愚者の舞い 2−6
ジッとプリンはルーケの目を見詰め、やがて目を逸らしてため息をついた。
「またいつか、どこかで会えるといいですの。」
そう言ってから改めてルーケを見て、ニコッと笑った。
「縁があれば、また。」
ルーケも笑顔でそう返し、荷物を背負って屋敷を後にした。
その荷物は、ルーケが師匠であるモリオンから貰った装備一式。
異次元へ置いて来たのを、プリンが取っておいてくれたのだろう。
改めて買い直す必要も無くなり、ルーケは改めて心を一新する事にした。
自分が出来る事、成せる事、それを念頭に新しい人生を歩む。
そう決意を新たにしたのだ。
冒険者の宿に戻り、部屋に入ろうとしたら鍵がかかっていた。
あれ? と、思いつつも、コンコンとノックをしてみる。
「だ〜れ?」
「ルーケです。」
「合言葉!」
「・・・愛してる。」
ガチャッと鍵が開き、ルーケはため息と共に戸を開け、キョトンとする。
居る筈のメレーナの姿が無かったからだ。
「早く閉めてください。」
開けた戸の影からそう言われ、ルーケは納得しつつ戸を閉め、硬直する。
「ジャ〜ン! どうです? 似合います?」
そこにいたのは、女性用の部分金属鎧を着込んだメレーナだった。
腰には片手でも両手でも扱えるように柄の長く工夫された長剣バスタードソード。
「・・・これは驚いた・・・。」
「へっへぇ〜♪ ママのお下がりなんですけどね♪」
「へぇ・・・凛々しいね。 かっこいいよ。」
メレーナはテヘヘと照れて笑った。
「さてと、脱いだら食事に行きましょう。 ここの宿はご飯も美味しいんですよ。」
「へぇ。 そう言えばマスターと馴染みみたいだったけど、ご両親と?」
「はい。 ここのマスターは、うちの両親とパーティ組んでたんですよ。 小さい頃からよく遊んでもらいました。」
「そうか・・・。」
そんな思い出も、俺には・・・。
(いやいかん。 思い出も過去も、俺が選んだ選択で失ったんだ。 誰のせいでもない。)
ルーケは自分にそう言い聞かせ、いつの間にか俯いていた顔を上げギョッとする。
「ちょっと!?」
目の前には下着姿のメレーナ。
「はい? どうしました?」
平然と振り返るメレーナに驚きつつ、慌てて後ろを向く。
ちなみにこの時代、この大陸に胸の下着はない。
「着替えるなら一言言ってくれよ!」
「ちゃんと脱ぐって言いましたよ?」
「それは鎧だろ!? 服まで脱がなくても!」
「だって鎧下はゴワゴワしてて。 やっぱり普段着が気楽でいいじゃないですか?」
(完璧に俺、男だって思われて無いな。)
背後で服を着る物音を聞きつつそう思ったが、もっと根本的な事に気が付いた。
(そうか、この子はまだ子供なんだ。)
男も女も無く、ただ純粋で子供のままなのだ。
年齢的には成人していても、心が子供のままなら気にはなるまい。
己の愚かさにおかしくなるが、ここで笑ってはまたメレーナに激怒されかねない。
腹筋に力を込めて、なんとか耐えた。
「おまたせっ!」
不意にそう言いながら腕を取られ、ムギュッと抱き抱えられる。
(とはいえ、体は大人なんだからっ!)
なんとも困った旅のお供だと、ルーケとしてはまいるのであった。
翌朝、ルーケはメレーナに別れを告げて、西の王国へ旅立った。
メレーナはペイネ王国お抱えの冒険者に成るため、ペイネに帰らねばならないからだ。
それに帰らないと報酬も貰えない。
ルーケが西の王国へ向かう理由は、そっちなら冒険者を常時必要とされているからだ。
利便上そう呼ばれるが、実際は小国家の複合体であり、西の王国と言う国は無い。
常にどこかで国家間の争いがあるため、冒険者の仕事は山ほどあるのだ。
そういう話を聞いたルーケは、とりあえず向かう事にしたのである。
「ルーケさん! ペイネに来たらうちにも寄って下さいね! プリさんだけじゃなく!」
「分かった! 元気でな!」
宿の入口からそう言って見送ってくれたメレーナが、宿に戻るなり涙を零したのをルーケは知らない。
メレーナが一人の娘として、ルーケを慕っていた事に気が付かなかったから。
一つの恋がこうして終わり、ルーケは新たな地へと旅立って行った。
もしルーケがメレーナの恋心に気が付き、共にペイネで過ごしたなら、運命はまた変わっていただろう。
しかし、ルーケには恋よりも、達成したい夢があった。
それが破滅へ向かうと知っていたなら、また、別の運命もあったのだろうか・・・。
渋い顔をして、副所長は目の前の男を見詰めていた。
「どうしても辞めるのか、ロスカ。」
何か月も前からそう言って来ただけに、今更意思を変える事はあるまい。
そう分かっていても、副所長はあくまでそう言った。
ロスカは長年この魔術研究所に真面目に勤務して来た功労者の一人だ。
所持する魔力が低いため、普通の魔法使いとしては無能の域なのだが、勤勉さでは追随を許さないものがあった。
だからこそ、ロスカが冒険者に成りたくて研究所を辞めると言った時、副所長は耳を疑ったものだ。
「今までお世話になりました。 しかし、私も魔法使いの端くれなのです。 ご理解下さい。」
普通、ロスカ程の年齢になれば、一般的な攻撃魔法、火炎球なら十数発撃てる。
しかし、ロスカは長年の技術向上を持ってしても、3・4発程度で打ち止めなのだ。
それほど魔力が低いのに冒険者に成る。
ハッキリ言って自殺行為に等しい。
それでも本人がやりたがる以上、無理に止める事も出来ないため、副所長はある条件を出した。
もし仲間が見つかったら、その時は冒険者に成るがいい、と。
なまじ魔力が少ないため、ロスカの知識は相当なものだ。
普通の魔術師が魔法と言う技術をいかに早く、または楽に、または数を撃てるか、そう研鑽するのを、ロスカは知識で補おうとして来たためだ。
もしロスカに魔力が最低でも人並みにあれば、今頃オリジナル魔法を作り上げていたに違いない。
魔法の根本、異界の方程式を読み解いていたこの男なら。
(ルーケめ・・・。)
副所長としては、あの若者を恨むしかなかった。
ロスカに内緒でルーケに会い、ロスカは魔法使いだが魔力が少ないと教えた時、ルーケは笑顔でハッキリと答えた。
「魔力が少ない魔法使いでも良いではないですか。 彼にはやる気と、少ない魔力を補う知識があります。」
あの器なら、きっとロスカを成功に導いてくれるだろうとは思ったのだが。
皮肉なものだ、と、副所長はロスカの手を握り、握手しながら諦めるしかなかった。