GGR~ゴーゴージージィレボリューション~
乾いた風が吹き荒び、疲れたような夕陽に染まる、赤茶けた荒野。
空には禿鷹なのか烏なのか、シルエットでしか分からない鳥達が耳障りな声を上げ、彼らの眼下、遥か下には地を這うようにノロノロと動く姿があった。
薄汚れた外套から覗く、細い筋張った手には、先端に重りのような飾りの付いた、クエスチョンマークはたまた湾刀──古代ギリシャのハルパーとかエチオピアのシミターとかのアレだ──にも似た、幾つもの節が繋がった奇妙な杖。
それを非常にゆっくりと突いては歩く。
その歩みはゆっくりと云うよりはヨロヨロ、ヨロヨロというよりはヨボヨボと、風が吹く度にタンブルウィード──よく西部劇で風に吹かれて転がるアレだ──に似た何かが追い抜いて行く。
土埃で汚れた外套、顔はフードでしっかりと覆われて表情は窺えず、背には同じように薄汚れた布袋が掛けられている。
彼は何処に向かうのか。
何故、こんな荒野を歩いているのか。
問い掛ける者もなく、カモメよりもトカゲよりも遅く、まるで、老人のような足取りでひたすらに歩く。
ただただ歩く。
それはもう、歩く。
歩いて歩いて、歩き続ける。
それはもう歩く。
歩いて、歩く。
兎に角歩く。
…………
……
──カポーン──
突如として、何処か気の抜けるような音──銭湯とかでよくあるアレだ──が荒野に鳴り響く。
「やっと、か」
その音に彼は立ち止まり──元々が立ち止まっているようなものではあったが──皺の刻まれた手で、フードを脱ぐ。
────その時────
『おめでとうございます!』
『【エクストラクエスト・明日への一歩!歩行訓練5】をクリアしました!』
『これにて【エクストラクエスト・明日への一歩!】は終了となります!お疲れ様でした!』
『クエストクリアにより、スキル【頻尿】【浅眠】【頑固】【根拠なき自信】【感覚のズレ】【(空白)】【倦怠感】【震え】【言葉が出ない】【喪失感】【歯周病】【骨密度低下】【起伏】【黄昏時の憂うつ】【物忘れ】【脱水】【消化不良】【節々の痛み】【鈍痛】【肌荒れ】【加齢臭】【判断力低下】【ぼやける】【難聴】【皺】【手足の震え】【さびしさ】が【生老病死】に統合されます』
『称号【敬われる者】を獲得しました』
『【寿命】が規定値を越えています。職業を選択出来ます』
『職業【養老猛師】を選択、スキル【方術】【養老の滝】を獲得、【養老の滝】が【生老病死】に統合されました』
『称号【敬われる者】が【マジで敬われる者】に変化しました』
『条件達成により、職業を選択出来ます』
『スキルポイントを消費、職業【屍解仙】が選択されました』
『職業【屍解仙】を選択、スキル【皮一枚】を獲得、【方術】が【仙術】に変化しました』
『スキル【生老病死】が【生生流転】に変化しました』
『称号【ズル剥ける者】を獲得しました』
『スキル【不射の射】を獲得しました』
『条件達成により、職業を選択』
………………………………
…………………………
……………………
………………
…………
……
呟きを掻き消すように流れ出したアナウンスにも彼は然程気にした様子もなく、ほうっと息を吐く。
その顔には深い皺が刻まれ、真っ白な太い眉。
頬は痩せこけ、口元と顎には無造作に白い髭が伸び、頭部に髪はなく、お肌にハリもない。落ち窪んだ目の奥、弛んだ瞼と皺に隠された濁った眼光だけが、鈍く、そして、鋭く光る。
小柄な痩せ細った体躯に、枯れ木のような手足。
老人。
というにはそれはあまりにもあんまりで、もうとにかく何もかもがあんまりだった。
彼の名前はGG。勿論、本名だ。
猫も杓子もフルダイブ型ヴァーチャルリアリティ全盛の時代、ついでに異世界にも舞い降りたり、舞い戻ったりのジジイのジジイによるジジイの為の物語。
~Go2!GG!Revolution!~
クエストをクリアし、新たなる力を得たGG!
そしてまた彼は歩き続ける!
今度は速いぞ!行け行けGG!僕らのために!
それでもゆっくりペースは変わらない!
嗚呼!止まりそう!止まった!休んだ!
(語り)
ホントは速く歩けるんだよ?
(スローライフ!スローライフ!)
ただ、速く歩かないだけ。
(スローライフ!スローライフ!)
