プロローグ①:混沌より出づりし魔王、光より遣わされた勇者
静寂に満ち、静謐にして、静穏で、その日──世界の運命が決まる日は、ただ静けさに満ちた夜だった。
そこは草木枯れ果て千年不毛の大地と化した荒れ果てた荒野。この死した大地の中心部に建つ悪しき魔王の居城は、いつもと変わらず、大小二つの月が放つやわらかな光にただ包まれ悠然と佇んでいた。
「……我が主、起きてくださいませ。そろそろ例の勇者の一行が到着されますよ」
月明かりだけが差し込む静寂な玉座の間に響く女性の声。玉座には額から大きな角を生やした一人の老人が座っており、玉座の傍らには一体の女性を模したメイド姿の人形が立っていた。
すぅすぅ、と寝息をたてながら玉座に腰掛けて眠る老人は従者である魔導人形の柔らかくはあるがどこか無機質な声と“パンパンッ”と小気味良いリズムで鳴らされた手拍子で目を覚ますと、億劫な様子で瞼を擦り一度大きく伸びをしてから玉座に深く腰掛けた。
「お目覚めですか、我が主?」
「はいはい、起きておる起きておる。全く……もうそんな時間か……もう少し眠っていたいのだがなぁ」
「いけませんよ我が主。久々の来客なのですからしっかりとお出迎えを致しませんと」
二度寝を敢行しようとする老人をピシャリと制すると、従者は玉座の前へと歩を進め、玉座に座る城の主にメイド服のスカートの裾を拡げて一礼をする。
「それでは我が主、私はこれから来客のお出迎えに向かいます。暫しとはいえ主の元を離れる不作法をお許し頂けますか?」
「構わん、好きにすると良い。あぁ、それから奴らは城の扉を破壊して入ってくるから衝撃には気をつけよ」
「承知致しました我が主。……それでは行ってまいります」
従者の人形は再び姿勢を正すと、踵を返して玉座の間に扉へと向かって行った。玉座に座る王は老いた右手で額から生えた角を名残惜しそうに擦りながら、徐々に遠ざかっていく従者を眺めていいる。
やがて──扉に手を掛けた従者は、重く大きな玉座の間の扉を開き、玉座に座る主に再び一礼してから扉をくぐり玉座の間から続く廊下へと出ていった。そして従者が扉をゆっくり閉じたのを確認すると、老人は大きくため息をついてから月明かりが差し込む窓に視線を向けて静かにその時を待った。
──ドオォォォォン……!!
それから数分後、夜の静寂を打ち破る様な凄まじい轟音が城中に響き渡る。遠く──城の扉あたりから聴こえた爆破音に耳を傾けると老人は静かにほくそ笑んだ。
「やれやれ……今宵は折角待ちわびた儂の人生最期の日だというのに、随分と慌ただしいな」
年老いた玉座の主は、愉快そうに、満足そうに、不敵そうに呟くと、漸く眠気も覚めたのか瞼を大きく見開き黄金の瞳を妖しく輝かせた。
「さてと、では儂を殺しに来た勇気ある愚か者に相応しい舞台を用意してやるとするかの」
玉座に座ったまま右手を正面に掲げると、掲げた掌から現れた幾何学的な模様の紋章から禍々しい赤い光が溢れ出す。
そして、玉座に座る老人──世界から魔王と呼ばれ怖れられたその者は小さく息を吸うと、自分だけに聴こえるような空気が微かに漏れるような声で囁く。
「魔王九九九式────『朱月の空』」
広く玉座しか無い様な殺風景な大広間は瞬く間に魔王が放った朱い光に包まれ、そのまま城を、辺りの空間を、そして世界を、一気に覆っていった────。
〜〜〜
────少々時は遡り、ここは魔王の居城であるヴァルタイスト城の入口。
高さ10メートルを越える分厚い鋼鉄の扉に閉ざされた夜の城内は、廊下に設けられた窓から月明かりだけを招き入れひっそりと静まり返っていた。
何時もと違うのは、そんな城内の静けさを守る様に佇む巨大な扉に近付く四つの影があった事だ。すたすた、と静けさをかき乱す様に響く足音は徐々に城への扉へと向かうと、やがて扉の前で静止した。
次の瞬間────ドオォォォォン!!
