第013話 洞窟生活
開いて頂きありがとうございました!
「美味しいです。これが文明という物ですね」
スピアが山地部の国や部族を統一して、四百年後、末裔であるミラベル=シプラスは、侍女マリッサが焼いた肉に舌鼓を打ちながら蕩けるような笑顔をマリッサに向けた。
『肉の焼き方』と検索をすれば解るが、これには色々ある。
塩を振って胡椒を振り、少し経って焼く。
冷たい状態のフライパンでじっくりと弱火で温めるようにして焼く
片面を強火で焼き、少し焦がして肉汁を逃がさないようにした後に裏面はあまり焼かない。結局何が美味しいのよ!と解らなくなってくる。
塩振って胡椒振って焼く派は
「塩を振る事で臭みのある余分な脂と水分を追い出すのです」
などと言う。塩を振り、水分を抜く事で余分な脂分を追い出すのだ、と。
塩壺や調味料に漬けて味をしみこませる手法は昔からあり、焼き鳥もタレに漬けて寝かせるでしょう?と。
なるほど、塩を先に振るのが正解……と思っていると胡椒を振って塩振って焼く派が首を横に振る。
「胡椒を先に振る事で肉の表面の臭みを取るのです。塩を振って細胞から旨味が逃げるのを防ぐため、塩は直前に振ります」
なんなの……肉に塩を振った時に出る汁は旨味なのか?臭みなのか?
本当に誰もが認める肉の焼き方は存在しないのだろうか
ただ、焼き方には諸説あるが一部の人を除いて……焼いた方が美味しい、と感じるだろう。
「ミラベル様、こっちもどうぞ」
マリッサが焼いていく肉にミラベルは指を汚しながら齧りつき、手の油を舐めとる。
「マリッサも食べませんか?」
「そうですね、では私も頂きます」
そんな生活をして数日。
「ミラベル様、罠にかかった動物を回収してきますね」
「ありがとうマリッサ。森にお茶の葉とかは無いでしょうか?もしあれば、久しぶりに紅茶を飲みたいです」
「お茶ですか?あれば……摘んできますね。ミラベル様は絶対に出ないでくださいね」
紅茶の葉などある訳がない、とマリッサは乾いた溜息をつく。
その程度のミラベルの望みも叶えられない自分に嫌気がさしたのだった。
小動物を焼いた肉、木の実や木の根、山菜で命を繋ぎ毎日を過ごす。
「今のままでいいはずがありません!」
パイソ国占領下とはいえ非人道的生物兵器に手を出したのだ。対岸の火事とはいえ隣国とは地繋がりだ。ゴブリンの数が増えれば明日は我が身である。シプラス周辺国も危機感を持つはずだ。パイソ国を非難し軍を動かす可能性も十分ある。
交流のある近国に行けば、ミラベルはシプラス最後の王族だ。保護されるだろう。ミラベル婚姻の元シプラス国の正当な後継という権利が転がり込む。
国民は多くが殺されたにせよ、資源が豊富な国で港もある。近国に保護されれば少なくともミラベルは今よりひどい事にはならないだろう。
「やはり兵の動きが鈍る冬に山を降りるのがいいだろう」
土地勘も無く雪に覆われた山地部を探すという真似は誰もすまい。そう理解はしていても、情報と隔離された山地部の洞窟暮らしによる不安感もあり山から降りるべきだろうか、という葛藤があった。
情報を得て、茶葉を調達する。もしできれば、とミラベルの笑顔を思い浮かべながら、歩いていた。
いつもは辺りの音を聞きながら移動していたマリッサも、パイソの追っ手がかからない事に対する慣れがあり……
「居たぞ!」
パイソ国の兵に見つかってしまったのだった。
「マリッサが帰ってきません……」
決して洞窟からは出ないように言われたミラベルは不安で涙がこぼれる。
マリッサが居なければ、罠の作り方も木の実の毒の有無すら解らない。
そしてマリッサの事よりも自分の事がまっさきに頭によぎった醜い自分を嫌悪した。
「出るな、というだけで……魔法でマリッサの様子を見るのは禁止されていませんよね」
ただこの魔法をかけるとマリッサの周りに光が現れる。もし恐ろしい動物に気付かれないように身を隠していたら、と考えると気軽に使える物ではなかった。
もう一日、もう一日と待ち、洞窟の干し肉が尽きた頃に、思い切ってミラベルが魔法を使った時……マリッサはパイソ国の兵士達に酷い拷問を受けていた。
読んで頂きありがとうございました!
ややゆっくりめの進行ですが、お付き合いして頂いている皆様に感謝です。