走るだなんてもっての他。
(スローライフ!スローライフ!)
急いだ先に何があるというのか。
(スローライフ!スローライフ!)
(サビ)
魔法の言葉さジュテーム。甘く囁くジュテーム。
オー!フランスパン(繰り返し)
~レッツゴーGGの歌・疾風怒涛編~
『スキル【道案内(自力):歩行訓練と荒野の迷宮】を獲得しました』
「やっと、か」
ログアウトを挟み、荒野をひたすらにさ迷い歩く事、凡そ8時間。
スキル【道案内】があれば10分前後で荒野を抜け出せるのだが、数多のスキル獲得と上級職に就いて気が大きくなった節約家のGGはスキルを取得せず、自力で脱出する道を選んだ。
──既にご存知の方もいるだろうが、この荒野。
「歩行訓練と荒野の迷宮」の名前の通り、正しい道程でなければループしたりワープしたりと延々と歩かざるを得ない──入る時は何処からでも入れる──という極度に発達したバーチャルリアリティは筋肉にも作用し、ゲームをしながらにリハビリ、果てはムキムキになれるというスグレモノの機能を存分に生かしたマップである。
ちなみに此処でのエクストラクエストをクリアしても飽くまでクエストのクリアだけが達成となり、脱出とはならない──
『セーフエリア:癒しの森に進入しました』
荒野を抜けた先には、鬱蒼とした木々が重なり陰を落とす、見るからに陰鬱で、マイナスイオンからイオンを引いたような森が広がっている。
セーフエリアと言えば安全な場所の筈だが、モンスターや敵性キャラクタは出ない(事もない)、プレイヤーキル行為の非推奨(しても良いけど、ペナルティ重め)、ログアウト可能(此処に限らず何処でも出来る)と、このゲームでは『比較的安全な場所』に過ぎない。
それでも気にせず、GGは森の中を進む。
湿った風にざわりざわりと暗褐色の葉を揺らせては赤黒い樹液を滴せる、ぐねりぐねりと曲がった樹木。
陰の濃い淀みを赤に青に黄色に色取り取りにと彩る原色の茸。
ぼとりぼとりとゼリー状の果肉が落ちる度に、地面から突き出て空を掴もうとしては破裂する、人の手にも似た真っ白な花。
所々でぼんやりと膨らんでは萎んで明滅し、消滅と再生を繰り返す苔のような物。
各々に【鑑定】すれば名称や効果も判明するが、せっかちなGGはそれよりも先に進む事を選んだようだ。
森の中を進む事、一時間。
スキル【道案内】があれば数分で抜けられるエリアではあるが、荒野で取得した【道案内(自力)】は既に踏破したエリアであっても、それがスキル獲得前であれば発揮されない。
このゲームでは必須とされるスキル【道案内】。獲得に必要なスキルポイントは5。
開始時に割り振られるスキルポイントは12。
基本的なスキルだけで【初級魔法】【初級剣術】【初級体術】【初級生産】など多岐に渡るが、各初級スキルに必要なポイントは1から多くても2。
序盤に5ポイントを削られるのは大きいが、その分だけ見返りも大きく、快適なプレイを楽しむには欠かせないスキルである。
スキルポイントを増やすには俗に言うレベル上げ、クエストのクリア、特殊なアイテム、そしてスキルを獲得する為に必要なスキルを獲得する為の条件を獲得する為のスキルを……(繰り返し)の為に、コツコツ地道に黙々と鍛練の繰り返しがある。
スキル【道案内(自力)】を【道案内】に進化させるには未実装も含めて全てのマップを踏破する必要がある、というのが疲れ果てた先人達共通の見解である。
──課金制度もあることにはあるが、【スキルポイント1=500円(税抜き)】で最低購入額は5ポイント。
巷に溢れる先人達の墓碑である攻略記事や形式的な運営からの警告も無視して【道案内】を獲得しなかった猪武者や冒険家気取りのプレイヤーを開始間もなく絶望に突き落とし、炎上騒ぎになったのは記憶に新しい。更にレートも一定ではなく、イベント前や新職業やスキルが実装となると跳ね上がり、未だに社会問題となっているのはご存知の通りである──
【道案内】というスキル一つだけでも課金の魔の手が伸びているのだが、それでも持ち前の節約精神だけで乗り越える。
彼は決して単なるケチではない。現に荒野でのエクストラクリア後、ただ一つの目的の為に貯めに貯めたポイントを一気に消費したではないか。
爪に灯した明かりで無明の闇を踏破する、明かりは買わない、勿体無い。
それがGG!僕らのGG!方向音痴はご愛敬!