凄まじい爆発と轟音を伴い、鋼鉄の扉はまるで崩れた積み木の様に小さな破片になって吹き飛び崩れていった。衝撃で埃が舞い上がり辺りは先程の静寂を一気に失ってしまい、物々しい雰囲気をようする。
「ゲホゲホ…………ッ、こっの愚かものーー!! いきなり扉を吹き飛ばすなー!!」
「…………何か悪かったか? 軽い挨拶代わりじゃんかこれぐらい」
「アホーー!! こーんなバカでかい音をさして魔王や魔物に感づかれたらどうするつもりなのじゃー!?」
「ケホケホ……、無駄ですよホロア様。ウロナはそんなこと考えていませんよ……どうせ」
「…………あー、リタの言う通りじゃな……。はぁ……やれやれ、これで魔王に逃げられていたら儂らは国王にどんな責任をとらされるか……聞いておるのか勇者様よ?」
「はいはい聞いてるって。お師匠様は口煩いなぁ……キィーラ、ちゃんといるか?」
「けほ……はい、ちゃんとここにいますご主人様」
扉のあった場所は土埃が舞い上がり、その土埃の中から誰かを叱責するような童女の声と、それに賛同する凛々しい少女の声と、軽口を返す少年の声と、呼びかけに答える幼い少女の声が響き渡る。
「さーて、それじゃおっ邪魔しまーす」
4人の先頭に立つ黒髪の少年ウロナ=キリアリアは、軽やかに、軽率に、軽薄に、魔王城に足を踏み入れると軽々しく誰もいない城のエントランスに向かって挨拶をする。
夜明かりに映える白い石造りの城内に木霊する自分の声に、うんうんと満足げに頷くと後ろにいる三人の仲間を待つために少年はエントランスに敷かれた赤いカーペットの上でお気に入りのブーツに付着した土埃をとんとんと落としながら立ち止まった。
そのまま白を基調にした軽装や背中に携えた背丈以上の大剣についた土埃を手で払っていると、彼に遅れて三人の少女達が土埃から抜け出してくる。
「大きな声で………! 一度ならず二度までも…………全く、お主はどれだけ騒ぎを起こせば気が済むのじゃ!?」
長い耳と手にした大振りな杖を上下にばたつかせながらローブを羽織ったエルフの賢者ホロアは向こう見ずな勇者ウロナを古臭い口調で叱責している。
「ホロア様の言うとおりだウロナ。今の騒ぎを聴きつけて城に居る魔物が此処にやって来たらどうするつもりだ!?」
それに同調するように騎士リタも纏った鎧や腰に携えた剣や後ろで結った長い金色の髪に付着した砂埃を手で払いながら、ため息混じりに勇者ウロナを紫色の瞳でジトーっと睨みつつ文句を口にする。
「あの……ホロア様……リタ様…………ご主人様もきっと……何か考えがあって……扉を破壊したんだと……思い……ます……」
「のぅ……キィーラよ。この勇者様はきっと、ただ城の扉が邪魔だからぶっ壊しただけだと儂は思うぞ」
土埃を払うためにきつね色の髪をかき分けて頭部から生えた狐の耳と三本の尻尾、着ている麻布でできた服をパタつかせながら狐の亜人種の少女キィーラは勇者ウロナを擁護しているが、賢者ホロアはキィーラの精一杯の擁護に手をないないと横にブンブンと振りながら答えた。
「しょうがねーじゃん。あの扉、強力な結界魔法が貼ってあったんだからぶっ飛ばすのが一番早いかなーって思ったんだよ」
「確かに結界魔法は張ってあったが、なにも無理やり壊すこともないだろう」
「はいはい、悪かったよ。じゃあ、魔王に逃げられる前にささっと倒すとするか。キィーラ、早く魔王を倒して王都に戻ろーぜ」
「…………! はい、ご主人様!」
とてとて、と近付いてきたキィーラが自分の腕にしがみついたのを確認すると、勇者ウロナは魔王城の上層に向かうためにエントランス奥に視える月明かり照らされた階段に向かって歩き始めた。
そんな勇者ウロナにやれやれ、とため息をつくと騎士リタと賢者ホロアも二人を追って歩き始める。
