第017話 一騎当千の英雄と軍人と
パイソの将軍は機嫌良さそうにワインを飲みながら鎖に繋がれたマリッサを眺め、笑った。
「ようやくだ、ようやくこれでシプラスを終わらせ、パイソ国に帰る事ができる。手こずらせおって……。だがそれも今日までだ」
嬲られ痛めつけられ血にまみれた姿で睨みつけている美しい女性の姿を肴に、ワインを飲む。その最高のワインとシチュエーションが作った将軍にとっての至福の時間は、すぐに終わる事になった。
「将軍、ご報告があります」
兵士長ではなく一兵士が報告に来た。何かしらの失態をした時の生贄か、という嫌な気分をおしやり、パイソの将軍は尋ねた。
「まさか逃がしたとか言わないだろうな?その時はお前の首を高い場所に置いてやろうか?次は見つけやすいように」
その一言で震えた兵士に、冗談だと将軍は笑っていない目で睨みつけた。
「それで、報告は何かね?」
「はっ……飛んでもなく強い者が乗り込んできまして」
「……お前はバカなのか?さっさと追い払えばよかろう」
「いえ、それが……とんでもない強さでして。今、城に常備させている兵を集めて戦っておりますが、状況は厳しく」
「個人だと思えば軍か。どこの国だ?ここいらの隣国には話を通してあるはずだが、どこが約定を破った?」
「い、いえ……」
言いづらそうに兵士は目を逸らした。
「個人……です」
「……いいか?お前らは軍人だ。それも鍛えられた軍人だ。剣の達人や魔法に長けた賢者でも、囲めば勝てるだろう?」
優しく諭すような口調の将軍に、兵士はですが、と続けようとした所で
「一騎当千の英雄が居ても人数差を考えろ。負けるはずがないだろう!」
そして将軍が現場へと出た時、将軍は信じられない者を見てしまった。
「どこだ?マリッサちゃんはどこだ?」
十歳くらいの少女の手を取りながら、枝を棒で払うかのような動作で鉄板を振るう。その軽い一振りでフルアーマーの兵士が豆腐に包丁を入れるように切り飛ばされていた。
「なんだ、なんだ……アレは!?」
怯えたちすくむ兵も勇敢に飛び込む兵も、軽い一薙ぎで両断されていく。太刀……と言っていいのか、目で追いきれない程の速度で振られる太刀筋に、パイソの将軍は壁際に座り身を隠した。
振られる剣は壁を発泡スチロールのように叩き壊していく。
人外……。既知から外れた存在にパイソ将軍は怯え震えた。
そこで、もしやとパイソ将軍は立ち上がり、叫んだ。
「お待ちください!私はパイソ国の将軍、シスロと申します」
スピアの剣が届かない位置から叫んだ。
「パイソ国?どこだそれは。聞いたことないぞ?」
「失礼ながらそのお力、シプラスに封印されていた邪神様ではないでしょうか?我々は貴方の封印を解く為にシプラスに進行してきたのです!」
その一言に、邪神?と声をあげミラベルが不安そうにスピアを見る。
「邪神だと?残念ながら俺は邪神ではないぞ?」
「それでは、シプラスに封印されていた魔王様でしょうか!邪神様の復活を志す仲間でしたか!魔王様の元に居た魔界四貴族の方々から手を貸していただき」
「魔王?残念ながら俺は魔王でもないぞ?」
スピアはやや苛立ち、鉄板を振るう。
「あんなザコ共と一緒にするな。俺は騎士、騎士スピアだ。魔王も勇者も邪神も……全部俺が倒した。封印じゃなく完全に倒したから復活も何もないが?」
「ば、バカな!」
そう言ってパイソの将軍を切り飛ばした。
=== ===
ゴブリンの王アルファは怪物が現れ、ヒトを蹴散らす姿に恐怖し、洞窟の外で震えていた。スピア達が転移してもしばらく恐怖で身体が動かなかった。
離れた城で兵士達の悲鳴が聞こえ、アルファはようやく身体が動くようになった。とにかく隠れなければ、と目の前に広がる洞窟へ入り、奥へ、奥へと進んでいく。
そこには保管の魔法により劣化を逃れていた苔色の本が置かれていた、はずだった。保管の魔法、隠匿の魔法、スピアへの封印。全てが解かれた時、もう一つの封印が自動的に解けるようになっていた。
美しい金髪、美しい顔立ちをしている。少し垂れた目も柔和な印象を受ける。
身体は細くあるべき所は細く、付くべきところに肉がついていた。
大陸指折りの美人、少なくとも当時はもっとも人気の高い容姿を持っていた女性……初代シプラス女王、ステッカー=シプラスがそこに居た。
「グギャギャ」
このメスは今までのメスとは違う、と本能で感じ取り、ゴブリンの王は喜びに震え、襲い掛かろうとした瞬間、
「ゴブリンは禁止兵器になったはずなんだけど、なんで居るのかな?」
ゴブリンの王は風の魔法でバラバラに切り刻まれた。
四百年前……それは多くの国々に分かれていた群雄割拠の時代。
そんな時代の大陸一の学府と言えば非常に実践的な物が多く、現代では既に失われた魔法技術を教えていた。そんな魔法学校の首席卒業生、というのは……今で言うと想像もできない、爆弾のような戦力である。
その爆弾をもってしても……いや、その爆弾だからこそ、スピアという人物の規格外な力に怯える。
「スピアさんは約束覚えているよねぇ……どうしよう……」
シプラスを平定すれば身も心も差し出す、という約束。
四百年前の若気の至りに、ステッカーは、『あー』『うー』と呻き頭を抱えるのであった。
読んで頂きありがとうございました!
タイトルの『スフィア』が出てくるまでもう少しです。
多少、読み辛い箇所もあるとは思いますが、これからもお付き合い頂けると幸いです!