愚者の舞い 2−9
そう言いながらポンと頭を叩かれ、クーナがモリオンを睨むが本人は全く意に介さない。
ともかく、焼かれると言う意味が分からないが、わざわざ相手を怒らせる事も無い。
ルーケはガックリしつつも神殿の外へ出て、
「この辺ならいいですか? それとも森に戻っていましょうか?」
と、問いかけると、クーナが駆け寄って来て、その手を掴んで共に視界から消えた。
「最近の若い奴は大胆だな。 女が男を物陰に連れ込むとは。」
「「クーナちゃんはそんな事しません!」」
二人の美女が同時にそう言い、モリオンは苦笑いを浮かべた。
「まあ、真実はともかく、早く荷物を確認してくれ。 不足した物があれば、次回持って来るからさ。」
「あ、そうだった。」
「足りない物ってなにかあったかな? ルパちゃん。」
二人はなんだかんだと騒ぎつつ、荷物を次々に奥へと運び込んで行く。
「酒樽はどこに置こっか? 食糧庫?」
「それでいいと思うよ?」
そう言いながら、二人はそれぞれ空のお盆を持つように軽々と、片手に一つづつ酒樽を載せて奥へと運んで行く。
ちなみにこの酒樽、普通の人間なら二人で持ち上げるのがやっとの物体である。
「ところでお前達。 最近武術の練習しているんだって?」
「はい。 私達は普通の武器ではもたないので。」
「このパワーを生かした方がいいもんね。」
「へぇ。 ちょっと見せてごらん。」
「え〜。 まだ、お見せするようなものじゃないですよ?」
「いいから見せてみ。 もし俺から1本取ったら、いいもんやるぜ。」
「「いいもの?」」
2人は顔を見合わせると、小首を傾げた。
「欲しい物を、出来るだけ揃えてやろう。 どうだい?」
2人としては特に欲しい物は無いのだが、そう言われると興味が湧く。
「手加減は無用でいいぜ。 竜巫女のお前らに力いっぱい殴られても、俺は平気だし。」
そこまで言われ、なおかつ本当に平気な相手である。
2人は興味津々でかかっていった。
クーナはルーケの手を引っ張って、森への入口付近まで戻って来ると、手を放すと同時にクルッと振り返りつつ頭を深々と下げた。
「申し訳ありません。 ですが、あまり男性の匂いを神殿に残すと、アクティース様がお怒りになられますので。」
「そうなんだ。 でも、そこまで気にしなくていいですよ。」
ルーケが苦笑いを浮かべてそう言うと、クーナは頭を上げた。
真黒い髪は腰の辺りまであり、どこかの貴族か王族だったのかもしれないと思わせる、高貴な雰囲気を身にまとった美しい娘。
簡素な巫女服ながらスタイルは抜群で、社交界などに着飾って出たら、主賓より目立つ事間違いなしだ。
少しきつい目つきと顔立ちだが、美人である事に間違いはない。
だがそれゆえに、怒った時は物凄い威圧感がある。
きっと、あの二人もそんなクーナだからこそ、頭が上がらないんだろうなと、ルーケは推測した。
「あの、そんなにジロジロ見ないでもらえますか?」
少し恥ずかしそうにクーナに言われ、つぶさに観察していた自分に気が付いた。
「あ、すいません。 ついその・・・綺麗だったもので。」
一瞬キョトンとした後、クーナはクスクスと笑った。
「お世辞を言っても何も・・・あ、そうだ。 少し待っていて貰えますか?」
「え? ああはい。 どうせ師匠が帰ると言わないと、俺も帰れないですから。」
クーナは一旦神殿に駆け戻って行くと、やがてコップと水差しを持って帰って来た。
「あれだけの荷物を引いて来られたから喉が渇いているでしょう? どうぞ。」
そう言いながらコップに水を注いで差し出され、ルーケは遠慮なく受け取って飲み干した。
「うお!? なんて冷たい水なんだ! 地下水でも汲み上げているのかい?」
普通、こんな山中では川の水を汲んで来て、瓶などに溜めておくものだ。
当然、水は温くなる。
神殿がどういう構造になっているか知らないが、神殿の中に水を引き込む事は不可能ではない筈だが、そんな近くに川が流れている様子はない。
そうなると井戸の可能性が高いのだが・・・。
クーナは微笑みながら事情を説明し、ルーケは納得した。
考えてみれば結界の中なのだから、何があってもおかしくはない。
ましてや世界を作った人物の作る結界だ。
「ところで、クーナさんはなんでここに住んでいるんですか?」
「・・・? どういう事ですか?」
「顔立ちから、この大陸の人間ではないでしょう? 三人とも。」
「ああ、そう言う事ですか。 私達はアクティース様に命を助けられたのです。 その恩返しも兼ねて、お仕えしているのですよ。」
「へぇ・・・。」
「すいませんね、立ち話で。 今度来られた時のために、椅子くらい用意しておきます。」
「いえいえ、そんな。 こんな山の中では、それこそ安易には出来ないでしょう? 気にしなくていいですよ。 それに俺は冒険者ですから。」
「冒険者・・・。」
クーナはそう呟きながら、眉をしかめた。
「どうしました?」
「いえ、冒険者の方とは何度か・・・。」
そう言われて、ルーケは何となく事情を理解した。
中級である地竜・翼竜などを倒しただけで、冒険者としてはドラゴンスレイヤーの称号を手に入れられるのだ。
人の手に負えないと言われる銀竜なら尚の事、腕自慢の冒険者が命を狙う事だろう。
称号だけではない。
竜は普通、莫大な財宝もため込んでいる。
地竜や翼竜でも一生遊んで暮らせる財宝を貯めているのが常なのだ。
知能が高い銀竜ともなれば、その財宝の価値も計り知れないに違いない。
「俺はそんな気が無いので気が付かなかったですが。 大丈夫です。 あなた達に危害を加える気はありませんよ。 俺は生きてやりたい夢がありますから。」
「それが本当ならよろしいのですが、皆さんそう言いますから。 でも、あなたの夢とはなんですか?」
「俺は大陸を統一し、平和をもたらしたい。 金や名誉が欲しくてやりたいわけではありません。 俺は、シーフギルドで育てられました。 だから、人の醜さや残酷さを見て育って来ました。 あんな世界は、無くさないといけない。 だから、俺は平和を望むんです。 その過程で、竜を倒す必要は無いでしょう?」
本当にそうだろうか。
そう疑問も感じるが、真っ直ぐな目をした青年だけに、クーナは信じたいと思った。
「お〜い、ルーケ。 いつまでクーナといちゃついてんだ。 帰るぞ。」
「ちょっと師匠!! 人を追い出した挙句に待たせておいてその言い草は酷いですよ!?」
「しゃあないだろ。 死にたかったら追い出さねぇがな。 ほれ、帰りは空身だ。 存分に引け。」
「ったく、人使いが荒いんだから。」
ブツブツ文句を言いながら神殿へ向かうルーケに、クスクスと笑いながら着いて行き、神殿の入口から二人を見送った。
そして神殿に戻ると・・・ぐったりとした2人を発見し、驚いた。
「どうしたの!? 2人とも!!」
「「つ・・・強い・・・。」」
そう同時に言って2人は力尽き、ガックリと倒れ伏した。