月明かりだけが照らすエントランスを勇者ウロナはピクニック気分で揚々と歩いているが、他の三人の少女たちは先程の衝撃を聴き付けた魔王城の魔物たちに何時襲われるかと気が気ではなく、常に武器に手を掛けながら慎重に歩いていた。
「なぁ、リタ。一つ訊いて良い?」
ふと、一番先頭をキィーラと一緒に歩いていた勇者ウロナが少し身体を捻って騎士リタの方を向きながら質問を投げ掛ける。
その暢気な態度に、騎士リタは勇者の緊張感の無さを怪訝に思ったが、四人の中で一番感知能力に長けた狐の亜人であるキィーラが敵の気配を察知していないことを確認すると、騎士リタはほんの少し警戒心を解くと勇者ウロナの問い掛けに答え始めた。
「何かしら? まさか、今から倒しに行く魔王がどんな奴か……なんて訊かないでしょうね?」
「………………………………。」
「…………訊くのね」
上層へと向かう階段を登りながら、まさかの質問をしてきた勇者ウロナに頭を抱えながら騎士リタは咳払いを一つすると、静かに語りだす。
「魔王カティス──数十年前に突然現れ、我々人類に進攻を開始した恐るべき敵」
呆れたような口調で騎士リタが件の魔王について語り始め、それに気付いた賢者ホロアも頭に被っていたフードを下ろし窮屈そうに仕舞われていた美しいエメラルド色の髪を解放すると、生徒たちに教鞭を振るう教授の様に魔王について語り始めだした。
「かの魔王は魑魅魍魎たる魔界を統べ、魔界に生きる凶悪な魔物たちを率いて儂らと敵対しおったのじゃ」
「奴との戦いに敗れ二つの大国と十三の都市が滅びたわ」
「太古からこの大陸に君臨しておった五匹の邪竜を屠ったのも彼の魔王だと言う話じゃ」
「この話は王立学院で教わったと思うんだけど……ウロナ、ちゃんと授業を聴いていたのかしら?」
「聴いとらん聴いとらん。こやつは大賢者である儂の魔法学の授業もろくに聴いとらんかったからのぅ」
「で、じゃ。王国も滅んだ二つの大国も幾度となく魔王討伐の為に軍を派遣したのじゃが……悉く返り討ちにあってのう……」
「逆に魔王の報復で隣国二つは滅亡。我々の王国も魔王の支配する領域への不可侵を余儀なくされてしまった、それが二十年程前の話だったかしら、ホロア様?」
「そうじゃ。以来魔王は姿を見せなくなったがの、魔王の脅威は王国を今なお脅かし続けているわけじゃな」
エントランスの階段を登りきり二階に到達した一行は、次の階に上がるための階段を探して魔王城の長い廊下を歩き始める。
窓からの明かりだけが差し込む廊下に四人の足音と喋り声だけが響き渡る。広大な魔王城はまさしく“迷宮”と呼ぶに相応しい複雑さを誇り、次の階段は中々見つかりそうもなかった。
「ホロアはさ、その魔王カティスって奴には会ったことないのか? 確か1000歳越えてるんだろ?」
「むむっ、儂の様なレディに年齢について訊くなんて、師匠に対しての礼儀がなっとらんのう」
「レディって……誰よりもお子ちゃま体型じゃねーか」
「お子ちゃま言うなー!!」
「はいはい、二人とも喧嘩しないの。それで、ホロア様は魔王には……?」
やれやれ、と何時もの事の様に騎士リタは勇者ウロナと賢者ホロアの口論に割って入る。
騎士リタに遮られた事で冷静になった賢者ホロアは、軽く咳払いすると再び魔王の話を始める。
「魔王カティスが現れた頃は儂もまだエルフの里におったからのう。実際に魔王の事を見てはおらんのじゃ」
「じゃあ……誰もその魔王さんの容姿……わからないんじゃ……?」
先程まで会話に参加していなかったキィーラが素朴な疑問を賢者ホロアを投げ掛ける。魔王が姿を見せなくなったのが二十年以上前、その時まだ生まれていないウロナ、リタ、キィーラには魔王の人物像が分からないからである。
