ)に居たのは、一体(いったい)()()


 朽ち果て、所々(ところどころ)が崩れ落ち、ボロボロに破れたメイド服から露出(ろしゅつ)する絡繰(なかみ)──それでも(なお)稼働(うご)き続ける無機質な従者──『魔導人形(オートマタ)』。


対象(タイショウ)(アルジ)サマ──魔王(マオウ)カティス(サマ)認識(ニンシキ)──、(アルジ)サマ──ニ(アダ)ナス(モノ)一切(イッサイ)殲滅(センメツ)シマス────!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