ブレーキ、コッチで、アクセル、どっち?
運転免許は返却だ!(運転免許が見当たらない!)
今だ!必殺!タクシー代行!(敬老パスが見当たらない!)
(語り)
コーラ?好きだよ、ピザも久し振りに食べたいね。
(スローライフ!)
前はそんなでもなかったけれど、カボチャが美味しい。
(スローライフ!)
温かい物は温かく、冷たい物は冷たく、そんなに大変かい?
(スローライフ!)
分からない事を責めないで。余計不安になるだけさ。
(スローライフ!)
(サビ)
魔法の言葉さジュテーム。もっと耳元ジュテーム。
オー!フランスパン(繰り返し)
~劇中歌 行け行けGGの歌・追憶の一片~
『スキル【道案内(自力):癒しの森】を獲得しました』
「やっと、か」
数度のログアウトを挟み、敵性キャラクタとも悪質なプレイヤーとも出会う事なく、道なき道を歩き続けて幾日か。
森を抜けた先には、燦々と輝く太陽の下、青々とした草原を爽やかな風が吹き抜けて行く。
草原の遥か先には点々と小さく見える建物。
彼はやり遂げたのだ!凄いぞGG!僕らのGG!!
『のどかな爽やか草原の迷宮に進入しました』
「また、か」
猫も杓子もフルダイブ型ヴァーチャルリアリティ全盛の時代、ついでに異世界にも舞い降りたり、舞い戻ったりのジジイのジジイによるジジイの為の物語。
GGの活躍はこれからだ!!
~Go2!GG!Revolution!~
ログアウトを挟んで草原を歩き続ける事、6時間を過ぎた頃。
前方に見える丘陵の向こう側から、のどかな草原には似合わない人の争うような声がGGの耳を打つ。
が、然程気にした様子もなくGGは歩き続ける。
凄いぞGG!僕らのGG!他人事だよ、助けてよ!
小鳥の囀り(ピーチクパーチク)
テレビは最大音量だ(イヤホン使おう!)
紐が切れたよ(コードだよ!)
(語り)
水飲めって言ったって、飲みたくないんだもの。
(スローライフ!スローライフ!)
そんなに入らないって。いらないんだもの。
(スローライフ!スローライフ!)
あ、ゼリーなら良いかな。プリンはいらない、食べ飽きた。
(スローライフ!スローライフ!)
言ってる事は分からなくても、大体分かるよ、表情で。
(スローライフ!スローライフ!)
(サビ)
魔法の言葉さジュテーム。抱いて優しくジュテーム。
オー!フランスパン(繰り返し)
~レッツゴーGGの歌・三つ子の魂と百年の恋~
ゆっくりと歩くGGとは裏腹に、争う声は一層激しさを増して行く。
荒野でのクエストクリアから職業【屍解仙】を獲得に止まらず、【地仙】【天仙】そして一気に最上級職の【神仙】まで解放した恐るべき男、GG。
歩みは遅いが、やる時はやる男。それがGG。
【神仙】となり、本来歩かなくても良いGGの行く先には、偶然にも争う声が聴こえている方向であった。飽くまでも偶然である。
緩やかな丘陵を超えた先には、見るからに柄の悪そうな男達に囲まれた、剣を構えた気弱そうな少年と、同じく槍を構えた勝ち気そうな少女、その後方には杖を構えた見るからに魔法使い姿の眠そうな少女が居た。
「76、73,54、49……」
ゆっくりと歩きながら、一人呟くGG。
「死にさらせぇ!ワレェ!」
「モーちゃん駄目だ!早まるな!!」
仲間の制止も届かず、柄の悪いモヒカン男が叫びながら、気弱そうな少年に斧を振り下ろす。少年は剣を添えるだけで往なし、返す刀でモヒカン男の首を斬り落とす。
流血描写はカットされているものの、最先端の技術が注ぎ込まれているだけあって切断面は緻密に描写され、血の代わりに赤黒い濃霧のエフェフクトが吹き出し、破裂するようにモヒカン男が消えて行く。
「テメェ……よくもモーちゃんを!」
「ひーやん駄目だ!」
「そんな事言ったって、かーくん!」
「ここは俺が食い止める!ひーたん!かーくん!アッちゃん!お前達は仲間を連れて街に知らせるんだ!」
「カンちゃん!一人で無茶だよ!」
「そうだよ!僕も残るよ!」
「良いから行けっ!早くっ!ぐわぁ!」
「「「「カンちゃ~んっ!!」」」」