「その点なら心配要らぬぞ、キィーラよ」
賢者ホロアはキィーラに得意気な顔をすると、雄弁に語り出す。
「実は儂の里の族長が魔王と直に会っていてのう、その族長から魔王の容姿については聞き及んでおるのじゃ」
「へー、じゃあその魔王とやらは一体どんな格好をしてるんだ?」
「魔王カティス……彼の魔王はの、見た目こそ儂ら人と大差ないが……蛇の様に鋭い金色の瞳、夜の様に深い漆黒の髪、そして魔に連なる者の証である大きな角を生やしておる、と言う話じゃ」
「ふーん……つまりこの城にいる角生えた奴を倒せば良いって訳だな?」
「まあ、そうじゃが……随分と簡単に言いよるのう」
やれやれ、と賢者ホロアが勇者ウロナの何時ものあっけらかんとした態度に苦笑いする。
今まで誰も敵うことのなかった魔王を気安く“倒す”と言ってのけた勇者ウロナの自信と、それを裏打ちする理由を知っているからである。
「国王も人々も魔王カティスには敵わんと皆、匙を投げておった」
「…………。」
「かの魔王が隣国を滅ぼした時、儂らは怯えて何も出来なかった。かの魔王が王子の婚約者を拐った時、儂らはただそれを眺めていた。かの魔王が王国に不可侵を要求した時、儂らはただそれに従うほかなかった」
賢者ホロアは俯きローブの裾を強く握りしめながら、魔王への恐怖を口にする。騎士リタとキィーラはそれを静かに聞いていた。
二人には魔王カティスの実際の脅威は分からない。ただ、見聞きしたり教えられた内容から魔王カティスの脅威の度合いを推し量っているだけだからである。
だからこそ、実際に魔王の脅威を目の当たりにした賢者ホロアの反応は、深く刺さるものがあった。自分の話を聞いて騎士リタとキィーラの士気が沈んだのを察したのか、賢者ホロアは顔を上げると勇者ウロナに視線を送る。
「じゃが、魔王の恐怖に怯える日々も今日で終いじゃ。なにせ、こうしてお主がいるのじゃからのう我が勇者様よ」
「…………俺の事か?」
急に自分に話を振られたウロナは少々面を食らった様な表情で自分を指差す。
「そうじゃ。なにせお主は女神シウナウス様より“祝福”を賜った選ばれし者じゃからな」
その少年、ウロナ=キリアリアは女神に限りない“祝福”を受けてこの世に生を受けた。
王国一番の魔導師を遥かに凌駕する魔法の才覚を持って生まれ、8才になる頃にはあらゆる魔法を詠唱無しで発動させることができ、12歳になる頃には剣技で右に出る者はいなくなり、15歳になる頃には強大な魔物である“竜”をたった一人で討伐してみせた。
そんな彼を人々は女神によって遣わされた“勇者”と讃え、王国の聖女が預言した“魔王を討ち滅ぼす者”と信じるようになっていった。そして、17歳で冒険者となった彼は紆余曲折を経て三人の仲間たちと共に魔王カティスの討伐のために立ち上がった。
「邪悪なる魔王を討ち滅ぼすべく、天より遣わされた預言の勇者。まさかこんな軽々しい人間だとは思ってもいなかったけど」
騎士リタも賢者ホロアに釣られるように勇者ウロナに微笑み語る。軽い愚痴を交えつつもその眼には勇者ウロナへの信頼と、あるいは別の感情が映っていたが、勇者ウロナはそんな騎士リタの熱い視線にはお構いなしに頭を指で掻きながらきょとんとしていた。
「俺が魔王を倒すって預言された勇者だから、みんなは俺に着いて来てくれたのか?」
「いいえ……違います、ご主人様」
勇者ウロナの疑問にキィーラは、今まで以上に彼の袖をぎゅうぅっと力強く握りながら即答する。
「もし……ご主人様が、わたしを……奴隷から……解放してくれなかったら……わたしはきっと……あの貴族の……おもちゃにされていたと……思います」
