第006話 封印
開いていただきありがとうございました。
「封印ですね」
マリッサが封印の石を見て、そう呟いた。
木を見て「木ですね」花を見て「花ですね」というような軽い口調で、ミラベルの手にある石をそう評した。
「そうですね。それもこんなに念入りに……」
一重、二重、三重、四重。ぱっと見ただけで四つは重ねてガッチリと封印されていた。一つの封印ですら高位の悪魔を完全に抑えうるくらいの簡易ではない正式な封印。それも書いた封印ではなく、石を掘っての魔法陣。それを四重に重ねてあった。
「これが解いてはいけない封印では?」
封印の仕方から見れば解る、とミラベルはマリッサを軽く睨んだ。
こんな魔王や邪神を抑えるような封印を何に使ったのでしょうか、とマリッサに尋ねる。
「魔王か邪神では?」
マリッサの返事を聞いて溜息をつくと、ミラベルは封印を剥がしはじめた。
「ミラベル様、何を!?」
「シプラス国を滅ぼすかもしれない……ですよね。もう滅んだような物ですから魔王でも邪神でも解いてあげればいいのでは?」
「魔王や邪神ですよ!?世界が滅ぶかもしれないんですよ!?」
ゴブリンを連れたパイソ国の攻撃により、生きる事で精一杯だったミラベルは、余裕が生まれた事で今の状況を振り返る。
「父や母、兄達や姉達は殺されたり奴隷とされたりしたのですよね?」
マリッサは、まだ決まった訳ではありません、と否定したが……、それはただの気休めである事をマリッサ自身が解っていた。
城門に晒された死体は、シプラス王やシプラス王子の物であったし、城門前に整列したパイソ国の兵士達の前で見世物のようにゴブリンと交わされていたのも、ミラベルの姉達、シプラスの王女達であった。
王族に顔が似た人を集めて、と……考えてもそこに意味は無い。
国を奪うなら王族を根絶やしにして、血を断つ事に意味がある。
「パイソ国が私を見つけるのも時間の問題でしょう。……邪神や魔王の手を借りてでも私が生きたいと願うのは……悪い事なのでしょうか」
マリッサはミラベルの言葉に詰まった。絶対に逃げるという意思はあるが、それを保障する事はできない。策も無ければ一侍女の細腕には敵を振り払う力も無いのだ。
国民の大半が殺され、王族の大半が殺され……ほぼシプラスは滅亡したような物であるし、ミラベルがパイソ国に見つかった時がシプラスの滅亡だとすれば……ミラベルを止める事などできなかった。
一つ、二つ、三つ、と封印を解除していき、残り一つの封印を残してミラベルは動きを止めた。封印が自発的に破られる様子が無いのを見て、ミラベルは手を止める。
「……マリッサ、これを解かなくても私は生きられると思いますか?」
ミラベルは震えていた。
何が封印されているのかも解らない
なぜ危険なのかも解らない
幾重にも重ねた強固な封印
初代シプラス王の解くなという遺言
パイソへの切り札になり得る手札をめくろうとしては止め、めくろうとしては止める。
「そのような物に頼らなくても、ミラベル様は私が命に代えても守りますから」
その一言でミラベルは……封印を解く手を止めた。
「マリッサ、お腹が空きました。火を通したお肉が食べたいです」
「はい、ミラベル様!」
二人は久しぶりに火を使った料理に舌鼓を打った。
=== ===
「まだ見つからないのか」
パイソの将軍は集めた兵士長達に怒鳴り散らす。
毎日朝、昼、夕、と三度に分け報告させる。
「街中はもうゴブリンしかおりません。こんな有様ですし街中に隠れるのは無理かと思います。地下施設も探しては見ましたが全く見当たらず、どこにいるのか見当もついておりません」
兵士の同じような報告にパイソの将軍は苛立ちを募らせる
「王城の備蓄はもつのか?」
食料が無くなったので王女を一人逃がしたまま戻ってきました、等と通用するはずがない。そんな愚かな報告をすれば将軍の地位はおろか、物理的に首を切られる恐れもある。
「あと一月は大丈夫ですが、そろそろ自給しなければなりませんね」
「たった一月か。山地部には木の実や野草が溢れ、野生動物も多いと聞く。近海で魚介類を獲る事もできよう、たまには備蓄のパンだけではなく肉や魚を喰いたいものだ。やり方は任せる、何とかしろ」
王女探索に加えて食料確保の指示が追加された。翌日、パイソの将軍に報告が上がる。
山地部に動物を捕まえるための罠
動物をさばいたようなまだ日があまりたっていない血の跡
火の跡は無いものの、行き詰ったパイソの将軍にはそれが天啓に感じられた。
「山地部にはゴブリンはおらん。野生動物や山地部の魔物に対応できるよう、四人一組くらいの規模で兵を組みなおせ、山狩りだ」
パイソの将軍が山狩りの指示を出す。
「かくれんぼか、いかにも小さい王女らしい。山で耐え我々が帰るのを待っているのか。見つけたら手酷い御仕置が必要だな、年も若いようだし高くは売れまい。他の王女のように生かしてやりはせんぞ」
パイソの将軍の顔はまだ見ぬ幼い王女の顔を思い浮かべ、醜く歪めて笑った
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