GGがゆっくりと進む間にも、柄の悪い男達をバッサバッサと剣で斬り伏せ、ズブリズブリと槍で突き殺し、魔法で時に焼き殺し、時に風で切り刻み、時に水で窒息させ、時を止めている間に三人掛かりで殺して行く、初期装備を纏った少年少女達。
「ひーたーーーんっ!!」
少年少女を囲む柄の悪い男達の中でも、取り分け目立った筋骨隆々のモヒカン男が爆散。 飛び散る腕にしっかりと握られた斧が腕ごと宙を舞い、ごとりと落ちる。
その腕も破裂するエフェフクトと共に消えて、斧だけが残った。
「モーちゃん、ひーたん、かーくん、カンちゃん……そして、みんな…………」
呆然とするアッちゃんと呼ばれた筋骨隆々のモヒカン男、名前をアルフレッド。勿論、本名だ。
初めは100人を超えた仲間達も今は、アッちゃんを含めても15人「「「ギャアアアッ!!」」」そしてまた3人が破裂した。
「絶対に……許さない……!!」
せっかく「皆で良いギルドにしようね」と盛り上がり、「皆でカッコイイ服とか着ようよ!装備も揃えて!」とアイディアを出しあって作った御揃いの装備(深夜のテンションでちょっと悪ノリしちゃったけど)を着て、時にケンカもしちゃったりしたけれど、「これからも皆で仲良く楽しくやってこうね!」って………。
「皆、退いて!アレやる!」
「アッちゃんこそ逃げて!アッちゃんさえ残ってくれたら、立て直せるんだから……ギャッ!!」
「みーくん!!」
みーくんが破裂しても、残ったモブ4人は怯む事なく、アッちゃんの前に並び、盾となる。
「皆!退いて!」
「アッちゃん、ゴメン。無理だわ」
「アッちゃんだけは殺らせねぇよ!なぁ!」
「アッちゃん!コレは俺達、ポコニャン騎士団の意地ってもんさ!」
「アッちゃん!この前教えてもらったレシピ、大好評だったよ!ありがとね!」
「やんぞテメェら!」
「「「「【肉壁】」」」」
「みんな……!!」
悲壮な覚悟を決めたポコニャン騎士団と対峙する、終始表情の変わらない少年少女達。
「良い物が見れた」
それを眺めて、一人満足そうなGG。亀よりも遅い歩みのGGにはポコニャン騎士団も少年少女も気付かない。
未だに遠目でやっとの距離、流石はGG!マイペース!
──ちなみにスキル【神行法】の更に下位互換【縮地】を使えば、距離など無いに等しいのだが──
「【天網恢恢】」
GGが呟くと、それまで同じ表情を貼り付けたままの少年少女達は急に顔を歪め、ポコニャン騎士団達を前に獲物を放り出し、身体中を掻きむしり始めた。
スキル【肉壁】を発動して動けないポコニャン騎士団のモブ、急な展開に着いて行けない、アッちゃん。
ポコニャン騎士団など知らぬとばかりに身体中を掻きむしり、抉り始める少年少女達。
──説明しよう!賢明なる諸兄にはお解りの通り【天網恢恢】とは、指定した相手に決して消える事の無い痒みを与え、更に掻けば掻く程に痒みを与え、やがては死に至らしめる、国によっては禁呪指定の恐ろしいスキルなのだ!!──
苦悶の表情を浮かべながら身体中を掻きむしり続ける少年少女達。赤黒いエフェフクトを撒き散らせながら、やがて、ピタリと動きを止めた後、静かに破裂していった。
「何が何だか分からないけれど……助かったの?」
呆然とするアッちゃん。
死に戻りした仲間達のレベル上げ──装備と所持金は拾ったとしてもデスペナルティで大幅なレベルダウンがある──装備品の補修などなど考えるだけでも、これからもやる事は膨大だが、ギルド幹部の一人でも残っていれば、建て直し自体は何とかなる。
──「よく分からないけれど、助かった。ありがとう」──
誰に感謝を伝えれば良いのか分からないけれど、そっと呟くアッちゃん。
遠目で満足そうなGG。
結局、GGは何をしたかったのか。
見たかったのは、殺戮劇か。
圧倒的な力を前にしても屈せぬ魂の輝きか。
単なる気紛れ?暇潰し?
『スキル【道案内(自力):のどかな爽やか草原の迷宮】を獲得しました』
「やっと、か」
それはGGにしか分からない。
~Go2!GG!Revolution!~