「私も……貴方がサンクティオーヌ卿の挑戦に勝っていなかったら、きっとあの家に嫁がせられていて貴方の騎士にはなっていなかったと思う」
「儂もじゃな。ウロナ、お主があの時ドラゴンから儂を庇ってくれたから今此処に生きて居れるんじゃ。お主には感謝しても感謝しきれんよ」
「だから私たちは信じているの。貴方が魔王カティスを打ち倒して王国に希望を取り戻してくれることを」
三人がそれぞれ自分に対する絶大な信頼を口にしたことに気恥ずかしさを感じた勇者ウロナは視線を逸しながら苦笑いする。
「あっ……ご主人様……照れてる」
「なっ……!? 違うぞキィーラ、俺は別に照れてなんか///」
「顔が赤ーくなっておるぞ勇・者・様♪」
勇者ウロナが狼狽えたのが珍しかったのか、騎士リタと賢者ホロアとキィーラはお互いに顔を見合わせながらくすくすと笑い合った。
魔王の居城だっていうのに緊張感が無いな、そう勇者ウロナは三人の少女たちに思ったが、それは何時も自分が言われている事だと思い出すと急に馬鹿らしくなってしまい、ついつい三人に釣られて笑いだしてしまった。
極度の緊張状態を解きほぐすように勇者ウロナたちは笑い合う。それは余裕の表れ、この勇者様ならきっと魔王に打ち勝てると言う絶対の信頼が、この俺なら絶対に魔王を倒せると言う自信が、これから挑む相手への幾ばくかの安心材料となっていた。
「楽しそうなお時間をお邪魔してしまい大変申し訳ございませんが、少しお時間宜しいでしょうか?」
声がした──勇者ウロナの自尊心に満ちた声でもなく、騎士リタの一輪の百合の花の様な透き通った声でもなく、賢者ホロアの後人を叱咤激励するような賢き声でもなく、かつて奴隷だった少女キィーラの慕う主にだけみせる安堵の声でもない──誰かの声がした。
──それは、ほんの一瞬の出来事だった。唐突に視界が、空が朱く染まった。
さっきまで窓から差し込んでいた柔らかな青白い月明かりは血で染めたような朱く禍々しい光へと変色し、そこが既に全く別の空間と化した事を一行に知らしめる。
その異様な出来事と同時に勇者ウロナの背後──進むべき廊下の先からその声は響いた。無機質で、無感情で、まるで魂の籠もっていない人形のような女性の声に一行はすぐさま武器に手を掛けて戦闘態勢をとった。
「そんな……わたし……全然気付けなかった……どうして……?」
勇者ウロナに隠れたキィーラは怯えながら驚嘆の声を漏らす。
当然だ、狐の亜人種であるキィーラは此処にいる誰よりも感知能力に長けており、パーティ内では危険を誰よりも早くに察知する斥候を任されている。
そんな彼女が至近距離まで近付かれても感知できなかったからである。今まで彼女が見てきた魔物とは違う、全く以て異質な存在が今目の前にいることにキィーラはおろか、他の三人も思わず息を呑んだ。
「誰だ!? 出てこい!」
勇者ウロナはキィーラを庇う様に一歩前に出ると、廊下の暗がりにいる声の主に勇んだ。一瞬、静寂が辺りを包んだ後、暗がりの影はゆっくりと窓から差し込む朱い月明かりの下に姿を表した。
「オ……魔導人形……じゃと!?」
そこにいたのは魔導人形と呼ばれる人の姿を模した人形。
真っ白い素材で造られた肌の様なもの、血の様に真っ赤に彩られた瞳、肘や手首の部分に見える球体関節、おおよそ人間とは言えないその人形は胸元に雪の様に白く淡く輝く宝石の装飾されたメイド服を着ており、まるでこの城で働く従者だと言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。
「お初にお目にかかります。私の名前はレトワイス。この城の主、我が主、偉大なる魔王カティス様によって創り出された人形に御座います」